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どうしようもない神様と振り回される人間のお話

家族に優しくされたいと神様に願ったら、家族によく似た何かに変わりました

作者: 佐倉 百
掲載日:2026/06/04

「助けてくれたお礼に、君の願いを叶えてあげる」

「じゃあ家族が私に優しくなるようにして」


***


「お姉様ってば酷いのよ。私がブローチを借りようとしたら、泥棒扱いしてくるんだから」


 夕食はいつもベルナデットの言いがかりから始まる。今日も可愛らしい顔で頬を膨らませ、ベルナデットが大袈裟に嘘を言った。


「コーデリア! あなた、またベルナデットをいじめたのね。どうして優しくしてあげられないの? たった一人の妹なのに」


 もう何度目だろうか。コーデリアは妹の嘘を信じる両親からの叱責に疲れていた。


 両親はベルナデットに甘い。母親がコーデリアを産んだ後に二回流産し、ようやく生まれたベルナデットは体が小さかった。その境遇が両親の庇護欲を大いに刺激して、過保護に育てられることとなった。


 コーデリアは両親から放置されて寂しかったが、妹のことは可愛がっていた。自分のおもちゃをあげたり一緒に遊んだこともある。けれど大きくなるにつれ、ベルナデットがわがままを発揮するようになると、次第に家族との間に溝ができた。


 両親はコーデリアにはなかなかドレスを買ってくれないのに、ベルナデットが新しいドレスが欲しいと言えばすぐに買い与える。コーデリアに買ってくれたはずの宝石は、ベルナデットがねだれば彼女のものになった。


 華やかな美少女に成長したベルナデットは、社交界で注目を集めている。外ではわがままを控えて愛想良く振る舞っているため、舞踏会の後に見合いの釣書が大量に届くこともある。


 コーデリアはベルナデットの隣にいると、いかに自分が地味なのか思い知らされる。手持ちのドレスや貴金属は少ない。髪型と化粧を工夫しても限度がある。妹の引き立て役にされているのは分かりきっていた。


「お前は相変わらず性格が悪いな。その調子で婚約者にも接していたら、愛想を尽かされるんじゃないか?」


 父親の言葉はコーデリアの心に深く刺さった。


 婚約者のオーウェンは最近、コーデリアに内緒でベルナデットと会っているらしい。密会場所は我が家の庭やベルナデットの部屋だ。やたらと距離が近く、意味深な目配せをすることもある。まだ屋敷の外で会っていないようだが、時間の問題かもしれない。


 ――婚約者の家族と仲良くするのは当然じゃないか。


 オーウェンにそれとなく聞いても、コーデリアの勘違いだとあしらわれてしまう。婚約者の家族といえども、年頃の男女が二人きりで会うのはどうかと言ってみれば、不埒な想像で名誉を傷つける気かと怒られてしまった。


「いっそのこと、婚約を入れ替えてしまおうか。オーウェン君と結婚するのはベルナデットでもいい」

「まあ!」


 ベルナデットは輝くような笑顔を浮かべた。


「それがいいわ! だってオーウェン様は我が家に婿入りするのよ。花嫁が私でも問題ないはずだわ」

「あら。じゃあコーデリアはどうするのよ」


 珍しく母親の意見が違う。ほんの少し期待したコーデリアは、続く母親の言葉に裏切られた気持ちになった。


「コーデリアと同い年の娘は、もうみんな婚約者がいるのよ。今から新しい婚約を探すなんて面倒だわ。ベルナデットくらい可愛いなら、すぐに見つかるでしょうけど」

「行き遅れのお姉様でもいい男性なんているのかしら」

「修道院があるじゃないか」

「寄付金を持たせないと受け入れてもらえないわよ」

「持参金よりは少ない額で済む」


 コーデリアの目の前だというのに、家族は心ない言葉を応酬している。


 自分を全く見ない両親に、面白そうな笑みを浮かべるベルナデット。味方が誰もいない。コーデリアは食事をする気になれず、食卓を離れて自分の部屋へ向かった。


 ――明日は私の誕生日だなんて、誰も覚えていないでしょうね。


 この家の中に自分の居場所はない。どんなに勉強をして家が抱えている事業を手伝っても、感謝されたことがない。貴族女性に必要な教養を身につけても、何もしていない妹ばかり褒められる。


