遺跡の亡霊
《遺跡の亡霊》
森がざわめき、砂塵が舞い上がる。
研究所の庭園に、MH-6 強襲ヘリが強行着陸した。
「——アルファ、これより対象Aと離脱——」
「——ザザ……ザ——ッ!」
父を強引に連れ去る兵士の姿——。
小型の見た目にそぐわぬほど、ヘリが猛烈な砂嵐を巻き上げ、やがて夜空へ消えていく。
森の縁──裕二はただ見守ることしかできなかった。
母に逃げるように言われ、ただただ走って、父のいる研究所へたどり着いたというのに、肝心の父はもういない——。
砂煙向こうに兵士が数人、壁沿いに待機しているのが、微かに見える。
頭上のナイトビジョンに手を掛ける兵士、ライフルのサプレッサーをぐっと締める兵士——。
──逃げなきゃ捕まる……!
分かっていても、強張った身体は動かない。
そんな時だった——
低空で何かが風を切り、地面に落下していくプレデター無人機——。
キュィィーーーーン………。——ズドォォオオンッ!!!
地面と衝突し、重い衝撃波が、研究所一帯を震撼させる。
炎をまとった金属片が、闇夜に咲く花火のように飛散し、再び地面に降り注いでいく。
「なんだ——ッ!」
壁沿いの兵士の一人が、そう叫んだ。
兵士はタブレットに目を向けていたが、すぐにポーチへしまった。
——何かが起きた。
「——奴らが来る——ッ!」
響き渡る肉声に、兵士たちが警戒体制に入る。
そして、制圧したばかりの研究所に、赤い警告灯で反射した影が、姿を現す。
「——ナーガ確認、交戦します——!」
一人がマガジンを交換し、残った弾丸——麻酔弾を薬室から抽出する。
IRレーザーが影を捉え、素早く数発、射撃する。
ガシャシャシャキィーン!! ガシャシャキィーン!!
サプレッサーの効果で、ボルトの作動音だけが鋭く響く。
「研究所方向・室内、スタック——ッ!」
前方の一人が撃ち終わり、待機していた兵士が素早く入れ替わり、続いて射撃——。
撃ち終わった兵士は、後方でマガジンを再装填している──。
数発、数十発撃ち込んだだろう——だが、その影は止まらない。
徐々に姿を現す黒い影は、弾を受けても火花を散らすだけで、ただ一歩一歩、月明かりのもとへ、静かに歩み寄ってくる。
「——グレネーダーッ! ファイヤ インザ ホォールッ!!」
「ファイヤ インザ ホォールッ!!」
掛け声と同時に兵士が交代し、ライフルの下に取り付けられたグレネードランチャーを、即座に放つ。
ドゥォォオォンッ!!!
室内に巻き起こる爆風と破片の嵐──。
しかしそれも、ただ壁に亀裂を入れ、コンクリート片をパラパラと降らせるだけだった。
黒い影は歩みを止めない。
兵士たちは徐々に後退し、研究所の入り口を完全に包囲した。
そして——
闇夜の中に現れたその姿は、まさに異形の怪人──。
黒く艶やかな長い髪、長くて太い強靭な尻尾——。
まるで、バイクのプロテクターのような鋭い棘のついた外殻には、傷一つ付いていなかった。
ナーガは自身を軸に回転し、長い尻尾で兵士を薙ぎ払った。
「ぐぁ——ッ!!」
前列の兵士数名が一斉に吹き飛び、後方の兵士を巻き添えにする。
——カブトマン——……。
幼い子供——裕二が握りしめていたカブトマンとは、ほど遠い——。
しかし、彼は分かっていた。
あの異形怪人
こそが、ホンモノのカブトマンだと——。
一方、その頃——
研究所を制圧し、裏側にでた他のチームは、主力チームとの合流を急いでいた。
響き渡る、低く金属が擦れるような発砲音は、仲間が交戦している証だった。
「——隊形維持、合流するぞ——。」
そして、足を一歩踏み込んだ時だった。
林縁沿いに、微かに、黒い小柄なシルエットが、周辺視によって捉えられる。
「——九時方向、敵影——。」
異様な気配、謎の黒い影——気が付くと、それは既に立っていた——。
その視野角は、歩き出すずっと前——即ち、研究所を出た瞬間から、見えていたはずである。
森林から出てきたのであれば、必ず音が出るはずである。
いつからそこにいたのか——。
「——いつから——ッ!」
「……最初からここにいました——。」
少女は素っ気なく答えた。
風になびく長い黒髪は、なにか、幽霊のようなものを連想させる。
「——もしかして、迷子かな——。あちらの道を下りて行けば、街に出られます──」
