第五話 美鈴、学祭の夜に ③
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「詩織は・・・君の『ビーダマの人』だ・・・。」
「・・・だからお前はそんなことを言ったのか?」
夕菜はこくりと頷く。
「あの子には・・・これ以上辛い思いをさせたくない・・・だから・・・・もうあの子には会わないで下さい。」
「・・・・・・・分かった。」
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「・・・・由真君、ホントかっこいいなぁ・・・。」
「・・・・・惚れちゃった?」
私がそう言った瞬間、麻衣は口にしていたジュースを勢いよく噴出した。
「ゴホッ・・・・な、何を突然?」
「由真君、かっこいいもんねぇ~」
そういいながら私は麻衣の頬をつんつんとつつく。彼女の顔が赤く染まった。
「や、やめてよ、そういうの・・・・・。」
その後しばらく会話は途切れた。十分くらい劇が続き、とうとうラストシーンに差し掛かる。麻衣の出番だ。
「じゃあ、行ってくる。」
「麻衣、一発頼むよ!」
「・・・・・あ、あのさ、美鈴ちゃん・・・・あの・・・本当に・・・」
麻衣は口ごもりながら小声でそう言っていたが出番が近づいてきていたので私は背中を押した。
「うん、麻衣の思うようにやればいいって。ほら!行って来なさい。」
「・・・・・・うん。」
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最後の舞台は最初に九十九がいたあの道。バスに乗ろうとする九十九を詩織が呼び止めた。
「九十九さん!」
「・・・・・詩・・・・織?」
「はぁ、はぁ・・・・もう間に合わないかと思った・・・・。」
「お前・・・・記憶が・・・?」
「あの・・・・私、思い出したんです・・・・。」
詩織はそう言ってポケットからビーダマを取り出した。
「・・・・ビーダマの人・・・実は私だったんです・・・・・・。」
「詩織・・・・そっか・・・お前が・・・・。」
「?・・・九十九さん、何で泣いてるんですか?」
「・・・・なんでもないんだ・・・。」
「??・・・変な九十九さんだなぁ・・・・。」
詩織がハンカチを出して、九十九の涙を拭く。そしてその後、
「・・・・・夏になったら・・・・また来てくれますか?」
「詩織・・・ああ、また来るよ。お前にまた・・・会いに来る。」
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私はふと思い出した。この後のシーンを。そうだ・・・この後私の悪魔さんが用意したシーンは・・・・。
「・・・ん・・・・。」
「・・・・・麻衣・・・?」
由真君が素に戻る。そう、用意したシーンは『キスシーン』だ。麻衣は冷静に次の台詞を言う。
「じゃあ、来年の夏・・・・楽しみにしてますね」
「・・・・・・ああ。」
「・・・・ばいばい。九十九さん。」
「・・・・ああ。」
由真君は呆然としている。本来ならそこでバスに乗って劇は終了だったのだが、そのことを忘れてしまったようだ。
「・・・・由真君、歩いて。」
ぼそっと麻衣がそう言う。しかし、彼は無反応。
「・・・・あぁ~もう・・・・。」
小さな声で彼女はそう言い、由真君を抱きしめた。会場は歓声に包まれる。
「・・・由真君、しっかりしてよぉ・・・・もう・・・。」
麻衣がそう呟いたのが聞こえたので、私は仕方なく強引に舞台の幕を下ろさせ、劇を終わらせた。
劇が終わった後も、彼は廃人状態だった。真っ白に燃え尽きた由真君を見ながら私たちは反省会中だ。
「美鈴ちゃん・・・どうしよう?」
「ほっとけば直るでしょ?」
ため息まじりにそう言うと、突然麻衣が頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「えっ?・・・なに?何で謝るの?」
「だって・・・・由真君に勝手にあんなこと・・・・。」
そう言った後も涙目になりながら彼女は必死で私に謝ってきた。その姿を見て、私は笑う。
「私が台本に書いたんだから、いいの。」
「でも・・・・。」
「っていうか。私はもともと由真君と麻衣をキスさせるためにこれ書いたんだよ?作戦通りなんだからね。」
「へ?・・・そうなの?」
唖然と私の顔を見る。私は微笑みを絶やさない。
「・・・・美鈴ちゃん!」
「あははは~麻衣と由真君のファーストキスをプロデュースしちゃった~」
そう言いながら由真君と麻衣を残して部屋を出た。




