表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

第一話 僕のレアリティ

 少年は畑でカボチャをくりぬいていた。

 秋の連休も終わろうかという頃、直径1m以上にまで成長したアトランティック・ジャイアントというコンテスト用カボチャを相手に、包丁ひとつで挑んでいた。

 カボチャは横から真っ二つにされ、ほとんど皮だけの状態になっている。抜き取られた中身は運搬用の一輪車に入れられ、肥料置き場に何度か運ばれていた。このカボチャは食用ではないので、大きさを競う以外では肥料しか用途が無い。ただ、果実に似た甘い匂いがするので、少年は虫が寄ってこないか懸念していた。

 少年の名前は山根伊吹。地方の県立高校に通う17歳だ。

 彼がカボチャをくりぬいているのには訳がある。端的に言えば、お金を稼ぎたいのだ。

 くりぬいたカボチャの中に入り込み、切れ目を合わせて切断されていないように見せる。その状態でカボチャを揺り動かし、一人でに動いているようにする。怪奇現象かと思わせたところで、カボチャの上半分を持ち上げて立って、腰振りダンスを踊るという一連の動作を撮影する。

 言うなれば、国民的アニメのオープニングの一部を、リアルに再現することになる。それを動画サイトにアップして、広告収入を得るつもりでいる。

 面白い動画は多くの人が視聴し、収益に繋がることを知った彼は、自分も一発当てようと考えた。これといった特技がない自分でも可能なことを検討するうちに、稀少価値を突き詰めるようになっていった。

 容易くできることは真似されやすいし、おそらく先駆者がいるだろう。だから、多くの人と自分の違いを見つめ直した末、“畑にデカいカボチャがある”という結論に行きついた。このカボチャを使って注目を集め、人々を楽しませる動画は何かを追求し、今の作業に至っている。

「終わったぁ~」

 中身を綺麗に切り抜き、伊吹は額の汗をぬぐった。終わったと言っても、作業的には、これからが本番だ。それは本人もわかっていた。

 カメラに映らないよう一輪車を移動し、三脚にセットしたデジカメの角度を調整する。デジカメの電源を入れて録画ボタンを押したら、カボチャに向かってダッシュ。

 カボチャの下半分に入り、上半分を持ち上げたら、切断面が合わさるように下ろしていく。切断面がピッタリと合わさり、遠目なら切れていないように見える。大きなカボチャとはいえ、小柄な彼でなくてはできない芸当だ。

「よし、行くぞ」

 小声で自分に言い聞かせ、カボチャをゆっくりと揺り動かす。着ている学校指定のジャージに、べちょっとカボチャが付き、何ともいえない不快感を味わう。それでも、「これも不労所得をゲットして、働き続ける将来にサヨナラするため」と思って続ける。

「もう少し、激しくしてみようかな」

 録画されている映像を想像しながら、体を前後に激しく揺らし始める。今まで以上に服にカボチャが付いて気持ち悪く思ってると、近所の人の声が聞こえてきた。

「あれ、カメラでねぇ~が? なして、あんた所さ、あるんだべ」

「山根さんとこの畑だもの。ま~た、あそこの家の長男が、おかしなこと始めだんでねってが」

 強い地方訛りと声質から、三軒隣に住む婆さんと、向かいの婆さんだとわかる。そもそも、田舎とはいえ若い世代になると、ここまでの訛りはなくなっているので、近所づきあいがなくても年代はわかる。

 この近所間の強い繋がりから来るプライベートの無さと噂話は、伊吹が嫌悪するもののひとつだった。「これだから田舎は嫌なんだ。したくもない近所づきあいを強要されるし、年寄りばかりだし、面白い所もないし、変わったことをすれば噂になるし……。もっと、違う場所に生まれたかったよ」なんて思いながら、その憤りでカボチャを揺らし続けた。

 動く度に切断面がずれるので、それを気にかけているうちに、揺れは予想以上に大きくなっていく。「なんか、変じゃないか?」と思う頃には、カボチャがゴロンと一回転するようになっていた。

「……回ってる?」

 気づけば、カボチャは坂道を転げ落ちるくらいの速さになっていた。回転するカボチャの中で、伊吹は酔いそうになる。

「は、吐きそう……」

 胃から何かが込み上げる寸前で、カボチャはピタリと停止した。

「……止まった?」

 ホッとして、カボチャの上半分を持ち上げると、さっきまでいた畑とは明らかに違う光景が広がっていた。

 そこは石造りの建物の中だった――

 周りにはローブのようなものを纏った人や、見たこともない生き物が歩き回っていた。聴いたこともない言語が飛び交い、よくわからない音楽が演奏されていた。

 その演奏は伊吹を取り囲んでいる人たちによるものだった。角笛のようなものを吹いている人もいれば、紐を引っ張って音を出す楽器を持っている人もいた。そんな彼らが一様に、他の人よりも高い位置にいる伊吹を残念そうな目で見ていた。

「な、何?」

 とりわけ、残念そうな顔をしていたのは、伊吹の真正面で膝をつく、同い年くらいの少女だった。少女は簡素な布の服を着て、白いケープを羽織っている。栗色の髪をした彼女の視線は、伊吹の右腕に注がれていた。

