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虫人 - Insecter  作者: 虫人プロジェクト
森の魔女編
18/26

第14話  野営



《野営》


アルカディア西方・西の大森林・奥地——


辺りは次第に暗くなっていく。

昼まで差し込んでいたわずかな光も途絶え、森は遂に本格的な闇に沈んでいた。


一体どれくらい歩いただろうか。

何キロ、或いは何十キロ——。

延々と続く闇の中、誰一人として音を上げはしない。


——むしろ、俺だけが音を上げそうだ——。


そんな様子に、ミオナが優しく声をかけてくる。


「ユウジさん、大丈夫ですか——?」

「あ、あぁ——何とか——。」


ユミナから渡されたヘルメットのせいで、やけに頭が重い。

それに、ライフルのスリングもまた、ずっと付けていると汗や蒸れのせいか、

その部分だけが擦れて妙に痛痒くなっていく。


「ちょっとミオナ! よそ見しないのよ! しっかり前見なさい!」

「は、はい——! ——ユウジさん、頑張りましょうね。もうすぐですから。」

「お、おう——。」


もはや、そんな言葉に気の利いた返しをする余裕もなかった。

アルカディアの汎用TEXS——LM-2の肩に追加装備されたフラッシュライトだけが、前方の地面を白く照らしている。


——今、何かクマのようなハンターが出てきた場合、俺たちは成す術なくやられてしまうのだろうか——。


そんなことを考えながら、ただ歩き続ける——。


すると、ユミナが足を止める。


「休憩。各人周囲警戒!——ミオナ!」

「は、はい!」

「今すぐ周囲地形をスキャンよ!」

「りょ、了解です!」


ミオナはバイザーを降ろすと、静かに呟き始める。


「——地形情報スキャナー、オン。サーマルビジョン、ナイトモード——。」


キュィ———ン……ッ。

静かな森の中、小さな機械音が鳴る。

俺はチーム・サイチと一緒になり、その様子を見守った。


「何やってるんだ……じゃなくて、ですかね——?」

「ん? あぁ——地形スキャンだよ——俺もよく知らないですけど——」

「はぇー……。アルカディアのTEXSって、便利なんだ……、で、ですね。」


——こいつ、敬語慣れてなさすぎじゃないのか——?

  十五の俺が言うのもなんだけど、ふっつうーの一般人なら、敬語くらい使えるだろ……。


俺はとうとう、その覚束ない口調にしびれを切らした。


「な、なぁ、サイチ——さん——?」

「な、なんだね——ですか——ユウジ——さん——。」

「その敬語、もうやめませんか——? かえって話しづらいですし——サイチ——さん——。」

「あぁ——でも、ユミナ様がそれをお許しになるかどうか————ユウジ——さん——。」

「なら、せめて俺と話すときだけでも——無理に気を回してると戦術的な遅れが出るんじゃないですかね——サイチ——さん——。」

「そ、そうか——? 俺は、ちゃんと話せてるもんかと——……。」

「——んじゃ、そういうことで——。よろしくな、サイチ。」

「んな、急に呼び捨て!? おめぇ、ダチかなんかかよ?」

「だってその方が話しやすいし——。」

「お、おう……そうなのか——? そういうもんか——?」


俺とサイチのそんなくだらないやり取りの中、ミオナの地形スキャンは終わったみたいだった。


「——報告します。地上に敵影なし、小動物を複数確認。——現在、樹上スキャンを継続中——。」

「了解よ。ミオナはそのままスキャナー展開してて!

「了解です——。」


ユミナに報告を終えると、ミオナは引き続き、周囲を歩きながら樹上のスキャンを行っていく。


「ユウジ!それとチーム・サイチ!」


すると突然、ユミナから名前を呼ばれる。


「あ、はい!」

「はぁい!」

「あんたちは薪集め! ミオナからバックパックを預かって私のところへ持ってきて!」

「了解!」


俺たちは声を重ねながら返事をする。

その直後、俺はサイチと顔を見合った。


「なぁ、サイチさん——俺は一応、護衛対象なんだし、お前がミオナのバックパック取り行けよ。」

「なぁ、ユウジ殿——俺の状況を知っているだろ? ユミナの元へ行ったら、何をさせれるか、分かったもんじゃない。そうだろ——?」

「ならここで、ジャンケンと行きましょうか、サイチ・さん——?」

「望むところだぜ——ユウジ・どの。」


俺たちは互いに向かい合い、運気の神に授かれし、右手に思いきり力を込めた。


「ゆくぞ!」

「来い!」

「最初はグー!!」

「ジャンケン——……ッ!!」


その時だった——


冷え切った空気が、俺たちのすぐそばを掠めた気がした——。


「アンタたち——何をしているの——?」


只ならぬ殺気を放つユミナ——。

いつもと一味違う——低い声が、俺たちに向けて発せられる——。


——なっ……! いつの間に——!?


