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虫人 - Insecter  作者: 虫人プロジェクト
アルカディア編
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第1話  旅立ち

《コラム:虫人国家とは—》  Insecter States

虫人の、虫人による、虫人のための国家である。

人間国家との違いは一般に、虫人が統治しているかどうかである。

アルカディアのような人蟲共生国家では、虫人が建国者なので、虫人国家とされている。



《旅立ち》


自室にて——。


「改めて——ユウジさん。外交員への任用、おめでとうございます——!」


モニターに映った黄色髪の虫人——キミカが、満面の笑みで、俺の就職をお祝いする。


「——外交員、ね……。」


そう言いながら、段ボールに私物品を詰め終わると、グレーのワイシャツにそでを通し、ボタンを留めていく。


虫人世界に来て、約十年。

五歳の時に人間世界から来た俺は、孤児として東蟲機構に引き取られ、そのままここの外交員として、就職内定をもらっていたのだった。


——虫人の世界では、十五で成人かー……。


ごく普通の学校生活を送って、ごく普通の青春を送りたかった俺にとっては、あまり嬉しいものではない。


「あっ……えっと、そろそろ通信を切ります——メリザさんのとこ行かないと——。」

「分かりました——ではまた、アルカディアでお会いしましょうね。——と言ってもまた、モニター越しにはなってしまうんですけど——」

「大丈夫ですよ。——また、お願いします。」

「はい。では——」


通話が切れ、モニターは青いホーム画面を表示させた。



ジャケットを羽織りながら、部屋を出ていく。


「7時45分……まだちょっと時間あるな……コーヒーでも飲んでくか——」


廊下の先の自販機——。

金を入れ、迷わず押したのはブラックコーヒー——ではなく、ただのオレンジジュース。


小崎裕二、十五歳——。

趣味は特にない——。

というか、この歳で勉強に明け暮れ、ここの採用試験になんとか、ギリギリ受かったのだ。

趣味をしている時間など無かった。


因みに虫人世界では、その命名基準に則り、"ユウジ"と呼ばれている。

稀に苗字を呼ばれることもあるが、殆どの場合は、ユウジで通用してしまう。


オレンジジュースを飲み終わり、再度、トイレの鏡で身だしなみを整える。


人生初の出勤日——。

ここで格好を付けておかなければ、俺の名が廃る——。

そんなよくわからないプライドを背負いながら、俺はネクタイをキュッと締めたのだった。


「ネクタイ、よし。 五分前行動、よし——。」


ここの議会長——メリザさんは、俺を引き取ってくれた張本人でもある。


十年前、人間にも虫人にも、どっちつかずだった俺を、虫人世界で活躍できる有望な人材だと、俺を引き取ってくれたのである。

パッと見は優しい——。

そう思う人も多いかもしれない。

——だが彼女には、凡人には見えない何かを、見据えているようにも感じる。


かける言葉は優しくて、時々冷徹で——正直、俺にもよくわからない。



そんなことを考えながら、俺は廊下の上を淡々と歩いて行ったのだった。



そして、東蟲機構・議会長室の、重厚な扉の前に立つ。



——ここは、いつ立っても緊張するな——。



俺はそんな気持ちを押し殺し、ノックして、声を張り上げた。


「失礼します——!!」











東蟲機構本部・議会長室——


広い窓から見える、青々とした空——。

緑色の外殻を纏う女性は、議会長室の一角から見える、そんな空の様子を、静かに見上げていた。


この人こそ、東蟲機構・全議会を取りまとめる代表役——議会長のメリザである。


「——もう、そんな時期になったんですね。見違えました——」

「えっと、まぁ——はい。」


窓に反射した俺の姿でも見たのだろうか——。

彼女は振りむくことなく、そんな言葉を発した。


そして改めてこちらに正対すると、足の先から頭まで、眺めるように俺を見た。


「えっとー……。」

「貴方にはアルカディアへ行ってもらいます。」

「——……!?」


不意打ちだった。

しかし、メリザはそんなこともお構いなしに、言葉を続ける。