 彼女の視線を追うように、自分の右腕を見てみると、星印が3つ並んでいた。今まで、こんな痣みたいなものはなかった。

「……何、これ?」

 唖然としていると、鳴り響いていた演奏が止み、目の前にいた少女が伊吹に歩み寄った。階段を上って伊吹のいる高い位置へと来ると、少女は星印にそっと手を振れる。一瞬だけ、じわっと来る熱さを感じたが、すぐに熱さは引いていき、星印は徐々に赤みを帯びていった。

「星3つ、レアだね」

 少女の声だった。少女の口の動きと、聞き取れる言葉が合っていなかったが、確かに彼女から発せられた言葉だった。さっきまで聴いたこともない言語が飛び交っていたのに、今は周囲の人が何を言っているのか聴き取れるようになっていた。

「レアって何?」

「君のレアリティだよ。星1つはコモン、2つはアンコモン、そして3つはレア。その上がSレア、更に上がウルトラレア」

 レアリティ……って、カードでもあるまいに。そう伊吹は思ったが、よく建物内を見てみると、腕に星印が付いた人や生き物が目に付いた。中には無い人もいる。

「星がない人は?」

「星が付いてるのはユニットだけだよ。私はユニットじゃないから、ほら」

 少女は星印の無い綺麗な腕を見せた。

「ユニットって?」

「君みたいに、違う世界からやって来た人のこと」

「違う……世界……」

 伊吹は状況を飲み込めないでいた。話しかけられたから、反射的に幾つか質問をしたものの、そもそも畑じゃない場所にいることが納得できなかった。

「僕は……畑にいたんだ」

「そうなんだ。でも、今は神殿の中にいるんだよ」

「ここ、神殿なの?」

「うん、ユニットを召喚する神殿。ガチャをまわすと、ユニットが出てくるの」

「ガチャ?」

「幾つか種類があってね、銅貨でまわすノーマルガチャ、銀貨でまわすレアガチャ、金貨でまわすプレミアムガチャがあって、ガチャによって台座が違うんだよ」

 少女は他の台座を指しながら説明する。その間も、近くの台座では黒い霧が現れるとともに、袋や箱に入った生き物が降って来ていた。その度に台座を取り囲む人たちが演奏をしている。

「ソシャゲーみたいだ……」

 引きつった笑みを浮かべ、伊吹はつぶやいた。

「早く降りろ! 次がいるんだぞ、次が!」

 伊吹のいる台座の下で、派手なコートを着た男が叫ぶ。

「すみませーん」

 少女は男に向かって謝ると、伊吹の手を引いて台座を駆け下りた。伊吹たちがいなくなると、台座の後ろに控えていたイソギンチャクのような生物が、その触手でカボチャを台座から降ろした。

「さぁ、来いよウルトラレア!」

 派手な身なりの男は台座に近づくと、コートのポケットから手を出した。その指には金貨が挟まれている。

「わぁ~、お金持ちだぁ~」

 少女が羨望の眼差しを向ける中、男は台座に空いた穴に次々と金貨を入れ、穴の近くにある四角い突起物を時計回りに回した。ガシャガシャという音と共に、台座の上に黒い霧が現れ、箱や袋が落ちてきた。その数は10個にも及んだ。

「10連ガチャだ。いいなぁ~」

 少女は羨ましがっていた。それに気付いたのか、男はドヤ顔を向けた。そのドヤ顔に呼応するかのように、バックで盛大な演奏が始まる。

「何で演奏が入るんだよ……」

「この国の決まりだもん。落ちてきた物を見て、レアリティが高そうなら、盛大な演奏になるんだよ。君の時は演奏が盛大過ぎて……」

 少女の言葉が途中で溜め息に変わる。

 伊吹は察した。右腕の星の数が彼女に肩透かしを食らわせたことを。

 そうこうしているうちに、台座上の箱や袋が開かれ、中に入っていた者達が次々に姿を現した。ナイスバディなお姉さんもいれば、骨だけの者や、揺れ動く液体状の者もいた。形は様々だが、星印は全員に付いていた。

「レア、レア、Sレア、Sレア、レア、Sレア、Sレア……なんだ、ウルトラレアはナシか」

 派手な身なりの男は舌打ちし、面倒くさそうに召喚された者たちの星印を触っていった。触れられると、やはり赤みを帯びていった。

「よぉ~し、これで言葉がわかるようになっただろ? いいか、俺様の名はヒューゴ。お前らのご主人様だ」

 ヒューゴの自己紹介は続く。自分が所有しているユニット、豊富な資金、この世界についてなど、何度となく言ってきたような慣れた口ぶりで話し続けた。ただ、聴いているユニットは、ナイスバディのお姉さんだけだった。無論、伊吹たちも耳を貸していない。

