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虫人 - Insecter  作者: 虫人プロジェクト
ヴァーダントライン編
21/28

第17話  北西からの刺客


挿絵(By みてみん)



《北西からの刺客》


東蟲機構・アルカディア支部——


ピンポーン——……ッ!


突如鳴るインターホン——。

サイチは相変わらずのようにビクビクと身体を震えている。


「はぁ……ったく。準備できたら行くからな——。」


そう言うと、ひとまず俺はサイチを置いて、玄関の方へ歩いていく。


「——はーい、今行きますぅ——!」


支部の扉を開け、客人を迎えに出る。


「はいー……、えぇっと、どちら——様で? ……何かご用件があれば、お電話でも承りますが——」


玄関の外に立つ和服の甲虫型の女性——。

赤い帯に、腰に携えた一本の刀——恐らく、この方もヴァーダントラインかどこかの者だろう。


「貴様がユウジだな。」

「……え——?」


——なぜ俺の名を——?


首をかしげる俺に、女性は重ねて尋ねる。


「貴様が——ユウジ・オザキだな——!」


まるで怒ったように、問い詰める。

俺はそんな態度に困惑をしつつも、外交員としての冷静さを保ち続けようとしていた。


「えっと、あのー、……何かありました?」


女性の手元は、既に刀の柄を握っている。


——俺、何かしたか——……?


ユミナとミオナはそんな様子を、廊下からじっと見守っていた。


「なによあいつ——偉そうなやつ。」

「しーっ……。ユミナちゃん、聞こえちゃいます……。」


俺はとりあえず中で話を伺おうと、更に扉を開け、客人を招き入れようとする。


「まぁまぁ、立ち話もなんですから、今お茶を——」


その時だった——


「——茶など飲んでられるか!!」


一閃——

扉を切り裂く白い光が、目の前を横切る。


「え……?」


ガタンッ……!

少し遅れて、分厚い板——扉だったものが崩れ落ちる。

かろうじて丁番で止まっていた扉の上の部分だけが、風に吹かれ、小さく揺れる——。


「えっ——……? うわぁ……っ!」


俺が反応したのは、そのずっと後だった。


「なによあいつ——物騒だわね。」

「ユ、ユミナちゃん、そんなこと言ってる場合じゃ——ユウジさん! 大丈夫ですか——!?」


ミオナが慌てて近づいてくる。


「お、おう——多分——……」


俺は両手の指を見ながら、その一本一本が動くことを確認する。


「よかったです……。」


そこへ、ユミナも参戦する。


「ちょっとアンタ! いきなり切りつけといて、危ないじゃない!」


しかし、そんなことを聞きもせず、女性はずかずかと部屋へ入り込んでいく。


「邪魔するぞ——。」


扉だったものを跨ぎ、早歩き気味で廊下を歩いていく。

そして、オフィスを一望する。


「あのー……、ほんとに何かありました? なんなら、ガードに連絡して——」


こういう時は、余計な刺激はしてはいけない——俺の本能が、そう呼び掛けている。


「要らぬ。」


女性はそれだけ言い捨てると、再び部屋の中を散策する。

机の下、棚の裏、窓の外——鍵がかかっているのを確認すると、女性は再びこちらを見る。


「ヤツはどこだ。」

「……ヤツって——?」


俺たちも同じように見渡すが、特に変わった様子はない。

強いて言えば、さっきまでいたサイチは、もうそこにはいない——。

女性は続ける。


「惚けても無駄だ。この茶——これは兄が好んで飲む、レイドウの茶だ。嗅げばわかる——。」


女性は茶の葉が入った急須を手にし、それを顔の前に持ってくる。

そして、顔の横に付けた、折れ曲がった形状の太い触角をピンと張らせ、目を瞑る——。


——兄と言ったか……? ——それってつまり、コイツはサイチの妹ってことか……?


