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虫人 - Insecter  作者: 虫人プロジェクト
森の魔女編
19/24

森の魔女編:9  森の魔女



《森の魔女》


西の大森林・奥地——


朝日が昇る——。

森の中は依然として薄暗く、ここが日の光に照らされることはない。



ブォォオオ————ン……ッ!!

周囲の木の葉が巻き上がり、ヘリの風切り音のような音が、森の中に響き渡る。


「行くぞ——っ!!」


もちろん、ヘリではない。

翅翼を羽ばたかせたサイチが、アヤカとサヤカに向かって言い放つと、

ホバリング状態から徐々に上昇し、木々の切れ目めがけて飛び立つ。


「行ってらっしゃいませ——!」


聞こえていたかどうかは分からない。

ただ、ミオナの送り出す言葉だけが、そこに残ったのだった——。



「これ、空中からスキャナー展開すれば、よくないか——?」

「ダメよ。森の外にあるならまだしも、中なら木に遮られて分かんないわ。

 あんた、この木の密度見ればわかるでしょ?」


ユミナはマットレスを畳みながら、呆れた口調で言う。


「まぁ——それもそうか——スキャナーってどれくらい届くんだ——?」

「そうですね——説明書には一応、3キロと記載がありましたが、空中なら6、7キロは届くんじゃないでしょうか——。」

「そんなに届くのか? なら——」


そうミオナに問いかけた瞬間、ユミナが遮る。


「その距離なら見た方が速いわよ。それよりあんた、口より手を動かしなさいよ。」


ユミナは小さく畳んだマットレスをバックパックに詰め終わると、

焚火のあった場所に水筒の水をじゃぶじゃぶとかけ始めた。


俺はマットレスを力一杯握りしめながら、ベルクロのテープで留め、ようやくマットレスを畳み終えたのだった。


「ふぅ——これ、こんな小さくなるんだな——。」

「当たり前よ。大きかったら戦闘の邪魔じゃない。」


畳まれたマットレスは、十数センチくらいだろうか。

使うときは、身体分のサイズより若干小さめと言った感じだが、これは小柄であるガード仕様、とでも言うべきか。


「周囲の空気を取り込んでスポンジ状に広がりますから——地球上なら、どこでも使えますね。」

「地球上って……急に規模でかいな——。これもガードの装備なのか?」


そこへ、ユミナが俺に近づいてくる。


「そうよ。あんたのは他の同僚に借りたやつだから、帰ったらしっかり洗ってから返しなさいよ。」


そう言いながら、ユミナは俺の水筒を取り出し、器用に自分の水筒に水を注いでいく。


——火の後始末に使った分は、共有ってわけね……——。


そう思いながら、濡れた地面を足で撫で、俺もその後始末を手伝ったのだった。





やがて再び、空から重い風切り音が鳴り響く——チーム・サイチが帰って来たのだ。

硬そうな甲羅に、後ろ翅を器用にしまう三人の姿。


「ふぅー。久しぶりに飛んだから、少し疲れたぜ——。」


サイチは肩を回すと、具足の袖——ショルダーシェルをぐっと引っ張った。


「お疲れさま。どうだった?」