「この星印に触れると、言葉が通じるようになるの?」

「うん、そうだよ」

「もしかして、魔法?」

「マホウ? マホウって何?」

 少女は小首を傾げた。魔法という概念が無いのかもしれない。

「魔法じゃないなら、超能力か何かで?」

「うん、能力のひとつだよ。『脳内変換』って言って、知らない言葉で話している人の感情をくみ取って、自分の知っている言葉に頭の中で置き換えるんだって。未契約のユニットには効果が無いから、私が触れて契約が成立するまでは、周りの人が何を言ってるか、わかんなかったでしょ?」

「うん……。これって、君の能力なの?」

「私はユニットじゃないから、何にも使えないよ。この能力はね、いろんな所に配置されているユニットのものだから」

「へぇ~……」

 彼女の口の動きと、聞き取れる言葉が合っていないのは、そのためなんだと伊吹は理解した。

「ところで、さっき契約って言ってたけど……。僕は君と何か契約したの?」

「ユニット契約をしたよ。君は、私が召喚したから、私のユニットになったの。あっ、そういえば、自己紹介がまだだったね。私はチガヤ、君は?」

「僕は山根伊吹」

「ヤマネッコ……コキュウ?」

 伊吹は「何? その間違え方」と思ったが、ネッコやコキュウという言葉にハッとした。

 コキュウが呼吸だとしたら、息吹の意味から来ているのではないか。お世話になった人の苗字から伊吹と名付けられたが、息吹の意味も込められている名前だ。呼吸と変換されていても不思議はない。

 知っている言語に変換されているということは、名前でさえも置き換えられている可能性があるのだろう。

 仕方ないので、発音だけを伝えようと言い直す。

「や・ま・ね・い・ぶ・き」

「難しい名前だね、ヤマネイブキ。これからよろしくね、ヤマネイブキ」

「よろしく……」

 何でフルネームで言うんだろうと思いながら、握手しようと手を差し出す。

「何か欲しいの?」

 その手を見て彼女が戸惑う。握手という習慣が無いんだと思い、慌てて手を引っ込め、笑って誤魔化す。

「何でもないから、気にしないで」

「うん、わかった」

「それで、これから僕はどうなるの?」

「能力解析を受けたら、おうちに帰るよ」

「おうちって、君の? 僕も行くの?」

「もちろん。だって、これから一緒に暮らすんだもん」

 さも当然といった顔で、チガヤはニコニコしている。“一緒に暮らす”という言葉に、淡い期待を抱く伊吹だった。

「さぁ、能力解析してもらおう」

 チガヤは伊吹の手を引き、神殿の中を進んでいく。

 伊吹の胸中は複雑だった。様々な形状のユニットとすれ違い、これは夢ではないかと思う一方で、握られた手から伝わるぬくもりが、そうではないという気にさせる。

 ガチャ部屋の隣に入ると、幾人かの人が長机の前に並んでいた。伊吹たちも一番すいてそうな列に並び、自分たちの順番が来るのを待った。

「並んでから言うのも何だけど、僕は特技みたいなの無いから、能力解析してもらっても……」

「レア以上だから大丈夫だよ。ガチャから出れば、何か新しい能力が得られるから」

「そっかぁ……」

 取り敢えず納得してみる。ガチャから出れば、特殊な能力が使えるようになっているということなのだろうが、自分の体を見る限りでは星印以外の変化は見られない。拳を握って力を気合いを入れてみたが、周りに変な目で見られただけだった。

 1分ほどで順番が巡ってくる。

 長机の先にはフードをかぶった老婆がいた。その手には星が4つ並び、彼女がSレアであることを示している。

「お願いしまーす」

 チガヤに背中を押され、伊吹は老婆の前に出された。老婆は伊吹に目を向けようとはせずに、下を向いたまま事務的に話し始めた。

「まず、規則なので能力の説明をする。能力にはスキルとアビリティという2つの種類がある。スキルは対象以外に影響力を持たない能力。アビリティは発動すると特定の条件下にある者を巻き込む能力となっておる。2つとも、この世界に召喚された際に備わるものじゃが、コモンやアンコモンは無能力者であることが多い」

 スキルもアビリティも似たような言葉じゃないかと思ったが、そういう風に変換しているのは自分の知識なのだと、心の中で自ら突っ込む。

「次に挙げる特定スキルとアビリティを有している場合は、国に対して届け出が必要になり、違反した場合には金貨50枚以上の罰金が科せられる。え~、脳内で自動翻訳する『脳内変換』。能力を判別する『能力解析』。一定以上の負荷が肉体にかかる前に瞬間移動させる『強制離脱』。ユニットの肉体を数分前の状態に戻す『可逆治癒』。対象の能力を発動させなくする『発動阻止』。能力によって生じた事象を打ち消す『無効波動』。それから、ガチャで呼び出すユニットを限定するものになる。あとは、ユニットを元いた……おぉっと、いかんいかん」

 老婆はキョロキョロと辺りを見回し、周囲に大きな動きが無いのを見て安堵した。

「……説明は以上だ」

「で、どんな能力ですか?」

 チガヤに急かされて、ようやく老婆は伊吹に目を向け、口をあんぐりと開けた。老婆とは対照的に、チガヤは期待の眼差しを彼女に向けている。

「まず、アビリティ名は『無限進化』」

「無限進化?」

 伊吹は聞き返す。

「進化は通常、同一型ユニットを素材として行われる能力強化じゃが、無限進化の場合は同一型ユニットでなくとも構わない。ただし、特定の条件を満たした者に限られる。それ以上は、わからん」

