ヴァーダントライン編:3 迎え
《迎え》
アルカディア・北西検問所——
妹のサユキに連れられていくサイチ——。
俺たちはその惨めな姿を前に、ただ後をついていくことしかできなかった。
「なんか惨めね。」
ユミナが頭の後ろで腕を組みながら吐き捨てる。
そのまま北西検問所の方へ連れられ、見知った甲虫型女性の二人が現れる——。
黒い外殻をしたサイチの仲間——アヤカとサヤカだった。
どうやら、話に出ていたサユキの同僚というのは、この二人のことだったらしい。
サユキは二人と合流すると、検問所のガードに通行証を見せ、サイチを外へと連れ出していく——。
アルカディアを出入りする商人たちは、そんな様子を前に、何事かとただ見守っている。
「これじゃ公開処刑だな……。」
「……ちょっと、サイチさんが可哀想ですね……。」
「自業自得よ。」
心配そうに見つめるミオナに対し、ユミナは他人事のようにさらっとあしらった。
姉妹だというのに、二人の態度は相変わらず大違いだ。
それはサイチとサユキを見ても同じことが言える。
「まぁ、兄弟とか姉妹って、色々あるよな——」
「どういう意味よ。」
ユミナはすかさず、俺の言葉に突っ掛かった。
そんな俺たちの方へ、少女がそっと歩み寄ってくる。
「なにかあったんですか?」
少女の方を見ると、鎌をゆらゆらとさせながら、何やら興味深そうにこちらを見つめている。
「あ、ユリハちゃん!」
「やぁ、ミオナちゃん。偶然、近くを通りかかったものですから、来てみました。なにやら騒がしいようですね——」
ユリハはそう言うと、ミオナに優しく微笑みかける。
腕の鎌といい、枯葉のような体表といい、恐らくコカマキリ型か何かだろう。
「……あー、ちょっと内輪揉めというか、そんな感じで——」
「内輪揉め——?」
「はい。えっとー、家庭の事情みたいなものですかね。」
ユリハの疑問に、ミオナが言葉を繋げる。
「そう——なんですか?」
ユリハは連れていかれるサイチの姿を、ただじっと見つめていた。
街道沿いを少し歩いたところで、サユキは改めて、アヤカとサヤカの方へ向き直る。
「連絡と護衛の件、感謝する。」
畏まるサユキに、二人も少し動揺したように応える。
「いえ。……それに、護衛の件は飽くまで森閃組のご意向——ツバル様の指示に従ったまでです——。」
「連れ戻せなかった私たちの落ち度を、どうかお許しください。」
二人はそれぞれ言葉を並べる。
「気にしていない——こうして無事、連れ戻せただけでも、言ってもらった甲斐があるというもの——恩に着る。」
「滅相もございません。」
「同意です。」
そんなやり取りの中、終始、サイチは助けを求める視線を、こちらに向けていた。
「な、なぁユウジ、俺たち、友達だよな…? ほら、西の森で——……」
「サイチさん?」
ミオナの一言に、サイチはぐったりと俯く。
「と、とりあえず、東蟲機構の試験は後回しだな——そっちの決着がついたらで——……。」
サユキもまた、足を止めてこちらを振り向く。
「……この度は迷惑をかけてすまなかった。——領地へ戻ったら、改めて詫びを入れさせていただく——。」
「あ、はい。お願いします。ドアの件とか——……。」
そんなことを付け加えるが、サユキはすでに歩き出していた。
兄を引き連れ、森に囲まれた街道を進んでいく——。
「お、おい待て、まだ話は——!」
「黙って歩け——!」
「ぅぅ……。」
妹に連れられていく、兄の最後の姿——。
「——あいつ、あっちでもあんな感じなのか……? 総長って……。」
そんなことを呟きながら、遠くに消えていく一行を見送る——。
「自業自得よ。——それに、総長を誘拐しただなんて変な話が広まっても、こっちとしてはいい迷惑よ。」
「そ、それもそうだな——……。」
サイチは、最後まで諦めなかった。
ただ、総長という身分がありながら、アルカディアの街でほっつき歩かせるわけにはいかない。
それは向こうとしても、アルカディアとしても、そして外交員である俺としても同じである——。
東蟲機構・アルカディア支部——
数日後——
俺はキミカと繋がったモニターの前に座ると、今回起きたサイチの件を話していった。
「——……ってことがあって、その、ヴァーダントラインに一時的に帰っているというか——……。」
困ったように報告する俺に対し、キミカは微笑みながら言う。