「あぁ——えっと、建物のような物はなかったが、ここから南に行ったところに、こう——白くて丸いものがあった——」

「白くて丸いもの——?」


俺は、なにやら蛾の繭のようなものを想像した。

とにかく、そんな情報があるなら、行ってみるほかない。


「そこにマヤが——。」

「わからねぇ。ただ、俺たちだけで行ってもアレだし、とりあえず行ってみっか?」

「だな——。」


ミオナが大きなバックパックを背負う。

俺たちは白くて丸い、謎の構造物のある方へ足を進めたのだった。







昨日までの林道沿いの森とは訳が違う——。

無造作に生える茂み、折れて落下した枝、そこに生え揃うキノコの群れ——。


森は徐々に薄気味悪くなっていき、魔女が棲むと呼ぶに相応しい場所へと変貌していた。


「空で見たエリアは、この辺ですね……。」


アヤカが、サイチに確認するように言う。

気付くとユミナは、俺の袖をぎゅっと掴んでおり、まるでお化け屋敷に来たカップルのような状況になっていた。


「ホントにあるの? ゆゆ、幽霊とか、出ないわよね——?」


しかし、そんなユミナの言葉に、誰も返さない。

とても言える雰囲気ではない——。


——そこの護衛隊長、そんなにくっつくなって——歩きづらいだろ——……。


俺はそんなことを想いながら、何とかユミナを剥がすのに成功する。


「おかしい——……。」


急に立ち止まるサイチの様子に、誰もが視線を釘付けになる。


「何がおかしいんだよ——?」

「この辺なんだ……俺たちが見たのは……。」

「あぁ? ——いや、ここ何もないだろ……見間違えだったんじゃないのか——?」


すると、後ろから突如、木々の揺れる音がする。


ガサ——……ッ。


「下がれ、罠だ——ッ!!」


突如として、声を荒げるサイチ。

その言葉は、後ろの俺たちに対し、前へ行けということを意味していた。


全員が武器を構える。

チーム・サイチが、一斉に腰の刀を抜き放つ——。

ミオナはライフルを握りしめ、さっきまで怖がっていたユミナもまた、焦りつつ両腰のブレードを抜き放った——。


「行くわよ!」


すかさず、ユミナとミオナが走り出し、それに俺も続く。

それに応じるかのように、サイチがこちらへ向かってくる。


その瞬間——


全員が足を止め、その場に倒れ込む。

否、足を止めたのではない——足が何かにくっつき、足が止まってしまったのだ。

そして、上半身から勢いよく地面に倒れ込み、手や頭でなんとかそれを防ぎきる。


「後ろだ——ッ!! ユウジ——……ッ!!」

「ユウジぃ——……ッ!!」


直後、徐々に遠のいてくサイチやユミナの声。

俺の足元で、とてつもない勢いで風が吹き荒れる——。

俺は何かに引っ張られ、高速で木々の間をすり抜けていたのだ——。


声のする方に顔を向けると、遠くで這いつくばったまま、顔を上げるサイチの姿——。

ミオナは仰向けになりながらも身体を起こし、俺の方に銃口を向けたまま制止していた——。


「——くそ……ッ! 何が起こって——ッ!」


ガサ……ッ! ガサササ、ガサ……ッ!!