よく見ると、髪の毛は確かにサイチのそれと似た、茶色がかった赤毛で、使用武器の打刀も一致している。

ただ、サイチのあの腑抜けた性格とは、いくらどう考えても一致しないのだが——。


「……アイツ——。」


思わず俺は、そんなことを口走っていた。


「ほう……心当たりがあるようだな——。」


すかさず女性が反応すると、握ったままの刀の切先を、そのまま俺へと突きつけた。

灰色の刀身に、日の光を白く反射する重厚な刀——これは西の森で見た、ヴァーダントラインのTEXSと同じものだ。


俺はそんな状況でも極めて冷静を保ち、再度、女性に質問する。


「……兄って言ってました——もしかしてサイチさんの妹さん、ですか……?」

「だったらなんだ。」


当たり前の質問に、刀で切り返すように即答する。


サイチの年齢は知らない。

ただ俺より若干年が上だと考えると、あの外見は確かに納得がいく。

そしてもし妹がいるのであれば15や16くらいの代であり、成体化しているのもまた、理論上は成立する。


「あ、えっとー……、サイチさん、さっきまではいたんですけどね。

 ……なんか忘れ物取りに行ったみたいで、すぐ戻ると思いますよ——。」


その場しのぎの真っ赤な嘘。


——さっきっていうか、"今まで" いたんだけどね、ここに。


少しの沈黙の後、女性はようやく刀を鞘に納めた。


「そうか。——ならば、ここで待とう。」


ソファに座り込み、レイドウのお茶が入ったコップをただ見つめるのだった。






しばらくして——。


俺はサイチの急須を借り、女性にも同じお茶を提供した。

ひとまず落ち着かせようという心理的な作戦であった——。


「ど、どうぞ。」

「すまない。いただこう——。」


女性は静かにコップを受け取ると、鼻と触角の両方でその匂いを堪能する。


——こう考えると、虫人って二つの器官で匂いを感じ取れたりするから、結構便利だよな——。


さっきまでの殺伐とした状況とは裏腹に、俺の頭の中は好き勝手に呑気なことを連想する。


そして、それをゆっくりと口へ運ぶ女性。

コップを手のひらの上で少しばかし回転させると一口飲み、両手を添えてテーブルの上に静かに置いた。

その所作は礼儀正しく、サイチのそれとはまるで違う——まさに武士そのものである。


「あいつだったら、ぐびぐびいってたわよ。」


ユミナも同じことを考えていたのか、そんなことを口走る。


すると女性は顔をあげ、改めて自己紹介をし始める。


「……申し遅れたな。——私の名はサユキ。——兄を追い、北西の森——森閃組から遥々ここへ来た——。」


「シンセングミ——……?」


——シンセングミって、あの新選組か? 時代劇の——?


そこへ、ミオナが補足で説明をする。


「森閃組というのは、ヴァーダントラインでの正式名称ですね——

 かつてはアルカディア建国時代、北西の森の戦乱を収め、その地に留まった甲虫系勢力の戦闘集団でした——。」


——やっぱりな。その頑固さと話の聞かなさは、ヴァーダントラインだろうな——。


そんなことを想いながら、俺は質問を続ける。


「——でも、なんでそれが、ヴァーダントラインって名前になるんだよ。」


「それについては少し複雑ですが、ヴァーダントとは青、つまりは森を意味し、ラインは戦線を意味します。

 簡単に言うと、森の防衛戦線——それが国際的な呼称として有名になり、他国でそう呼ばれていったと聞いています——。」


——まぁ、日本をジャパンって呼ぶようなものか。


俺は簡単にされた説明を、さらに頭の中で簡単にまとめ上げたのだった。


そんなやり取りの中、サユキは続ける。


「私の兄、サイチは、ヴァーダントラインの総長にあたる。」


「え、——そ、総長——!?」


「そうだ。五年前、長い闘病の末、父上が亡くなった。兄上はその後を継ぎ、森閃組の総長となったのだ——。」


「まじかよ——……。」


そんな話、俺は一度も聞いていなかった。

地元を出て、アルカディアで日雇いの仕事を探している、ただの若いフリーターとしか見ていない。


それが今では総長と呼ばれるもんだから、藪から棒である。

チナツの和服屋で出会った時、ヴァーダントラインの名を伏せていたのは、これが理由だったに違いない。


もともとしかめ面をしていたサユキの表情は、更に険しさを増す。


「父の想いを無下に——今更逃げ出すなど、言語道断——……ッ!」


怒り震えるサユキの手は、今にも刀を抜き放ちそうな雰囲気である。


「ま、まぁまぁ、落ち着いて——。……それで、そのお兄さんが、何故ここにいると——?」


「その件か——。」


サユキは一口お茶を啜り、どうにか落ち着きを取り戻したようだった。


「先日、アルカディアの同僚から知らせが入った——。

 なんでも、東蟲機構のお前と手を組み、西の大森林へ踏み入ったそうだな——。」


「あ、まぁ、それはそうだけど——。」


その同僚が誰かはともかく、西の大森林の件をこの小娘に話すとなると、どこで地雷を踏み抜くか分からない。

言葉を選んではみるものの、当たり障りのない答えは思いつかなかった。


「——そんな危険な場所に行って、死にでもしたらどうする——!……誰が森閃組を継ぐというのだ——……。」


一番危険だったのは、間違いなく、横できょとんと突っ立ったそこのガード——ユミナである。

あの森で総長殿を蹴飛ばして失神させたなど、誰が言えるだろうか——。

森の散策では前衛に回してこき使い、様付けで呼ばせていたのがソイツだなんて、誰が言えるだろうか——。


俺はユミナの方を見ないよう、ただ下を向き、話題の方向を反らすことしかできなかった。


「気持ちは分かりますが……ま、まぁ、ご本人の意志ですので——。」


しかし、それすら地雷であった。

サユキは静かに睨みつけ、敵意や恨みのような視線を俺に向けた。


「すべては貴様の提案が綻びだったと聞いたが——。」


「……。は——?」


——いや、俺は協力してくれると言うから、連れていっただけだけどね——……?


