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第2話 スカイエルフ


   第2話 スカイエルフ





 命の危険も忘れ、ジークはその光景を呆然と見つめていた。


 紺碧と翡翠。二つの色に挟まれた空間を、二つの影が縦横に舞う。片や、巨大なアンモナイトのような醜悪な怪物。片や、優美なシルエットの鋼鉄の翼。ジークの見上げる中、二つの飛行体は壮絶な輪舞を演じていた。


 いや、正確には輪舞とは言えないだろう。踊りであれば、二人が対等のはずだ。しかし空で繰り広げられている戦いは違う。ほとんど一方的だ。


 優位なのは――戦闘機のほう。


 素人であるジークから見ても、戦闘機の機動力は圧倒的だった。


 アンモナイトもどきから放たれる赤黒い光の束。光の速さで飛来するそれを、戦闘機は悠々と避ける。そのまま加速。遠目で見ているジークですら見失ってしまうほどの大加速だ。アンモナイトもどきの背後を捉える。


『――ターゲット・ロックオン』


 刹那、大きく張り出した翼の先から青白いレーザー光が閃いた。アンモナイトもどき、射線上から退避。しかしそこでレーザー光は驚くべき挙動を見せる。なんと途中で折れ曲がったのだ。まるで鏡で反射したかのように。何度か折れ曲がって軌道を修正した光が、アンモナイトもどきに襲いかかる。


 しかし、二条の光がアンモナイトもどきの殻を貫くことはなかった。着弾の直前、何かに阻まれたかのように光がかき消える。


「……バリアー?」


 ジークは目を凝らした。アンモナイトもどきの周囲にうっすらとした翡翠色の膜が出現していた。シャボン玉の膜のようだ。レーザー光を遮断している。


『――アルタートラップを確認。武装を変更します』


 淡々とした少女の声。攻撃が阻まれても戦闘機はひるまない。


『――ラグナダイト、インポート。中和弾頭、装填』


 次の瞬間、戦闘機の翼の下に金色の光が集まった。そのまま質量感を帯びる。数秒後、まるで初めからそこにあったかのように、翼の下にはミサイルが装填されていた。


 そして少女の声は言い放った。


『――ターゲット・ロックオン。中和弾頭ミサイル、FOX2』


 誘導攻撃宣言を表す『FOX2(フォックス・ツー)』の声。白煙の尾を引き、ミサイルが発射された。超音速、自動追尾。アンモナイトもどきの背後に迫る。回避は不可能。


 再び、アンモナイトもどきの周囲に翡翠色の膜が出現する。しかし今度のそれは、まさしくシャボン玉だった。ミサイルの先端が接触した箇所が波打ち、円形状にこじ開けられてゆく。


 コンマ数秒。それが翡翠色の膜が無事だった時間だった。


 シールドのような膜を突き抜け、ミサイルが襲いかかった。着弾。爆発。衝撃がアンモナイトもどきの殻を砕いた。翡翠色の空に、パラパラと破片が舞う。ちなみにその破片は、海へと落ちる前に光の粒になっていった。海上に燐光が漂う。


戦闘機はなおも追撃。シールドにあいた穴めがけ、数発のミサイルとレーザー光が放たれた。アンモナイトもどきの殻をどんどんと削ってゆく。


 わずか数十秒。その時間で、ジークを脅かしていた脅威はボロボロに追いつめられていた。


「強えぇ……」


 息をするのも忘れ、ジークは戦いを見つめていた。あまりに幻想的な光景だった。翡翠色の空を舞う異形の化け物と鋼鉄の翼。未来的でありながら、神話の世界のようでもある。


 そして数秒後、戦闘機から二発のミサイルが同時に放たれたかと思うと……


『――敵脅威の殲滅を確認。ミッション、コンプリート。戦闘行動を終了します』


 異形のアンモナイトは、エメラルドグリーンの粒子となって消えていった。






     ◆ ◇ ◆






『――着艦します』


 ランディングギア、ダウン。フラップ、ダウン。質量を感じさせないフワリとした動きで、鋼鉄の妖精が甲板上に舞い降りる。


 すぐ目の前で停止した戦闘機を、ジークは呆然と見上げていた。


「…………でけえ」


 改めて思う。巨大だ。学校の25メートルプールにすっぽり収まるくらいだろうか。

 いや、ただ大きいだけではない。何よりジークが感じていたのは、圧倒的な存在感だった。丸みを帯びた、しかし鋭いシルエット。脈動するように、時折金色の輝線が走っている。神々しく、妖しい。


