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虫人 - Insecter  作者: 虫人プロジェクト
ヴァーダントライン編
24/27

第20話  政務と総長



《政務と総長》


ヴァーダントライン城・客間——


静かな空間に、鳥のさえずる声だけが響き渡る。

白い城壁を背景に、大きな一本松が庭を飾っているのが見える。


すると廊下の奥から、徐々に足音が近づいてくるのが聞こえる。

忙しい案内人とは明らかに違う、一定間隔の落ち着いた足取り——。


「遠路ご苦労だったな、ユウジ殿。」


そして、禍々しい角をした一人の男が、客間に入ってくる。


俺はミオナを見習い、思わず正座を取り直した。

豪華な装飾が施された、紺色の袴を纏う甲虫系虫人——恐らく、この人がツバルであろう。


「そう堅くならんでよい。——まずは、支部で起きた非礼について詫びよう。すまなかった。」


男は俺たちの前まで来ると、ゆっくりと会釈した。


「いえ、とんでもないです。こちらとしても、何が何やら——。」


「……そうか。」


何に納得したのかはわからないが、俺たちはひとまずその先を待った。

総長の代理自ら招いたからには、きっと何か話があるのは間違いない。

男は続ける。


「——それで、総長の外遊の件で話を聞きたくてな——。

 アヤカとサヤカからもある程度は聞いている。だが、ユウジ殿からもその話を聞かせてもらいたい——。」


「外遊、ですか——。」


「さよう。総長が、どのような経緯でそちらと手を組んだのか——」


どうやら、サイチが俺たちに同行した一件をそう呼んでいるらしい。

サイチはしがないフリーターを装い、護衛として俺たちに同行しただけだった。

目的は、ドロバチの神経毒を治すために森の魔女のもとへ向かうこと——。

しかし護衛とは言っても、まともな戦闘になるような状況にはならなかった。


俺は出会った経緯や何が起きたか、サイチのことについて一から話していったのだった。


「なるほどな——。一応、辻褄は合う——。」


——一応、って何だよ——全部本当なんだけどな……?


