10 田舎、想像、電車(1)
母の入院が決まったあと、僕と妹は父方のおじさんの家に住むことになった。餡味町というところにその家はあった。田舎と都会がちょうどいい具合に融合したような町で、町の中心部に建物が多く立ち並び、その周辺部分に、畑やら林やら一軒家やらが点在していた。土地が変わると人も変わるということで、この町に住む人々は、具体的にどこと指摘はできないが、やはりどこか違っていた。僕のよく知る鵡白町や坊毛町に住む人たちよりも紳士的で、誰に対しても公平に接するようだった。それはおじさんや、おじさんの家をたびたび訪れる親戚の様子を見ていれば自然とわかることだった。
新しく住む家は、鵡白町の自宅とは明らかに異なっていた。全体的にゆったりとしていて、雰囲気に温かみがある。畳張りの部屋には仏壇や熊の置物などがあり、剥き出しの支柱が赤茶色に光っている。部屋と部屋をしきる壁があまりないため、家全体で一つの部屋を共有しているようだった。掘り炬燵は見た目は暑苦しいのだが、おじさんの家が比較的涼しいために、夏であっても炬燵に入るとぬくぬくした気持ちになれた。冬になればさらに重宝するに違いない。掛け軸には判読できないほどの達筆で何かが書かれていた。大層な意味のある四字熟語か何かだろう。玄関は土間部分と廊下部分との段差が激しかった。ちょうど腰かけながら、靴を履いたり脱いだりできるようになっていた。平屋で、天井が異様に高かった。
都会的なものもいくつかあった。テレビはもちろん備えてあるし、他にも、マッサージ機が特に目を引いた。それは和の雰囲気とはまるで合致していなかった。しかし必要だから置いてあるのだろう。それに僕が文句をつけることはできない。実際、僕もマッサージ機を使って体のこりをほぐしてみた。モデルは数年前のものらしいが、なかなかのものだった。
風呂は少し前までは火を焚いて湯を沸かすタイプのものだったらしいのだが、さすがに最近は、それも面倒になってきたみたいで、タイル張りのユニットバスに変えたようだ。スイッチ一つで湯を沸かせるのだから、こちらの方が便利には違いない。機械の操作に初めは慣れなかったらしいが、使い方を覚えてしまえばもう恐くない。現代の技術はすごいねえ、とおばさんはよく言っていた。
最初はうまくなじめるか心配だったが、二日か三日もすればもうその心配は消えた。ここに来てもう三週間になるが、あまりに快適な暮らしのために、もう都会には住みたくないと思ってしまうくらいだ。交通の便が多少難だが、バスを使えば問題ない。そのお金はすべておじさんが世話してくれた。
「遠慮しないでいい」とおじさんは僕たちに言っていた。「学生の本業は勉強だ。多くの時間をそれに費やすことが私たちにとっての喜びだ。子供たちが勉学に励んでいるのを見るのは、私も、家内も、好きだからね」
その期間中、母のいる病院に何度か行った。妹は部活の関係でそれほど頻繁に顔を出せなかったが、僕はおばさんと、二日に一回は必ず行くようにしていた。母は一週間ほど意識が混濁した状態で、うめき声を上げたり、不規則に眠ったり起きたりを繰り返していたが、最近になってやっと良くなってきた。夜にきちんと眠るようになり、症状も以前に比べると格段に落ち着いた。しかし、まだ油断はできなかった。母は事あるごとに「あちら側への移行」を試みた。もう写真を見なくとも、簡単に現実世界を離れることができてしまうらしい。その場に僕やおばさんがいるときは、声をかけたりして意識を取り戻させてやれるのだが、母が一人の時は、それこそ病院内が大騒ぎになるのだった。
僕は今まで以上に本を読むようになった。大学から大盗賊のように何冊もの本を家に持ち帰っては、次々に読破していった。おかげで僕の貸し出し履歴はどんどん潤っていった。こうして自分の借りた本の跡を辿ることも、数少ない喜びの一つだった。文字を目で追っていると、精神的な安定を得ることができた。それで本を読むのが止められなくなったのだ。おじさんは、麻薬のように本に引きつけられている僕を眺めては満足そうな微笑みを浮かべていた。彼もまた、学生時代にこういう経験を持っていたのかもしれない。友人とあまり関わらず、ひたすら文字ばかりを追う生活。おじさんの部屋は本でいっぱいだったから、あるいは僕の予想は的中しているのかもしれない。小説を読むのに飽きると、僕はおじさんに許可をもらって彼の哲学書を貸してもらった。哲学の本にはあまり接してこなかったが、真剣に読んでみるとなかなか面白い。特に古代ギリシア時代の叡智を知っていくと、自分がいかに浅はかな考えでこれまでを生きてきたのかを思い知るのだった。