 ちなみに今の光景を端から見たら、戦闘機と少年が互いに見つめ合っているように見えるだろう。不思議な状況だ。


 とはいえ、自分を客観的に見るような余裕はジークにはなかった。ただ、目の前の戦闘機から目が離せない。相手も同じなのだろうか。甲高いエンジン音を響かせながら、戦闘機もジッとジークを見つめている。


 一分か、十分か。先に言葉を紡いだのは戦闘機の方だった。


『――燃料(ごはん)……足りないです……』


「…………はあ?」


 ごはん? ジークは別の意味で呆然とした。近未来的な戦闘機が、今さっきまで圧倒的な空中戦を行っていた怪鳥が、言うに事欠いて……ごはんが足りない?


『はぅ……もう、ダメです……スカイモードを維持するのは無理……ラグナダイトが足りないです……エルフモードに移行しますう……』


 聞く方をヘニョリとさせるような声。同時にプスンとエンジンが止まったかと思うと、機体が金色の光に包まれる。光は一気に収縮。そのまま人型をとる。


 数秒後、光が晴れた先に佇んでいたのは――小柄な少女だった。


「……ほわっつ?」


 思わずジークの口から妙な英語が漏れる。

 目の覚めるような美しい少女だった。14、5歳くらいだろうか。金髪金瞳。緩くウェーブした髪は膝まで届くほど長い。真っ白なワンピースに身を包んでいる。額には、アラビア数字の『0』をモチーフにしたようなマークが刻まれている。耳は尖っており、長い。


 しかし何より目を引くのは、その背中にある『羽』だった。透き通ったトンボのような羽。脈打つように時折、金色の輝線が走っている。


 まるで……いや、まさに『妖精(エルフ)』と呼ぶべき妖しき美貌の少女。


 とはいえ――


「お腹、空きました……」


 ヘニョリとしたその声と表情が、いろいろとぶち壊しにしていた。


(は? なんだ? 妖精? 戦闘機が女の子になった? てかお腹空いたとか言ってるし? そういや俺も腹ぺこ……って、もう意味分からんわっ!)


 緊張感の反動だろうか。脳内で突っ込むジーク。絶賛混乱中だ。


 そんなジークをよそに、金色の羽を背負った少女はふらふらとした足取りで、


「あ、あのう~」

「だいたい別の意味でお腹一杯だってんだよ!? なんだよ、化け物に襲われるとか……つーかここ、本当に地球なのか!? いつから地球はあんな巻き貝もどきが飛び回るようになったんだよ、コンチクショウ!?」

「あ、あのう……す、すいません!」

「……ん? うおわっ!」


 顔を上げ、ジークは仰け反った。いつの間にか目の前まで来ていた少女が、こちらをのぞき込んでいた。


 ちなみにジークの声に逆に驚いたのか、少女の方も「きゃうっ!」と仰け反っていた。

 しかしそれも一瞬。気を取り直し、少女はグッと前のめりになると、


「あ、あの! 私、ゼロって言います! あなたが私の『空母』ですね!」

「は? 空母?」

「はい! あ、もしかして『ホーム』の方がよかったですか?」

「いや、よかったですかって言われてもだな……」


 というかなんだ、俺が空母って?


 困惑するジーク。しかし少女はお構いなしに、キスするほどに顔を近づけると、


「そ、それでですね……その、初めての方にこんなこと言うのは……すごく恥ずかしいんですけど……」


 そして少女は頬を赤く染め、モジモジッとすると、


「でも……あなたがすごく大きくて……いっぱいすぎて、私のお腹が壊れちゃうかもしれないですけど……で、でも……すごくおいしそうで……だから、その……」


 告白する乙女のように、一気に言い放った。


「わ、わわ、私……その……あ、ああ、空母(あなた)を食べてもいいですかっ!」


「…………」


 え? 今度は貞操のピンチ?