 結婚をして家を存続させるために働けば、少しは報われるかもしれないと思っていた。その結婚すら、妹に横取りされてしまう。


 今までどんなに抗議をしても、家族がコーデリアの意見を尊重してくれたことはなかった。この家で最も優先されるのはベルナデットの気持ちであって、コーデリアの正論ではないのだ。


 甘やかしてほしいなんて思わない。ただ、コーデリアも家族の一員にしてほしかった。


***


 ある日、庭で花の手入れをしていたときだった。バラの茂みに端切れが引っかかっているのが見える。丁寧に外してみると、何かの刺繍の一部のようだった。


「……不思議な色ね」


 陽の光が当たると金色に輝く部分は、金糸が使われているようだ。大きさは手のひらよりも小さく、生地は薄い。熟練の職人でないと、綺麗に刺繍するのは難しいだろう。


 バラの茂みには、他にも刺繍の一部が落ちている。拾い集めたコーデリアは、自分の刺繍道具と一緒に入れておいた。ベルナデットは裁縫や刺繍に興味がない。ここなら横取りされないはずだ。


 刺繍の一部は翌日も庭に落ちていた。なぜか家族や庭師は気がつかないらしく、目の前にあっても素通りしてしまう。自分しか知らない秘密に嬉しくなり、見つけるたびに拾い集めた。


 まとまった枚数が集まったとき、コーデリアは刺繍を並べてみた。


「やっぱり。元は一枚の刺繍だったのね」


 柄が繋がっている部分がある。全てを繋げたら、どんな柄になるのだろう。今のままでは殴り書きをした線に絵の具を垂らしたようにしか見えず、全く想像がつかない。


 コーデリアの新しい日課ができた。落ちている刺繍を拾い集めて、縫い合わせていく。家族からどんな仕打ちをされても、刺繍が自分を待っているのだと思うと辛さを忘れられた。


 もう一つ、コーデリアには楽しみにしていることがあった。刺繍の端切れを縫い合わせていると、どこかから白い小鳥がやってくる。開いている窓にとまって、話しかけるように鳴くのだ。コーデリアが近づいたり刺繍を片付けると逃げてしまう。不思議な客の歌声はコーデリアの癒しになった。


 最初の一枚を見つけた二ヶ月後、コーデリアはついに刺繍を全て縫い合わせた。大きさはコーデリアの肩幅ほどだが、ずっしりと重い。


「不思議な模様だわ」


 この刺繍をした人物は、特定の模様ではなく図形や線を使って抽象的な絵にしたようだ。中央から外側へ向かって、放射線状に金色の線が広がっている。窓の近くで広げると金糸の光沢がより際立ち、刺繍が光を放っているように見えるのだ。


 あえて似ているものを挙げるとするなら、教会のフレスコ画だろうか。神の使いが空から降臨してくるときの、強烈な光のようだとコーデリアは感じた。


「お姉様。いるんでしょ?」


 ノックもなしにベルナデットが扉を開けた。今は膝の上に刺繍を広げている。ベルナデットがこの刺繍を見たら、欲しいと騒ぐに違いない。急いで片付けようとしても、もう遅かった。


 ベルナデットはコーデリアがいるソファに近づき、小馬鹿にする笑みを浮かべた。


「何よ、その汚い布。雑巾?」

「え?」


 いつの間にか金糸の刺繍はただの布になっていた。あんなに輝いていた金糸は一本も無く、刺繍の下絵が書いてあるだけだ。


「まあいいわ。お姉様のネックレスを貸してよ。青い宝石のやつ。大切なお客様と会うの」

「青い宝石って」


 思い当たるのは一つしかない。オーウェンと婚約したとき、彼がくれたものだ。


「駄目よ。あれは私の大切なものなの」

「意地悪ね。少しぐらい良いでしょ!」


 ベルナデットは裁縫箱をひっくり返した。


「何をするのよ!」


 急いでハサミや針を拾っている間に、ベルナデットは宝石箱が置いてある寝室へ入っていく。床に重いものを落とす音がする。追いかけた時にはもう遅く、ベルナデットの首には目的のネックレスが下がっていた。


 宝石箱は床に叩きつけられて、蓋が壊れてしまっている。


「ベルナデット。いい加減にして。それは私が婚約の証に貰ったものなのよ。あなたが気軽につけていいものじゃないわ」

「お姉様はもうオーウェン様の婚約者じゃないわ。だって私が貰ったもの」


 ベルナデットは勝ち誇った顔で言った。


「今日はオーウェン様が家に来るのよ。知っていた? 知らなかったでしょうね。だってオーウェン様はお姉様よりも私の方がお気に入りですもの。お姉様は真面目すぎてつまらない女なんですって」