妹は見たところ何も変わっていないようだった。あのときは相当混乱していたが、ここに来てからは見違えるように回復した。早い呼吸も穏やかになっていった。たまに母のことを思いだしては頭が痛みだすようだが、最近はそれもあまり起こらないようだ。一週間休んでいた部活にも参加するようになり、それでさらに元気を取り戻したようだった。妹が良くなっていくのを見るのは僕としても嬉しかった。妹は家に何度か同級生を呼んで、女子高生らしくスズメのようなぺちゃくちゃしたおしゃべりを楽しんだ。
僕たちはそのようにして日々を過ごしていった。母の病気に気を取られる必要がなくなったので、そのぶん有意義に時間を使うことができた。田舎の空気に癒され、心が清められていった。これまで失ってきたもの、あるいは遠慮してつかみ損ねていたものを、僕も妹も貪るようにして回収していった。おじさんはお金にはうるさい人だったから、金銭面に関してはきちんとした態度を崩さなかったが、それ以外のこととなると途端に優しくなった。僕に対しても妹に対しても親切で、一緒にいて気持ちが良かった。これまでの生活からしてみたらまるで夢のようだった。この三週間は今までになく充実していたように思える。
おじさんの家に引き取られてから二十二日目になった。僕は母が病院に運ばれてからの日数を正確に数えていた。どうして数える必要があるのかはわからないが、無意識のうちに、朝起きたとき、ああ、今日でお母さんがいなくなってから何日が経過したんだな、と考えてしまうのだ。
今日もそんな感じで一日が始まった。気持ちのいい天気の日曜日だ。炬燵のある部屋に行くと、おじさんとおばさんがそこで座ってコーヒーを飲んでいた。妹はまだ寝ているみたいだった。今日は部活がないということで、ぐっすり眠っているのだろう。台所の方に回るとレーズンパンがあったので、それをつまみながら、コーヒーを淹れた。やかんの中の熱湯はそれでちょうどなくなった。
炬燵に足を入れると、おじさんたちは和やかに朝の挨拶をした。僕もその返事をした。それから静かに食事をとった。テレビはつけられていない。そのせいで周囲は葬式のようにひっそりとしている。遠くの方から鳥の声が聞こえるが、あとはまったくの静寂だった。時計を見てみると、まだ六時前だった。田舎に住んでいると、どうしても早起きが習慣になってしまう。
我々は厳粛に、しかしのんびりとパンを食べ続けた。熱々のコーヒーが冷めてしまうくらいの時間が流れた。妹はやっと目覚めたようで、廊下をつたってこちらまで歩いてきた。しかしまだ寝足りないらしい。しきりに目をこすりながら、まるで酔人のようにふらふらしている。手には携帯が握られていた。柱にもたれかかって、しばらくもの珍しい動物でも発見したように、そこで突っ立っていた。
「おはよう」とおばさんがにこりと挨拶をした。「よく眠れた? まだ眠たいんなら、寝ていていいのよ?」
「ううん、大丈夫」と妹は何とか言葉を返した。しかしそのあとで盛大なあくびをした。
妹は炬燵に入ってきたが、こくりこくりとやっていて、結局横になって眠ってしまった。昨日は相当遅くまで起きていたらしい。何をやっていたのかは知らないが、携帯を肌身離さず持っていることから、きっとそういう類のものなのだろう。僕はためしに妹の握っている携帯を取り上げようとしたが、妹は手に力を入れて離してくれなかった。携帯は自分の存在していることを主張するように、ピコピコと光っていた。
「こっちに来ても、やっぱり携帯なんだよなあ」と僕はつぶやいた。だがそのあとで、自分も人のことは言えないことに気づいた。僕だって、ずっと本ばかり読んでいるじゃないか。妹からしてみたら、その方がきっと異常なのだろう。目覚まし時計の代わりにしか使っていない僕の携帯は、今ごろ部屋のどこかに無造作に置いてあるはずだ。もし僕か妹かに使われるのなら、携帯は間違いなく妹を選ぶのだろうなと思った。たくさん使われる方が、幸せに決まっているのだ。
