第13話 西の大森林
《西の大森林》
アルカディア・西方検問所——
午前10時前——
俺はポツンと一人、検問所の前で突っ立っていた。
時々、検問所の方を見ると、待機する西方検問兵のガードと目が合ってしまい、その度に俺は気まずくなった。
——頼む、早く来てくれ……。
そこへ、いつもの声が聞こえてくる。
「お待たせ——! よかった、まだ時間内ね!」
「はぁ、はぁ……ユミナちゃん、待ってください……。」
外殻装備——TEXSを装着したフル装備の二人がこちらに向かって走ってくる。
ライフルまで装備したその姿は、まるで戦地にでも出向くかのようだった。
「お前ら……あれだけ戦わないって言ってて、なんでフル装備なんだよ——。」
「はぁ? あんたバカ? 自衛戦闘はするじゃない。それとも何? 素手でやり合うと思ってたの? 相手はマヤよ!?」
俺は朝から、耳を劈くようなのユミナ声で、マシンガン説教を浴びせられたのだった。
すると、ミオナが息を切らしながら、歩き寄ってくる。
「ミオナ? あんた体力落ちすぎよ——。トレーニングしてるの?」
「す、すいません……。はぁ、はぁ、……。」
ミオナには、そう言うのが精いっぱいだった。
そしてきっと、彼女は体力が落ちているわけではない。
背中の遠征用バックパックは、見て分かるほどパンパンに膨れていた。
「そりゃ重いだろ——。何入ってんだよ——?」
「はい……えっと、六人分の食料と、最低限の支援装備と、あと大半が弾薬です——。」
そう言い切ると、ミオナは再度、深く深呼吸した。
「おまえ、戦争に行くわけじゃないんだから——。」
「はい。——ですが、これも私たちは、その、素手でやり合うわけではないので、相手はマヤさんですし——」
「同じこと言ってるし……。 お前、誰に吹き込まれたんだよ——。」
俺はそんなことを言いながら、ユミナの方をちらりと見た。
「な、私じゃないわよ!? ミオナが——!」
「えぇ、まぁ、私が言いました——装備とか武器とか——。」
「あぁ、問題児はこっちだったか——。」
珍しく、俺は読みを外した。
確かにユミナは、近接戦闘を得意とするぶん、極力軽装で行きたがる。
一方で、武器支援科を卒業したミオナは、使える装備を惜しまず持っていくタイプだ。
そう考えると、俺はやけに納得した。
「しかしあれだよな——。こんなフル装備見るなんて、検問所以来じゃないか——?」
「それもそうね。検問所ではアンタに、一太刀も浴びせられなかったんだから、そのツケは大きいわよ?」
「いや、浴びてたらお前がもっと重いツケ払うだけだろ——。」
そんな会話をしていると、街の方から、異様な外殻装備を身につけた三人組が、
ゆっくりとこちらに歩いてくるのが見える。
「ん?——あれ、サイチたちじゃないか?」
袴に打刀——武士の具足を模したデザインのそれは、もうサイチたち以外に有り得ないという確信に変わっていた。
「へぇ——。ヴァーダントラインって、ヘンなTEXSしてるのね。」
「変? そうか——?」
俺の眼には、物凄くかっこよく写っていた。
まるで、戦国の時代劇を連想させる、三人の武将たち——。
「あれは——夜叉、ですかね——?」
唐突に、説明をし出すミオナ。
彼女は目をキラキラと輝かせ、それらを目に焼き付かせよう、という信念のようなものが窺えた。
「ヤシャ? 何だそれ?」
「イツキ重工が開発した、甲虫型汎用TEXSの一つです。細部は個人用にカスタムしているようですが——」
「ふーん……? TEXSにも名前ってあるんだな。」
「はい。——例えばこれ——。」
ミオナは片腕を上げると、鈍く黒光りする外殻装備を見せつける。
「このTEXSの正式名称はLM-2 ランドソルジャーと言います。
アルカディア・ガードに普及している汎用TEXSで、
元は十二戦士が使用していたLM-1S ストライクウォーリアをベースに設計され——……」
「あーーー、うん。わかったよ。ありがとう。だいぶ俺にもTEXSが分かった気がするよ——」
「そう、ですか——?」
あまりにもミオナの話が長くなりそうなので、俺はつい、話を途中で遮ってしまった。
要するに、名前があることとか、改良をしていることとか、とにかくミオナ自身、TEXSについて詳しいことは分かった。
そして、そんな会話をしている内に、具足の三人は検問所へたどり着いていた。
