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プロローグ

   プロローグ





 ――地球は蒼かった。


 かつて、そう言った宇宙飛行士が居た。

 しかし今、彼が地球を見たならば違う言葉を発しただろう。


 なぜ、地球は翡翠色をしているのか――と。


 翡翠色の空が地球を覆い、長い年月が経った。

 青空を失い、宇宙に飛び出すことの出来なくなった人類は、いつしか空をこう呼ぶようになった。



 牢獄の空、と。






     ◆ ◇ ◆






 青空を失った人類に唯一残された蒼色である――海。


 どこまでも広がる大海原に、一条の黒いラインが走る。まるで海原に描かれた航跡のように。

 正確には、それは線ではなく点であった。あまりに高速のため、残像で線のように見えているのだ。


 その線の落とし主は、今まさに海上すれすれを高速飛行していた。


 一機の戦闘機だった。シャープなシルエットだ。エンジンは双発。二つあるエンジンノズルからは、青白い光が尾となって伸びている。虚空を舞うその姿は、まるで自由を体現しているかのように見える。


 しかし、よく見ればその戦闘機はボロボロだった。装甲ははがれ落ち、二つある尾翼の片方も欠けている。



『嫌っ……来ないで……来ないで……!』



 戦闘機からは、悲痛な声が漏れ出ていた。年若い、少女の声だ。明らかに脅えの色を含んでいる。


 ちなみにこのとき、この戦闘機を見る者が居たら、きっと首をかしげただろう。


 なぜなら、そのコックピットは――無人。


 パイロットの居ない戦闘機が勝手に飛び、あまつ少女の声を発していたのだった。

 とはいえ、この場にそれを疑問視する者はいない。


『早く……どこかに逃げないと……!』


 少女の声を発しながら、戦闘機は音速で飛ぶ。

その背後から、突如として赤黒い光の玉が殺到した。


『っ!』


 戦闘機は急激に機体をロールさせた。海面に対して垂直に翼を立て、ほとんど直角に曲がる。目標を見失ったのか、そのまま通り過ぎる光球。少女の声に安堵が満ちる。


 が、しかし――それも、次の瞬間までだった。


 大きく旋回飛行する戦闘機の頭上から、またしてもいくつもの光弾が降り注いだ。慌ててジグザグ回避。しかし避けきれず、一つがエンジンに命中する。


 第一エンジン、停止(フレームアウト)。幸い火は噴かなかった。第二エンジンも無事だ。しかし推力が激減する。


 そしてそれは、『奴ら』に追いつかれることを意味していた。



『……悪魔』



 上空から舞い降りる、いくつもの影。巨大なフナムシとしか形容の出来ないものだった。大きさは戦闘機の二倍ほど。鉛色の胴体からは、足とも触手ともとれるものが無数に伸びている。


 生理的な嫌悪感をもたらす飛翔体。見下すように急降下してきたソレらは、どうみても友好の使者ではない。その逆だろう。


 それを証明するかのように、フナムシたちの足の先端にいくつもの光球が出現した。一体につき四十発ほど。赤黒い色をしたそれは、明らかに害意にまみれていた。



『嫌ぁ……!』



 少女の声に悲痛なものが混じる。その声に触発されるように、無人の戦闘機は必死に身をよじる。しかし推力はダウンしたまま。有効射程からは逃れられない。


 もうダメだ。そう思われた……しかし次の瞬間だった。




『エンゲージ!』




 全方位無線で響き渡る――交戦宣言(ENGAGE)


 一瞬遅れて、いくつものミサイルが降り注いだ。次いで爆発音。フナムシたちが爆炎に包まれる。



『っ! い、いったい……何が……?』


『すいません、遅くなりました! 大丈夫ですか!』



 無線から響く可憐な声。それと同時に、一機の戦闘機がまるで天使のようにふわりと舞い降りた。



 深い緑に塗られた機体。柔らかな丸みを帯びた、しかしシャープなシルエット。大きく張り出したデルタ翼。二機のエンジンが、力強い駆動音を奏でている。



 それは、おとぎばなしに語られる伝説的な戦闘機だった。



 遠い過去に消失したロストテクノロジーによって創られた鋼鉄の翼。遙か昔に起こった世界大戦において、多大なる戦果を上げた極東の戦闘機、その名を引き継いだ最強の意志ある兵器(サイ・ウェポン)天空を駆る妖精(スカイエルフ)の原初にして頂点。



