第四話 由真、いろいろあります、いろいろやります ④
今更もう気にしないが、俺たちは最近遅刻ばっかりしている。いい加減早く起きないとまた遅刻して今村の野郎に怒られる・・・。
でも、睡魔には勝てん。そんなわけで二度寝。しかしそれを許さぬは我が家に巣食うあく・・・もとい、いとこ。
「由真君。もう朝だよ~。」
「・・・・・・お前の朝のタイミングで起こされたらたまったもんじゃない・・・。もう少し寝かせろ・・・。」
携帯を見て時間を確認する。現在時刻四時三分。・・・これは俺に落ち度は無いよな?悪いのは異常に早く起こす美鈴だよな?
「・・・せめて五時にしてくれ・・・・。このまま起きたら学校で寝て木田に殺される。」
「そんなの私の知ったことじゃないよ。由真君にはさやかを起こしてもらわないと。」
さやかを起こすのはいつも八時。・・・じゃあ何で早く起きる必要があるんだよ。・・・頭の中でそう思うが、眠いせいで声が出ない。
「私は朝練があるんだよ。だから早く起きておじさんとさやかの朝食作ってよ。」
「オイ!いつも気になっていたが、なんで天文部に朝練があるんだよ!」
俺は飛び起きた。しかしそれよりも早く彼女は部屋から出て行った。・・・ホントに謎な人だな、彼女は・・・。
適当に朝食を作り、さやかをいつもの方法で起こす。親父はあえて起こさず、そのままにして学校へ向かった。学校へ行くと、いつも通りのハミられ状態・・・かと思いきや。なんと俺に話しかけてくる人がいた。いかにも現代の女子高生のような見た目、茶色に染められた髪・・・井上加奈だ。
「おはよう・・・由真。」
「はい?・・・・・あ、ああ。おはよう。」
驚いて俺もとりあえず挨拶した。
「あのさ、ちょっといいか?」
そう言って、彼女は廊下の方を指差す。俺はクラスの連中の視線が集まるのを感じながら、彼女についていった。
「何のようだよ?」
「・・・・麻衣に謝りたいんだ。」
うつむいて彼女はそう言う。
「・・・・今更何言ってんだよ?」
「分かってる。美鈴にもそう言われた。でも・・・私は。」
今にも泣き出しそうな彼女の表情・・・。今までこいつがこんなにも真剣になっていたことがあっただろうか?
「・・・違うって。そうじゃなくてだな・・・」
「あっ!由真君、井上さん、おはよう!」
俺が喋っている横から綺麗な声が聞こえた。横を見ると笑顔の小野寺麻衣が立っている。
「・・・・・おはよう。」
井上がそう言うと、彼女は俺たちに近づいて来る。
「二人で何のお話?」
「え?いや・・・なんでもないって・・・ホラ!あの学祭の劇のことで話があって・・・なあ、井上!」
「ええっ!・・・・あ、ああ。そうだよ。」
俺と井上が二人であせっているのをまったく気にしないで、麻衣はすぐに教室へ入っていった。
「ふう・・・分かったか?井上。彼女にとってはもうお前は友達だ。」
「友達・・・?」
「そうさ・・・だから謝る必要なんてない・・・・。俺も彼女と話してるとなんかそんな気になるんだよな・・・。」
そうシメたところで俺は教室に入ろうとする。しかし彼女は俺の肩を掴んで放さない。
「なにかな?何故俺の肩を掴んでる?」
「・・・つまり、由真。お前は麻衣に謝らなきゃならないようなことをしたんだな?」
「え?あ・・・いや・・・・その~。」
井上から美鈴と同等の黒いオーラが出ている。これはやばい。
「言ってみろ。一体何をした?」
「え~っと・・・・・。」
・・・・誤解を解くのはかなりのテクニックを要する。午前中の全ての休み時間を使って俺は彼女の誤解を解いた。
そして待ちに待った昼休みになる。俺は迷うことなく図書室へ向かう。
「麻衣、いるか~?」
「・・・・由真さん?」
そこにいたのは祐一だった。こいつも麻衣に会うために来たのだろう。・・・このシスコンめ。と心の中で思いつつ俺は会話を進める。
「祐一、麻衣は?」
「知らないっすよ。」
「ああそう・・・・。」
・・・会話終了。俺はこいつのようなタイプは苦手だ。おとなしいって言うか・・・冷徹って言うか・・・とっつき辛いって言うか・・・。
「やあやあ、さっきから人には言えない場所が妙にかゆいお姉さんの登場ですよ」
女性にあるまじき台詞を言いながら、美鈴が現れた。
「お前は自分が女の子だって自覚はないのか?」
「そういう性差別は好きじゃないなぁ」
そう言って彼女は肩を落とす。
「由真さん、美鈴先輩、俺はつっこまないですよ。」
祐一は不毛な会話の危険さを悟ったのか俺たちの会話をすぐに止めた。・・・わかってるじゃん、さすが祐一。
「あのさ、由真君。今日から劇の練習したいと思うんだけど・・・いいかな?」
唐突に美鈴は聞いてくる。断る理由もないし俺は頷いた。・・・っていうか早く始めないとまずいだろ?