「少し待たせたかな——さぁ行きましょうか、西の森に——。」
「お、おう——……。」
具足姿で身を包んだサイチにそんなことを言われると、俺は何だか調子が狂ったようだった。
そして、俺たちは西方検問所の門へ近づいていった。
後ろでは、ミオナがヘッドセットに手を当て、何やら通信を行っているようだった。
「——CAN構成、ガード中継、本部、聞こえますか——?」
「——ザザ……こちら本部、どうぞ——……ザザザ……」
「本部、こちらミオナ。西方検問所、到着。 予定通り、十時に通過します。
通過人員六名——内訳、殻兵五名、人間一名、通過許可を——。」
「……ザザ……こちら本部、了解。ミオナ以下六名、通過してください。
尚、通過時は西方検問兵の指示に従ってください……ザ……ッ!」
「了解。通過します——。CAN解除、通信オフ——。」
ミオナは通信を終えると、俺たちの方を見た。
「では、通過します。細部は、西方検問兵の指示に従ってくださいとのことでした。行きましょう——。」
「お、おう——」
ミオナが一人、検問兵の方に歩き寄っていく。
ユミナはそんな様子に、慣れたようにただ待機している。
「——あれ、俺たちは行かなくていいのか?」
「今話しつけてんのよ。終わったら来るから待ってなさい。」
怒られてしまった。
すると、ユミナが言った通り、ミオナがこちらに戻ってくる。
その後方では、待機していた西方検問兵が検問所の人員に合図を送っている。
そして——
ギィィィイイ—————……ッ!
金属の軋む音とともに、西方検問所の大きな門が徐々に開いていく。
「さぁ、行きましょう。」
ミオナはそれだけ言うと、俺たちは各々、検問所の外へ足を進めていったのだった。
——これ、無理矢理突破するとか言い出さなくて正解だったな——。
厳密には、無理矢理突破することなど、物理的に不可能だった。
俺がアルカディアへ入国する時に通過した、ただ検問兵が立っているだけの北東検問所とは、訳が違う。
それほど、西方の守りは硬い——そういうことだろう。
それほど、俺たちを待ち受ける西の大森林は、甘くない——それを意味しているのが、この検問所でよく分かった。
アルカディア西部・西の大森林——
西方検問所を出て、わずか数百メートル——。
森の外縁をなぞるように、平野に残された道をたどっていく。
外殻装備の擦れる音が微かに聞こえ、風がその間を駆け抜ける——。
青々とした木々は木の葉を散らしながら、ただ、来る者を待ち構えるかのように立ちはだかっていた——。
「ここです。西の大森林——」
「ここって——……。」
サイチの案内で、俺はその入口と称される場所を見た。
危険地域として指定されているだけあって、俺はてっきり道などないものかと思っていた。
しかし実際、森の入り口には、昔使われたであろう道筋が微かに残っていたのだった。
「なーんだ、道あるじゃない。行きましょ。」
俺たちは引き続き、森の中へと、足を踏み入れていったのだった。
風が止み、木々は徐々に林道を覆っていき、やがて辺りは薄暗い森で包まれていく。
木の葉の間を差し込む光だけが、この森を暗夜へと変えない、唯一の灯りを成している。
「暗くなってきましたね——」
そんなミオナの言葉に、ただ不安だけが募る。
気付くとユミナ含む護衛チームは、俺を真ん中に配置した円陣隊形になっていた。
「これじゃ、どこから来てもおかしくねえぞ——。」
先頭を歩くサイチは、常に腰の刀に手を据え、まるで何かと戦っているかのような言葉を吐き捨てる。
サイチだけではない——アヤカやサヤカも、同様のスタイルでその左右を警戒している。
チーム・サイチの後方に配置していた俺たちは、訳も分からず、ただその後ろを付いて行った。
「……あいつら一体、何をそんな警戒しているんだよ——……?」
俺は前方の三人に聞こえないように、静かに呟いた。
そこに、ミオナが答える。
「……ヴァーダントラインは、林内戦闘に長けていますから——。
敵だけじゃなく、踏み跡とか、切られた枝とか、そういう人の痕も見ているんだと思います——。」
「つまり、マヤの居場所を知ってるわけじゃなくて、痕跡を拾いながら進んでるってことか——?」
「そのようです——。西の森にいるという話しか分かっていませんから——……。」
「カブト型を連れてきて正解ね。プロがいるなら、心配ないわ。」