「外交員になった以上、他国へ行き、外交上の業務を、よく覚えてもらわねばなりません——

 まずはその手始めに、アルカディアへ行き、虫人世界がどんなものか、見てくるとよいでしょう——。」

「わ、分かりました——。」


一息つくと、メリザはふと思い出したように言う。


「だいたいのことは前任者から聞いたでしょう——であれば、問題はないはずです——。」

「ま、まぁ、はい——。」


メリザは机の上の分厚い書類と、なにかカードのようなものを手に取り、俺に差し出した。


「——これは、東蟲機構に加盟する "アルカディア共生国"の地域資料です。——それから——」


メリアの視線が、手に持ったカードへ向けられる。


「——これは、身分証であると同時に、クレジットカードでもあります——

 虫人国内の身分証明や、給料支払いはこちらで行いますので、くれぐれも失くさないように——。」


よく見ると、差し出されたカードには、顔写真が張り付けられており、

その他にも、生年月日やカードナンバーのようなものがいくつも記載されていた。


——これが、俺の身分証……そして、俺の金……なのか——?!


俺は、カードケースに身分証を入れると、少し慌てるように、首から下げた。


そんな様子には目もくれず、メリザは再び、窓から空を見上げた。


しばらく、沈黙が走る。


「えっと——、自分はこれからどうすれば——……?」


「——アルカディアへは、海港の大型客船に乗って行くことができます。その船に乗れば、二日で移動可能です。」

「わ、わかりました——!」


とりあえず、その大型客船に乗船さえすれば、アルカディアへ行けるということだ。


「——そういえば——部屋の物品は本日回収するため、段ボールにまとめておいてください——

 後日、係の者が配送手続きを行いますので——。」

「あ、はい——!」

「では、検討を祈ります——。」


——検討……? なんの検討だ……? 旅の、か……?


考えても仕方がない。

背を向けるメリザに軽く会釈をすると、俺は扉の前に立ち、再度メリザに正対した。


「し、失礼します——っ!」


「行ってらっしゃいませ——。」


再び重厚な扉を開ける——。


最後まで礼儀正しく、そっと扉を持ちながら、静かに退室していく——。


——キマった……!


人生初の出勤日——そして、人生初の赴任命令——。


初陣は、完全に勝利したのである——。









東蟲機構本部・自室——


俺は、東蟲機構本部を出る前に、もう一度、自室の物品を点検することにした。


「……最低限の着替え——歯ブラシ、スマホ、身分証——あ、そうだ——。」


肝心の通信用モニターは、キミカとの通話からそのままだ。


「……無いと困るし、これは入れておかないとな……。」


俺は段ボールの中身を整えながら、モニター本体と一緒に、LANケーブルも箱へしまった。


そして最後に、もう一度、部屋の中を見渡す。


「全部、よし——。」


そして、入り口の壁に、鍵をかけて退出する。


——お世話になりました……なんてな——。


この部屋ともお別れだ。

さらば、俺の部屋——。

さらば、十年間の思い出——。


今まで面倒を見てくれた人の顔を、一人ひとり思い浮かべながら、俺は静かに、廊下に出ていったのだった。


これから待ち受ける、虫人の世界がどんなものか——。

期待と不安を胸に、港へ足を進める。


この時の俺は、まだ知らなかった。

虫人世界がどのようなものか——。

待ち受ける世界が、一体どんなものなのかを——。








《コラム:東蟲機構》  East Insecter Treaty Organization = EITO

東蟲機構(EITO)とは、虫人の人権と安全を守るための国際平和機構である。

加盟国家/勢力内の平和維持派遣隊や人道支援を担当しており、その対象は虫人だけではなく、人間も含まれることもある。

主要加盟国/勢力は、アルカディア共生国、セラフィン女王国、ネフィリン女王国、ヴァーダントライン、カリオス女王国、フォルンマグナなどがあり、計八つの加盟国家及び加盟勢力から構成されている。

議会長メリザの下には、安全保障委員会や外交委員会など、各委員会が設置されており、議会長はそれらを取りまとめている。


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