「ま、まぁ——それでその、成り行きで、森の魔女のいる大森林に踏み入って、

 魔女から薬をもらった、ということです——はい——。」


沈黙——。


顎に手をあて、考えるツバル。

横を見ると、ミオナが静かに正座している一方、ユミナはあぐらをかいて腰のブレードをカチャカチャと鳴らしている。


——おまえ……。


こんな空気の中でも、こいつはいつだって自由気ままで退屈そうだ。

任務以外のこととなると、その冷静さもどこかへ飛んでいく。


ツバルは整理し終えると、再びこちらに視線を向ける。


「——困っている者がいれば助ける、弱き者のために強きを挫く——あやつは、そういう男だ。」


その言葉には、俺も妙に納得した。

仕事を探していたとはいえ、護衛として危険な任務を引き受けてくれた。

サイチは強い——その根本には、このヴァーダントラインで培われた生き方や剣の鍛錬があるのかもしれない。



「——して、魔女はどうだった。」


「え、えぇ、まぁ——そうですね、なんと言うか取引をした程度で——」


そこへ、やり取りがもどかしくなったユミナが口を挟む。


「ユウジだけ連れ去られちゃったわ。私たちは糸で動けなくなっただけ。

 後になって探して、薬が置いてあったのよ。護衛としては、何の役にも立たなかったわ。」


「ちょっ、ユミナちゃん——……!」


すかさずミオナが止めに入るが、そんな制止にもユミナは応じない。

言いたいことだけ言うと、そのままそっぽを向く。


俺の中でのヴァーダントラインは、皆、堅苦しくて頑固者なイメージである。

こんな態度、すぐに咎められてもおかしくない。


しかしツバルは、そのイメージを大きく覆す反応を見せる。


「なるほどな……。だいたいの事情は把握した。」


短く頷いた口元に、わずかに笑みを浮かべた気がした。


話も一段落したようなので、俺はサイチの様子について尋ねてみることにした。


「——その、例の総長は——」


「見たいか。」


ツバルは俺を見据えたまま、短く言った。


「えぇ、まぁ——。気になるって言うか——」


「問題ない。お前たちにも見てもらおう。」


「いいんですか? でも、組の中のことって……」


「聞かれて困るようなものではない。ついてこい。」


ツバルに連れられるまま、俺たちは総長のいる天守閣の最上階まで向かったのだった。








ヴァーダントライン城・天守閣——


城の最上階には張り詰めた空気が満ち、居並ぶ重臣たちは手元の資料に目を通している。


そして、重臣たちが列を成して座る奥——。

いつもとは違う、威厳のある正装を纏ったサイチが、上座に腰を据えている。


「では次に、今月の木材上納の件ですが——予定していた納入量には到底届いておりません。」


重臣の一人が前へ進み出ると、書類をめくり、次の議題を読み上げる。

すかさず、サイチが問い返す。


「木は沢山あるだろう。減る理由はなんだ。」


「はい。確かに木材そのものはございます。ですが、今年は運搬路の整備状態が悪く、搬送量が落ちております。」


「なるほどな。では、減っているのは収穫ではなく搬送だろう——組の備蓄はどうなっている。」


「現状、当面の分は確保できておりますが——」


深くため息をつくサイチ。


「当面?——搬出が滞れば、備蓄はいずれ底をつく。上納の遅れは先々まで見据える必要がある。」


「現在も一割減の見込みで回しておりますが——」


「それでは足らん。搬出が滞っているのに、現状維持で済むと思っているのか。」


「それは——」


しびれを切らしたサイチが、重臣たちに向かって言い放つ。


「我々は機構に名を連ねている——出撃要請があれば国際任務も請け負うんだぞ。

 要請があってからでは遅い。領土交通大臣はどうした。」


「本日は別件対応中でございます……。」


「本日? 昨日もだろ。——あいつはいつ出てくるんだ。」


「それは、ですな……。」


「お前には聞いていない。今すぐ担当大臣を呼べ。財務も防衛もだ。」


「は、はい。ただいま——」


そう言うと、重臣は速やかに部屋を出ていった。

そこで、改めてサイチは居並ぶ重臣たちを見渡した。


「はぁ……。いいか、ここに集まった者は何のためにいる。

 木はある。運べない。なら道だろう。

 そこまで繋げて考えるのが、お前たちの役目じゃないのか。——俺がどうこう言うもんじゃない——」


サイチは短く深呼吸すると、その場に立ち上がる。


「——父上の代も、そうやって対処したんだろ——。」


上座を降りると、そのまま中央を横切り、その場を去ろうとする。


「総長、どこへ——」


「答える者もおらん場に、いても意味がない——。……また戻る。」


サイチは去り際に、それだけ言い捨てた。


俺たちは、その様子を後ろから見ていることしかできなかった。

部屋には議題だけが積まれ、肝心の答えを出すべき者は現れない。

会議の形だけは保たれていたが、話は一向に前へ進まなかった。




サイチは廊下の片隅で一人、城下町を見下ろした——。


「……はぁ。」


深いため息をつきながら見下ろした領地の街並みは、平穏そのものだった。


「父上は一体、どうやってあの重臣たちを飼いならしていたというのだ——」


さすがに今は、そっとしておいた方がいいのかもしれない——。