「はぁ……」

 使えるんだか、使えないんだかわからない能力に、伊吹もチガヤも言葉が無かった。

「次に、スキル名は……」

 言い淀んだかと思えば、老婆は目線をそらし、小声で続けた。

「スキル名は『快感誘導』」

 伊吹は聴いていて恥ずかしくなった。

「発動条件は接触。効果は欲を満たす……以上だ」

「欲を満たすって、具体的にはどうなるんですか?」

「以上だ」

「欲って、どんな欲ですか?」

「以上だ」

 老婆は口をつぐんだ。伊吹は仕方ないなと、これ以上訊くのを諦めることにしたが、チガヤは別のことを訊こうとしていた。

「病気を治す能力……じゃないよね?」

「ああ、それはない」

 キッパリと否定されて肩を落とす。そんな彼女に何か声をかけようと、伊吹が言葉を探していると、後ろに並んでいた大男に避けるよう手で合図された。

「行こう」

 そっとチガヤに声をかけ、伊吹は列から外れた。


 近くの列では、10連ガチャをまわしたヒューゴが吠えていた。

「っかぁ~! 何だよ、クソみたいな能力ばっかだな」

 怒りの矛先は、先ほど召喚した骨だけの者や揺れ動く液体状の者だった。彼らには星が3つ付いている。

「レアだし、見た目もイマイチだし、家に置きたくないし……。参ったなぁ、ホント。あっ、そうだ。強化すれば片付くじゃん」

 ヒューゴは引き連れていたナイスバディのお姉さんを指差す。

「ベースユニットをセット!」

 ナイスバディのお姉さんの身体が赤い光に包まれる。彼女の腕に付いた4つの星がより赤みを増す。

「素材ユニットをセット!」

 今度は骨だけの者と液体状の者を指差す。指された側の身体が青い光に包まれ、星印の色が薄くなった。

「強化開始!」

 スッと強化素材ユニットの姿が無くなり、ベースユニットの赤い光が強まった。ナイスバディのお姉さんは、心なしかムチムチ感が増したように感じられる。

「断捨離、完了! 帰るぞ、お前ら」

 ヒューゴは何もなかったかのように、ガチャで出した者たちを引き連れ去って行った。伊吹は強化素材になったユニットがレアだったこともあり、自分が置かれている境遇のヤバさに気が気でなくなっていた。

「素材になったユニットは消えるんだ……」

「うん、いなくなっちゃうの」

「元の世界に帰るとか?」

「わかんない。とにかく、いなくなるの」

 チガヤが寂しそうに答える。伊吹は死を意識し、不安に押し潰されそうになった。

「僕も……素材にされるの?」

「私、そんな酷いことしないよ!」

 強い口調に圧倒される。

「ユニットは友達だもん。強化や進化なんて酷いことはしない。だから、無限進化もダメだからね!」

「……はい」

 召喚したのがチガヤで良かったと痛感する。ただ、強化をしないということは、家には大勢のユニットがいるような気がしてきた。

「君のユニットって、どのくらいいるの?」

「ウチにいるのは4人。君が5人目だよ」

「少ないんだね」

「うん。だって、ウチは貧乏だもん」

 チガヤは屈託のない笑顔を見せる。貧乏だと言われてホッとしたような、別の意味で不安になったような、何とも複雑な伊吹だった。

「私たちも帰ろう」

 促されるままに、伊吹はガチャ神殿を後にした。



 神殿の外は緑の世界だった。

 石造りの建物が幾つも見えたが、そのどれもが緑色の苔で覆われていた。地面も土が露出している場所は少なく、大半が苔で覆われていて、場所によっては平仮名の“し”の字を逆さにしたような植物が茂っている。その植物の先端に、綿が付いている場合もあった。

 伊吹は苔だらけの山に入ったような気分になったが、ふかふかした地面の上を歩くのは悪い気はしなかった。

「ここって何て言うの?」

「この街のこと? ここはスコウレリア。マ国の中では、そこそこ大きな街だよ」

「マ国? マって?」

「この国の名前だよ」

 なんて短い名前だと思わずにはいられない。もちろん、これも変換された名前である。

 しばらく歩いているうちに、だいぶ人気のない場所に辿りついた。神殿近くよりも苔が茂っていて、湿度の高さを肌で感じる。見かける建物の数が減り、代わりに何かの鳴き声をよく聞くようになった。それは鳥の鳴き声のようでもあり、虫の鳴き声のようでもある。

「結構、歩くんだね……」

「もうすぐ着くよ。ほら、見えてきた」

 進行方向に小さな家が一軒だけ見えてくる。そこも白い壁が苔に覆われていて、苔が無いのは窓だけだった。近づくにつれ、それが窓と言うよりは四角い穴であることがハッキリしてくる。後で空いた穴ではなく、建築時に意図的に開けられたもののようだった。