 もうベルナデットはオーウェンとの仲を隠そうとしなかった。

 婚約者と妹の仲が良いことは知っていたが、面と向かって言われると辛いものがある。


「私たちが結婚しても、お姉様は家にいていいわよ。今更になって新しい結婚相手なんて見つからないでしょう? 家の仕事は全部、お姉様に譲ってあげる。これで公平よ。理解したら、そこをどいて」


 強く肩を押されて、コーデリアは尻餅をつく。とっさに手で体を支えたとき、鋭い痛みがした。拾い損ねていた針が手のひらに刺さったようだ。


 ベルナデットは目の前で怪我をしたコーデリアを鼻で笑って去っていった。


 ――どうして、私ばかりこんな目に遭うの?


 妹が嫌いだ。どんなにわがままを言っても、両親が全て許してしまう。妹を教育しない両親も憎い。二人がコーデリアに辛くあたるせいで、ベルナデットは何をしてもいいと学んでしまった。


 何をする気にもなれず、血がついた針を見下ろしていると、いつもは窓辺にいる小鳥が飛んできた。訴えかけるようにコーデリアの近くで鳴き、縫い合わせた刺繍のところへ飛んでいく。


 小鳥が刺繍の下へ潜りこんだ。下絵が端から金糸に変わり、ふわりと浮かび上がる。小鳥が持ち上げたとは思えない。見えない力で天井近くまで持ち上げられ、中央から弾けるように光った。


「コーデリア」


 眩しくてとっさに目を閉じたコーデリアは、自分を呼ぶ声に驚いた。目の前に薄灰色の髪をした青年が立っている。目を細めて優しく笑っているのに、薄茶色の瞳は冷ややかに光っているように見えた。


 扉や窓から入ってくる音はしなかった。小鳥が変化したとしか思えない。


「助けてくれてありがとう。散らばった私の力を集めて、一つにしてくれただろう?」


 青年の澄んだ声は、女性のようにも聞こえる。整った中性的な顔にはよく似合っていた。


「あなたは……?」

「天の使いとか、神と呼ばれることもあるね」


 青年は怪我をしたコーデリアの手に触れた。あふれ出した光が傷口を包んで、痛みを取り除いていく。


「さて、君にはお礼をしないと」

「今のはお礼じゃないの?」

「この程度はお礼のうちに入らないよ。君の願いを叶えてあげよう」


 コーデリアは迷っていた。青年が不思議な力を持っていることは間違いない。だが初対面の名前も知らない相手は信用できなかった。


「君は苦労しているみたいだからね。ほんの少し、生きやすくなる手伝いをしてあげる」


 やはり青年はあの小鳥だったようだ。


「じゃあ……家族が私に優しくなるようにして」

「それだけ?」

「ええ」


 青年はコーデリアの額にキスをして、姿を消した。


***


 翌日、コーデリアは朝食の席で父親から謝罪された。


「今まで悪かった。お前にばかり我慢をさせて、粗末な扱いをしていた」


 父親が自分の非を認めるなんて初めて見た。コーデリアは思わずフォークをテーブルの上に落としてしまった。


 食事中に不快な音をたてれば、母親が叱責してくる。身構えたコーデリアだったが、聞こえてきたのは優しい声だった。


「コーデリア。本当にごめんなさいね。あなたが傷つくようなことばかり言っていたわ。長い間気がつかなかったなんて恥ずかしい」


 涙をにじませた母親は、本気で言っている様子だった。


「お姉様。私も、自分の酷さをようやく知ったの。ネックレスを……いいえ、これまでお姉様から奪ったものを返すわ。オーウェン様のことで嘘をついてごめんなさい。彼はお姉様のことを真面目でつまらないなんて言っていないの」