「先輩のクラス、劇なんですか?」
「そうだよ~私が作ったんだ」
それを聞いて一瞬、明らかに嫌そうな顔をした。しかし、彼女に悟られないようにすぐ元の表情に戻った。
「ちなみに祐一君のとこは何するのかな?」
「ああ、俺のクラスは何か『世界の駄菓子博物館』とか言うのを教室に作るみたいですよ。」
世界の駄菓子・・・駄菓子は日本だけのものではないのか?すげぇ気になる。
「ほほう・・・すごいねえ。最優秀狙いだねえ。」
この学校は学校祭をクラス対抗で競いあうという正直どこにでもありがちなシステムになっている。しかし普通の高校とかの年功序列ではなく完全実力主義で、時には三年が最下位で一年が優勝してしまうケースもある。そのため優勝した一年の生徒が部活などで肩身の狭い思いをする、いわば後腐れが発生する正直嫌な学校祭なのだ。
「そうなんですけどね、そのせいで真剣にやらない俺みたいなのはずいぶん肩身が狭いですよ。」
「だろうな・・・。俺らのクラスは真剣にやらないのが多数だから真面目な俺たちが肩身が狭いよ・・・。」
俺が冗談交じりでそう言っている横で美鈴がポン、と手を叩いた。
「じゃあさ、祐一君。私たちのクラスの『お手伝い』しない?」
学校祭による後腐れを解消するにはどうしたらいいか?それは前もって先輩方のクラスを手伝っておくことだ。そうすることで先輩方と仲良くなり、どうにか後腐れを緩和―――あくまで緩和だが・・・することができる。それが長年もの学校祭の歴史の中で派生した制度、『お手伝い』システムだ。言ってしまえばご機嫌をとるのだ。
「・・・ずいぶんと長い説明だったな。」
俺を無視し、話をどんどん進める二人。
「俺は別にいいですけど、何やればいいんですか?」
「う~ん。大道具とか作れる?」
「そういうのは得意ですよ。」
「ホント?じゃあお願いできるかな?」
「お安い御用ですよ。先輩。」
「・・・あのさ、さっきから気になってたんだが。何で俺は『由真さん』で、彼女は『美鈴先輩』なんだ?」
俺は素朴な疑問を祐一に投げかけた。すると思いがけない方向から答えが返ってきた。
「ゆうは本当に先輩として尊敬している人だけに先輩って呼ぶんだよ。」
後ろから女の子の声が聞こえて、俺は後ろを振り返る。背は麻衣と同じくらいだろうか、いや少し小さいくらいか・・・。髪の毛は金色でふわふわな感じ。まるで外国の人形のようなその少女は祐一にずかずかと近寄ってきた。
「・・・なるほど。つまり俺は祐一に認められて無いと・・・。そういうことかい?」
「そういうことです。川上由真『先輩』。」
『先輩』の部分だけ妙に強調して彼女は俺をじっと見つめた。その後ため息を一つつき、祐一の方を見た。
「都、何でここに?」
「ゆう、いないと思ったらここにいたのね。ホントにサボり魔だな。今日は昼休みに皆で集まって話し合いするって言ったじゃない。」
都と呼ばれたその娘はこちらを睨んで来る。
「ゆうを変なことに巻き込まないで下さい!こっちは忙しいんです!」
こいつ・・・かわいいのは外見だけか。先輩に対してそんな態度とりやがって・・・。そう思っていると美鈴がすぐに反応した。
「忙しいのはこっちも同じだよ。遠野都さん?」
「そっちはただの劇じゃないですか?こちらは最優秀狙ってますから、そんな適当なものを手伝っている暇はないんです!」
「・・・・遠野さん。私もいい加減怒りますよ?」
美鈴から殺人的なオーラが発生した。おそらく今の彼女は恐らくサイヤ人とかよりも強いだろう。
「都、後で行くから先、戻ってろ。」
オーラの量を見て勝ち目がないと悟ったのか、都も引き下がる。
「うぐ・・・わ、わかったわよ!・・・美鈴先輩、覚えていなさい!」
都はそう捨て台詞を吐き、図書室を去った。
「なんだぁ・・・あの娘はオーラ無いのか・・・。」
・・・あったらどうする気だったんだ?でもそれ聞かないでおこう。
「・・・で?あの娘は何だ?」
咳払いの後、俺がそう聞いた。美鈴はあの娘のことを知っていたようだけど・・・。
「ああ、都のことですか?遠野都って言うウチの委員長ですよ。」
「・・・祐一君の中学では生徒会長やってて、しかもスポーツ万能、成績優秀。なのに何故か超名門『桜花女子大付属高校』の推薦入学を拒んで、こんな辺鄙な高校に入学・・・そして現在に至る、と。」
途中から美鈴が答えた。・・・何故そんなに詳しいのだろうか?
「都の事、知ってるんですか?」
「業界を騒がせたからねえ・・・彼女は。」
「・・・業界って何だ?」
「それはさておき、手伝ってくれるのかな?」
「いいですよ。都の言うことなんか適当に聞いとけば言いですし。」
「・・・・俺の話を聞け!」
「ありがとう!嬉しいよ。正直人手が足らなくて困ってたからね。」
そう言って彼女が手を出す。祐一はそれを握り、握手をする。
「契約成立・・・かな?」
「・・・・ですね。」
「俺を無視するな~!」
そう言っている間に昼休みは終わった。結局、麻衣はその日、図書室には来なかった。一体どこへ行っていたのだろうか・・・?




