第六話 麻衣、勝ち残り大作戦! ②
「小野寺さん、ちょっといいかい?」
昼休み、そう言って今村先生が手招きする。
「はい、なんですか?」
「いや・・・君の、成績のことなんだけどさ。」
「はい?」
私は図書室へと走った。・・・泣きながら。
「由真君!美鈴ちゃん!」
図書室に飛び込むとその予想通り、二人がいた。私は由真君にそのままの勢いで飛びついた。
「うわっ!どうした麻衣?」
「どうじよう!わだじ・・・・ビンヂだよ~!」
「分かったから、涙と鼻水を拭け!」
「うん・・・。」
「言っておくが俺の服で拭くなよ?」
「・・・・ごめん、由真君・・・もう手遅れ。」
「――――!」
由真君の声にならない声が世界にこだました。
「・・・・つまり、次の水泳の授業で25メートル泳げなかったら、留年するって事?」
私が落ち着いた後、冷静に美鈴ちゃんがそう言ってこれまでいきさつをまとめてくれた。
「うん・・・由真君、私どうしよう?」
「俺に言われても・・・大体体育は選択制だろ?何で水泳なんか・・・。」
「だって・・・バスケもテニスも卓球も苦手なんだもん・・・。」
「残ったのは水泳だけど、それもダメ、と。」
私はこくりと頷いた。運動オンチなのは生まれつきだからしょうがない。でも、流石に留年だけはいただけない。
「出来れば美鈴ちゃんに教えて欲しいんだけど・・・。」
「でもなぁ・・・私も水泳だけは苦手だからなぁ・・・。」
「そうなのか?初耳だぞ?」
由真君の発言に気を悪くした美鈴ちゃん。ニコニコ笑いながらこんな話をする。
「うん、昔々あるところにかわいらしい美鈴ちゃんがいました。美鈴ちゃんは当時、小学一年生だった由真君と一緒にお風呂に入りました。そこで事件がおきたのです。かわいらしい美鈴ちゃんは由真君のイタズラでお風呂に沈められてしまいましたとさ。・・・・ぶくぶくぶく~って・・・。」
美鈴ちゃんの笑顔が黒く見えた。由真君はそれを思い出したかのように声を出す。
「・・・あ。」
「あ、じゃない。それのせいで私に変なトラウマが出来たんだから。」
由真君は頭をぽりぽりとかきながら彼女に謝った。図書室に変な空気が流れる。二、三秒の沈黙の後、由真君が発言する。
「・・・井上は?」
「面倒だからいやだって。どうしよう・・・ほかにお友達もいないし。」
そう言った時、私はひらめいた。ここに・・・目の前にちょうどいい人がいたのを忘れていた。
「由真君、お願い!ほかに頼める人がいないんだよ~。」
「お、俺はやばいだろ?」
「そうなの?」
「ああ、そんなことしたらクラスの人に血祭りにされる。」
由真君は意地悪だなぁ、とそう思いながら私はさらに頼む。
「ホントにお願いだよ。・・・ダメ?」
そして私はこの間美鈴ちゃんに聞いた『おとこをおとすてくにっく』というものを実行した。両手を合わせて頼み込んだ後、潤んだ上目遣いで『ダメ?』と聞く。それを見て、由真君の表情が変わる。
「・・・・わかったよ。でも俺もそんなにうまくないからな?」
「ありがとう!やっぱり由真君はいい人だぁ~!」
そう言って、彼の腕に抱きつき、その後美鈴ちゃんにアイコンタクトをする。
『助かったぜ、同士よ!』
『おうよ、よくやったぜ!兄弟!』
「あ、あのさ、麻衣・・・そろそろ離れて・・・。」
「ありがとう~」
由真君がそう言っても、私は腕を放さなかった。
「麻衣、遅いな・・・。全く、何やってんだか。」
支度を済ませ、由真君は先にプールで待っている。私はその頃、美鈴ちゃんと一緒に掃除当番の真っ最中。教室の机を並べていた。
「そういえば、由真君って水泳だけは上手だったなぁ・・・。」
美鈴ちゃんが思い出したかのようにそう呟いた。
「そうなの?でもこの間、インドア派だって言ってなかった?」
「そうなんだけどさ・・・なんでだろ?不思議と水泳だけは上手いんだ。中学に入ったとき、水泳部の人たちに勧誘されてたこともあるし、一回試しに仮入部したときにそこのキャプテンより早かったって言ってた。」
「ふうん・・・。」
相槌を打ちながら、私はこの後のことを想像した。
由真君と一緒にプールで泳ぐ練習・・・。由真君と二人っきりで・・・。あ、今気付いた。
「どうしよう、由真君と二人っきりだよ!?」
「そうだよ?今更何言って・・・?」
「しかも、スク水だよ!?初めての水着姿お披露目が学校のプールでしかもスク水ってどうよコレ!?」
「普通だと思うけど?・・・いや、普通じゃないのかな?今時は?」
私は今更ながら大変なことをしていることに気付いてしまった。二人きりで水泳の練習・・・。これは結構ありえない展開なのでは?
