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虫人 - Insecter  作者: 虫人プロジェクト
ヴァーダントライン編
23/26

第19話  ヴァーダントラインへ



《ヴァーダントラインへ》


東蟲機構・アルカディア支部前——


朝——


そこに、黒い装甲車が停車していた。

俺は遠目に、その大きな車両をじっくりと眺めた。


鈍く反射する車体、分厚い窓ガラス、四輪の巨大なタイヤ——。

どんな道でも走破してしまうような、黒い怪物。


「なんだ——これ——……。」


アルカディアの街はまだ薄暗く、住民は誰一人として歩いていない。

そんな中、建物の合間から漏れ出た日の光が、その怪物を微かに照らす。


そして、遠征用バックパックを積み終えた二人が、装甲車の前に出てくる。


「では、行きましょー!」

「おー!」


ユミナの掛け声に、ミオナがノリノリで応える。


「いやお前ら——なんでいるんだよ——。」


そんなこと聞くまでもない。

ユミナがその言葉に即答する。


「なんでって何よ? 護衛は、出張中も護衛よ。」


「そうですよ。出先で何かあったら、女王様に顔向けできませんから——」


言葉を繋げるミオナ。

女王はいまも昏睡したままだというのに、相変わらずこの二人は忠実だ。


——まぁ、準備してくれたんだから、ここは有り難く乗らせてもらうか——。


俺は小さくため息をつくと、装甲車の方へ歩き出した。



徐々に近づくと、その黒い車体はますます威圧感を増していく。

足元のステップは思った以上に高く、鉄板に触れた指先には、朝の冷たさがじかに伝わってきた。


二人がドアを開け、前席に乗り込んでいく。

俺もそれに続くように、ドアノブを握り込む。


しかし——


「あれ——開かねえ——……」


「ちょっと、下にひねるのよ! そう、こう!」


外に半身で出たミオナが、手振りで必死に教えようとする。


「——いや、こうってどうだよ……!」


分かりづらい説明を頼りに、俺は思い切り取っ手をひねった。


ガコォ——ン……ッ!


「う、動いた——」


「動いた、じゃないわよ! 早く乗りなさい!」


その瞬間——


ブロロォオ——ン……ッ!!