「ただいまー!」

 木製のドアを開けてチガヤが中に入る。

「お邪魔します」

 続いて入った伊吹を待っていたのは、ワニ皮の大男と鳥獣戯画で見たようなカエル、手足のある大きな魚に、羽の付いた小人だった。

「レアか」

 伊吹の腕を見て小人が言う。背中にモンシロチョウのような羽を持ち、体長20cmほどの姿は、おとぎ話に出てくる妖精を彷彿とさせる。丸みを帯びた女性らしい体つき、長めの銀髪は正にそれだったが、目つきの悪さが神秘性を失わせていた。彼女の腕にも星が3つあった。

「サーヤ達と同じですね」

 130cmほどのカエルが妖精を見て喋る。聴こえてくる声は女性のものに思えた。立ち姿は鳥獣戯画のそれに近いが、表情的には狸の信楽焼が近かった。カエルの星は2つだった。

「男か……」

 2m近くあるワニ皮の大男が、伊吹を見て低い声でつぶやく。ゲームでよく見るリザードマンに似ていたが、頭はトカゲと言うよりはワニに似ていた。星の数は3つある。

「まだ、夕飯を食べてないんだな」

 手足のある大きな魚は、伊吹とチガヤが食料を持っていないか気にしていた。魚の声質には男性特有の低さがあった。手足と言うよりは、尾の部分から二股に分かれた足のようなものと、ヒレが伸びて手のようになっているものがあるといった方が正確だ。頭の部分は魚のブリに近く、右のヒレには星が1つ付いていた。マーマンと呼ぶには、あまりに魚に近すぎる外見だ。