やがて、俺の身体は樹上の木々にぶつかりながら、その移動を停止した。


木の枝にかき回されたおかげで、身体の節々が痛い——。


そんな樹上から見渡すが、既に皆の姿は見えない。


「……だいぶ、飛ばされたみたいだな——……。」


正確には、何かに足を引っ張られた、に近い。

しかし、足元を確認するが、それらしい物体は見当たらない。



そこへ、木の葉を踏む音が徐々に近付いてくる。

動物——いや、足音から察するに、それは二足歩行だ。


限られた視界の中、足音が木下まで来たと思うと、それは急に止み、微かに枝たちが少し揺れた気がした。


「何ヲシニ——来タ——。」


耳元で発されるような、不気味な声——。


「どこだ、何者だ——!」


俺は動かない身体でもがきながら、声の主に質問する。


——か、身体が動かない……? なんで——……。


ようやく俺はそこで、さっきまで動いていた身体が動かないことに気付く。


「何ヲシニ——来タ——。」


繰り返される、不気味な声——。

ひとまず俺は、その声をマヤと仮定し、ドロバチの神経毒で昏睡状態にある虫人の話をする。


「——助けてほしい人がいる……! ドロバチの神経毒で眠ったままなんだ——頼む!」


沈黙する森——。

だが、そんな中、俺はめげずに続ける。


「昔に、医療研究チームで優れた研究員がいたって——それでこの森に来たんだ——……! 頼む……!」


「人間ハ、人間ノ医療ヲモッテ、ソレヲ修復——昔ノ様ニ、私ハオ前タチヲ、許シタリハ、シナイ——。」


再び、沈黙が走る。

下を見下ろすが、やはり何もいない——何故なら、そいつはずっと俺の目線の上——木の上に居たからだ。


薄暗い森の中、黒い体表に複数の腕——通常の虫人のそれとは根本に違う何か——。

翅翼はなく、睨みつける八つ眼は、すべてが俺に向けられていた——。

俺はその姿を見て、改めて言葉を発しようとする。


「——助け——が——……ッ!」


だが、上手く声にならない。

唾を飲み、もう一度声を出す。


「——助けて欲しい方がいるんです。お願いです。力を貸してください——。」


平常心を保とうとするが、身体は恐怖に狩られ、ただ小刻みに揺れていた。


「——タイカ——。」


——タイカ? 対価のことか……? つまり、取引をする——今この状況で——……?


樹上の虫人——マヤは続ける。


「——対価ヲ、言ウ——オ前ハ、何ヲ差シ出セル——カ——。」


俺は必死にその言葉に考える。


——金か、それとも別の何かか……、今ある者はユミナから預かったヘッドシェルとライフルと……。

  いや、ライフルはどこかへ落としてきてしまったし、そもそも相手が欲するものではない筈だ——。


「——ゾウキ——肝臓、モシクハ——セ—ボネ——。」


——コイツは何を言っているんだ……? 臓器?肝臓?……背骨と言ったのか……?


俺の頭の中では、ますます訳が分からなくなっていた。


——何を言っている——それに何故、俺の身体の一部を欲する——……?


この虫人は、過去に医療研究チームのメンバーだった。

そして、この森で彼女が密かにできること——それは研究と、研究のための材料を探す他ならない——。


要するに、俺は身体の一部を差し出さなければ、この虫人と取引することはできない——。

そう考えるべきだろう。

改めて、マヤがいかに危険な虫人か、俺は気付かされることになった。


「——右腕——セキ髄——、カイ馬——眼——スイ晶タイ——」


呼称する度、動く目先——。

八つの眼は俺を見ていたのではない——すべて俺にある身体の部位を見ていたのだ。


もちろん、臓器なんてあげられない。

その後も、俺は考えた。

他に、神経毒に対する抗薬が作れる方法があるのなら、取引をしないことだって可能だ——。

しかしそれがかなわない今、ここまで来てしまった今——。

取引して、命が保証されるとは限らない——。

だがせめて、命に代わらぬ何かを差し出すのが、この場において、一番の得策だろう——。


知識なんてない——だが、ない頭で必死に考え、それに対する答えを口にした。


「——血……血なら、とっても死なないだろ——……。」


もちろん、摂りすぎて死ぬことは充分にある。

しかし、今俺が差し出せるのは、それしかない——それしか、思いつかない。


「——血——……」


後ろに控えた三本目の右腕が、ゆっくりと注射器を圧縮していく。

取引は、恐らく成立した。


——え、あ、ここで……?


声にもならない俺の感情が、ただそう言った。

見えない何か——蜘蛛糸で支えられた虫人が、徐々に俺に近づいてくる。

恐らく俺の四肢も、この蜘蛛糸で撒かれている——抵抗の余地などない。


黒く細長い腕が、俺の皮膚に注射針を突き付ける——。

その瞬間、新鮮な赤い血が、太い管の中を満たしていく——。


——何ミリ——いや、何リットル入るんだ——……。


近くで見たその管は、想像以上に大きく、そして太い。

だがそれは、この状況による視覚的な錯覚、或いは誇張だったのかもしれない。


数秒、数十秒——俺の血が、ただ管の中をいっぱいにしていく。

今ここでこの管が割れたら、きっと俺は血まみれになるだろう——。


——まだか——! ——これ、死ぬやつか——……?


そんなことを考えながら、俺は見ていることしかできなかった——。



やがて、針は抜かれ、赤で満たした瓶がその手元に収まる。


「……終わった、のか——……。」


その瞬間、地面に落下し、俺はコマのように回転した。

そして、そのまま地面に叩き付けられる。


ドォン——ッ……!!