 ジークの額から、脂汗が流れた。






     ◆ ◇ ◆






 眼前に存在するソレに、桜色の唇が寄せられる。チュッ。ついばむようなキス。少女はうっとりと目を細めた。上気した頬が艶めかしい。舌を伸ばし、一舐め。「はふぅ」と熱い吐息が漏れる。


 そして少女はあーんと口を開けると、ソレを口いっぱいに頬張り――


 かみ砕いた。


「あうあうあ~、幸せですね~」


 ボリボリと金属片をかみ砕きながら、ゼロと名乗った少女は満足そうに言った。

 顔を引きつらせながら、ジークはそれを眺めていた。


「……いや、砕けた甲板の破片を食うとか、どんだけなんだよ」


 現在、ジークと少女が居るのは食堂とおぼしき場所だった。無数の固定式テーブルが並んでいる。奥には厨房とカウンター。百人近い人間が使うことを想定されているようだ。もっとも、現在はジークと少女しか使っていないが。


 ちなみに余談ではあるが、現在のジークの格好はカーキ色の軍服のような姿だった。艦内をあさり、適当に発見したものだ。さすがに黒い全身タイツのままは嫌だった。まあ、アンダーウェアとして未だに着てはいるのだが。


(しかしなんつーか……シュールな絵だよな、これ)


 少女の前のテーブルには、壊れた甲板の欠片が山と積まれていた。少女はそれを幸せそうに頬張ってゆく。時折、はうあうあー、と妙な鳴き声を上げながら。まんま妖精のような絶世の美少女が、山のような金属片をカリカリとかじってゆく様は、シュール以外の何者でもなかった。


「……美味いのか、それ?」

「はい、もちろんです! なめらかな舌触りに芳醇な香り……こんな美味しいヴィンテージ味のラグナダイトなんて、私はじめてですっ! いくらでもいけちゃいますね!」

「そ、そうか……」


 ヴィンテージ味うんぬん以前に、そもそも『ラグナダイト』が何なのか分からなかった。

 とはいえ、とりあえず疑問は保留。妖精(?)の少女が食事に夢中になってるのを良いことに、ジーク自身も混乱した自分の脳みそを整理する。


 数分後。明らかに体重より多いであろう金属片を全て平らげ、少女が「はふう」と吐息を吐き出した。心底満足したという表情だった。


 ようやくまともに話が出来そうだ。ジークはわずかに背筋を伸ばした。聞きたいことも、突っ込みたいことも山ほどある。だが、まずジークが選んだのはこの問いだった。


「それで……あんたは、何なんだ?」

「私、ですか? 言った通り、私はゼロ。スカイエルフです」

「スカイエルフ?」

「ええと確か……『じりつがた・しこうせんとうき』だったかな?」


 ゼロと名乗った少女の言葉を、ジークは脳内で漢字変換した。自律型思考戦闘機。おそらくこの変換であっているだろう。漢字から察すると、この少女は『人間』ではない。文字通りならば、彼女は『戦闘機』だ。


(おいおい、マジか……? いや、目の前で変身したんだから疑いようがねえのかもしれないけど……いったい、どんなデタラメ・サイエンスがあったら、こんな『戦闘機』が出来るんだよ……)


 先ほど見たゼロ戦や近未来的戦闘機の姿ならまだ良い。しかし今、ジークの目の前にいる少女は、とうてい『機械』とは呼べなかった。もちろん、人間とも呼べないのだが。


「……なんてSFだよ」


 言いつつ、同時にジークの脳裏には『ある予感』があった。SFとはサイエンス・フィクション、つまり空想科学のことだ。しかし目の前にあるのはリアル・サイエンスだ。自分には思いもつかないような超科学。それは、つまり――


