第五話 美鈴、学祭の夜に ④
「・・・・・もういいかな。」
人気の無い場所を探して私は立ち止まる。そこに座り、胸を押さえる。
「・・・・・・痛い・・・・。」
いつもの『痛み』だ。何とか人のいないところまで我慢していられたが、もう限界だった。私はうめき声を上げる。
「・・・うぅ~・・・・。」
痛くて涙が出た。悲しくて涙が出た。・・・悔しくて涙が出た。
「・・・何で・・・お姉さんは・・・いつもこうなのかな・・・・。」
「・・・・・大丈夫ですか?」
誰かに声をかけられた。でも私は無視した。・・・誰にもかまって欲しく無かったから。
「美鈴先輩・・・・。」
「・・・・・。」
その人が私の隣に座った。
「俺も同じ気持ちですよ・・・・正直悔しいっす。」
「・・・・・・。」
「でも、あれが正しいんですよね?・・・俺たちが間違ってるんですよね?」
「・・・・・グスッ・・・・。」
私が頷くと、その人はハンカチを貸してくれた。
「・・・ありがとう。」
「・・・いえ。」
「・・・・・私たちが・・・間違えたんだよね。」
「そうだと思います・・・。」
その人の顔を見る。麻衣のように真っ直ぐな瞳のその人は私をじっと見詰めている。
「・・・・そんなに見ないでよ・・・。」
「・・・すいません。」
そうだ、この人の言ったとおりだ。私は間違えたのだ。恋をする相手を・・・。
「・・・・あのね・・・祐一君。私・・・・・」
その頃、麻衣の方では由真君が正気を取り戻していた。
「・・・由真君、大丈夫?」
「麻衣・・・・お前・・・。」
「嫌だった?」
麻衣が顔を近づける。
「私とじゃ・・・嫌だったかな?」
由真君は耳まで赤くなってそのまま黙ってしまった。
「・・・・・やっぱり、美鈴ちゃんとかの方が良かったのかな?」
「それはない。」
冷静なツッコミだ。・・・正直そこまで言われるとムカつく。
「麻衣でよかった。」
「・・・・・・由真く・・・・。」
かあ~っと麻衣の顔が赤くなる、そしててっぺんからボンッと煙が上がった。
「麻衣!」
「ふみゅう~。」
そのまま麻衣は倒れた。・・・そしてそのまま一時間ほど目を覚まさなかったという・・・・・。
「・・・・な~んか置き去りにされてるような・・・最近出番少ないし。」
そう言って、さやかは歩き出した。体育館で私たちの劇を見た後、彼女は何をするわけでもなくぶらぶらとそこら辺を歩いていた。
生徒玄関のところで彼女はある人を発見した。さやかはその人のところへ向かい、挨拶する。
「こんにちは」
「あっ・・・さやかちゃん・・・こんにちは。」
まどかだった。彼女はさやかを見て軽くお辞儀をした。
「ゆーちんの劇、見てました?」
「うん。最後はすごかったね。・・・こうぎゅ~って・・・。」
「あはは・・・苦しいよぉ。まどかさん。」
そのままの格好でまどかは歩き出す。当然、さやかをぎゅ~ってしたままだ。
「・・・は、恥ずかしいよぉ。」
「いいからいいから」
そのまま歩いてさやかを図書室前に持っていく。はたから見ると怪しい限りだ。
「・・・なんなんですか!?」
「由真、どこにいるか知らない?」
「知らないですよ。私もゆーちんを探してるんですから。」
ようやくまどかは彼女から腕を放して。いつも通りにこっと微笑んだ。
「そっか・・・・じゃあさ、さやかちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど・・・・・いいかな?」
「はい?」
突然彼女はさやかにもたれ掛かる。
「あ、あの・・・まどかさん?」
「・・・・保健室・・・どこかなぁ・・・。」
彼女の顔はまるで死人のように青ざめていた。
『・・・・私はあきらめない。由真君のこと・・・絶対にあきらめないから。』