そう思っていた矢先——


「一人にさせた方がよさそうだな。——って、ユミナは……?」


「えっと……そこに——」


俺があたりを見回すと、ミオナはサイチのいる方角を指さしながら、小さく呟いた。


「やっほー。来ちゃった!」


能天気な声が廊下に響いた瞬間、サイチが勢いよく振り返る。


「お、おいおいおい、何でお前がここに ——ってことはー……」


その視線が、そのまま俺たちの方へ流れてくる。

ばっちり目が合った。


「あ、えっと——お目通りしていただき、感謝します。総長殿——」


思わずそんな言葉が口をついて出る。

するとサイチは、呆れたように片手を振った。


「いい、いい。俺たちの間で敬語は不要なんじゃなかったのか? そんな堅苦しくしなくていいって。

 ——ってことはお前ら、あれ、見てたのかよ——?」


「ま、まぁ——」


曖昧に頷くしかない。

サイチはそれだけで全部察したらしく、肩を落として深く息を吐いた。


「はぁ——。……重臣たちときたら、いっつもあんな感じで——俺は何でも屋じゃないぞ。大臣は勝手にどっか行っちまうし——」


さっきの会議を思い出し、俺も苦笑するしかなかった。


「大事な会議があるのに、いないってのはなかなか大変だよな——。」


「大変ってもんじゃないぞ。四六時中あんな感じで、会議終った後にもごちゃごちゃ言われて——」


重臣たちの前では押し殺していた苛立ちが、今はそのまま漏れ出している。

そんなサイチに、ミオナが静かに言った。


「私たちみたいな立場の者が言うのもなんですけど——サイチさんは、よくやれていたと思いますよ。」


その言葉に、サイチは少しだけ眉を上げる。


「あー、まぁ、そうなのかね……あんなの誰でもできるって……。」


そう言いながらも、さっきまでよりは少しだけ、表情が和らいだように見えた。

そしてふと、何かを思い出したようにこちらへ顔を向ける。


「そういやお前たち、一体どうやって来たんだよ?」


「あ、えっとー…」


答えに詰まった俺の様子を見て、サイチはすぐに察したらしい。


「あ! さてはツバルだな? あの野郎……。おい、ツバルー!」


呼ばれて間もなく、まるで最初から近くに控えていたかのように、あの落ち着いた声が返ってきた。


「はっ。ここに。」


いつの間にか、ツバルが廊下の奥に立っている。

やはりこの人、気配が薄い——。


「ったく、お前また余計なことしやがったな——?」


ツバルは責められているというのに、まるで動じた様子もない。


「私はただ、帰られた総長が上手くやっているとその目で確かめていただこうとしたまで——。

 総長がお戻りになり、重臣たちも安心しております。——ヴァーダントラインの行く末も、いくらかは安堵できましょう。」


「んのやろう、上手いこと言いやがって——。んで、そういえばお前たち、今日帰っちまうのか?」


不意に話を振られ、俺は曖昧に唸る。


「んー……どうする?」


すると、横からユミナがあっさりと言った。


「せっかくだし、泊って行けばいいんじゃない? 見たいとこ、まだ沢山あるし。」


「そうですね。私も運転疲れましたし、明日の昼くらいにでも出発しましょうか。」


ミオナまでそう言い出す。

俺としても、正直それはかなりありがたい提案だった。


「だったらここ泊ってけよ! 部屋用意すっからさ! ツバル、三人の部屋頼んでもいいか?」


「御意。」


ツバルは短い返事だけ残すと、すぐ近くで控えていた案内人を呼びつけた。

その背中には無駄がなく、迷いもない。見ているだけで、有能さが伝わってくる。


「あいつ、なんでもできそうだよな……。」


俺はぽつりと呟いた。


「ん? ツバルか? ツバルはいいぞ。強ぇーし早ぇーし——ああいうのが、組の総長とかに向いてるんだろうな——」


サイチは部屋の外で話すツバルを、遠くを見つめるような眼で眺めた。









ヴァーダントライン城・客間——


再び、案内人に案内され、俺たちは先ほどの客間に戻って来る。

城壁のすぐ向こう側には街の賑わいがあるはずなのに、それが届くことはない。


広々とした部屋の一角へ進むと、案内人が襖を引き、ひとつの空間を切り分けていく。

広い客間が、まるで旅館の一室のように見える。


「本日はこちらでご宿泊ください。」


「ありがとうございます。」


「はい。——ではまた、何かありましたら、お申し付けください。」


案内人は一礼すると、再び廊下の奥へ消えていく。

同じ天守閣とは思えないほど、部屋の中は静かだった。


「まるで旅行だわ。」


「そうですね——温泉とかあるんでしょうか?」


「あるわよ。探しに行きましょ!」


「はい!」


二人は荷物を置くと、そのまま廊下の外へ出ていく。


「お、おい——。……って、行っちゃったし——。」


引き止める間もなく、遠ざかっていく二人の足音。


客間に残る、鳥のさえずりと風に揺れる松の葉音——。

陽はまだ高く、障子越しの光が畳の上に差し込む。


「はぁ……。後で様子でも見に行くか——。」


俺は座卓の前に腰かけると、小さく息を吐いたのだった。






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