だが、そんなこと言える状況ではない。

焦る俺の様子に対し、サユキは静かに深呼吸をする。


「——しかし、貴様に言っても仕方がない。——原因はすべて、兄上の軽率な行動だ——

 早く兄上を止め、我が領地に連れ戻さなければ——……。」


サユキは手に取った茶に反射した、自分の顔を見つめた。

俺はその言葉にただ、うんうんと頷き、協力の姿勢を見せることしかできなかった。





沈黙する空間——。


そんな中、ユミナとミオナはお湯を沸かし、お茶を淹れ始めていた。

そして、テーブルまで来ると二人は顔を見合わせ、不気味にも静かに微笑み合う。


「ねぇーユウジ。」


「ん? なんだよ急に——。」


なぜかユミナは口元をニヤつかせながら、部屋の奥——風呂のある脱衣室の方向を見た。


「もういんじゃないかしら。」


「いい——? いいって何がだよ——……?」


俺は肩をすくめながら言う。


すると突然、サユキが立ち上がる。


「——聞こえる——。」


刀に手を据え、触角を微かに反応させると、ユミナと同じ方向——脱衣室の扉を睨みつけたのだった。


「え……?」


サユキは静かに歩み出し、その扉の前で止まった。

そして、強く刀を握りしめる——。


「——!? ——ま、待て! せめてこれ以上の修理は——っ!!」


その瞬間、サユキは掛け声とともに、勢いよく刀を抜き放つ。


「はァ——ッ!!」


脱衣室の扉もろとも、奥の相手を葬り去るような太刀筋——。


その瞬間——


「やられて堪るかァ!!」


突如として脱衣室の扉が開き、臨戦態勢のサイチが姿を現す——。


バチ——ッ!! ギィィィイ——……ッ!


互いの刃が火花を散らす。


「あら、そんなところに隠れていたんですね。」


「なーんだ。いるんじゃない。」


激しく鍔迫り合う中、ユミナとミオナは呑気にもお茶を啜った。

サユキはそのまま脱衣室の奥まで押し込み、サイチの逃げ場を奪う。


「来てもらうぞ!」


「嫌だね! あんな場所、もううんざりだ!」


「くっ……! 兄上と言えども、そのようなことを——ッ!」


「嫌と言ったら嫌だ!!」


襲い来るサユキを、思い切り押し返すサイチ。


「おのれ!!」


ギギギィッと刃が擦れ合い、重い金属音が部屋の中に響き渡る。


どちらも引く気はない——。

ヴァーダントライン——もとい、頑固兄妹の喧嘩というのは、こうも恐ろしいものなのか——。


互いが互いの信念のため、刃を交わしている——こんな狭い部屋の中で——。


「おい、やめろ——! 二人とも!!」


俺はすぐに止めに入ろうとするが、受け流した刃が空を切り裂くのを目の当たりにすると、もはや近づけたものではない。


「兄妹喧嘩でしょ? よくあることよ。付き合ってらんないわ。」


そこへユミナが、いつもの呆れた感じで言う。

同じ空間で戦闘が生起しているのにもかかわらず、悠長にも、他人事のように振る舞っている。


——こ、コイツ……。


せめてこういうときだけでも、ガードとして——何より俺の護衛として活躍してほしいものである。



そこへ——


「弁償代はヴァーダントラインにつけておきましょうか。——あと、サイチさんの少ないお小遣いからも——」


ミオナの一言で、一瞬にして刃の音が止まる。

二人は同時に、刀を握る手を緩めたのだった——。


「何——ッ!?」


「お、おい待て待て! ミオナ、そりゃないぜ——」


しかし、ミオナは容赦なく続ける。


「そうですか? ——勝手に暴れて、勝手に壊しといて——。ヴァーダントラインでは"ごめんなさい"もないんですか?」


「あ……えっと、はい。……あります。」


「くっ……!」


サイチもサユキも、根底にあるものは同じだった。

自身の行いでヴァーダントラインの名に、汚名を着せることなどできるはずがない——。

何より、それを自身のプライドが許さなかった——。


「分かったのでしたら、双方鞘に納めてくださいね。私が連絡しちゃう前に——。」


二人はただ言われるがまま、刀を収めたのだった。

その後も、ソファの上での睨み合いは続いたが、その刃が抜かれることはなかった——。






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