「最後は最低でもキスはしないとね」
美鈴ちゃんはさも当然のように私の心の中を読んでいた。
「・・・って言うか美鈴ちゃん。私の心の中を何で読めるの?」
「分かりやすい展開には分かりやすい想像がつきものなのさ。ふふふ・・・。」
意味が分からないけど、とりあえず美鈴ちゃんだからという理由でその話を終わらせた。
掃除も終わり、由真君の待つプールに向かう。
「待たせちゃったかな・・・?」
独り言で後ろめたさを適当にごまかしつつ、私は更衣室に入った。
「・・・・由真君、お待たせ。」
長時間待たされてちょっとご機嫌斜めな由真君がそこにいた。私は少しドキッとする。
「・・・じゃあ始めようか?」
「えっ・・・何を。」
私は焦っていたためかなりアホなことを聞いてしまった。それを聞き、由真君の表情が急に笑顔になる。
「麻衣、水着で山に登るのか?」
「・・・泳ぐんだったね。」
「そういうこと。」
そうして、私たち二人の練習がスタートした。
その一、潜ってみる。
「じゃあ、潜ってみて?」
「え?それじゃ息できないよ?」
「・・・・そりゃあな・・・それで息できたら人魚さんだ。」
「・・・じゃあ、潜ってみるよ。」
「・・・・・・・・。」
ぶくぶくぶく・・・。
「・・・・・・・・・・。」
ぶくぶくぶくぶく・・・。
「麻衣、もういいぞ。」
ぶくぶくぶくぶくぶく・・・・。
「・・・・死ぬって・・・。」
ぶくぶく・・・ぶく・・・。
・・・しばらくお待ち下さい。
「あはは、私、人魚さん・・・・。」
「麻衣!死ぬな~!」
その二、バタ足してみる。
「全く、子供じゃないんだからさ。しっかりしてくれよ?」
「あははは・・・すいません。」
「じゃあ、今度はバタ足。手、掴んでてあげるからその辺一周してみるぞ?」
「う、うん・・・。」
バシャバシャバシャ・・・。
「膝から動かすんじゃない。足の付け根の方から。」
「きゃあ!」
「な、なんだよ?」
「今、変なとこ触ろうとした!」
「そんなことするか!」
「美鈴ちゃん、男の子は狼さんだよ・・・。」
「ちがうっての!」
その三、いっその事クロールに挑戦。
「じゃあ、クロールでここまで泳いで見て?」
「無理だよ・・・それが出来ないんだから苦労してるんだから。」
「泳げたら、この後『フェアリーサークル』でパフェおごるからさ。」
私の目の色が変わった。・・・今の私に不可能は無い!みたいな勇気がわいてきた。
「行くよ!由真君!」
バシャバシャバシャ・・・ぶくぶくぶく・・・。
・・・しばらくお待ち下さい。
「由真君、パフェじゃ人って変わらないんだね・・・。」
「ああ、そうだな・・・。」
その四、反省会。
私たちはフェアリーサークルで反省会中。
「何がいけなかったんだろう?」
「『運ち~ズ』に運動を強要する日本社会かな?」
「由真君、じゃあ日本変えてみる?」
「よっしゃ、日本刀を持って国会議事堂に乗り込んでやる。」
私たちはココアを飲みながらそんな馬鹿話に花を咲かせていた。




