アルカディア編:2 入国と誤解
《コラム:アルカディア共生国》 Arcadian Coexistence State = ACS
女王アルカ・アルカディアが建国した、アリ型虫人による多民族・人蟲共生国家。
北緯20度の極東アジアに位置し、基本的に、一年を通して温暖な気候だとされている。
アルカディアの兵士は、通称:アルカディア・ガードと呼ばれ、地元の人からも親しまれて呼ばれている。
《虫人 - Insecter》
《入国と誤解》
アルカディア・北東海港——
——あれが、アルカディアか——……?
機構本部の海港から大型客船に乗り、約二日——。
俺はついに、アルカディアの港に、到着しようとしていた。
今思えば、決して楽な旅路ではなかった。
船の往来は一日一本のみ。
出発は八時半——チケット売り場の自動券売機は、現金しか使えない——。
おまけに、大型客船というのは真っ赤な嘘である。
厳密には、大型タンカーの一角に設けられた乗員用スペース、と呼ぶのが正しい。
そもそも、アルカディアへ入国したがる者なんて、虫人の商人くらいだろう。
実際、この港に毎日入ってくる船も、人を運ぶというより、コンテナを運ぶついでに乗員が乗っているようなものだ。
そんなことを考えながら、俺は目的地であるアルカディア島へと、足を踏み入れたのだった。
アルカディア・北東検問所——
背の高い壁で覆われる街は、西洋の城壁を連想させる。
アルカディアの街に入るには、この城壁の各所に設けられた、検問所を通る必要がある。
それは、海から来た場合も同様だ。
コンテナは検査の後、別ルートで移送されるようだが、上陸した人員は必ず、検問で身分証明を行わなければ、そもそも街へ入ることすら叶わないのだ。
周りを見れば、商人、商人、よくわからない老人に続いて、またもや商人——。
俺はその商人の最後尾に並ぶと、自分の順番が来るまで、議会長からもらった地域資料を読むことにした。
「——なになに……アルカディア島は太平洋に浮かぶ小さな離島です——
大半は輸出入で成り立っており、虫人国家の貿易港としても知られます——
現地の軍隊はアルカディア軍であり、通称:アルカディア・ガードとして、地元民にも親しまれています——……」
「次、お願いします!」
その声はまるで、俺に向けて発せられたみたいだった。
否、俺に発せられていた。
周囲にいた商人たちは既に検問を終え、アルカディアへ入っていたのだ。
——いや、早すぎるだろ……。
残された俺は、首からかけた身分証を握りしめると、恐る恐る検問兵に提示した。
「お、お願いします——。」
ライフルを持ったフル装備の検問兵が、ゆっくりと身分証を確認する。
「——ユウジ・オザキ——さん……ニンゲンですか——?」
「あ、はい。そうです——。」
「——ニンゲンさんが、東蟲機構の外交員なんて——。」
「えっと、はい——。初めてで——その——……。」
疑うように見る検問兵。
すると、近くにいたもう一人が、こちらにやってくる。
「どうしたの?」
「いえ、その——ニンゲンさんの外交員みたいで——」
——頼むから、そのニンゲンさんはやめてくれ——……。
もう一人の検問兵が、身分証を、じっと見つめる。
検問兵は半透明なバイザーを装備しており、もちろん、その顔はほとんど見えないのだが——。
「なになに——ユウジ・オザキ……ニンゲン、外交員——?」
繰り返し質問され、ますます自信がなくなるのは、人間の心理か何かだろうか——。
「……そ、そうですけど——。」
「ふーん——?……妙ね。東蟲機構の外交員が、護衛もなしに、一人で来るなんて——」
検問兵が、探るような口調で言う。
人間が単独で入国することは、向こうからすれば、よほど不自然なことなのだろう——。
護衛の話は、その答え合わせに過ぎない。
疑われているのは明らかだった。
しかし、こちらとしても、譲るわけにはいかない。
身分証に偽りはない。
もし奪ったものであるならば、俺の顔写真が一致するなんて、あり得ないからだ。
それに、今着ている制服だって、東蟲機構本部から授かった、紛れもない正規品だ。
沈黙の後、検問兵が口を開く。
「——この光沢——偽造、かしら——。」
「え……?」
——いや、そんなわけあるか——!