 しおらしく謝るベルナデットは、昨日までコーデリアを馬鹿にしていた彼女と同一人物には見えなかった。


「これからは家族としてコーデリアと向き合おう」

「許してなんて言わないわ。あなたは私たちに対して怒る権利があるのよ」


 昨日までコーデリアを虐げていた家族が、今日は反省をしている。人間は一晩でこんなにも変わってしまうのだろうか。


 背筋が凍った。

 まるで家族の皮を被った別人だ。


 ――でも願い通りだわ。


 家族が優しくなった。ずっと望んできたことには違いない。


 この日以降、コーデリアは家族の中心になった。家族は当たり前のようにコーデリアを気にかけてくる。不快だったことを伝えれば、すぐに謝って二度としないよう気遣う。勝手にコーデリアの持ち物に触れない。家族がコーデリアに要求する時は怒鳴るのではなく、丁寧に話しかけてくる。人前でコーデリアを貶さなくなった。


 どれもコーデリアの望みだった。だが、その優しさは表面だけのものに思えてならない。


 すっかり変わってしまった家族に違和感があると思うのは、コーデリアだけだった。他人どころか使用人ですら、変化に疑問を持っていない。昔からこうだったと思わされているかのようだ。それともコーデリアだけ別の世界に紛れ込んでしまったのだろうか。


 母親が愛おしそうに髪を撫でてきた時は、その手を振り払いたくなった。

 父親が買ってくれたドレスを切り刻んでしまいたい。

 妹がコーデリアを呼ぶたびに、私はあなたの姉じゃないと言いたくなる。


「コーデリア。食欲がないの?」


 ある日の夜、話しかけてきた母親に腹が立ったコーデリアは、ふと思いついたことを言ってみた。


「ええ。たまには珍しいものが食べたいの。ねえ、お母様。明日の朝はお母様がスープを作って」


 貴族令嬢だった母親は料理なんてやったことがない。だが母親は嫌がるそぶりを見せず、にっこり笑った。


「そうね。たまにはいいかもしれないわ」


 翌日、食卓に出てきたのは野菜くずで煮込んだようなスープだった。料理長が作るスープとまるで違う。味付けが似ているのは、料理長が手伝ったのだろう。


「料理って難しいのね。次は上手くやるわ」


 手に切り傷を作った母親は、そう言ってコーデリアに微笑んだ。


 翌日も、そのまた翌日も母親は朝食のスープを作り続けた。次第に上達していく様子に不満を持ったコーデリアは、今度はパンを焼いてとお願いをした。


 きっと嫌になるだろう。そんな予想を裏切って、母親は料理長に習ってパンを焼き始めた。コーデリアの要求が増えていっても、母親は決してお願いを断らなかったのだ。


「お父様。新しいドレスが欲しいの」

「いいとも。好きなものを買うといい」


 父親にドレスや靴をねだると、多少の無理をしてでも買ってくれるようになった。父親はタバコを吸わなくなり、酒を止め、貴族同士の付き合いも制限してしまう。それでも金が足りなくなると、母親とベルナデットのドレスを買わなくなった。


 自分だけが着飾って家族がみすぼらしくなっていく。汚い家族と一緒にいるのが嫌になり、金品をねだるのはやめた。


「ベルナデット。あなたね、私の婚約者に近づきすぎなのよ」

「ごめんなさい、お姉様。もう二度としないわ」

「妹はね、常に姉の下じゃなきゃいけないのよ。私の婚約者より素敵な男性と結婚するなんて許されないの。もし格上の家から求婚されたら修道院へ逃げなさい」

「分かったわ。お姉様」


 あんなに言うことを聞かなかったベルナデットが嘘のようにコーデリアに従っている。けれど素直すぎて面白くない。


 どんなにコーデリアがワガママを言っても、家族はそれを受け入れた。


 あの青年の力は本物だった。強すぎたのだ。きっと。


***


「最近、君の妹が素っ気ないようだが」


 久しぶりにオーウェンと会ったとき、彼は当たり前のようにベルナデットの話題を口にした。


「前は挨拶と世間話をよくしていたんだが、今は挨拶が終わるといなくなってしまう。君が何か言ったのか?」

「世間体を気にしているのよ。姉の婚約者と必要以上に仲良くしていると思われたら、ベルナデットの婚約に響くわ」


「必要以上? ちょっと話しているだけじゃないか。外で密会しているわけでもないし。自意識過剰だ」

「あら。私に内緒で二人きりで会っていたのに?」


 オーウェンは、不満そうな顔になった。それがどうしたと表情が語っている。


「君が家にいなかったからだよ。お互いに暇だったから、軽くお茶でもどうかと誘われたんだ」

「そう。それなら仕方ないわね」


 本当は二人で示し合わせていたとベルナデットから聞いている。素直になった彼女は、オーウェンと密会していた時のことを全て喋ってくれた。


 オーウェンはコーデリアとの婚約に本気ではないと言って、ベルナデットと関係を結ぼうとした。両親がベルナデットに甘いことを見抜き、婚約者を入れ替えようとそそのかしたそうだ。