「はーい、みんな自己紹介」

 チガヤは手を叩いて、妖精に視線を送った。

「あたいはサーヤ。ここじゃ、一番の古株ユニットさ。アビリティは湿度を上げる『加湿香炉』、スキルは弱い電気を操る『電気操作』……まぁ、よろしくな」

 サーヤはカエルを見て顎で合図する。

「シオリンでーす。アビリティは無いんですけどぉ~、『毒素感知』というスキルがありまーす。食べても大丈夫か調べられるんですよぉ。次は、ブリオですね」

 手足付きの魚が少し考えた後に話し出す。

「オイラ、ブリオなんだな。その……。能力は……ないんだな」

 自然と、残ったワニ皮の大男に皆の視線が集まる。

「俺はワニック、戦士だ。……ああ、これは前にいた世界での話だ、忘れてくれ。アビリティは『水分蒸発』、スキルは『瞬間加速』だ。効果は、大体想像がつくだろ」

 一通り聞き終え、伊吹は変な名前ばかりだと思ったが、これも変換した結果なのかと思うと、自分の知識レベルが少し情けなく思えた。

「僕は山根伊吹です。アビリティは『無限進化』で、スキルは『快感誘導』って言われたんですけど、どんな能力かよくわかってません」

「何じゃ、そりゃ」

 すかさずサーヤから突っ込みが入る。

「能力解析の人も、詳しいことはわからないって」

「テキトーだなぁ……」

「あはは、そうだね」

 フォローに入ったチガヤも笑うしかなかった。そんな彼女たちの傍で、ブリオがそわそわしている。

「チガヤ、食べ物、持ってないんだな」

「うん……」

「金貨1枚、持っていたでしょ? 何も買ってこなかったの?」

 と、サーヤ。金貨1枚と聞いて、伊吹は何に使ったか見当が付いた。

「まさか、僕を呼び出したガチャに……」

 チガヤは黙って頷いた。

「金貨1枚って、プレミアムガチャじゃないですかぁ~!?」

 シオリンが仰け反る。

「全財産をガチャに……」

 ワニックが頭を抱える。

「プレミアムでレアって言ったらハズレじゃん!」

 サーヤが絶望する。どうやら、プレミアムガチャはレア以上確定らしい。

「ご飯、無いんだな……」

 ブリオが座り込む。

「みんな、ごめんね……。本当は食べ物、買う予定だったのに……」

「何でプレミアムに手を出しちゃうかなぁ……」

 サーヤの嘆きに他のユニットが頷く。

「市場でね、食べ物を増やすスキルを持ったユニットが、プレミアムガチャで出たって聞いて、それで……」

「夢、見ちゃったワケ?」

「……うん」

「ねぇ、それってガセじゃないの? 最近、プレミアム回す人が減って、宣伝がえげつないしさぁ……」

 まだ何か言いたげなサーヤだったが、うつむいたチガヤを見て軽く息を吐いた。

「まぁ、やっちゃったもんは仕方ないか。ブリオ、ご飯はナシだ。井戸の水でも飲みな」

「水、汲んでくるんだな」

 ブリオは桶を持って外に出て行った。

 伊吹は想定していた以上の貧乏っぷりに呆気にとられていた。強化素材にならないのはいいとしても、この家で生きながらえることができるか不安が募った。

「あの、お金が入る予定は……?」

「そりゃ、働けば手に入るさ」

 チガヤに訊いたつもりだったが、サーヤが答えた。

「働くって、どこで?」

「会社」

 皆が声を揃えて言う。

 “会社”なんていう近代的な単語が出てきたことに、伊吹は面食らっていた。

「色々、説明しないとダメだね。座って話そう」

 チガヤが言うと、部屋の中央にあるテーブルを囲むように、サーヤ以外は椅子に腰かけた。サーヤはチガヤの目線ほどの高さで飛び続けている。

「あのね、私たちはスコウレリア第三事務所というところの従業員なんだ。会社に行くと、仕事内容が書かれたチケットを渡されて、それをこなすとお給料が貰えるの」

「いくら、もらえるの?」

「仕事内容によるよ」

「どんな仕事するの?」

「言われた物を集めたり、何かを作ったり……あと、何があったっけ?」

「調査依頼もありましたね」

 シオリンが答える。

「俺は害虫駆除が印象的だ」

 ワニックが付け足す。

「何でもアリだね」

「他にも、ミッションってのもある」

「そうだね、サーヤ。あのね、社内ミッションには、新しい社員を連れて行くと貰える勧誘ボーナス。毎日、会社に行くだけで貰える出社ボーナスがあるんだよ。あと、バトル勝利ボーナスもあるけど、ウチは関係ないかな」

 ユニット達が頷く。

「バトルって、誰かと戦うの?」

「うん。他の会社のユニットと戦うんだよ、5対5で。5人未満でも参加できるけど、どのチームも5人揃えてくるかな」

「それって、どっちかが全滅するまで……」

「違う違う。相手の陣地に差してある旗を取ったら終わりだから」

「それなら平和的だね」

 平和的の一言に、場の空気が固まった。

「お前、一回バトルを見てみろよ。スキルもアビリティも使い放題、どんな攻撃もOK。死ぬ一歩手前まで行くのは日常茶飯事だから、ちーっとも平和的じゃない」

 伊吹の目の前で、サーヤがフンッと腕組みをする。

「死ぬ一歩手前? 死にはしないんだ?」

「まぁ~な。闘技場には回復役と、致命傷を受ける前に転移させる係がいるから、今まで死んだ奴は一人もいない」

「なるほど……」

 伊吹は考えた。もし、このバトルの報酬が高額なら、出てみるのも手だと。バトルで死ぬことはないのだから。

「出るなんて、言わないですよね?」

 シオリンが心配そうに問いかける。

「バトル勝利ボーナスって、いくらなんです?」

「銀貨1枚だよ。あっ、銀貨はね、10枚で金貨1枚と同じ価値があるの。銅貨は100枚で金貨1枚と同じだよ」

 チガヤに言われ、改めて自分に投資された額の重みを知る。

「ちなみに、バトル初勝利ボーナスは金貨1枚。ウチは勝ったことないから、勝てば金貨が貰えるよ」

「金貨1枚で、どれくらいの食料が買えるの?」

「1日1食、8人いるとして、50日は大丈夫なんじゃないかな」

「8人?」

 ユニットは伊吹を入れて5人。そのうち1人は小人だが、大きな者もいるから差引ゼロとしても、チガヤを足しても6人なので数が合わない。

「向こうの部屋にパパとママがいるから……。寝てるけど」

 チガヤは奥にある部屋を見て悲しげに言った。その表情が気になったが、伊吹は50日持つということで、俄然やる気になっていた。

「バトル、出ませんか?」

 またしても場が静まり返る。

「ウチで戦闘向きなのはワニックくらいだよ」

 とチガヤ。

「ずっと戦ってきたからな、俺は」

 得意げにワニックが語ったところで、サーヤが口を挟む。

「確かに、頑丈で力持ちだけど、持久力がなぁ~……」

「ハッハッハ……どうも、全力を出すと疲れるのが早くていかん」

 ワニックは笑って誤魔化した。

「まぁ、とにかくバトルのことは忘れろ。死なないって言っても、痛い思いをするのは確実だからな」

「そうですか……」

 死なないけど痛いと言われると、他の人を巻き込むことに罪悪感があった。

「それより、レアのヤマネイブキが入ったから、明日は勧誘ボーナスが貰えるよ! 銅貨5枚も!」

 思い出したかのように、チガヤがはしゃぎだす。

「出社ボーナスと合わせて、銅貨6枚貰えますね。シオリン的には、果実が食べたいですねぇ~」

「俺は肉だな」

「ちょっと、コスパの良い物を選ぼうよ」

 サーヤが釘をさす。そんなやり取りを見ながら、伊吹は貨幣とガチャのことを考えていた。ガチャは3つあって、銅貨で回すものもあった。社員が増えれば勧誘ボーナスが貰える。だったら……

「提案、してもいいですか?」

 皆が伊吹に目を向ける。

「銅貨でまわせるガチャでユニットを増やして、勧誘ボーナスを貰うというのを繰り返したら、楽してお金が稼げるんじゃないですか?」

「アホか。銅貨で回すノーマルガチャで出るのは、コモンとアンコモン。勧誘ボーナスはレア以上が対象。大体、お前が考えつきそうなことを、会社側が考えていないとでも? それに、ユニットが増えれば、食べる物も今まで以上に要る。わかった?」