「——今は不要——。」
青く、殺気を帯びた眼で、兵士を睨み付ける——。
沈黙した少女を和ませるように、静かに風が吹く——。
その時——
少女に触角があることに、なぜ今まで気付かなかったのだろうか。
否、触角は髪下に格納できるのだ——。
「——虫人──ッ!」
兵士たちが素早く展開すると、銃口が一斉に少女へ向く。
変に刺激をすれば、何をしてくるか分からない——ただ、少女との睨み合いが続く。
そんな様子に、少女はうつむき、ため息をつく。
「……はぁ——。……んとは……。」
「——……。」
ぼんやり呟く少女の言葉に、全員が耳を傾ける。
「……ほん…とうは、ここに来る理由もなかった——……。」
「——な、なら、今すぐお家へ帰りなさい。きっと、お母さんが待っているよ——。さぁ——。」
その言葉に少女は素早く頭を上げた。
「——何を……言っている……。」
兵士全員を睨みつける青白い殺意——。
「……私が母だ——……私が彼女らを産んだ……私が育てた……私こそが……
……共生国……アルカディアの初代女王……アルカ・アルカディアだ——…………!!」
ただならぬ殺気に、チーム全員が硬直する。
闇夜に輝く青い瞳、金色のティアラ、地下から吹き出る地風が髪をなびかせる。
しばらく硬直していたのは、殺気によるものではない──大地が揺れ、地面から次々と兵アリたちが現れたからだ。
「アルカディア!? 何故ここに──……!」
「知るか! 撃て!撃ちまくれ——!」
ズドドォンッ!! ドドドォンッ!!
命令とともに、一斉射撃が開始される。
しかし——
女王の前に現れた黒い盾が、それらをすべて防いでしまう。
そして、気付くと数体の黒盾に囲まれ、現場は一瞬で混乱に陥る——。
「——我々が、何の対策もせず、何も考えず——ここに現れたとでも——……?」
「——……っ!」
合計十二の兵アリ——。
盾に守られているが、その初弾はすべて、自らの進退で防いでいた——。
月の光を鈍く反射する外骨格装備——TEXS——。
TEXSの追加外殻は生半可な銃弾では対処できない。
「ぐは——っ……!!」
ある程度距離を取っていたはずだ——だが、その間合いもじわじわと迫ってきている。
黒い盾は据え置き型ではなく、兵アリたちの手持ち装備だったのだ。
そして、盾を持った一人が突進する。
「まずい!距離を取れ——!」
「——右だ!——ぐは——ッ……!」
徐々に後退しても、兵アリの接近速度はランニングそのもの。
蹴り飛ばされ、壁へ吹き飛ばされる——。
「——左——ッ! ぐ——ッ!!」
一人、また一人と突進するアリの兵士。
蹴り、シールドバッシュ、そして——
ズドドォンッ!!
後方にいた兵アリの盾から、発炎とともに鋭い弾丸が発射される。
「自動火器です——ッ!」
「バカな! 虫人に銃などあるはずが——っ!!」
胸を抑え、ドサッと倒れる黒服の兵士——。
徐々に壁の方へ追い詰められていく——が、壁に辿り着くまで立ってられる者は、誰一人いなかった。
「……哀れな——。」
女王の一言——兵アリは盾を解除し、闇に消えていくのだった。
時を同じくして——
ナーガと交戦していた黒服兵士は、全員、地面に横たわっていた——。
墜落したプレデター無人機——だったものが、遠くの山道で黒い煙をあげ、ただ風になびかせている。
裕二はただ、その様子を見ていた。
黒い服を着た悪者たちが、カブトマンによって倒された。
でもそれは、何故か儚くて、本当に正しいことだったのか——分からない。
手に持ったカブトマンと、研究所に現れたカブトマンは、あまりにも違いすぎていた。
ただ、頭の中で、現実のカブトマンが押し付けられている——そう表現する他、なかった。
研究所の前に現れた、複数の虫人の影——
黒く輝く、尻尾のあるカブトマン——
小柄で、青い光を放つ、カブトマン——
空を飛ぶ、緑色のカブトマン——
巨大な身体に、巨大なツノを生やしたカブトマン——
そして、優しく、俺の肩に手を置くカブトマン——
——おかあ………さん…………?———。
その後のことは覚えていない。
俺は政府の人間に引き取られ、今まで住んでいた家とは、お別れとなった。
お気に入りだった、俺のヒーロー、カブトマンもまた——。




