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虫人 - Insecter  作者: 虫人プロジェクト
アルカディア編
6/24

アルカディア編:2  入国と誤解

《コラム:アルカディア共生国》  Arcadian Coexistence State = ACS

女王アルカ・アルカディアが建国した、アリ型虫人による多民族・人蟲共生国家。

北緯20度の極東アジアに位置し、基本的に、一年を通して温暖な気候だとされている。

アルカディアの兵士は、通称:アルカディア・ガードと呼ばれ、地元の人からも親しまれて呼ばれている。

《虫人 - Insecter》

挿絵(By みてみん)



《入国と誤解》



アルカディア・北東海港——


——あれが、アルカディアか——……?


機構本部の海港から大型客船に乗り、約二日——。

俺はついに、アルカディアの港に、到着しようとしていた。


今思えば、決して楽な旅路ではなかった。

船の往来は一日一本のみ。

出発は八時半——チケット売り場の自動券売機は、現金しか使えない——。


おまけに、大型客船というのは真っ赤な嘘である。

厳密には、大型タンカーの一角に設けられた乗員用スペース、と呼ぶのが正しい。


そもそも、アルカディアへ入国したがる者なんて、虫人の商人くらいだろう。

実際、この港に毎日入ってくる船も、人を運ぶというより、コンテナを運ぶついでに乗員が乗っているようなものだ。


そんなことを考えながら、俺は目的地であるアルカディア島へと、足を踏み入れたのだった。












アルカディア・北東検問所——


背の高い壁で覆われる街は、西洋の城壁を連想させる。

アルカディアの街に入るには、この城壁の各所に設けられた、検問所を通る必要がある。


それは、海から来た場合も同様だ。

コンテナは検査の後、別ルートで移送されるようだが、上陸した人員は必ず、検問で身分証明を行わなければ、そもそも街へ入ることすら叶わないのだ。


周りを見れば、商人、商人、よくわからない老人に続いて、またもや商人——。


俺はその商人の最後尾に並ぶと、自分の順番が来るまで、議会長からもらった地域資料を読むことにした。


「——なになに……アルカディア島は太平洋に浮かぶ小さな離島です——

 大半は輸出入で成り立っており、虫人国家の貿易港としても知られます——

 現地の軍隊はアルカディア軍であり、通称:アルカディア・ガードとして、地元民にも親しまれています——……」


「次、お願いします!」


その声はまるで、俺に向けて発せられたみたいだった。

否、俺に発せられていた。


周囲にいた商人たちは既に検問を終え、アルカディアへ入っていたのだ。


——いや、早すぎるだろ……。


残された俺は、首からかけた身分証を握りしめると、恐る恐る検問兵に提示した。


「お、お願いします——。」


ライフルを持ったフル装備の検問兵が、ゆっくりと身分証を確認する。


「——ユウジ・オザキ——さん……ニンゲンですか——?」

「あ、はい。そうです——。」

「——ニンゲンさんが、東蟲機構の外交員なんて——。」

「えっと、はい——。初めてで——その——……。」


疑うように見る検問兵。


すると、近くにいたもう一人が、こちらにやってくる。


「どうしたの?」

「いえ、その——ニンゲンさんの外交員みたいで——」


——頼むから、そのニンゲンさんはやめてくれ——……。


もう一人の検問兵が、身分証を、じっと見つめる。

検問兵は半透明なバイザーを装備しており、もちろん、その顔はほとんど見えないのだが——。


「なになに——ユウジ・オザキ……ニンゲン、外交員——?」


繰り返し質問され、ますます自信がなくなるのは、人間の心理か何かだろうか——。


「……そ、そうですけど——。」

「ふーん——?……妙ね。東蟲機構の外交員が、護衛もなしに、一人で来るなんて——」


検問兵が、探るような口調で言う。


人間が単独で入国することは、向こうからすれば、よほど不自然なことなのだろう——。

護衛の話は、その答え合わせに過ぎない。

疑われているのは明らかだった。


しかし、こちらとしても、譲るわけにはいかない。


身分証に偽りはない。

もし奪ったものであるならば、俺の顔写真が一致するなんて、あり得ないからだ。


それに、今着ている制服だって、東蟲機構本部から授かった、紛れもない正規品だ。


沈黙の後、検問兵が口を開く。


「——この光沢——偽造、かしら——。」

「え……?」


——いや、そんなわけあるか——!