「……はい」

 サーヤに論破され、伊吹は何処の世界も甘くないと知った。

「今、帰ったんだな」

 桶に水を入れたブリオが戻ってくる。井戸の方で水を飲んできたのか、腹のあたりがたっぷんたっぷんしていた。

「お水、ありがとね。ブリオ」

 チガヤがブリオの頭部を撫でる。

「今日のところは、水でも飲んで寝なよ。あんたも疲れただろ? いきなり、こっちの世界に来てさ」

 伊吹の近くまで飛んでくると、サーヤは肩に手をのせて言った。

「はい……」

 返事をした伊吹の肩をトントンと叩くと、サーヤは天井の方に飛んで行った。天井近くには小さなハンモックが設置されていて、そこにサーヤはゴロンと寝転がった。

 その光景を眺めながら、彼女も自分と同じように召喚されたんだなと、伊吹は改めて思った。彼女だけではなく、シオリンやワニック、ブリオも。

「言葉は乱暴ですけどぉ~、悪い人じゃないですから。サーヤは」

 シオリンがそっと耳打ちする。言われたことは、何となくわかっていた。

「プハーッ! 空きっ腹に水が沁みる」

 そう言う割には、ワニックの口元からは水がこぼれていた。

「どうだ、君も」

 ワニックはヤシの実を半分に割ったような入れ物を渡してきた。

「どうも」

 伊吹は受け取った入れ物で桶の水をすくい、口元まで運んだところで迷った。違う世界の水を飲んでも大丈夫なのかと。海外旅行に行って、現地の水を飲んだら腹を壊したという友人の顔が思い浮かぶ。

「無害ですよぉ~。心配なら、私のスキルを使いましょうか? 毒素感知」

「いえ、大丈夫です」

 自分がいた世界の水と同じに見えるし、みんなが飲んでいるなら大丈夫だろうと、伊吹は一気に飲み干した。いずれは飲むことになるだろうし、人体の約60%は水分なのだから、取っておかねばという思いで。

「冷えてますね」

 元いた世界で飲んだ井戸水と同じに思えた。井戸水の温度は一年を通して一定だが、周りの温度が変わるので、夏は冷たく、冬は温かく感じられる。

「温かい方がいいのか? 俺のアビリティは水分蒸発だが、使い方次第でお湯にすることもできるぞ。やってみようか?」

「寒くなったら、お願いします」

 お風呂を沸かすのに便利そうだなと思ったところで、このアビリティはバトルに使えそうな気がしてきた。人体の約60%は水分、だとしたら……

「あの、そのアビリティって生物にも有効ですか?」

「どうした? 急に」

「僕がいた世界では、人体の約60%……老人でも50%が水分で出来ているって言われているんです。もし、水分蒸発が生物にも有効なら、対戦相手を干からびさせることが出来るんじゃないですか?」

 ワニックとシオリンは顔を見合わせると笑い出した。

「水分で出来てるって? そうは見えないな。水分で出来てたら、スライムみたいな見た目になるんじゃないのか?」

「なかなかのジョークですねぇ~」

 ここの文明レベル的には、そうなるよねと思う伊吹だった。

「まぁ、仮に水分だったとしても、俺の水分蒸発は純粋な水にしか反応しないから無理だ。汚れた水はダメだし、汗なんかでも厳しい。効果範囲も俺の周囲すべてだから、もし体の水分も蒸発できたら、真っ先に干からびるのは俺だ」

「そうですか……」

「まだ、瞬間加速の方がバトル向きだが、このスキルには弱点がある」

「それって、どんな?」

「4秒間だけ2倍のスピードで行動できるが、その後の4秒間はスピードが半減する。加速タイムが終わったら、ボコ殴りになる危険性が高い」

「あ、あぁ……」

 としか言いようのない残念スキルに思えた。

 ワニックのスキルではダメだったものの、他の面子の能力で何とかバトルを勝ち抜けないか、伊吹は皆の能力を振り返る。

 まず、シオリンの毒素探知は戦闘向きじゃない。ワニックの水分蒸発や瞬間加速もダメ。ブリオはスキルもアビリティも無い。残るは、サーヤの加湿香炉と電気操作だ。

 湿度を上げたところで戦いに影響しないし、電気操作で操れるのは確か弱い電気だけだったハズ。やっぱり駄目じゃないかと頭を掻いた時、良いアイディアがひらめいた。

「そうだ、電気操作を脳に使えばいい!」

「何だ? また急に」

「僕がいた世界では、科学という研究が進んでいて、人の動きは脳からの命令によるもので、その脳では電気信号で情報が伝達されているって言われてるんですよ。だから、脳に電気を流せば、相手を思うように動かせられるかもしれません!」

