第一章:白銀の記憶官と、肉塊の星
【前書き:物語の扉を開く読者へ】
僕たちが「地球」と呼び、踏みしめているこの青い大地。
もしもその正体が、僕たちの知る「星」などではなかったとしたら——?
神々が天上界から見下ろす世界には、人間が知る由もない恐ろしい秘密と、あまりにも冷酷な「管理プロトコル」が存在していた。
人類が文明を誇り、発展の頂点を極めたと信じ込んだまさにその時。
空は鉛色に割れ、圧倒的な脅威とともに「刈り取り」の刻が訪れる。
逃げ場のない惨劇の中、響き渡る悲鳴と絶望。
自らを支配者だと信じていた人間たちは、世界の不可解な真実と、抗いようのない淘汰の嵐に飲み込まれていく。
なぜ世界は狂い始めたのか。
神々が隠し続けてきた「星の正体」とは何なのか。
そして、すべてを失った世界の果てで、最後に遺されるものとは——。
美しくも残酷な絶望の底で、あなたは何を目撃するのか。
どうぞ息を殺し、その真実を確かめてください。
第1話:白銀の記憶官とバグの記録
天上界の第十七記録保管庫は、果てしない白銀の光に包まれていた。
そこには人間の持つ言語では「時間」としか表現できない、無機質な概念だけが静かに流れている。
記録官・サリエルは、手元に浮かぶ透明な羊皮紙に浮かび上がる、ある青い星の異常バイタルデータを冷ややかな眼差しで見つめていた。
「またか……」
サリエルは深いため息をついた。その息は天上界の光の中に溶け、消える。
画面に表示されているのは、かつて神々が「庭園のインテリア」として、ある“巨大な沈黙”の上に放った二足歩行の生態系——「人類」の現在地だった。
神々は知っていた。
この「地球」と呼ばれている青い星の正体を。
それは決して、ただの岩石と水の塊ではない。
太古の宇宙から飛来し、この宙域で身体を丸めて永遠の眠りについた、**超絶規模の古生龍**そのものなのだ。
人間たちが「ユーラシア大陸」や「太平洋」と呼んでいるものは、その龍の背の鱗であり、流れる溶岩は体内の血潮であり、地鳴りは微かな寝息に過ぎなかった。
神々はその「龍の背」を庭園に見立て、龍を起こさないよう、無害で可憐な小さな生き物として人間を置いた。知恵など持たせず、自己の存在理由を問い詰める狂気も与えず、ただ風にそよぐ樹木や、波間に跳ねる魚と同じように、ただ「そこに在る」だけの無害なシステム。
しかし、歴史の初期において、あまりにも愚かなエラーが起きた。
管理用のプロトコルを解除するコード——人間たちが後に「禁断の果実」と呼ぶことになる過剰なデータパッケージを、ある個体が誤って摂取してしまったのだ。
「過剰な知性」のインストール。
知能を得た人間たちは、自分が何の上に立っているのかも知らず、自らを「星の支配者」だと錯覚し始めた。
彼らは龍の皮膚である土を深く削り、脈管である石油を汲み上げ、皮膚に火を放ち、傷口を押し広げた。
さらに最悪だったのは、龍の体内で蠢いていた「寄生虫(幼生)」たちが、人間たちの壊れた肉体へ魂として混入し始めたことだった。
サリエルは無機質な視線で、画面の数値(地球の地殻変動指数、龍の脳波の活性化データ)をスクロールしていく。
「愚かな……。彼らは自らを『地球の所有者』と信じ込みながら、その足元で眠る巨龍の皮膚をナイフで刻み続けている。このままでは、龍が目を覚ます」
サリエルの背後に、高位の管理神・ウリエルが佇んでいた。その姿は実体を持たず、光の屈折だけで構成されている。
「サリエル。龍の胎動はどうなっている」
「最悪です、ウリエル様。人間の掘削と戦争の衝撃波が、龍の脳幹にまで達し始めています。『あの世』の案内係は完全にパンクし、龍の幼生たちが地上へ溢れ出ています」
「……神々の不本意。そして極めて遺憾であるな」
ウリエルは静かに言い放った。
「地球は神のものでも、人間のものでもない。あのアブラムシどもが起こそうとしているのは、宇宙を呑み込む真の破壊だ。決断は下された。これ以上、あの龍の背に新しい『魂の雫』を落としてはならない。天上界の扉を永久に閉ざせ。そして、龍が目覚めて暴れる前に、人間という病原菌をすべて『刈り取れ』」
サリエルは深く頭を垂れた。
「了解いたしました。これより、地球圏への魂の供給プロトコルを完全に停止します」
雷鳴も響かない。天地を揺るがす地鳴りもない。
ただ静かに、天上界の分厚い扉が閉じられた。その日を境に、地上へ新しい「純粋な魂」が生まれ落とされることは、二度となくなったのである。