少なくとも本日発行されたて、ほやほやの身分証だぞ? この検問兵は、何を言っているんだ——?
「そうね——……ホンモノをどこで仕留めたか言ってくれれば——」
「ん——?」
「命だけは助けてあげるわよ——!」
そう言いながら、両腰に下げたブレードを抜き放つ。
「ま、待て! ホンモノだ!! 話を——ッ!」
「あの世でね——ッ!」
二閃——。
左右のブレードが一対の斬撃を放つ。
持っていた資料が目の前で引き裂かれると、辺り万遍、紙吹雪が散っていく。
「ま、待てって!」
武器はない——。
あるのは体育授業で習った、素人格闘のみ——。
「今よ!ミオナ!」
「でも確認がまだ——」
「確認なんて後からいくらでもできるわ——!」
ミオナと呼ばれたもう一人は躊躇いながらも、即座に側方へ回り込む。
「ちょ、話を——!」
「大人しく、してください——っ!!」
言い切る前に、手元のライフルが振り降ろされる。
ライフルによる打撃技——武器格闘だ——。
すかさず後方へ躱すが、振り下ろしたライフルのストックを回転させるように、素早く二撃目を放つ——。
俺は後ろにのけ反りそうになり、慌てて背負ったリュックを前に突き出す。
その瞬間、周辺視が、動く何かを捕らえた。
見ると、両手にブレードを持った、先ほどの検問兵の姿——。
絶体絶命だ——。
そう思った時——
「待て——。」
その一声で、全員の動きが止まった。
「——その左肩についた東蟲機構の肩章、グレーの制服、人間の外交員——ユウジ・オザキですね。」
検問兵と同じような装備を付けた女性兵士が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
そして、ブレードを構えた検問兵の前に出て、一言——。
「——武器をしまえ。」
検問兵はふてくされたように、ブレードを鞘に収めた。
しかし、検問兵の口元は、口角がわずかに上がっていた。
——あの検問兵、何考えて……。
一方、ミオナは歩いてきた兵士に姿勢を正すと、速やかに敬礼した。
左手でライフルを保持し、素早く右手を上げ、無言のまま立ち尽くす。
「——検問兵が失礼しました。私は、アルカディア・ガード総司令代理、セルラ・アルカディアです。
お待ちしておりましたよ——ユウジ・オザキさん。」
そう言うと、静かに手を差し伸べる。
話の分かる相手がやっと現れたと思うと、俺は思わず、涙をこぼしそうになった。
手を握り返そうと、こちらも右手を差し伸べる。
「痛っ……!」
「——紙で切ったのですね——ミオナ、救急包帯を——。」
「はい!」
素早く返事をすると、ベルトポーチの中から素早く、ロール状の救急包帯を取り出した。
そして、その先端を短く切り取ると、切れた指先に優しく巻いていく——。
「——話は聞いています。キミカさんの代理ですね。——どうぞこちらへ。」
手当てが終わると、セルラは静かに街の方へ歩き始めた。
検問所にはすでに、セルラの付き添いで来たであろう兵士が、待機している。
「——北東検問兵、あなたたちも来なさい。」
俺はこうして、なんとか無事、アルカディアの街へ入ることができたのだった。
アルカディア地下本部——
歩くたび、コツン、コツン、と足音が鳴り響く。
どこまでも続く長い廊下と、一定の間隔で並んだ扉の数々。
白い床や壁からは冷気が伝わり、外の温暖な空気とはまるで違う。
俺はセルラの後を、ただ静かについていった。
後ろには、先ほどの検問兵の二人——。
階段を下り、そのさらに奥へ進む。
そして、第一司令室と記された扉の前へ案内された。
「どうぞ、お入りください——。」
中に入ると、大きなスクリーンがいくつもあり、中央の大きな机にはアルカディア国内を模した、大きなジオラマが設置されている——。
部屋の隅には書類の山が築かれ、黒い迷彩柄のファイルが添えられている——。
——作戦司令室——……?