 伊吹は興奮気味だった。相手を操れれば勝てる、そう確信したからだ。

「よくわからん話だ。シオリンは、わかったか?」

「脳みそに電気を流すと、相手を操れる……みたいなぁ~?」

「そうです!」

「例えば、相手の右手を上げさせたいと思ったら、脳みその何処に電気を流すんですかぁ~?」

「それは……」

 聴かれて「しまった」と思った。脳の指令が電気信号で届くという知識はあっても、脳の部位すらロクに知らないことに今さら気づいた。

「……すみません、今の話は忘れてください」

「ふむ。まぁ、何だ……。サーヤも言っていたが、バトルのことは忘れろ。俺は出ても構わないが、女性陣を巻き込みたくない」

「ポッ……私の為に……」

 シオリンが頬を染める。一応、カエルでも雌は女性陣らしい。

「そんな顔をされても困る。これは俺がいた世界では常識でだな……」

 とワニックが語りだしたところで、伊吹はチガヤがいなくなっていることに気付いた。辺りを見回すと、チガヤの父母がいる部屋の隣で、藁の束を縛っているのが見えた。気になって近づくと、それに気付いたチガヤが笑顔を向けてきた。

「これに寝てね」

 縛られた藁の束が並び、ちょっとしたベッドになっていた。その近くには茶色い動物の皮が置かれていた。

「どうも」

「それじゃ、私はもう寝るから。また明日ね」

 そう言ってチガヤは父母のいる部屋へと入っていった。さっきまでいたテーブルのある部屋を見ると、ブリオは壁を背に眠っていた。逆にシオリンは、壁に張り付く形で目を閉じようとしている。

「彼らは、いつも、ああやって寝るんだ」

 ワニックは独り言のように言いながら、四角い穴でしかない窓に板を当て、棒を押し当てて落ちないように固定して歩いていた。

「寝ないんですか?」

「俺は入り口に陣取る。昔からの癖みたいなもんだ」

 ワニックは玄関前で胡坐をかくと、ゆっくりと目を閉じていった。完全に寝ないで、敵襲に備えている、そんな佇まいだった。

「おやすみ……」

 伊吹は小さな声で言い、藁のベッドに横になった。



 翌日、伊吹は掛け布団にしていた動物の皮の匂いで目が覚めた。

 いつの間にか、鼻の近くまで持ってきていたせいで、皮特有の臭みで気持ち悪くなる。

「臭っ……」

 皮をよせて起き上がる。ドアを開けて、テーブルのある部屋に行くと、ワニックが押し当てた棒を外し、窓にはめた板を取っていた。

「よぉ、眠れたか?」

「はい」

 返事をし、辺りを見てみる。シオリンとブリオは、まだ寝ているようだ。サーヤもハンモックの中にいる。

 伊吹は腹が減ったなと思いながら、顔でも洗おうと水が入った桶に近づく。ふと、玄関の方を見ると、ドア下から紙が入れられていた。

「何だ、これ?」

 手にした紙にはガチャの台座が描かれていた。それは絵と言うよりも写真に近い。

「これ、何ですか?」

「たぶん、ガチャのチラシだろう。俺は字が読めないから、詳しいことはチガヤに訊くといい」

「チラシですか。この絵、上手ですね」

「そいつは絵じゃない。見た物をそのまま紙に写す『形態投影』というスキルだ」

 そんなスキルもあるのかと、伊吹は妙に感心した。

「誰か、私のこと呼んだ?」

 奥の部屋から、チガヤがアクビをしながら入ってきた。

「呼んだわけじゃないけど、これって何が書いてあるの?」

「またガチャのチラシが入ってたの? ん~、どれどれ」

 ガチャのチラシを受け取ると、目をこすりながらチガヤが読み上げる。

「限定ガチャは本日最終日。お目当てのユニットをゲットするチャンスを見逃すな……」

「限定ガチャ?」

「召喚されるユニットが限定されたガチャだよ。今回は、飛行ユニット限定、小型ユニット限定、美女ユニット限定だって」

「美女ユニット限定!」

 伊吹とワニックが大きな声を上げたせいで、他のユニットたちも目を覚ました。

「何かあったんですかぁ~」

 半分寝ぼけた状態でシオリンがやってくる。

「おはよ、シオリン。あのね、限定ガチャのチラシが入ってたんだよ」

「ああ、いつものですねぇ~」

 そう言うとシオリンは近くの椅子に座って寝なおそうとした。シオリンとチガヤのやり取りを見て、サーヤも二度寝しようとしている。

「一応、続きを読むね。必要貨幣は銀貨1枚、排出ユニットはコモンからSレアまで……。銀貨で回すレアガチャは、アンコモンからSレアまでだから、確率的にはレアガチャの方が良いよね」

 チガヤの説明は、もはや伊吹の耳には入っていかなかった。“銀貨1枚で美女と暮らせる”という事実を前に、伊吹は冷静な判断を失っていた。この家の食料事情も、ガチャのデメリットも忘れ、美女ガチャを回すことでいっぱいになっていた。

 出社ボーナスと勧誘ボーナスの銅貨6枚では、限定ガチャの銀貨1枚には届かない。何か仕事をしたとしても、いくら貰えるのかは仕事次第。何より、その給料を貰える日が不明だ。今日が最終日の限定ガチャを回す確実な方法は、ひとつしか残されていない気がした。

「あの、やっぱりバトルに出ませんか?」

 伊吹の言葉が、寝ようとしていた者たちの眠気を吹き飛ばした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