第3話 専属の護衛!?
《コラム:TEXS》 Tactical Exoskeleton System = TEXS
戦術外殻システムとも。
虫人の外殻の上から装着する個人装備一式の呼称。
頭部シェルや胴部シェルなどの防護アーマー系から、バイザーシステムのような情報表示系のシステムなどで構成され、
服の内部に装着できるほか、任務に応じてモジュールを交換し、装備構成を変更することができる。
なお、外殻とは外骨格のことである。
東蟲機構・アルカディア支部——
夜——
大きなテーブルの真ん中に置かれたモニター。
俺は椅子に座ると、機構本部の回線を呼び出した。
まずは本部へ、到着の連絡だけでも入れておかなければならない——。
"東蟲機構本部へ発信しますか——?
YES / NO "
俺はマウスを軽く握ると、少し躊躇いながら YES を押した。
——この時間なら、まだ繋がるか……?
わずかな呼び出し音の後、モニターの画面が切り替わる。
「——あ、こんばんは。アルカディアの支部に無事、着いて何よりです。回線も問題なさそうですね。」
黄色髪の虫人女性——キミカからだった。
東蟲機構の専用回線を繋げたモニターは、インターネットは使えない。
ただ最低限のビデオ通話アプリと、USBポートがいくつか開いているだけの、簡易的な端末だ。
「えぇ、まぁ——。」
俺は少々、その回答に戸惑った。
無事というべきか、災難だったというべきか——。
今日は散々だった。
船内では商人にもまれ、降りたは降りたで、検問兵の二人に襲い掛かられ——。
「——えっとー、何かありました?」
「い、いえ! 別に——!」
「そうですか? ——電気系統と回線は既存のまま使えますので、電力会社への連絡はしなくて大丈夫ですよ。」
「わかりました。えっと電気代とか名義とかは——」
「心配ありませんよ。本部の方で受け持ってますから。」
「おぉ——!」
今日一嬉しい報告だった。
電気を使っても給料から天引きされない——こんな嬉しいことがあるだろうか——!
「——そういえば、ユウジくんの私物品の件ですが、昨日配送したと連絡がありました。明日には、アルカディアに到着するはずですよ。」
「わかりました、助かります。」
「それとー……」
「ん——?」
キミカは一瞬ためらった後、言いづらそうに目線を反らした。
「その——本当は、ユウジくんの側で色々教えることになっていたんですけど、こんな感じになってしまい、すみません——。」
「いいですって!全然!問題ありません! ——っていうか、くんはやめてくださいって。もう大人なんですよ?」
「あ、失礼しました。つい癖で——」
むしろ、この年で一人暮らしができるというのも、また嬉しい話である。
「まぁ、ユウジく——さんが気にしてないのであれば、いいんですけど——」
「はい! 問題ありません!——ところで、なんでキミカさんは、急に本部へ戻ることになったんですか——?」
「はい。実はその、先日までそれがよくわからなかったんですが——」
そう言うと、モニター越しのキミカは下を向き、白い板のようなものを取り出した。
「こういうことなんです。」
「"外交委員長:キミカ"……? ——って、え——?」
それは、机上に据え置くための、ネームプレートだった。
東蟲機構アルカディア支部勤務だったキミカは、本部へ突然呼び出されたかと思うと、外交委員長に任命されていたのだ。
「おめでとうございます——でいいんですか?これ。」
「ありがとうございます——? ……正直、まだ実感湧いてないんですけどね——。」
二人の間に、気まずい沈黙が落ちた。
「……ってことは、キミカさんは、その、俺の上司——ってことになるんですか——?」
「はい——。ユウジくんの、上司になってしまいました——。」
「えぇ——。」
勉強から何まで面倒を見てくれていたキミカが、気がけば俺の上司——。
「えっとじゃあ、本部から外交委員系統で仕事が来る場合は——」
「はい。私が、ユウジくんに指示を出す形になりますね——。」
ここは、本当は喜ぶべきなんだろう——。
しかし今は、非常に複雑な気持ちである。
「ん? ——っていうか、外交員って基本的に何をすればいいんですか?」
「一応、棚の資料にマニュアルを置いておきましたが——簡単に言うと、国や勢力からの依頼を受ける、橋渡し役になりますね。」
「橋渡し——?」
「はい。東蟲機構は"虫人の人権と安全を守る平和機構" ですので、私たちは、その働きかけをしてきた国家や勢力などを繋ぐ、橋渡しになります。」
「へぇー……。」
こんなこと言うのも恥ずかしいが、キミカの説明を受けてもなお、俺はいまいちピンと来ていなかった。
「ま、まぁとにかく、何かあればこちらから指示を出しますし、その——あんまり難しく考えないでくださいね——?」
「わ、わかりました——。」
「では、また——。」
そう言うと、通話は切断された。
"通話時間:四十五分"——だいぶ長い間、話をしてしまった。
正直、話したいことはいくらでもある。
しかし、キミカにも業務がある。外交委員長なら尚更だ。
俺は棚からマニュアルを数冊取り出すと、テーブルの上に置いた。
沈黙の中、ただひたすら、文字を読む。
「——モニターは、機構全員で共有すること。特に、安全保障委員会の連絡を優先し、国際平和上の——」
——いや、そもそも他の委員会の人員が派遣されることなんてあるのか……?
そんなことを考えながら、静かな空間で、ただ音読することしかできなかった。
ノートがあれば筆記できるものの、今は肝心の私物品すら、手元にない。
「——せめて、テレビさえあればなー……」
俺はあまりゲームをする立ちではない。
かと言って、筋トレを毎日するような人間でもない。
ただ椅子にもたれながら、ぼやくことしかできない——。
壁にかけられた時計は、午後八時を指していた。
通話が切れてから、わずか十五分——。
しかし、この十五分が、あまりにも長く感じられた——。
「——今日は、もうこのくらいにしておくか……。」
俺はマニュアルを閉じると、軽く伸びをして、二階の寝室へ向かった。
アルカディアでの一日目は、こうして静かに更けていったのだった。
翌朝——
俺は素早く制服に着替えると、階段を下りた。
ピンポーン——。
——誰だ? こんな朝早くに——。
俺は足早に玄関の方へ向かう。
「はーい! 今行きますー!」
家のお母さんのような口調で返事をしつつ、ドアを開けると、昨日の検問兵が二人、そこに立っていた。
「おはようございます——!」
ミオナが元気よく挨拶をする。
そして、そのすぐ側で、そっぽを向きながら立ち尽くすユミナの姿。
「えっとー、本日はどのようなご用件で——?」
「はい!——本日から護衛をすることになりました、ミオナ・アルカディアです。よろしくお願い致します——!」
「護衛? ——って、はぁ!?」
朝の静かな住宅街に、俺の声が響き渡ったのだった。