「結婚式のことだけど、もう少し準備期間を設けないか?」


 唐突に話題を変えたオーウェンは、こちらが聞く前に理由を話し始めた。


「我が家が手がけている事業が軌道に乗って、規模を拡大する案が出ているんだ。そちらに集中したくてね」


 言い訳だとコーデリアの直感が告げている。ベルナデットとの結婚が怪しくなってきたから、時間稼ぎがしたいのだろう。


「……上手くいっているようで何よりね。急いで結婚する理由もないわ」


 同意をするとオーウェンは嬉しそうに微笑んだ。


 以前は、彼の笑顔が好きだった。コーデリアよりもベルナデットが目的だと気がついたとき、淡い気持ちは消え去ってしまったけれど。


 同じ時期に、オーウェンは家を乗っ取るつもりではないだろうかと疑いを持った。伯爵家の三男であるオーウェンは、実家を継ぐ可能性が低い。自分で家を興す難易度は高いが、我が家への婿入りなら父親を説得するだけで済む。コーデリアさえいなくなれば、家とベルナデットの両方が手に入るのだ。


 ――オーウェンにとって私は踏み台でしかないのね。


 幸せな結婚なんて物語の中にしかないのだろう。


 その夜、庭に出ると例の青年が花壇の前でコーデリアを待っていた。


「調子はどう? 君の願い通りになったはずだよ」

「そうね。予想より違うけれど、だいたい同じだわ」

「おや。解釈が間違っていたかな?」


 青年は首を傾げた。月明かりの下で見る青年は精巧な人形のように綺麗で、どこか恐ろしい。整いすぎているのだ。優しく完璧になった家族のように、彼は人間とは違う生き物なのだろう。


 ――天の使いって表現した人は、本質を捉えていたのね。


「君たち人間は複雑だね。形だけ整えても中身は伴わない。元に戻そうか?」

「いいえ。今のままでいいわ」


 家族が別人になってしまったのは気味が悪いが、元の虐げられる生活には戻りたくない。


「じゃあお詫びに、もう一つ願いを叶えてあげようか」


 散歩に誘う気軽さで青年が提案した。彼にとって世界を変えるのは、箱庭をいじるように簡単なのだろう。


 ふと思い浮かんだのはオーウェンのことだ。このままオーウェンと婚約を続ける利点はあるのだろうか。貴族の結婚に愛は不要だとよく聞くが、一緒になる相手から疎まれるのは嫌だ。信用できない他人を家の中に入れたくない。


 愛されていない辛さは、これまで散々味わった。わがままどころか意見すら聞いてもらえない疎外感を、死ぬまで感じる必要がどこにあるのだろう。


 ――オーウェンも私に優しくなるようにお願いする?


 きっと青年は聞き届けてくれる。だが家族のように優しいだけの人形で満足できるだろうか。


 妹と通じていたオーウェンが許せない気持ちもあった。あんな男は捨ててしまいたい。婚約を白紙にして新たな婚約者を探すのは困難だから、惰性で続けているだけだ。


 ――でも、彼なら……?


 もっと「お願い」を工夫すれば、コーデリアが望む展開が待っている気がした。家のことは良い子になったベルナデットに任せて、どこかの家へ嫁ぐのも可能だろう。長女でなければ婿養子を取れないなんて法律はない。


 婚約者が決まっている男性に嫁ぐことだって可能かもしれない。例えば――王太子。


 願いを口にするだけで世界が変わる。コーデリアの心に久しく感じていなかった感情の昂りが襲ってきた。






 どの願いを叶えてもらうか思案中のコーデリアは、青年の言葉を聞いていなかった。


「君の願い通りになるのは最初だけだよ。幸せを維持できるかどうかは君の行動次第だからね。成功も破滅も君次第ってわけだ」

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
ベルナデットは主人公に一生恋愛できないように仕向けようとしたんだから、ベルナデットがなどと誰とも恋愛結婚できないようになればいいんじゃないんですかね。 自分が言い出したことだし
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