「問題ありませんよ。実はこちらでも人事的な調査をしておりまして——
総長のサイチさんを外交員として任用するというのは、機構としても認めることはできません——。
まぁ、もしそれでもやりたいと言うのでしたら、まずは向こうの問題を解決してから、ですね。」
「まぁ、ですね——。」
キミカの言うことはいつだって正論だ。
外交委員長として、国や勢力の問題をないがしろにすることを、できるはずがない。
それは、事情を知ってしまった俺でもわかる——簡単な話ではあった。
話が一段落したところで、キミカが再び口を開く。
「そういえば、それとは別件で、ユウジさん宛てに先方から招待状が届いていますよ。」
「え、ヴァーダントラインから? 俺に?」
「はい。……サイチさんご本人ではございませんが、代理の者からでして——
今回の件の謝礼と詫びを兼ねて、ぜひ一度、ヴァーダントラインへ出向いてほしいとのことです。」
「ヴァーダントラインかー……。うーん——。」
正直なところ、あまり乗り気になれるような話ではない。
支部の扉は、ユミナとミオナが応急的に修復した状態ではあるものの、完全に治ったわけではない——。
——あんなヤバい奴らがいる場所に行くのはちょっと気が引けるなー……。
考え込む俺の様子に、キミカが優しく語り掛ける。
「まぁ私的な招待状ですので、断ってもいいと思いますが——ユウジさんご自身が決めて良いと思いますよ。」
ヴァーダントライン——その名を聞くだけでも、今でもあの情景が、鮮明に思い浮かぶ。
けどあれから、サイチから連絡が来ることはなく、それはメッセージアプリのRhiNEでも同様だった。
一度護衛を務めてもらっただけの、役割上の関係——。
だが、サイチがあの後どうなったのか、気になる部分も、なくはない——。
「……まぁ、断る理由もないか——?」
俺はじっくり考え、決断した。
「でしたら、こちらから連絡しましょうか?」
「いえ、自分の方から連絡します。——細かい日付とかもありますし——」
「承知しました。では、日程が決まりましたら、また後ほど連絡をください。
こちらでは出張扱いとさせていただきますので、向こうにいる間の連絡は不要です。それと——」
キミカは書類を手元に持ってくると、こちらに見えるよう、モニターに映し出した。
「——出張手当て——申請書——……?」
「はい。出張にかかった費用とそれに関する手当て金を、こちらで申請しておきますね。
送金は後日になりますが——」
俺は思わず目を疑った。
そんなホワイトな制度があることを俺は初めて知ったのだ。
この一件に対する俺の見方が、決断へと一気に傾いていった。
だが同時に、疑問も残る。
「——でもこれ、私的招待ですから、訪問も私的な扱いですよね——?」
「はい。確かにヴァーダントラインから個人への、私的招待ではあります。
ただ、これは外交員が加盟国へ出向く以上、我々とヴァーダントラインとの外交的なやり取りであるとも受け取れます。
外交のためにいくのでしたら、それは出張ですよ。」
——キミカ様は神であらせられるのか——。
同時に、これで支部の扉の件は、ひとまず言わずに済む——。
もしあの件を話していれば、きっとキミカは出張を止めに来るだろう。
そして、扉が壊れた事実に悲しみを抱くだけでなく、外交的な問題へも発展する可能性があった——。
「では、くれぐれもお気をつけて。」
「は、はい!」
モニターが切れる——。
キミカはあの戦闘集団——ヴァーダントラインの恐ろしさを、きっと知らない。
ただの加盟国や加盟勢力ならまだしも、俺はそこだけは絶対に行きたくなかった。
だが、出張手当金が出るのであれば、話は別である。
後日、出張日程をショートメールで伝えると、俺は段ボールに入ったままだった小さな旅行バッグを取り出した。
着替えや歯ブラシなどを逐一詰め込んでいき、準備を進めていく。
そして当日——
「では、行きましょー!」
「おー!」
支部の前に停車する、大きな装甲車——。
その前に佇む、ユミナとミオナの姿——。
「って、なんでいるんだよ——。」
聞くまでもない。
護衛は、出張中も護衛である——これはきっと、アルカディアの判断だ。
乗り込む二人に続き、俺も装甲車の後部座席へ乗り込む。
唸るような大きなエンジン音が、アルカディアの街に響き渡る——。
俺たちは、ヴァーダントラインへ向け、前進したのだった——。




