第六話 麻衣、勝ち残り大作戦! ⑤
その後も色々悪戦苦闘しながら、ようやく問題集の一ページ目を終えた頃にはもう時刻は十一時を回っていた。『フェアリーサークル』を出て、由真君と別れる。そして井上さんと一緒にバス停のとこまで来たとき、私は衝撃的なことを知る事になる。
「・・・もうバス無いし・・・・。」
私はバス停の前で途方にくれる。祐一の家はここから歩いて二時間くらいの所にある。今から徒歩で帰るのも厳しいものがあるし、大体、夜道を女の子一人で歩くのは危険だ。
「どうしよう、井上さん。」
そう言って井上さんを見つめる。
「・・・そんな捨てられた子猫のような目で私を見るな。私の家はペット禁止だ。」
「・・・ペットじゃないよ。」
当然しっぽも無ければ、首輪も無い。でも、井上さんは拒否した。
「だから、無理だって。」
「う~そんなぁ・・・。」
仕方なく井上さんと別れて私はその辺をぶらぶらと歩いた。しばらくしてあることを思い出す。
「・・・そうだ、由真君の家に行こう。」
考えついた答えはあまりにも簡単なものだった。走ってさっき来た道を戻り、由真君に追いつく。
「由真君!」
後ろから大きな声で名前を呼んだ。それを聞いて、由真君は後ろを振り返る。
「麻衣?どうした?」
「今日、由真君の家に泊まっていいかな?」
「そりゃいいけど。・・・何で?」
ここはなんて言えばいいんだろうか?正直にバスが無いって言えばいいのかな?それとも敢えてはぐらかしたほうが可愛いのかな?
「・・・いいじゃない、なんか急に泊まりたくなったの。」
後者を選択した。・・・由真君はなんか照れてるようだ。
「いいのか?祐一が心配するだろ?」
そう言っていたけど、私は敢えて答えなかった。
由真君の家に着く。ここに来るのはなんか久しぶりだ。
「こうやって由真君と二人で帰ってくるのって初めて。」
「そうだっけ?」
「うん、いつもは美鈴ちゃんとかいるし・・・。」
恥ずかしげに言う私。
「ああ、そうだ。今日は美鈴は家にいないからな。」
思い出したかのようにさらりと問題発言をする由真君。
「じゃ、じゃあ、さやかさんは?」
「いない。二人で出かけるから留守を頼むって今日置き手紙が会ったし。」
そう言われて、私は今日の朝の会話を思い出した。
『じゃあ、今日は頑張ってね』
『何を?』
『い・ろ・い・ろ・と。じゃあね~』
『何のことだろう?』
これのことだったのか、と今更気付く。今までの変な展開は全てこれのためだったのか?とようやく理解した。
「ん?何やってんの麻衣?」
「う、ううん。何でも、何でもないよ。」
様々な思いを乗せて、川上家の玄関のドアが開いた。今までこんなことなかったのに・・・。ついこの間まで普通に出入りしていた家なのに、何だか今までとは全く違うものに見えた。
・・・間が持たない。リビングで由真君と二人きり。まだ家に来てから二分ぐらいしか経ってないのに、もう私には五時間くらいに感じる。
「麻衣、何で小刻みに震えてんの?」
「し、知らないっ!」
極度の緊張による手の震え。まるで変な薬をしてる人みたいだ。
「・・・そんな薬とかじゃないからね。」
「はい?」
緊張の余り場違いなことを言ってしまった。私の顔がかあ~っと熱くなるのを感じる。これ以上ここにいたらなんか変なことになりそうだ。そう思い、あることを思い出す。
「あっ、お風呂・・・。」
「ん?」
「お風呂、入ってないや。」
間を持たせようと苦しい会話をする。・・・選択ミスだった。それを聞いて由真君の顔まで赤くなった。
「あ、ああ・・・そうだったね。入ってきたら?」
「うん、じゃあお先に・・・。」
そう言って、その場を離れた。・・・何とかなった、と心の中でほっと息をついた。
「・・・由真君も男の子だし・・・やっぱり、何も無いってわけにはいかないのかな?」
入浴中、急にそんなことが心配になる。そんなことを悶々と考えているうちに、私はある雑誌のことを思い出す。『高校生アンケート!付き合い始めて何ヶ月でする?』そんな内容の他愛も無いアンケートだ。でも、私はそれの内容を真剣に思い出す。
「確か・・・『二ヶ月~三ヶ月が七十五パーセントで、一ヶ月以内は十五パーセント、それ以上は十パーセント』だっけ・・・。」
その後、由真君と仲良くなった日を思い出す。
「えっと・・・確かあの日は新学期始まってすぐ、九月の始まりくらいで・・・今日は十月十七日だから・・・。」
十五パーセント。それが答えだった。決して高いものではない。でも低いものと言い切れるものでもない。
「・・・大丈夫、由真君は結構紳士だった・・・。」
そんなことを言って、気持ちを落ち着かせた。
時刻は深夜一時。お風呂上りの由真君とまた二人きり、私たちは先ほどの世界史の続きをやっていた。
「・・・ふぁ~。」
「麻衣、眠いの?」
「え?ううん、そんな事無いよ?」
私は由真君より先に眠るわけにはいかなかった。由真君を信用してないわけじゃないけど、万が一があるかもしれないからだ。
「まぁ、明日は学校無いしいいけどさ。」
「そういうこと、じゃあ続き。」
そう言って、次の問題をやらせる。
「あのさ、麻衣?」
「ん?なに?」
「今更だけど・・・二人きりなんだよな?」
「うん。」
「・・・・・・。」
由真君の様子がおかしい。・・・まさかこれは・・・。そう思い先制攻撃を仕掛ける。
「由真君、私と由真君って・・・一体どんな関係なのかな?」
これでもし、由真君が『恋人』と答えてくれるなら・・・私は・・・・そう思いそう訊ねた。
「・・・・どんな関係って・・・。」
ごくり、と唾を飲み込む。
「・・・・家族、じゃないのか?」
「はい?」
私は変な声で聞き返していた。
「家族。ほら、この家に住む人は皆、俺の家族だから。」
一瞬、何処かの芸人のようにずっこけそうになった。でも何とか持ち直す。
「・・・・・ああ、そうか。そうだったね。」
嬉しいような、悲しいような変な気持ちになる。気がつけば涙目になっていた。
「麻衣、どうした?どっか痛いのか?」
「ちが・・・これは・・・・嬉し涙だよ。」
私にもよく分からなかった。これは一体どんな気持ちで流した涙なんだろうか?
「きっと・・・由真君のおかげだよ。」
「???」
「私がこんなに嬉しいのも、悲しいのも。」
由真君は私の言っていることが理解できてないのか、首をかしげていた。
「いいんだよ、由真君はわかんなくて」
私はそのまま由真君に抱きついた。強く、強く由真君のことを抱き締めた。
「麻衣、昨日も同じこと言ったけど・・・・。」
「ごめん由真君、今日も手遅れ。」
当然、その後由真君に散々叱られた。