 その名は――



『あ、あの、大丈夫ですか? 怪我してません?』


『アナタは……?』


『あ、すみません、申し遅れました。私は――』




 ゼロ。




『ゼロ……』


『はい。私はゼロ。ジーク機動艦隊(ジークフリート)所属、ゼロです』


『ジークフリート……ゼロ……』



 少女の声が、その名をつぶやく。

 同時に、背後の水平線上に巨大な艦艇が姿を現した。



 泰然と白波をかき分ける鋼鉄の城。

 洋上の巨大要塞にして大洋の支配者。

 巨大航空母艦。


 刻まれた艦名は――『SIEG-FLEET』。



 そしてゼロと名乗った声の主は、柔らかく言った。



『私たちの空母(ホーム)が来たから、もう安心ですね!』






     ◆ ◇ ◆






 ――ネットワーク、オンライン。

 ――ゼロ、敵悪魔とエンゲージ。

 ――戦術電子支援、実行待ち。

 


「だあああああ! なに勝手に交戦してんだよ、ゼロの奴は! 物事には段取りってもんがあるんだぞ! 何でもかんでも力押しで解決しようとすんなよ、コンチクショウ!」



 眼前にそびえる巨大なスクリーン。そこにリアルタイムで映し出されている戦闘情報を素早く読み取りながら、少年は頭を抱えていた。


 黒い髪の平凡な少年だった。ぼさぼさの髪を後ろでチョロンと縛っているところが特徴と言えば特徴だろうか。それ以外はあまり印象に残らない少年だ。


 少年は、ぼさぼさの髪をかきむしりながら、


「天然か!? スカイエルフなのに相変わらず天然なのか、ゼロは!?」

『あはは、良いんじゃないっすか、艦長。ゼロ姉様らしくて』


 そこで、スクリーンの隅に一人の少女の顔が映し出された。薄桃色の髪をショートにしか、快活そうな女の子だ。


「いいわけあるか、ズイウン! 作戦が全部おしゃかになっちまったんだぞ! 徹夜で作戦考えてた俺の睡眠時間を返せ!」

『睡眠時間ってアレっすよね? 何もやってない非生産的な時間のことっすよね? そんなのない方が良いんじゃないんすか?』

「お前らスカイエルフと一緒にすんな! 俺は人間なんだよ、人間!」


 少年が怒鳴り返した、そのときだった。




 ――『ラグナダイト反応』




「っ! ラグナダイト反応!」


 レーダースクリーンに映し出される『ラグナダイト反応』の文字。少年は思わず息を飲む。

 ラグナダイト反応を見せる物体は、大きく分けて二つあった。



 一つは船や飛行機などの――動力機関。

 もう一つは、空を我が物顔で飛び回る――悪魔。


 今回は、後者だった。



「おいおいマジか……増援悪魔とか聞いてねえぞ。くっそ、どいつもこいつも作戦無視しやがって。――聞こえるか、ゼロ!」


 虚空に向かって叫ぶ。反応はすぐにあった。


『あ、はい! 何ですか、艦長!』


 スクリーンに、もう一人の少女の顔が映し出される。

 ウェーブした金色の髪を膝まで伸ばした、ハイティーンくらいの少女だった。妖精のような、という形容がぴったり来る妖しげな美しさをたたえている。よく見れば、その耳は人間よりも長く、とがっていた。額にはアラビア数字の『0』をモチーフにしたマーク。背中には金色に輝く透き通った羽を背負っている。本当に妖精のようだ。


 もっとも見た目だけは、だが。



「敵増援だ! 9時方向、距離40000! 数は40!」

『え、あ……ホントです……』


 焦ったような少年の声。少女もまた、焦ったような声で……



燃料(ごはん)、いっぱいですね!』



 訂正。キラキラと顔を輝かせ、言った。

 がくん、と少年の頭が落ちた。


「ゼロ……お前ごはんってなぁ……」

『あれ? ど、どうしたんですか、艦長? あっ、もしかしてお腹空きすぎたんですか? 艦長もラグナダイト食べますか?』

「自律崩壊素粒子なんて食えるかっ!」


 と、そこで側のオペレータ席に座っていた男性が声をあげた。女物の服を纏っているが、明らかに容姿は男だ。

 男性は気持ちの悪いお姉口調で、


「いいかしらん、大将? ごめんなさいねぇ。敵の増援見て、うちのエルフちゃんたちもお菓子だぁ! って勝手に発艦しちゃったのよん。ホント、困った子たちよねん」

『うわっ、出遅れちゃったの? 艦長、私も発艦するよ!』


 スクリーンの片隅に映っていたショートカットの女の子の顔が消える。同時に出撃コントロールパネルに『ズイウン テイクオフ』の文字。


「だあああああ! もう、どいつもこいつも! 結局いつもどおりの『行き当たりばったりのごり押し作戦』じゃねえぁあああああ!」

『略してIBG作戦ですね、艦長!』

「勝手に略すな、ゼロっ!」


 うがー、と少年は叫ぶ。どうしてこうなったんだ、と心の片隅で思いながら。



 少年の名は――ジーク・ヤマダ。


 『一隻だけの艦隊』と呼ばれる空母の艦長。


 そしてフリーダムすぎるメンバーに苦労する、西暦21世紀生まれの『古代人』だった。





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