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虫人 - Insecter  作者: 虫人プロジェクト
ヴァーダントライン編
20/26

第16話  あれから——



アルカディア・北西検問所——


行き交う虫人たちの喧騒、列に並ぶ行商の人々——。

そんな中、一人の甲虫型の女性が足を止める。

そして、検問所にそびえ立つ白い壁を見上げ、口を開く。


「……ここが——。」


袴を身に纏い、腰に携えた一本の打刀——。

笠を被り、旅荷を背負ったその虫人は、静かに列に加わったのだった——。







《あれから——》


東蟲機構・アルカディア支部——


アルカディアの街並みは、今日も平穏な一日を迎えようとしていた。

西の大森林で森の魔女マヤから薬を手に入れ、俺たちはまた、いつもの時間を取り戻そうとしている——。


——タイカ——……。


マヤから放たれたあの言葉——虫人離れした異質な雰囲気——。

あの日覚えた違和感が幾度となく、俺の頭に反響する。


そんな日のこと——。


支部の中は俺を含め、ユミナとミオナ、そしてサイチの四人になっていた。


「——え、マジ……?」

「お願いだ! 頼む! 俺を外交員として雇ってくれ——!」


サイチはまだアルカディアへ越してきたばかりだった。

だが、日雇いバイトにも限界があり、サイチはそろそろまともな仕事を見つけたいと、俺に懇願してきていたのだった。


「——あー、んーまぁいいかもしんないけど、言っとくが俺は雇う側じゃないからな?

 俺は飽くまで外交員だし、外交委員会の中じゃ下の下——したっぱの俺が "はい採用" ってできるわけないだろ。」


涙を浮かべて頼み込むサイチに、俺はそんなことを言い聞かせた。

だが、サイチもサイチで何を言っても、もはや聞く耳を持たない。


「頼む! そこを何とか——!」

「できねぇって——!」


言葉を重ね続けるサイチを払いのけながら、俺は中央テーブルに面したソファに腰を掛けた。

そして、いつものように——西の大森林へ行く前の時のように、俺はモニターを起動した。


周囲を見渡してみると、ユミナはそんなやりとり気にもせず、ただ黙々とブレードを拭きあげている。

ミオナはといえば、こちらと目が合っても苦笑するだけで、すぐに棚の整頓に移ってしまう。


そして、再びサイチの方を見てみると、突然静かになったかと思えば、土下座して停止する漢の姿——。


「はぁ——……。」


俺は深くため息をついた。


——この頑固さは生まれつきのものなのか……?


サイチがそうなのか、それともヴァーダントラインという勢力自体がこうなのか——。

袴に刀——武士のような外見からしても、妙な頑固さがあるのは、容易に想像がつく。


俺はそんなことを思いながらも、この件について、できるだけ話してみることにした。


ポロロロロン……ポロロロロン……、ピコッ…!