おじさんは僕の独り言には何も言わず、手元にあった新聞を読みはじめた。おじさんは文字を読むときだけは眼鏡をつけるようだ。目を動かして、そこに書かれてある情報をどんどん頭に詰め込んでいる。僕はやることもないので、新聞の裏に書かれてある文字を読んでみようとした。だが、目が悪いのとなぜか集中できないのとで、うまくいかなかった。
田舎の空気は確かに素晴らしいのだが、月日が流れるにつれ、都会のうるささがどうしても懐かしく思われてしまうのだった。どちらも好きだが、どちらか一方にだけ縛られるのも何だか窮屈なのだ。それは僕がまだ若いからかもしれない。本が好きで、静かな環境で過ごしたいと思いながらも、仲間たちで盛り上がるような状況にあこがれを抱いてしまうのは、どうしようもないことだった。おじさんやおばさんは、僕の交友関係が気になって仕方がないはずだ。暇があればいつも本で、友人などと一緒に遊んでいる雰囲気は感じられない。もしかしたらこの男は孤独なのではないだろうかと気になって仕方がないはずだ。でも彼らは絶対にそういう質問はしなかった。言葉になるのはいつも、愉快で幸福な話題だった。
そういった害のない会話が、おばさんと僕との間で交わされた。妹は寝ているし、おじさんは新聞に耽っているから、話し手は二人しかいないのだ。おばさんは相当のおしゃべりで、どれだけ話しても疲れないような人だったので、こちらとしても非常に話しやすかった。僕が何かを言うと、おおげさなくらいそれに同意を示して、そこに一言か二言意見を挟んだ。そしてその話題が尽きるとまた新たな話題に移る。移るスピードはあっという間だ。二つの話題が実は同じものだったんじゃないかと錯覚しそうになる。そのおかげで僕はすんなりと新しい話題についていくことができた。おじさんだとこうはいかない。一つのことについて話してしまうと、別のものに移るまで多少の時間を要する。会話の密度はおばさんとは比べ物にならないほど高いのだが、その代わり連発がきかないのだ。二人は良い相性だなとつくづく実感していた。子供は残念ながらできなかったようだが、そこに費やされるはずだった愛が僕たちのところにやってきているのがしみじみ伝わってきた。
過去にも何度かこの家を訪れたことはあるはずなのだが、そのときに話したおじさんたちと、今一緒に暮らしているおじさんたちとは、まるで別人のようだった。昔はもっとよそよそしかった記憶がある。あのときは母も一緒にいたから、そのせいだったのだろうか。単に母に遠慮をしていただけだったのだろうか。僕はそれとなく、母との仲について訊いてみた。しかし返事はいつもはぐらかされた。そこはあまり触れられたくない事柄のようだった。四日目くらいまではそういう質問を繰り返していたのだが、それ以降は止めてしまった。
おばさんは台所に行って、再びコーヒーを淹れてきた。おじさんと僕と、それから妹の分だ。香ばしい匂いにつられて、妹はむくりと起きあがった。時計を見ると、時刻はもう七時近くなっていた。田舎暮らしは、時間の進みが極端に遅くなったり早くなったりする。
それからコーヒーを飲んだりして食事を続け、七時半ごろにテレビをつけた。おじさんが新聞を読み終えたのだ。彼は僕に新聞を渡した。僕はありがたくそれを受けとった。僕の部屋には、いまだ読まれていない新聞が山積みになっている。本は好きなのだが、新聞はどうしても好きになれなかった。この違いがどこから生まれているのかは、ずっと考えているけれどまったくわからない。僕は目を通すふりをして、新聞を畳んだ。テレビに目を向けてみると、交通事故のニュースが報道されていた。新聞の一面記事と同じものだった。
網戸越しに吹いてくる風は、陽が高くなるにつれて温かくなった。しかしからからした心地良い風だ。湿度は低く、不快な感じをほとんど与えない。都会のものとはそもそもの起こりからして違うのだろう。風は幼児の息みたいに弱々しかったが、それでも庭の草花は斜めに倒れていた。ここからは綺麗に飾り付けられた庭が一望できるのだ。




