第三話 美鈴、私の悪魔さん ④
つらく長い授業も何とか乗り切り、昼食の時間になった。私は麻衣と一緒にお昼を食べる予定だったので、一階の図書室に向かう。
その途中で井上さんに遭遇した。私はすれ違う瞬間「こんにちは。」と挨拶する。彼女はその時何も言わなかったけど、私が五、六歩進んだくらいで、彼女に手を掴まれた。
「美鈴、ちょっといいか?」
「井上さん? 何かな?」
彼女の頬には麻衣が殴った跡が残っている。私はその跡だけを見詰めていた。
「私、あいつに謝らないと・・・。」
「・・・もう、遅すぎるんじゃないかな?」
私は冷たく彼女を否定する。・・・だって彼女は先頭に立って彼女をいじめていた人・・・そんな人を許すことなんて・・・。
「私には出来ないよ・・・。」
「美鈴・・・・・そうだよな・・・ごめん。」
私はそれ以上何も言わず、その場を離れた。
・・・これでよかったんだよね、麻衣? と心の中で呟いて、私は彼女の待つ図書室へ向かった。
図書室へ着く前にまた自分の知っている人に遭遇した。二年生の中で成績トップクラスの優等生二人、月島健太と村上公浩。私を見てなんだか逃げるように去っていった。・・・一体なんだろうか?
まあそんなことはさておき私はようやく図書室へたどり着いた。中に入り、麻衣の姿を確認し後ろから思いっきり抱きついた。
「ま~い!」
「ひゃ・・・・・・もう! 脅かさないでよ美鈴ちゃん。」
そう言った彼女の声は震えていた。やりすぎたか、とちょっと反省する・・・。
「ごめんごめん、麻衣。」
「もう・・・やめてよ・・・。」
その時、彼女が手に持っているものに気がつく。一枚の白い封筒だ。
「あはは~麻衣、もしかしてこれラブレターかな?」
そう言いながら私はそれを彼女から取ろうとする。
「あっ!美鈴ちゃん、それは・・・ダメ!」
彼女が止めたときはもう遅かった。私の手から一滴の血が流れ落ちる。
「えっ? ・・・・なにこれ。」
「あの・・・あのね・・・美鈴ちゃん・・・」
「何なのこれは!」
私は激怒した。こんな陰湿な嫌がらせをするやつを私は許せなかった。
「麻衣! 誰がこんなことやったの?」
「・・・あの・・・わかんないよ。」
「嘘! こんなことするやつなんて限られてる! あなたなら犯人を・・・」
「美鈴ちゃん!」
麻衣の声に反応するかのように『痛み』が走った。
「・・・ホントに知らないよ。こんなイタズラ初めてだし・・・。」
「あ、そう・・・なんだ。」
鈍い痛みが胸だけじゃなく体全体に走る。私は麻衣に悟られないように、必死でこらえた。
「・・・落ち着いて、後でさやかさんと由真君に相談しよ?」
「・・・・・うん。」
一回頷き、椅子に座る。
・・・封筒の中にはカッターの刃が四隅にしっかりと固定されていて、中には「死んじゃえ」とか「いなくなれ」とか書かれたメモ紙がたくさん入っていた。それを見て、私はふと昔のことを思い出す。
五年前、大体小学六年生くらいの頃のことだ。私の家ではお父さんが仕事でミスをして誤って人を殺してしまった。直接殺したわけじゃないので、当然罪にはならなかった。その当時、私もさやかもその事件のせいでいろいろと学校でいじめられた。そんなときに私も同じようなものを机の中に入れられたことがある。
「ふう・・・。」
『痛み』も治まり、私も冷静に戻った。すると、ある考えが浮かぶ。
さっきの二人・・・・まさか。
「麻衣、実はさっきね・・・・」
先ほどの二人のことを麻衣に話す。すると予想通りの答えが返ってきた。
「そうか・・・なるほど・・・。」
「あ、あの、美鈴ちゃん? ダメだよ? まだあの二人だって証拠が無いし・・・・それに。」
「それにって何? 悪いのはあの二人だよ?」
彼女は首を横に振った。
「違うよ、悪いのは私だよ・・・。だから、もういい・・・・。」