「アンタたちがくだらないやり取りをしている間に、よ——。」


「心を詠んだだと——っ!」

「ば、バカな!?」

「誰が馬鹿ですって——? ——私はユミナ。超一流のエリート。頭もいいし体力もそこそこある——。

 戦闘能力だって申し分ないくらいには備わっている——アルカディアは私を、大変重宝している——。

 そんな私を——誰がバカですって——?」


ユミナの眼がギロリと光り、サイチを見下ろす。


そこへ——


ドサッ!!

アヤカがバックパックを持ってやってくる。


「ユミナ様、お待たせして、申し訳ありません。ミオナ様からバックパックを借用してまいりました。」

「あ、アヤカ! で、でかした——!」


サイチは思わず安堵の息をついた。

しかし、ユミナの表情が変わることはない。


「——四十八秒——。」

「へ——?」

「私の命令から、バックパックがここまで運ばれてくるのに掛かった時間よ——」

「あー……。えっと——。」


——サイチ……俺は喋ることができない——今喋ったら余計にユミナの逆鱗に触れるだけだ——。

  頼むサイチ——気付いてくれ。もう喋るな——……。


「えー……そのー、ジャンケンして決めようと——」


ズガァ——ッ!!

森に響く、重い衝撃音——ユミナの回し蹴りが、サイチの顔面めがけて直撃したのだ——。


「サイチぃぃーーーーッ!!!」

「サイチ様っ!!」


サイチはそのまま、帰らぬ人となってしまった。——二十分間くらいは。


「ユウジ。」

「は、はい! 何でしょうか!」

「薪を集めてきなさい。私は今、非常に怒っている。」

「はい、ただいま! い、行って参ります!!」


——すまん、サイチ……! お前を助けることはできなかった——……。俺を許してくれ——……!