私は今、由真君と麻衣のいる控え室に向かっている。この間はちゃんと聞いてもらえなかったけど今度こそ麻衣に宣戦布告をするためだ。
『性格悪いよね・・・私。麻衣のこと応援してるって言ったのに。』
祐一君は何も言わなかった。結果の分かった戦いを挑む様な真似をするわたしを止めようともせず、ただ一言、『頑張ってください』と言ってくれた。
「麻衣!」
勢い良く控え室のドアを開ける。そこにいたのは由真君一人だけだった。由真君はさっきまで燃え尽きていた椅子に座り、私を見るとすぐに話しかけてきた。
「美鈴、どこ行ってたんだよ?」
「・・・ああ、ちょっと祐一君とお話を・・・・。」
由真君の隣に座る。彼はちょっとだけ私から距離をとる。
「・・・あのさ、美鈴・・・・さっきの劇のことなんだけど・・・。」
「うん。なにかな?」
「あのシーン・・・俺が台本、見たときは無かったんだけど・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
私はあえてそのことに関して何も言わないことにした。
「・・・・美鈴?」
「ちょっと悔しいかな・・・お姉さんは。本当の弟のように可愛がっていた由真君、取られちゃうのは・・・。」
「美鈴・・・何言ってんだよ。俺は・・・・。」
間髪いれず私は悪魔さんの指令を聞いた。そしてそれを口に出す。
「・・・今日の夜、私、待ってるから・・・・。」
「えっ?」
「ちゃんと言ったからね。」
そう言って私は控え室を後にする。
「・・・・これで良いんでしょ・・・まったく、もう・・・・・。」
私の傍らでうんうんと頷く悪魔さんの頭をなでながら私は一人で赤面し、今更自分の言ったことを後悔した。
「ホントに来たらどうするんだよぉ・・・・。」
しかし、悪魔さんはそのことに関して何も言わなかった。
「・・・・んん。」
麻衣は保健室で目を覚ました。今現在の自分の状況を確認し、その後、大きく伸びをする。
「保健室・・・?なんで?」
「倒れたそうですよ。まったく、キスで興奮しすぎたんじゃないですか?」
声がしたので、彼女はベッドから降りてその人を確認する。そこにいたのはさやかだった。
「さやかさん・・・先生は?」
「さっき用事があるってどっかいっちゃいましたよ?」
さやかはだらしなく椅子に座り、机にうなだれている。そんな姿を見て、彼女は少し微笑んだ。
ふと視線を別のところに移す。すると自分の寝ていた隣のベッドにまどかがいるのを発見する。
「・・・まどかさん?どうしてここに?」
まどかは静かに寝息を立てていた。
「・・・まどかさんの事知ってるんですか?」
「うん、ちょっとね。」
そう言ったとき、さやかが自分の唇に指を当てて。麻衣の顔を見詰めた。
「な、なに?さやかさん?」
見詰められて、彼女は顔を赤くする。
「ゆーちんとキスしましたよね?」
「・・・・・うん。」
「じゃあ今、委員長先輩とキスしたら、ゆーちんと間接キスになるのかなぁ・・・?」
「なっ!?」
麻衣はぐぐっと顔を近づけるさやかを必死で押さえつけた。
「あはは、冗談ですよ」
「もう・・・・さやかさんまで・・・。」
麻衣は再びまどかに目を向ける。無防備に眠る彼女の顔はとても綺麗だった。
「・・・ところでまどかさんは何でここで寝てるの?」
「ちょっと気分が悪いらしいです。横になったらすぐ治るって言ってましたよ。」
「ならいいんだけど・・・。」
一息ついて、窓から外を見る。もう夕方になっていた。
『えー本日の演劇発表はこれで終了しました。』
体育館の方からそんなアナウンスが聞こえてくる。
「はぁ・・・結局、なにも見れなかった。」
さやかがため息混じりにそう言うのを聞きながら麻衣は空を見つめた。夕焼けの空はとても綺麗で・・・とても眩しかった。