もちろん、この部屋だけの話ではない。
通って来た廊下に貼られていたのは、軍事資料や教練内容の書かれたポスターだった。
アルカディアの地下は、巨大な軍事施設そのものだった。
「——改めて、先ほどはそこの検問兵が失礼しました。」
後方には、バイザーを上げた二人の検問兵が立っていた。
反省した様子のミオナに対し、もう一人は相変わらず目線を反らし、ふてくされた態度を突っ立っている。
セルラを含め、アルカディア・ガードはどこか、顔が似ている。
女王アルカの娘である以上、それは姉妹関係を意味し、顔立ちもそれに準じているということだろうか。
しかし表情や態度、性格など、異なる顔に見えてしまうのは、俺だけではないはず——
少なくとも、この二人の検問兵は、真逆である。
俺はそんなことを考えながらも、セルラの謝罪に対し、口を開く。
「あの、こちらこそすみません。——外交員だというのに、護衛なんか付けず——疑われても仕方ないですよ——」
もはや俺は、何に謝っているのかさえ、分からなかった。
東蟲機構から船に乗って来ただけだ——護衛なんているはずないだろう——。
その言葉に、セルラは何か閃いたようだったが、それを口にすることはなかった。
彼女は続ける。
「そうですね——前任のキミカさんは自前のTEXSを持っていましたから、外交員に護衛なんて、考えたこともありませんね——」
「テックス——?」
俺は思わず、話の途中に出た単語に反応してしまう。
「虫人用・個人戦闘装備のことです——」
そう言いながら、セルラは片手をあげ、その袖をまくって見せた。
服の中に装着されたそれは、明らかに虫人の外骨格ではない。
「——えっと……外骨格の上に装着する、追加装備のようなものですか——?」
「表現はかなり近いかもしれません。しかし、機能は防護だけではありません。
例えば、装備を付けるためのモジュール機能、各種情報を表示のためのバイザーシステム——
それら機能を備えた装備一式を、TEXSと呼びます——。」
よくわからない単語が続いたが、とにかく凄い、ということだけはわかった。
「——しかし、あなたは人間——。外殻装備は、形態的に合わないかもしれませんね——」
セルラと同じように手をあげるが、手のひらや袖の中にあるのは皮膚だけで、外骨格ではない——。
血管を薄っすらと浮かばせるそれは、セルラの細い腕を成す外骨格とは、ほど遠かった。
——改めて、虫人と人間の違いを思い知らされるな……。
セルラは考えた後、
「——そうですね——。外交員である以上は、命が狙われる状況も珍しくありません。
アルカディアは確かに共生国を名乗っていますが、TEXSを装備したならず者を相手に、自衛戦闘をできるかどうかは、話が別です——。」
外交員が命を狙われるとは、初耳だ。
——ていうか、TEXSってそんなにヤバいのか——? まぁ、さっきは殺されかけたけど——。
とりあえず、無いものはないし、ここは謝っておくのが筋なんだろうか。
「すみません。TEXSを持っていないあまり——」
「いえ——ガードを通じて、こちらもできる範囲でのカバーはさせていただきますが、くれぐれも危険地帯への立ち入りや、事件への過度な介入はお控えください——。」
「わかりました——。自分も本部を通じて、相談してみたいと思います——」
するとセルラは、話の区切りが一旦ついたかと思うと、不意に質問する。
「——そういえば、本部への連絡はまだですよね——。」
「あ、はい。まだ——」
「であるなら、東蟲機構の支部までお送りします。そこで連絡が取れると思いますから——。」
そう言うと、セルラは俺の後ろにいる二人を見た。
「ユミナ、ミオナ。——外交員を支部まで案内しなさい。」
「了解しました——!」
「はいはい。」
二人はほぼ同時に返事をすると、俺をアルカディアの地上街へ、案内したのだった。
アルカディア・中心街——
地下司令部を出た瞬間、むわっとした温かな空気が全身を包んだ。
青い空、白い雲。
日差しに照らされた白い石壁と、行き交う住民の活気が、地下のそれとは、まるで別世界のようだった。
通りの向こうの屋台では、薄い煙が白く流れ、露店が立ち並ぶ一角が、ぼんやりと霞んで見えた。