「・・・・・・・」
私は彼女の悲しそうな表情を見て、もう何も言えなかった。
「ご飯、食べよ? 美鈴ちゃん。」
「うん・・・・・。」
放課後になる。私は天文部の部室へ向かった。部といっても部員は私一人。私以外誰もいない静かな部室の中で私は一人で考え事をしたり、本を読んだりしている。でも今日はそんな気分にはなれない。椅子に腰かけ、はぁ。とため息をつく。
「なんであの子はあんなに強くいられるのかな・・・・?」
私は弱い人間だから、麻衣の強さに憧れを覚える。あんなにいじめられていても、でもクラスのこととかちゃんと考えて、頑張っている。
「すごいなぁ・・・麻衣は。」
「・・・・それほどでもないけどなぁ。」
後ろから麻衣が現れ、そう言われた。びっくりして後ろを振り返る。
「麻衣・・・・・なんでここにいるの?」
「えへへ・・・待ってたら来るかな~って思ってずっと隠れてたんだ。・・・あんまり遅かったから、来ないのかなって心配になっちゃったよ。」
それは第一章の私の手口だって・・・・。
「あのね、美鈴ちゃんに聞きたいことがあって・・・・。」
「何かな?」
「学校祭の発表についてなんだけど、みんなに聞いても誰も意見が出ないし・・・。」
「そうだねぇ・・・・劇かなんかやるんだっけ?」
「うん・・・・・。」
劇・・・・これはもしかしてチャンス? 私の悪魔さんがぴくっと反応し、指令を送る。
「じゃあさ、私が作る劇。やってみない?」
「え?」
「私が台本作るの。どうせ意見なんか誰もしないんだから、文句ないでしょ?」
腹黒悪魔さんはニヤニヤ笑っている。
「うん・・・・確かにそうだと思うけど・・・。」
「じゃあ、やろうよ! たのしみだなぁ・・・。」
私が楽しそうにそう言うと、私の傍らで悪魔さんは不敵な笑みを浮かべていた・・・。
麻衣と一緒にすぐに帰宅し、台本を書こうと机に向かう。・・・悪魔さんのサポートもあり、台本が完成するのに二時間とかからなかった。私は完成した台本をリビングに大急ぎで持っていく。時刻は八時を過ぎた頃だった・・・。
「これをやるのか・・・・?」
「うん」
「すごいなぁ・・・こんな台本書くなんて。」
「ふっふ~。もっと褒めたまえ褒めたまえ。」
「お姉ちゃん、これ角○書店にもっていこうよ。大賞取れるって。」
「ダメダメ。これは台本なんだから。」
みんなの反応はなかなかのようだ。さすが悪魔さん・・・と心からそう思い、私はみんなの前で自身たっぷりの笑顔を見せる。しかし、中盤に差し掛かると、麻衣はなんだかまずい物を見たかのような難しい表情になった。
「でも、これはさすがにやばいんじゃないかな・・・濡れ場あるし」
そう言いながら麻衣は私に115ページあたりの部分を見せる。
「あ~・・・・これはかなりやばいね・・・。学祭でこんなものやったら教育委員会とアグ○スが黙っちゃいないね」
さすが悪魔さん・・・・と心からそう思った・・・・・・。はい、もちろん書き直し。
次に出したのはかなり表現を抑えた普通の台本。悪魔さんの命令を無視し書き上げた・・・これならどうだ?
「・・・・・うん。いいんじゃないか?」
「由真君、ホント!?」
「うんうん、これはいい感じだね。」
さやかもそう言ってくれた。
「麻衣・・・いいかなぁ?」
「う~ん・・・・私はいいと思うな。でもクラスのみんながなんて言うか・・・?」
「大丈夫、きっと何とかなるって」
「・・・美鈴ちゃんがそう言うなら・・・・・OKだよ。」
「やった!」
麻衣からのOKをもらい、ついに完成した。タイトルは・・・『ナチュラル』。どこかで聞いたことがあると思うけどそれは気にしない。
「じゃあ、明日。学校でみんなに言ってみようか?」
「うん!」
悪魔さんが私の頬をつねるのを適当に無視し、本当に心から喜んだ。・・・なんだか明日が楽しみだ。