森に響く衝突音。


「いっ……てぇ……——。」


見上げた先に、マヤの姿はもうない——。

枝の間に反射した、蜘蛛糸だけが静かに揺れているのが見える。


立とうにも、力が入らない——。

俺はそのまま、気を失った。






西の森・奥地——


「——……ウジ……ユウジ……! 起きろ! 起きなさい——!」


その声は、どこか聞いたことがある——。

いや、この耳を劈くような声は、アイツしかいない——。


「——ユ……ミナ……?」

「何寝ぼけてんのよ! 心配したんだから!」


ユミナが、倒れた俺を叩き起こす。

寝ぼけているわけではない。

ただちょっと、血が足りないだけだ——。


「ユウジさんその右腕——ど、どうしたんですか——……!」


ミオナに言われるまま、俺は手で抑えた場所を見た。

流れ出た血が腕を伝い、そこで固まっていた。


ユミナが無理矢理体を起こさせる。


「細い針跡ね。」


それを聞いたミオナはすかさず、自分の服の裾を躊躇いなく、切り破った。


「——お、おまえ……なにしてんだよ……——?」


しかしミオナは夢中になり、ただ出血した右腕にぐるぐると包帯のように撒いていく。


「だ、大丈夫だよ……これぐらい——」

「大丈夫じゃないですよ。消毒はできませんが、創傷の保護はしなくてはいけません。ばい菌が入りますから——。」


なぜか俺は、そんなミオナの説明にただ一人、安堵の息を付いていた。


——なんか、帰って来たって感じだな——。


連れ去られたのは、一瞬だったのかもしれない。

それでも俺は、このメンバーに囲まれている空間に、落ち着きを取り戻していった。


そして、その救護処置が終わるともう一度、歪んだ視界の中、一人ひとり顔を確認していく。


「——アヤカ——サヤカ——サイチ——ミオナ——全員いるな……——。」


すると突然、肩を貸したユミナが、怒鳴るような声で耳元で叫び出す。


「ちょ、ちょっと! なんで私だけ確認しないのよ!」


容赦ない大声のおかげで、余計に頭がガンガンする——。


「——あ、あぁ……ユミナは声でわかるから……これで、全員だ……——。」


声でわかる——そう、良くも悪くも。

しかし、見えない死角の中、ユミナはわずかに照れ隠しをしていたのだった。


そんな中、唐突にミオナが屈みこむ。


「あれ、これは——?」

「どうした、ミオナ——。」


何かを見つけたように言うと、サイチもそれを覗き込みにいった。


地面に置かれた、ポリマー製の白く小さなケース——。

ミオナはその白いケースを拾うと、皆に見せるようにゆっくりと開けた。


「——注射器?」


ユミナのそんな言葉に、俺は先ほどのトラウマを掘り起こされるような感覚に陥る——。


「1、2、3、4、……こんなにあれば、患者が何人いても、安心だな……。」


白いケースの中身を確認すると、俺は先ほどあったことを皆に話していった。


タイカ——。

それはきっと、神経毒に対する抗薬——。

マヤの言っていた対価の答えだったのだ。







その後——


俺、ユミナ、ミオナはそれぞれチーム・サイチの三人に抱えられると、

空中を飛行し、急いでアルカディアへと戻っていった。


その途中、俺は空から西の大森林を見渡したが、サイチたちが見たという白くて丸い構造物は、見当たらなかった——。

だが一瞬、日の光で反射して見えた、巨大な蜘蛛糸の巣が、確かにそこにはあった。



飛行開始から数分後——。

アルカディアの西方検問所が見え、ミオナが通信を取ると、再びその西方検問所が門を開ける。

到着後、そのまま病院へ向かい、薬を渡すついでに、なぜか俺はそのまま診断室送りになってしまった。


ケースの注射器は全部で三本——。

森で数えたあの数は、俺の眩暈によるものだったらしい。

その内の一本は医療研究チームにて解析が行われ、薬品としての効果が確認されると、

神経毒で昏睡状態だった虫人——レイカは無事、目を覚ましたのだった。




挿絵(By みてみん)






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