「ここが——」
虫人の国を、この目でちゃんと見るのは初めてだ。
中央広場では人間と虫人の子供たちが走り回り、その周りでは、買い物をする住民たちが行き交っている。
そんな街の様子に立ち尽くしていると、前を歩いていたユミナが振り向く。
「こっちよ。」
それだけ言い残すと、ユミナはまた、淡々と足を進めていった。
ミオナは歩幅を合わせ、俺の隣を歩いてくれている。
ガードにとっては日常的な光景なのだろう——。
しかし、そんな当たり前の光景が、妙に俺の眼に焼き付いた。
賑やかな中央広場を抜けると、俺たちは少し離れた住宅街へと足を向けた。
アルカディア・住宅街——
やがて、先ほどまでの賑やかさは徐々に遠のいていき、物静かな住宅街にたどり着く。
「ここよ。」
ユミナが足を止めると、住宅街の一角に建つ、白い二階建ての建物を見上げた。
玄関口の上には、簡素なベランダが設けられており、置かれた鉢植えからはひょっこりと、観葉植物の頭が飛び出している。
「ここ——って……。」
——共同住宅を改装したのかよ……。
口には出さないが、そう見えてしまうほど、生活感のある外観だった。
しかし、玄関前には東蟲機構と大きく書かれ、そのシンボルが堂々と扉にかけられている。
——間違いないはずなんだけどな—……。
キィィィイイ……ッ。
ドアノブを捻ると、金属製の重い扉が唸り声をあげる。
しかし、その中は意外にも広かった。
リビングのような広々とした空間には、幅広のテーブルとソファが見える。
一応、ここはオフィス扱いになるのだろうが、その内装は一般家庭のリビングのようにも見える。
「——はい、これでチャラね。」
唐突に言い放つユミナの言葉を、打ち消すかのようにミオナが謝罪の言葉を重ねる。
「あ、えっと——。この度はご迷惑をおかけして、すみませんでした——。」
そして一人、深々と頭を下げた。
「もう行くのか?」
「はい——私たちの任務は、支部への案内ですから——」
「そっか——気を付けて帰れよ——。」
「はい。また何かありましたらその時は、いつでもガードを頼ってくださいね。」
「ま、私たちと会うことなんて、もう無いと思うけどね。」
ユミナの言い方はまるで、もう会いたくもない——そう吐き捨てるようだった。
そんなユミナのキツい言葉に、ミオナは苦笑いしながら再度お辞儀をすると、二人は今来た道を戻っていったのだった。
その途中、ミオナが何か言い聞かせるような手振りをして見せるが、ユミナは相変わらず手を頭の後ろで組んだまま、ふてくされるように歩いていったのだった。
その声は遠く、内容までは聞き取れない。
——仲良いんだな——。
二人の姿が見えなくなると、改めて俺は室内を見回した。
まずは掃除か、探索か——。
長年使われてきたオフィスにしては、妙に小綺麗だ。
机はよく拭かれ、壁も新しく張り替えたばかりのような白さを保っている。
——キミカさん、ほんとにここ住んでたんだよな……?
まるで、ここで暮らしていたのが嘘だったかのように、部屋の中は綺麗だった。
棚の書類は整頓して置かれ、窓際の小さな鉢植えの土は、まだ湿っている。
——なんか小綺麗だし、掃除は良さそうだな。
そんなことを考えながら、ふと棚の端に目を向けると、据え置きのモニターが目に入った。
「——あ、これ——……。」
見間違えるはずもない。東蟲機構用の据え置きモニターだ。
おそらく、キミカがこの支部で使っていたものなのだろう。
——なんだ、最初から置いてあったのかよ。
無理に持ってこなくても、こっちで足りたのかもしれない。
まあ、これがあるなら少しは安心だ。
——こっちは、荷物が届いてからだな——。
となれば、今日やるべきは別だ。
外交員の業務を行う間は、ここで生活することになる——。
そう思った俺は、荷物を置き、寝床や水道など、生活に必要な設備を確かめていったのだった。
《コラム:アルカディア・ガード》 Arcadian Armed Forces = AAF
アルカディアの軍隊の通称。略称はガード。
総司令官は女王アルカ・アルカディアであり、兵士は全員、その娘たちで構成されている。
そのため、ガードは皆、アルカディアの姓を名乗る。