ヒソヒソ話をする中、ユミナはいつものような口調で、他人事のようにあしらった。
「……お前……ここでは一応、護衛隊長だろ……?」
「そうよ? 護衛隊長は、護衛対象を直接守る。チーム・サイチはその前衛。何か問題でもありましたか? ユウジ・サン。」
「——ねえけど……ちょっとは緊張感くらい出してくれてもいいだろ——フル装備で来といて——」
そう言いかけた瞬間、ユミナはライフルのスリングを首から外し、俺の方へ向かって投げ捨てる。
そして、ヘルメットの顎ヒモも外し始めた——。
「これ、あげるわ。あとこれも——」
「——え……?」
「私、ブレードあるもの。——けどアンタ、今装備も武器も付けてないわよね。だからそれ、あげる。」
「いやお前これ、ヘルメットはまだしも、ライフルはアルカディアの兵器庫から持ってきた装備だろ——?」
「後で返してくれれば問題ないわよ。——あ、失くさないでよね。失くすとめちゃくちゃ怒られるんだから。」
「はぁ? 勝手に渡しといて、お前それかよ——?」
その時だった。
「シーっ……! ……何かいる——。」
サイチの声で、俺たちは一瞬で凍り付く。
否、凍り付いたのはユミナ以外の五人だけだった。
ユミナは相変わらず、両腰のブレードをぶらぶらとさせ、その様子を退屈そうに見守っている。
——お前なぁ……。
叱りたいのは山々だったが、今はそんなことをしている場合ではない。
チーム・サイチが、前とその左右を警戒しているのに対し、それをカバーするように、ミオナが後方を警戒する——。
——コイツの方がよっぽど護衛チームっぽいな……。
そんなことを思いながら、俺は何とかヘルメットを装着した。
そして、手に持ったライフルを腰に構え、応戦体制に入る。
右を見て、左を見て、木の上を見上げては、また地上を見る——。
「何やってんのよ。貸しなさい。」
ユミナがライフルを奪い取る。
次の瞬間——
ガッシャンッ!
素早くチャージングハンドルを引くと、マガジンの弾丸が薬室に送り込まれる。
「こうしないと撃てないの。狙うときはこう——。」
ユミナが、後方に素早くライフルを向けると、ストックを肩に付け、そのまま照準器を覗き込む。
そして——
ドドォン——ッ!!
「ちょ、お前——っ……!!」
躊躇せず、引き金を引くユミナ。
響き渡る重い銃声とともに、数十メートル先の木の幹が、木片を飛び散らせる。
「え——……?」
吃驚したサイチが、思わずこちらを振り返る。
——コイツ、こんな時に何やってんだ……?
誰もがそう思って、ユミナの方を見る。
「わかった? 安全装置はこれ、連射はこれ、単射はこれよ。
いい? 間違っても味方は撃たないのよ? 向けてもダメ。わかった?」
一方的な説明を終えると、ユミナは指で安全装置を確認し、再び俺にライフルを投げ渡した。
「あ、えっ、ちょ——っ!」
あんな轟音を鳴らす高威力兵器を両手に、俺は既に、気が滅入ってしまっていた。
手元のライフルが怖くて仕方がない——。
ユミナは改めて進行方向に向き直る。
すると、後ろを振り返ったまま思考停止した、チーム・サイチのメンバーと目が合ってしまう。
「なによ?」
「あ、いや、お前——さっき俺が静かにしろって——」
「何が? もう逃げたわよ。」
「え——……?」
再度、サイチが神経を張り巡らせると、その気配はすでに消えていた。
「鹿よ。」
「鹿——?」
「はぁ。——だーかーらー、鹿なんかにビビってんじゃないわよ。さっきから。」
「あ、あー、鹿ね! オーケー……わりぃ、敵かと思って思わず立ち止まっちゃって—— 」
そんな言い訳を垂れ流すサイチに、ユミナは無言で詰め寄っていく。
「アンタ、何タメ口使ってんのよ。給料減らすわよ?」
「あ、——すみません、ユミナ様。では、先行きますね——あはは——。」
そんな様子を、俺は後ろから静かに見守っていた。
——なんかあいつ、可哀想だな……。
それにしても、ユミナは一体どうやって、対象が鹿であると知ったのだろうか。
森林のプロであるチーム・サイチや、同属のミオナとの違いは何だったのか——。
これを、戦闘経験が豊富なこと以外、どうやって説明できるというのだろうか。
コイツの直感は、割かし当たる。
しかもそれは、索敵において、異常なまでに研ぎ澄まされる——そういうことで、いいなのだろうか——。
今の俺には分からなかった。