モニターの通話画面を開き、コールが鳴る——。

そして、いつもの黄色髪の虫人女性——キミカが、その画面に現れる。


「——あ、ユウジさん! 心配したんですよ? 一日連絡ないんですから——!」


繋がったと思うと、キミカはすぐに表情を変え、急にぷんぷんと怒り出す。

思えば、西の大森林では一日だけではあるが、野営を挟んでしまった。

これは東蟲機構の職務に支障がない範囲、というキミカの条件に対して一線を越えた行動だった。


「西の森へ踏み込んだんですよね? 事情はすべてセルラさんから聞きました。」

「はい——すみません。本当はすぐ帰ってくる予定だったんですが、まずかったですよね——。」


俺は申し訳なさそうに謝ると、その場で頭を下げた。

キミカは続ける。


「まぁ、私が支部長であれば、無断欠勤扱いでクビ——と言いたいところですが、

 支部長はあなたですし、本部連絡が一日遅れただけですので、問題はありません。

 ——私も支部勤務で、業務が多忙な時期は一週間モニターを起動しないなんてこと、ザラでしたから——。」

「そんなことあるんですか——?」

「はい——その頃はまだ、機構に加盟する話が絶え間なく続く中で、支援や協力に対する処理が複雑だったのもありまして——

 今では、周辺の友好国はほぼ機構の加盟国となりましたので、そのようなことはないと思いますよ。」


俺はその話を聞くと、安堵の息をついた。

そして、話が一段落したのを機に、先ほどの件を持ち出してみる。


「そういえば、キミカさんにお願い事がありまして——というより、相談——?」

「はい、なんでしょう?」

「実はこの方が——」


顔がモニターに映し出されるように、俺は土下座するサイチを引っ張り上げた。

案の定、キミカはその様子に首をかしげる。


「——?」

「えっと——この方が、東蟲機構の外交員になりたいと言っておりまして、支部で働かせてみてはどうかな——なんて。」


そんな無茶な相談、通るわけがないのを俺は知っていた。

機構の学習室で毎日勉強に明け暮れていた俺の口から、それを言うことになるとは思わなかった。


「——いいですよ。ただし——」


キミカは険しい顔をして見せると、机上のラックから灰色のファイルを取り出す。


「——これに受かれば、ですが。——時期はいつでも構いません。本部に出向き、試験に合格できれば採用、という流れになります。」

「やっぱりな——ほら、見ただろ? 外交員だって簡単になれるもんじゃないんだから、素直に諦めとけ——。」


しかし、俺の目に写ったサイチの姿は想像と違った。

まるで、俺にもできると言わんばかりの自信に満ちた眼——。


——コイツ、試験がどれくらい難しいか分かってんのかよ——……。

  まぁ頭悪そうだし、一旦受けさせてみて、まずはそれからだな——。


思うことは色々あるが、俺がそれを口にすることはなかった。

それに、やる前から諦めろと言ったところで、どうせコイツが聞かないのも分かりきったことだ。


こうして、俺とキミカの通信は終わった。

サイチはガッツポーズを決め、拳を高々と上げて喜んでいる。


モニターのホーム画面を見ながら、俺は再び、深くため息をついたのだった。


「——まぁ何より、今回のことで問題にならなかったのは、機構本部から緊急な連絡がなかったからだよな——。」


次はない——。

そう自分に言い聞かせながら、俺は恐る恐るモニターに溜まった通知を、一件ずつ開いていったのだった。







それからしばらくして——


俺たちは昼飯を食べに出かけようと、準備をしていた。


「そろそろ昼かー、みんな何食いたい——?」

「パフェ!」

「私はクレープいいです! ホッパーモールの——!」

「モール!? いかねぇよ……。」


俺の質問に、まともに答えられる奴などいなかった。

アリは甘いものが好き——そういうことなのだろうか。


もちろん、できれば俺一人でご飯を食べに行きたい。

だが、外出するとなれば、護衛のこいつらが付いてくるのは必然だ。


ご飯を聞いてもいい回答は出てこない、それは俺の中では日常となっていた。


そんな時、ふとサイチが黙り込んでいることに気付く。


「あれ、おまえ——どうした?」


サイチはなぜか俺のコップを使い、自身が持ってきた茶器セットで、緑茶を淹れている。


「サイチ——? いや、どうしたんだよ、それ俺のコップだし、使うなとは言わねぇけど、その手——」


そしてなぜか、その手は異様に震えており、まるで何かに怯えるような気配ですらある。


「……嫌な予感がする——。」

「……は?」


謎めいたサイチの言葉に、俺は思わず眉間にしわを寄せる。


「——身震いが止まらねぇ……。なんかこう、不吉な予兆が俺に近づいて——……」

「お前なに言ってんだよ。キミカさんもああ言ってただろ? 大丈夫だよ。」

「——いや、そうじゃねぇって——……!」


ますます落ち着きを失っていくサイチの様子に、謎は深まるばかりだった。

普通ではない——特定の虫人ならではの何か特殊な感覚でも働いているのだろうか——。


「まだー、おそいー——。早くしないと並んじゃうわよー。」


オフィスの入口では、すでにユミナとミオナが準備を終えて立ち尽くしている。


そこへ——


ピンポーン——……ッ!


突如、支部のインターホンが鳴り響くのだった。






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