  少なくとも本日発行されたて、ほやほやの身分証だぞ? この検問兵は、何を言っているんだ——?


「そうね——……ホンモノをどこで仕留めたか言ってくれれば——」

「ん——?」

「命だけは助けてあげるわよ——!」


そう言いながら、両腰に下げたブレードを抜き放つ。


「ま、待て! ホンモノだ!! 話を——ッ!」

「あの世でね——ッ!」


二閃——。

左右のブレードが一対の斬撃を放つ。


持っていた資料が目の前で引き裂かれると、辺り万遍、紙吹雪が散っていく。


「ま、待てって!」


武器はない——。

あるのは体育授業で習った、素人格闘のみ——。


「今よ!ミオナ!」

「でも確認がまだ——」

「確認なんて後からいくらでもできるわ——!」


ミオナと呼ばれたもう一人は躊躇いながらも、即座に側方へ回り込む。


「ちょ、話を——!」

「大人しく、してください——っ!!」


言い切る前に、手元のライフルが振り降ろされる。


ライフルによる打撃技——武器格闘だ——。


すかさず後方へ躱すが、振り下ろしたライフルのストックを回転させるように、素早く二撃目を放つ——。


俺は後ろにのけ反りそうになり、慌てて背負ったリュックを前に突き出す。


その瞬間、周辺視が、動く何かを捕らえた。

見ると、両手にブレードを持った、先ほどの検問兵の姿——。


絶体絶命だ——。



そう思った時——


「待て——。」


その一声で、全員の動きが止まった。


「——その左肩についた東蟲機構の肩章、グレーの制服、人間の外交員——ユウジ・オザキですね。」


検問兵と同じような装備を付けた女性兵士が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


そして、ブレードを構えた検問兵の前に出て、一言——。


「——武器をしまえ。」


検問兵はふてくされたように、ブレードを鞘に収めた。

しかし、検問兵の口元は、口角がわずかに上がっていた。


——あの検問兵、何考えて……。


一方、ミオナは歩いてきた兵士に姿勢を正すと、速やかに敬礼した。

左手でライフルを保持し、素早く右手を上げ、無言のまま立ち尽くす。


「——検問兵が失礼しました。私は、アルカディア・ガード総司令代理、セルラ・アルカディアです。

 お待ちしておりましたよ——ユウジ・オザキさん。」


そう言うと、静かに手を差し伸べる。


話の分かる相手がやっと現れたと思うと、俺は思わず、涙をこぼしそうになった。


手を握り返そうと、こちらも右手を差し伸べる。


「痛っ……!」

「——紙で切ったのですね——ミオナ、救急包帯を——。」

「はい!」


素早く返事をすると、ベルトポーチの中から素早く、ロール状の救急包帯を取り出した。

そして、その先端を短く切り取ると、切れた指先に優しく巻いていく——。


「——話は聞いています。キミカさんの代理ですね。——どうぞこちらへ。」


手当てが終わると、セルラは静かに街の方へ歩き始めた。

検問所にはすでに、セルラの付き添いで来たであろう兵士が、待機している。


「——北東検問兵、あなたたちも来なさい。」


俺はこうして、なんとか無事、アルカディアの街へ入ることができたのだった。











アルカディア地下本部——


歩くたび、コツン、コツン、と足音が鳴り響く。

どこまでも続く長い廊下と、一定の間隔で並んだ扉の数々。

白い床や壁からは冷気が伝わり、外の温暖な空気とはまるで違う。


俺はセルラの後を、ただ静かについていった。

後ろには、先ほどの検問兵の二人——。


階段を下り、そのさらに奥へ進む。


そして、第一司令室と記された扉の前へ案内された。


「どうぞ、お入りください——。」


中に入ると、大きなスクリーンがいくつもあり、中央の大きな机にはアルカディア国内を模した、大きなジオラマが設置されている——。

部屋の隅には書類の山が築かれ、黒い迷彩柄のファイルが添えられている——。


——作戦司令室——……?