「……すっげー……すっげー聞きたくないんだけど……聞いても良いか?」

「あ、はい。何ですか?」

「……ここ、地球だよな?」

「この星ってことですか? はい、そうですね! 地球ですよ!」

「ならさ……今って、何年なんだ?」


 顔を引きつらせながら、ジークは問うた。


「えっと、今ですか? ちょっと待ってくださいね。私も時差ボケしてるんです。調べますから。――ホームデータ、アクセス」


 少女の背負った羽が、リィン! と震える。とたんに、少女の顔のすぐ横に光るボールのようなものが出現した。表面には文字のようなものが回っている。


「な、なんなんだ、それ?」

「え? スフィア・ディスプレイを知らないんですか?」


 言葉から察するに、とジーク。モニターディスプレイの一種だろうか。さらっと空中投影なんてトンデモ・サイエンスを見せないでほしい。


「ええと……ホームデータのほとんどが消し飛んじゃってるみたいで……艦内時計、艦内時計はっと……あった! あ、今は新歴3162年ですね!」

「は、はは……マジか……西暦ですらないとか、どんだけ未来なんだよ……」


 予感、的中。ジークは渇いた笑い声をあげた。そのままテーブルに突っ伏す。


「え? え? ど、どうしたんですか? あ、もしかしてお腹空きすぎたんですか? 甲板の破片、取ってきましょうか?」

「……なあ……ゼロだったけ?」

「はい、そうです! ゼロです!」

「すっげー悪いんだけどさ、ちょっと俺の話を聞いてくれないか?」


 きょとんと目を瞬かせる金髪金瞳の戦闘機。そんなデタラメ・サイエンスの塊に向かって、ジークは自分のことを訥々と語り始めた。






     ◆ ◇ ◆






 一通り自分の今の状況を語り、ジークはため息を吐いた。ちなみに言うと、語るべきことは大して無かった。目が覚めた、空母だった。言ってみればそれだけだ。


 対してゼロはというと、


「えっと……艦長の居た時代って『西暦』なんですよね?」

「ああ、新暦なんて年号聞いたこともないぞ」

「西暦……うそ、それじゃあ……」


 しばし沈黙。数秒後、ゼロはバッと顔を上げると、


「きゃあああああああああっ! すごいです、すごいです、すごいです! 艦長って、ロストガルド出身なんですね!」


 キラキラと目を輝かせ、黄色い悲鳴をあげた。

 ジークは引いていた。というか……なんだ、ロストガルドって?


「ロストガルド……つまり『古代遺失文明世界』のことです! ラグナダイト・テクノロジーを初めとしたロストテクノロジーが生まれた時代! 艦長は私と同じ時代の生まれなんですね!」

「は? 同じ時代?」

「はい! 私たちスカイエルフもロストガルドのオーバーテクノロジーで創られたんです!」

「……いや、俺の居た時代にそんなデタラメ・サイエンスはなかったぞ」

「きゃあっ! どうしよ! 本物の古代人に会えるなんて! それが私の艦長だなんて最高過ぎます! やっぱりサインとかもらった方がいいのかな? ちょ、ちょっと待っててください! 今、スカイモードになりますから、機体の横にサインお願いします!」

「待て待て待ていっ!」


 ジークは慌てて引き留めた。いくら広い食堂とはいえ、こんなところで戦闘機サイズにでもなられた日には大惨事だ。


 というかこの戦闘機少女、神々しい見た目に反してミーハーというかフリーダムというか……


(あれだな。この子、すさまじく天然なんだな)


 心の中で天然戦闘機というよく分からない評価をしつつ、ジークは少女をなだめる。

 ちなみに落ち着くまで数分かかった。


「はうう。私をこんなに興奮させるなんて……やっぱり艦長はすごいですね!」

「よし、とりあえず色んな誤解を受けるような表現はやめろ。というか、今更だがなんで俺が『艦長』なんだ?」

「あ、マスターの方がよかったですか?」

「だあああ、そうじゃなくてだな! なんで俺が艦長って呼ばれるんだって話だよ!」

「え? だって、艦長が私とこの空母の所有者だからですよ?」

「だから艦長って……ん? ちょっと待ってくれ? 所有者が俺? ゼロと……この空母の?」

「はい。私の方は、さっきマスターとして登録されたばかりですけど、空母自体はもともと艦長の所有ですよ」


 ゼロは空中に球体状のディスプレイを表示した。


「ホームデータのほとんどは消し飛んじゃってるんですけど……ほら、ちゃんと所有者の欄に名前が書いてありますよ? 『ジーク・ヤマダ』って。DNAマップによる生体証明も添付されてますし、これが艦長の名前であっていますよね?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 本当に俺の名前なのか? 同姓同名じゃなくて?」

「DNAマップが一致してますから、間違いないですね!」


 見てみますか? とゼロ。スフィア・ディスプレイをそっと手で押した。スゥーと空中を移動。ジークの目の前で止まる。


 ディスプレイを覗き込む。再び、ジークの背筋に覚えのある寒気が走った。見覚えのない文字の羅列。アルファベットに近いが、それでも見たことのない文字だ。


 なのに、読める。


(やべえ……ホント俺、どうなっちまってるんだ……?)


 冷や汗を流しつつ、ジークはディスプレイに映る文字を読んだ。



 ○ 艦名――ジーク。

 ○ 艦種――バルハラ級戦略電子空母。

 ○ 所有者――ジーク・ヤマダ。



「おいおい、マジか? 俺がこの船の持ち主? しかも船の名前まで一緒なのかよ」

「はい! バルハラ級戦略電子空母ジーク。それがこの艦の名前ですね!」

「……意味不明すぎだろ、コンチクショウ」


 天真爛漫な笑顔を浮かべる戦闘機少女を前に、ジークは再びテーブルに突っ伏す。


 目が覚めた。自前の空母でした。


 全くもって意味不明だった。




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