唐突に、エンジンが始動する。

低く唸るように車体が揺れ、俺は慌ててバッグを放り込みながら、後部座席へと身体を投げ入れた。


「お、おい——ちょっと待てって——!」


「待たないわよ! ——ミオナ、行くわよ!」


「了解です。——あ、シートベルトしてくださいね。」


ドアを開けたまま走り出す装甲車——。

俺は体勢を立て直すと、全開になったドアを思い切り引いた。

ユミナは首だけ後ろに向け、そんな俺の様子を面白そうに眺めている。


「——な、何見てんだよ——!?」


「べつに。おもしろいなって。」


「なんもおもしろくねぇ——!」


アルカディアの朝の街に、重いエンジン音を響かせていく。

俺たちは、ヴァーダントラインへ向け、出発したのだった——。








アルカディア・北西——


検問兵に通行の許可を取ると、装甲車はそのまま北西街道沿いを進んで行った——。

幹の太い木々が窓の外を同じ速さで流れていくたび、どこまで進んでも景色が変わらないような錯覚に襲われる。


——魔女を思い出すな……。


あの西の大森林も、こんなふうに同じ木々ばかりが並んでいた。

いつ考えてもトラウマである。

あんな危険な虫人がこの世界に存在しているなんて、俺は今でも信じきれなかった。


そんな中、荷物がガタンッと跳ね上がる。


「くっ……こんなに揺れるのか——装甲車は——。」


すると、運転するミオナがいち早く反応する。


「正確には虫兵輸送車ですよ。通称《ACV》ですね。」


「ACV——?」


「はい。アルカディアン・キャリーヴィークルです。これがあることで、遠方でも迅速な展開が可能になるんですよ。」


「へぇー……そんなのあるのか——。ってか、そもそも虫人世界に車があるとは思わなかったぞ——。」


そこへ、腕を組んだユミナが介入する。


「あるわよ、車ぐらい。——ま、民間車は装甲禁止だけど。」


「そうなのか? 」


聞き返すが、ユミナは前を向いたままで、返事はない。


「まぁ、そういうもんか——。」


俺は腕を組み、一人で納得する。

だが、疑問は募るばかりで、俺は続けざまに質問した。


「——しかし、二人が免許持ってるなんて知らなかったよ。」


「メンキョ?」


「——?」


あたかも聞いたことがないかのように、ユミナがゆっくり首を向ける。


「え——? ないのか? 免許は——」


俺たちは顔を合わせたまま、首をかしげあった。

免許を持っているか聞いてるだけの俺、免許自体を知らないという様子のユミナ——。


沈黙の中、ミオナが再び口を開く。


「——多分ですが、人間世界でいう《運転許可証》みたいなものでしょうか——。」


「あー……。多分そう、それ。」


「ふーん? そんなのあるんだ。めんどくさいわね。」


俺はそれ以上聞くのをやめた。

きっとそういう世界なのだ——俺は再び、後部座席で一人、口を紡いだのだった。







ヴァーダントライン・検問所——


街道を進むこと、約二時間——。

瓦屋根のかかった重厚な城門が現れると、車両を道の端に停車させる。


「……あれ、もう着いたのか——。」


前に見える検問兵——その姿は、やはり武士だ。

装備の類い的にはサイチたちと同じTEXSなのだろうが、どこからどう見ても、俺には具足にしか見えない。


——なんかこう、構造的なのが違うのか……?