もちろん、この部屋だけの話ではない。

通って来た廊下に貼られていたのは、軍事資料や教練内容の書かれたポスターだった。


アルカディアの地下は、巨大な軍事施設そのものだった。


「——改めて、先ほどはそこの検問兵が失礼しました。」


後方には、バイザーを上げた二人の検問兵が立っていた。

反省した様子のミオナに対し、もう一人は相変わらず目線を反らし、ふてくされた態度を突っ立っている。


セルラを含め、アルカディア・ガードはどこか、顔が似ている。

女王アルカの娘である以上、それは姉妹関係を意味し、顔立ちもそれに準じているということだろうか。

しかし表情や態度、性格など、異なる顔に見えてしまうのは、俺だけではないはず——

少なくとも、この二人の検問兵は、真逆である。


俺はそんなことを考えながらも、セルラの謝罪に対し、口を開く。


「あの、こちらこそすみません。——外交員だというのに、護衛なんか付けず——疑われても仕方ないですよ——」


もはや俺は、何に謝っているのかさえ、分からなかった。

東蟲機構から船に乗って来ただけだ——護衛なんているはずないだろう——。


その言葉に、セルラは何か閃いたようだったが、それを口にすることはなかった。

彼女は続ける。


「そうですね——前任のキミカさんは自前のTEXSを持っていましたから、外交員に護衛なんて、考えたこともありませんね——」


「テックス——?」


俺は思わず、話の途中に出た単語に反応してしまう。


「虫人用・個人戦闘装備のことです——」


そう言いながら、セルラは片手をあげ、その袖をまくって見せた。


服の中に装着されたそれは、明らかに虫人の外骨格ではない。


「——えっと……外骨格の上に装着する、追加装備のようなものですか——?」


「表現はかなり近いかもしれません。しかし、機能は防護だけではありません。

 例えば、装備を付けるためのモジュール機能、各種情報を表示のためのバイザーシステム——

 それら機能を備えた装備一式を、TEXSと呼びます——。」


よくわからない単語が続いたが、とにかく凄い、ということだけはわかった。


「——しかし、あなたは人間——。外殻装備は、形態的に合わないかもしれませんね——」


セルラと同じように手をあげるが、手のひらや袖の中にあるのは皮膚だけで、外骨格ではない——。

血管を薄っすらと浮かばせるそれは、セルラの細い腕を成す外骨格とは、ほど遠かった。


——改めて、虫人と人間の違いを思い知らされるな……。


セルラは考えた後、


「——そうですね——。外交員である以上は、命が狙われる状況も珍しくありません。

 アルカディアは確かに共生国を名乗っていますが、TEXSを装備したならず者を相手に、自衛戦闘をできるかどうかは、話が別です——。」


外交員が命を狙われるとは、初耳だ。


——ていうか、TEXSってそんなにヤバいのか——? まぁ、さっきは殺されかけたけど——。


とりあえず、無いものはないし、ここは謝っておくのが筋なんだろうか。


「すみません。TEXSを持っていないあまり——」


「いえ——ガードを通じて、こちらもできる範囲でのカバーはさせていただきますが、くれぐれも危険地帯への立ち入りや、事件への過度な介入はお控えください——。」


「わかりました——。自分も本部を通じて、相談してみたいと思います——」


するとセルラは、話の区切りが一旦ついたかと思うと、不意に質問する。


「——そういえば、本部への連絡はまだですよね——。」


「あ、はい。まだ——」


「であるなら、東蟲機構の支部までお送りします。そこで連絡が取れると思いますから——。」


そう言うと、セルラは俺の後ろにいる二人を見た。


「ユミナ、ミオナ。——外交員を支部まで案内しなさい。」


「了解しました——!」

「はいはい。」


二人はほぼ同時に返事をすると、俺をアルカディアの地上街へ、案内したのだった。








アルカディア・中心街——

地下司令部を出た瞬間、むわっとした温かな空気が全身を包んだ。

青い空、白い雲。

日差しに照らされた白い石壁と、行き交う住民の活気が、地下のそれとは、まるで別世界のようだった。

通りの向こうの屋台では、薄い煙が白く流れ、露店が立ち並ぶ一角が、ぼんやりと霞んで見えた。


「ここが——」


虫人の国を、この目でちゃんと見るのは初めてだ。