地面に倒れたサイチを置き去りに、俺はそのまま、逃げるようにしてその場を去っていったのだった。


「ユミナちゃん! 一通り、スキャン終りましたー!」


後ろでは、何も知らないミオナが、いつものような明るい声でユミナに報告しているのが聞こえる。


「終わったー? なら一緒に、バックパックの中身を展開してくれるー? ご飯の準備するわよー!」

「はーい! 今行きますねー!」


静かな森の中、ただ、ガードの声だけが響き渡ったのだった。





その後——。


俺は暗闇の中、なんとか地面を手で探りながら、必死で薪を集めたのだった。


「薪持ってきました——。」

「なに? それだけ?」

「す、すみません——。」

「いいわ。最初の火種にするから——足りなくなったら、後でアイツに取ってきてもらうし——。」


ユミナは、ぐったり横たわったサイチを眺めながら言った。


「起きないわね。夜メシ抜きにしちゃおうかしら——。」

「え、それはまずいだろ? ほら、一応護衛だし、俺のこと守ってくれるって——」

「でも全然使えないじゃない。昼間は草食動物にビクビクしながら歩くし——」

「ま、まぁまぁ——っていうかそれ、火はどうすんだよ——?」


俺は焚火を前に座り込むユミナを見ながら言った。


「ん? ライターで普通にやるけど?」

「あぁ、そこは普通にアレなのね——。」

「薪だって普通よ。それとも何? なんか凄い火起こしアイテムでも出てくると思った?」

「い、いや、別に——できるんなら何でもいいかな、はは——。」


改めて俺は、真っ暗な周囲を見渡した。

何も見えない、何も見ることができなくなった夜の森——。


少し遠くで鳴り響く、薪が擦れる音——恐らく、アヤカとサヤカが薪を拾っている音だろう。

もし、TEXSのフラッシュライトが無ければ、俺たちは暗闇の中、何も見えずに夜を過ごしていたのかもしれない。

そう考えると、改めて、アルカディアのTEXSの有用さに気付かされる。


「ちょっとユウジ、なにぼーっとしてるのよ。」

「あぁー、……なんか便利だなって。アルカディアのTEXSはさ——。」

「何が? フラッシュライトのこと?」

「それもあるけど、ミオナの地形スキャナーとか——。」


俺の言葉に、ユミナはライターをカチカチとさせながら、呆れたように言う。


「アンタ何言ってるの? スキャナーはミオナの私物よ。」

「え?」

「なに? あれもLMの機能だと思ってたわけ?違うわよ。

 あれは、ミオナが半年分の給料叩いて買った、民生TEXSのスキャナーよ。ホッパーモールにもあったじゃない。」

「は、半年——!?」


ホッパーモールでの出来事を一生懸命思い出す——。

そもそもTEXSになんて興味がなかった俺は、機能や構成など、あまり細かく見ていなかった。

確かあの時は、ユミナが高額なブレードを購入していた——。

ユミナが特殊な戦闘スタイルだから、てっきり私物装備を購入していたのかとばかり思っていたが、それは違うのかもしれない。

ミオナもまた、通常のライフルを使いつつ、便利な装備品への投資を一切躊躇わない立ちだったのだ。


「火、ちゃんと起こせてよかったです。」


そこへ、ミオナが開けた缶詰を持ってやってくる。


「わっ! 吃驚した、ミオナか——。


急に暗闇から現れる謎の気配に、俺は思わず吃驚してしまう。

ミオナの手元を見ると、蓋の空いた大きめの缶詰が複数、重ねて保持されていた。


「って、なんだそれ——?」

「これですか? これは野戦食II型——通称ぐうぐうポテトですよ。」

「ぐうぐう……?」

「はい。腹持ちがよく、腸内環境も整いますので、なぜかお腹がぐぅぐぅ鳴るんですよね。」


ミオナはユミナに微笑みかけながら、冗談みたいな説明をしたのだった。


「戦闘食なのにお腹鳴っちゃうなんて、戦術的じゃないわよ。」

「まぁ、それもそうだな——」

「——で、全部開けれたの?」

「はい。今火にかけますね——」


ミオナはいつものどん臭い様子で、火に缶詰を近づけた。

そして、思わず手を引っ込める。


「熱っ——。」

「ちょっと、何やってるのよ。ユウジ。」

「オーケー、俺の出番だな——貸してみ——。」


俺はミオナから缶詰を受け取ると、薪の上にバランスよく置いていった。


「こんなもんでいいのか——?」

「上出来よ。」


ユミナのそんな誉め言葉が、俺にとっては今日一嬉しかった。

しかしこれ——


「これ、中まで燃えちゃわないか?」


ふとした疑問をぶつけてみる。


「いいのよそれで。表面に焼き目がついて美味しくなるんだから。——ま、ユミナ流ね。」

「へぇ——……。」


すると焚火の奥で、サイチがうごめくのが視界に入る。


「……あれ、ここは——」

「天国よ。」


ユミナが即答する。


——俺がサイチの立場だったら、地獄なんだけどな——……。


「——なんだ、天国かと思ったら、まだ地獄だったか……。」

「ん? なに?」

「あぁ、いや。こっちの——じゃなくて、あっちのセリフだ。」

「どっちよ。」


やがて、ぐうぐうポテトの表面に、徐々に焼き目が付いていき、香ばしい香りが漂わせる。

サイチはその香りを嗅ぐと、思わず眼を輝かせた。


「なっ……これ、皆分あるのか——?」

「当然じゃない。みんなチームなのよ? 一人で食べたりしないわ。」

「おぉ——!」

「ただし、アンタは四十八秒。」

「え、——?」

「四十八秒のツケはまだ払ってもらってないわよ。だから、四十八グラム、量を減らすわ。それでいいわね?」