そしてその姿を一層際立たせるのは、門の周囲の深い土堀と、白い城壁に空いた小さな矢狭間である。

矢が飛んできても、装甲車に乗っていれば問題はないはずだが、ついあれが使われた時のことを考えてしまう。


そんな中、ユミナが飛び降りるように降車すると、一枚の紙きれを検問兵に見せる。


「なんだあれ——なに見せてんだ? あいつ——」


「通行証ですね。ヴァーダントラインでも、車両の出入りは基本的にはできませんから——」


「へぇー……。なんかあれだな——虫人の世界は、免許は無くても、通行には許可が要るんだな。」


「そうですね。——あれが無いと、車両も人も、通れませんから。」


「アルカディアと一緒か——っていうか、あんなもん、どこで手に入れたんだよ——?」


「申請したんですよ。東蟲機構に。」


「へぇ——って、俺知らないんだけど——」


「はい、直接申請しましたから——」


外交員に連絡が来るのは、飽くまで外交員の行動だけだ。

つまり、アルカディアと東蟲機構との直接的なやり取りは、俺のところに連絡は来ない。

それにアルカディアとしては、今回の件は外交問題というより、むしろ外交員の護衛任務という認識なのだろう。


——ってことは、こいつらに出発日を教えたのは、機構本部ってことだよな——。


しかしそれは、返って有り難いのかもしれない。

少なくとも、一人でここに来るよりはずっとマシだ。


——まぁ、問題を起こさなきゃいいんだけど——。


そんなことを考えていると、ユミナが検問所から帰ってくる。


「許可下りたわよ!」


「では、行きますね。」


ユミナが再び助手席に乗り込むと、俺たちはいよいよヴァーダントラインの領地深くへと入っていった。








ヴァーダントライン・城下町——


瓦屋根の木造建築が連なる街並み——。

軒先から下がる木札や布が風を受け、通りの上でかすかに揺れている。

歩く住民は皆、和服を羽織り、袖を揺らしながら通りを行き交っている。


そんな中、土煙をあげないよう、黒い装甲車をゆっくりと狭い道を進ませる。


低く唸る装甲車の音に気づいた住民たちは、物珍しそうにこちらを眺めながら、静かに脇へ避けていく。


「あぁもう、邪魔ね——! どきなさいよ!」


唐突に、ユミナが苛立ったように声を荒げる。

もちろん、装甲とエンジン音で囲まれた車内では、何を言っても無駄である。


「まぁまぁ、もう少しですから——」


そんな様子に、ミオナはただ苦笑いしながら宥めた。

俺は心底、ユミナがドライバーじゃなくて良かったと、安心したのだった。



ふと外を見ると、市場に並んでいたのはビニールで梱包された製品の数々。

街を歩く住民はその袋を一つ手に取ると、スティック状のクッキーのようなものを当たり前のように噛み締める。


「——なんか、想像と合ってるような、違うような——。」


「どんな想像よ!」


すかさず、ユミナが突っ掛かる。


「なんかこう、古いものばかりかなって想像してたんだけどな——」


俺の中ではどうも、時代劇の雰囲気を壊しているそれらを、受け付けきれていなかった。


そうこうしている間に、車のエンジンが停止する。


「着きましたよ。」


シートベルトを外し、振り向く二人に、俺は後部座席にあったバックパックを渡していく。

そして最後に自分のバックを抱えると、そのままドアを開け、二人に続くように車内から飛び降りる。


「ふあーー……! 着いたわね、やっと。」


ユミナが両手をあげながら大きな欠伸をする。

装甲車の中はどうも窮屈で、決してくつろげる場所とは言えなかった。

何よりそれは、短時間の移動だったというのに、既にじんじんとする膝が物語っている。


「ここにサイチが——。」


西の森で見た、あの気の抜けた男が——こんな場所を背負っている。

そう思うだけで、胸の奥がわずかにざわついた。


「本物を目の当たりにすると、想像を絶しますね——。」


ミオナも同じことを思っていたのか、石垣の上の天守閣を見上げる。


「こっちよ。」


ユミナもまた一望するが、無駄な言葉を重ねず、ただ淡々と足を進めていく。

俺たちは先導するユミナの後を追い、城壁沿いを歩いていった。






やがて、そびえ立つ城壁の一角に、巨大な城門が姿を現す。

分厚い木板に、幾重にも鉄帯が打ち付けられた、重く閉ざされた門——。


門前には具足型TEXSを纏った門番が佇み、両脇の矢倉からは弓を携えた監視兵がこちらを睨みつけている。

この街——この城を、いったいどれだけの武士が警備しているのだろうか。


するとユミナが振り返り、何かを取り出すような仕草をする。

ミオナはそれを見ると、すかさず俺に指示を出す。


「あの門番に、招待状を見せてください。」


「お、おう——。」


俺はバッグから招待状を取り出すと、門番の前まで歩み寄り、それを提示した。

だが、門番はぴくりとも動かない。


「あのー……見えてます?」


「違うわ。貸しなさい——」


ユミナが横から招待状を取り上げる。

それを一度脇で構えると、勢いよく門番の前に突き出した。


「この招待状が、目に入らぬか——!」


「——!?」


思わず声が漏れそうになる。

だが、それでも門番は微動だにしない。


「しー——静かにしてください——。上です——」


ミオナにそう言われ、俺が矢倉を見上げると、監視兵の一人と目が合った。


——あ、あいつが見るのね……。


すると監視兵はわずかに目を細め、城内へ向けて声を張る。


「門を開けろーッ!!」


怒声が城壁の内側へ響き渡る。

木が撓るような音とともに、巨大な城門がゆっくりと開いていく——。


「ま、マジか……。」


「ここではこうなのよ。」


驚愕する俺に、ユミナは腰に手を当て、さも当然かのように言い張る。

ヴァーダントラインには、ヴァーダントラインのルールがある。

今更ながら、俺はそう強く感じたのだった——。









ヴァーダントライン城・客間——


門前に案内人が現れると、俺たちは城門を抜け、そのまま客間へと案内された。

畳の匂いがかすかに立ち、太い木の骨組みが走る天井は、城の威圧感をより一層感じさせる。


すると、茶器を載せた盆を手にした案内人が、廊下の奥から歩いてきた。


「お待たせいたしました。こちらをどうぞ。」


湯気の立つ湯呑みが卓へ静かに並べられ、ふわりと見覚えのある香りが広がった。


——レイドウ茶……。


それはサイチが淹れていた茶と同じ匂いだった。

ふと、あの気の抜けた顔が頭をよぎる。


「——只今、ツバル様をお呼びしておりますので、少々お待ちを——」


案内人はそれだけ言い残すと、一礼し、静かに廊下の奥へと下がっていった。


「……ツバル?」


一方、ミオナはすでに卓の前で静かに正座していた。

礼儀を弁えているというべきなのか、それともこういう場に慣れているのか——。


そんなミオナが、姿勢を崩さぬまま小さく口を開く。


「恐らく、招待状を差し出した代理の方のお名前ではないでしょうか——。」


「あぁー……——。」


俺も卓の前に腰を下ろすが、正座には耐えきれず、結局すぐに脚を崩した。

俺たちは座りながら、物珍しそうに部屋の中を見回す。


「なんか不気味ね。虫でも出そうだわ。」


「——虫人がそれを言うかよ……。」


そう言って、俺は卓の湯呑みに目を落とした。


庭でさえずる小鳥の鳴き声だけが、静かな客間に響き渡る。


その時——

廊下の奥から、先ほどとは違う、落ち着いた足取りが近づいてくる——。








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