中央広場では人間と虫人の子供たちが走り回り、その周りでは、買い物をする住民たちが行き交っている。


そんな街の様子に立ち尽くしていると、前を歩いていたユミナが振り向く。


「こっちよ。」


それだけ言い残すと、ユミナはまた、淡々と足を進めていった。

ミオナは歩幅を合わせ、俺の隣を歩いてくれている。


ガードにとっては日常的な光景なのだろう——。

しかし、そんな当たり前の光景が、妙に俺の眼に焼き付いた。



賑やかな中央広場を抜けると、俺たちは少し離れた住宅街へと足を向けた。









アルカディア・住宅街——


やがて、先ほどまでの賑やかさは徐々に遠のいていき、物静かな住宅街にたどり着く。


「ここよ。」


ユミナが足を止めると、住宅街の一角に建つ、白い二階建ての建物を見上げた。

玄関口の上には、簡素なベランダが設けられており、置かれた鉢植えからはひょっこりと、観葉植物の頭が飛び出している。


「ここ——って……。」


——共同住宅を改装したのかよ……。


口には出さないが、そう見えてしまうほど、生活感のある外観だった。

しかし、玄関前には東蟲機構と大きく書かれ、そのシンボルが堂々と扉にかけられている。


——間違いないはずなんだけどな—……。


キィィィイイ……ッ。

ドアノブを捻ると、金属製の重い扉が唸り声をあげる。


しかし、その中は意外にも広かった。

リビングのような広々とした空間には、幅広のテーブルとソファが見える。


一応、ここはオフィス扱いになるのだろうが、その内装は一般家庭のリビングのようにも見える。


「——はい、これでチャラね。」


唐突に言い放つユミナの言葉を、打ち消すかのようにミオナが謝罪の言葉を重ねる。


「あ、えっと——。この度はご迷惑をおかけして、すみませんでした——。」


そして一人、深々と頭を下げた。


「もう行くのか?」

「はい——私たちの任務は、支部への案内ですから——」

「そっか——気を付けて帰れよ——。」

「はい。また何かありましたらその時は、いつでもガードを頼ってくださいね。」

「ま、私たちと会うことなんて、もう無いと思うけどね。」


ユミナの言い方はまるで、もう会いたくもない——そう吐き捨てるようだった。


そんなユミナのキツい言葉に、ミオナは苦笑いしながら再度お辞儀をすると、二人は今来た道を戻っていったのだった。


その途中、ミオナが何か言い聞かせるような手振りをして見せるが、ユミナは相変わらず手を頭の後ろで組んだまま、ふてくされるように歩いていったのだった。


その声は遠く、内容までは聞き取れない。


——仲良いんだな——。




二人の姿が見えなくなると、改めて俺は室内を見回した。


まずは掃除か、探索か——。


長年使われてきたオフィスにしては、妙に小綺麗だ。

机はよく拭かれ、壁も新しく張り替えたばかりのような白さを保っている。


——キミカさん、ほんとにここ住んでたんだよな……?


まるで、ここで暮らしていたのが嘘だったかのように、部屋の中は綺麗だった。

棚の書類は整頓して置かれ、窓際の小さな鉢植えの土は、まだ湿っている。


——なんか小綺麗だし、掃除は良さそうだな。


そんなことを考えながら、ふと棚の端に目を向けると、据え置きのモニターが目に入った。


「——あ、これ——……。」


見間違えるはずもない。東蟲機構用の据え置きモニターだ。

おそらく、キミカがこの支部で使っていたものなのだろう。


——なんだ、最初から置いてあったのかよ。


無理に持ってこなくても、こっちで足りたのかもしれない。

まあ、これがあるなら少しは安心だ。


——こっちは、荷物が届いてからだな——。


となれば、今日やるべきは別だ。

外交員の業務を行う間は、ここで生活することになる——。

そう思った俺は、荷物を置き、寝床や水道など、生活に必要な設備を確かめていったのだった。







《コラム:アルカディア・ガード》   Arcadian Armed Forces = AAF

アルカディアの軍隊の通称。略称はガード。

総司令官は女王アルカ・アルカディアであり、兵士は全員、その娘たちで構成されている。

そのため、ガードは皆、アルカディアの姓を名乗る。

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