「そ、そんな——。」


そんな理由を付けていたが、ユミナはただ食べたいだけなのだと、この場の全員がわかっていた。





しばらくして——


薪拾いをしていたアヤカとサヤカが戻ってくると、俺たちはぐうぐうポテトを堪能した。


「——そういえば、あとどれくらいなんだ? マヤがいるところまで——」


焚火を囲う簡易マットレスの一角に座りながら、俺はそんなことを尋ねてみる。


「そうですね——正直、西の森にいるという話しか分かっていませんし、正確な場所が分からない以上は——」

「道辿って、何か手掛かりがあればって感じだけど、それじゃ埒が明かないな——。

 で、夜はいつ出発するんだ——?」


ミオナに続くようにサイチが言うと、不意に出発の話を切り出す。


「——いや、夜は流石に——。」

「え、行かないのか? 今のうち進んでおいた方がよくないか——?」


そこへユミナが、呆れたように割り込む。


「あんたら夜行性組はいいわよ。護衛任務が務まるなら。」

「昼はだいぶ歩きましたから——今は休息が必要です。ライトは限られてますし——。」


そんな三人のやり取りを見て、ふと俺の頭に疑問が浮かぶ。


「そういや昼間、お前だけ鹿に気付いてただろ? どうやったんだよ——?」


俺はユミナの方を見て質問する。


「ん?鹿? ——あぁ、あれは——」


そう言うと、ユミナは隣に座るミオナのヘルメットを軽く持ち上げ、上の部分を静かに眺める。


「ヘルメット——?」

「正確にはシェルですね。TEXSはヘッドやアーム、ボディーシェルという、各部位ごとにシェルの名前が付与されていますから——。ユミナちゃん、さっきのこと、ユウジさんに教えてあげてください。」


ミオナは補足すると、ユミナの顔を静かに見つめ、先ほどの質問に答えるよう促した。


「——私たち虫人の感覚器官は、目や耳の他にも、触角が付いているわ——

 けどこれは、TEXSを装備すると著しく感覚が鈍る——。」


それを聞き、サイチは今気付いたかのようにはっとする。


「どうりで感覚がいつもと違うわけだ——全然気づかなかった——。」

「あんたたち、普段からTEXSをフル装備で着けることなんてないでしょ。

 ヴァーダントラインはおろか、アルカディア近隣でも、ここ十数年は大規模な戦闘は起きてないもの。

 ——でもガードは別。パトロールも検問も、いつでもフル装備——。」


「でもそれ、普通なら分かるもんじゃないのか? 目隠しされてるみたいなもんだろ——?」


俺は再び質問する。


「少し違うわ。——目のような光量を感知するような敏感な器官ではないもの。

 よくガードにも同じようなこと聞かれるけど、簡単に言えばマスクをしてる状態に近いわね。」

「マスク——?」


その感覚なら、俺にでもよくわかった。

マスクをしていると、周囲で著明な匂いがしても、あまり気付かない。

あのご飯、いい匂いがするね——そんなことを他人に言われて、初めて自分も気付く——そういう感覚に近いのだろう。


「このヘッドシェルが触角の感覚を遮断してしまうとはな——。」


サイチは自分のヘッドシェルを持ち上げ、納得したように静かに呟いた。

ユミナは話し終えると、ミオナにヘッドシェルを返し、またぐうぐうポテトを頬張った。


「あんら、ほえふんははら、ほんへひへひははいほ。」

「いや、何でそのタイミングで喋るんだよ——せめて呑み込め……。」


——あんた、飛べるんなら、飛んで見てきなさいよ——きっとそう言いたかったのだろう。


ユミナは口の中の物を呑み込む——が、話すと思いきや、再度、ポテトを口に運んだ。


「あ、言わないのね……。」


サイチもまた、ヘッドシェルを一瞥すると、それを置く。

そして、ユミナの言いたいことがわかったのか、再び口を開いた。


「——まぁ、それもそうだな。——触角に頼るなら暗い中でも索敵くらいはできそうだ。

 見てくるだけ見てくるか? 今から——」


サイチはアヤカとサヤカの方を見ると、三人は静かに頷き合った。


「夜行性組に任せるわ。私たちはもう少ししたら寝るけど。」

「私たちは昼間の行動がメインですから——先ほども言った通り、夜に行動するのは得策ではありませんよ。

 もし何かが起きても、対応できませんから——。」

「——それも、そうだな——。」


活躍の場を奪われ、サイチは残念そうに肩を落とす。

気持ちはわかる——カブトムシは夜行性だ。今にも何かしたくて仕方がないのだろう。


「サイチ様、今日は寝ましょう。我々は今、チームですので——。」

「ユミナ様から、また何か言われてしまいますしね——。」


アヤカとサヤカは、残念そうにするサイチの様子に、隣でただ静かに宥めたのだった。


「今は休みましょう。可能なら、明るくなった明日——6時に行動を開始しましょう。」



スマホの電源を付けると、画面の片隅に小さく出た"圏外"の二文字を見つめる。


——連絡はない——まだ21時だったのか——……。


まだそんな時間だったとは、思いもよらなかった。

俺は再びスマホの電源を切ると、マットレスに横たわり、そのまま目を瞑った。


俺たちはぐうぐうポテトを平らげると、その缶詰を綺麗に重ねていった。

サヤカが最後の束を焚火にくべる——。

拾ってきた薪の山はいつの間にか無くなり、火は細く揺れていた。


やがて森の静けさだけがその場に残り、各々今日の行動を終えていったのだった。


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