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虫人 - Insecter  作者: 虫人プロジェクト
森の魔女編
16/26

第12話  協力者



《協力者》


アルカディア・商店街——


俺たちは和服屋のチナツの店へ向かっていた。


「はーあ。ほんと疲れるわ、あの茶髪女——」

「ユミナちゃん。」

「わかってるわよ。」


地下本部を出た二人はいつも通りだった。

先ほどの凛とした態度は既に消え失せ、二人はいつもの愚痴キャラと叱りキャラに戻っていたのだった。


「——そういえば、地下本部で魔女とかって言ってたけど、あれは何なんだ——?」

「あー……」


ミオナは躊躇うと、少し言葉を選ぶように続けた。


「コードネームみたいなものですかね。昔、病院でいくらか問題があったみたいで——

 それで付けられたあだ名というか——アルカディア・ガードでも、その名残がまだ残っていたみたいですね——。」

「それ、異名っていうんじゃ——?」

「あー、はい。そうかもしれません——。」


そんなことを聞きながら、俺はミオナの様子をちらりと見た。

ユミナほど露骨ではないが、ミオナもまた、だいぶ疲れているようだった。


——あんな緊張する場所で一人で話したんだし、当たり前か——。

  せめて労いの言葉でもかけてやるべきか——?


そう思い、俺は口を開いた。


「えっとー——二人とも、お疲れさ——」


そう言いかけた時だった。


「着きました。」


ミオナの言葉が、俺の言葉を打ち消した。

するとユミナが、掘り返すように俺に詰め寄る。


「ん? ユウジ、今何か言いかけた?」

「あ、いやー、別に何も——?」

「お疲れさ、まで出かけてたけど? あー! お疲れ様って言いかけたのね! ミオナ聞いた?」

「お、おい! 違うって!」


そんな様子に、ミオナはふふっと微笑んだ。


「ユウジさんは優しいですね。ありがとうございます。」

「な、——まぁ、その一言くらい無いとなって——最後まで話してくれたし、その——」


なぜか褒められた俺の方が、照れくさくなってしまった。


そこへ——


「あ、ガードの皆さん、来たんですね。どうぞ、お入りください——。」


店頭に出迎えたチナツが、手で仕草をしながら迎え入れる。

ガードの皆さんというよりは、正確には外交員の俺と護衛の二人ではあるのだが——。


「失礼します——。」


入ると、そこには店頭に並んだ和服——いや、それよりも少し風格のある服を纏った三人の虫人が佇んでいた。


「——サイチさん、いらっしゃいましたよ。」


名前を呼ばれた男性虫人が、こちらを振り向く。


「お、来たか——よろしくお願いします。ヴァ……、えっと——」


少しためらった後、再び言い直す。


「サイチです——。」


違和感しかない自己紹介である。

きっと本人は、ヴァーダントラインのサイチと言いたかったに違いない。

しかし、それを敢えて隠す必要があるのだろうか。

少なくとも、ここにいるほぼ全員が、そのことを知っているのだというのに——。


しかしユミナは、お構いなしに割り込んでくる。


「あんたがサイチ? ——ふーん? 立派なツノじゃない。ヴァーダントラインの人よね?」

「え、あー……それは——、まぁ、はい。そうです。……。」


まるで、他人の家に土足で入り込むような態度の、図々しい奴である。

そんなユミナが言ったツノに、つい俺たちも目を留めてしまう。


虫好きでなくとも分かる。

二股に分かれた紅色の大きな一本角——カブトムシ型に他ならない。

若干細身ではあるが、鍛え上げられた強靭な肉体に、紅色の外殻——。

その風格にミオナは、つい口元を抑えてしまっている。


「カブ——じゃなくて、サイチさん。よろしくお願いします。」


俺は、思わず言いかけそうになる。


「はい。よろしくお願いします。

 ——えっと、俺たちまだ、アルカディアに来たばかりで、右も左もわかんないんですが、よろしくお願いします——。」


ヴァーダントライン——甲虫系虫人の機構勢力——。

噂の特異文化というのは、一目瞭然だ。

袴に帯、拵えた一本の刀——誰がどう見ても、武士である。


他の二人の虫人女性もツノこそなかったが、同じような袴を纏い、同じく刀を携えている。


「えっと——、とりあえず、今回の件、話してもよろしいですか——?」

「あ、はい! お願いします!」


妙に緊張して姿勢を正すサイチ。

その様子に、仲間の二人は一瞬、冷めたような目を向ける。


「えー、今回ですが、サイチさんには、そこのユミナと一緒に、護衛を務めてもらいます。」

「よろしく頼むわね。サイチ・サン!」

「あ、はい! よろしくお願いします!」


どこか落ち着かない返事だったが、俺は続けた。


「えーっと、指揮はこちらのミオナが取ります。」

「よろしくお願いしますね。」

「はい! お願いします!」


——うーん……。やっぱ落ち着かないな、それ——。


「えっとー、そちらのメンバーは、三人でよろしかったでしょうか——?」


そう言いながら、俺はサイチのやや後ろに控えた二人を交互に見た。


「あ、はい!……えっと、この二人は何と言いますか、わた、私の、護衛なので——すが、今回の任務に限っては、その——……」


——まずい。誰かこの見た目だけ強くて、言葉に凄く弱いカブトムシくんを止めてくれ……。


そんな願いが天に届いたのか、控えていた二人が前に出る。


「私は、サイチ様の護衛のアヤカです。よろしくお願い致します。」

「同じく、護衛のサヤカです。お見知りおきを——」


——ん? ってことは、サイチが俺のことを護衛をして、サイチはコイツらに護衛されるってことか?

  まずい、さっぱりわからないのだが……どういうことだ?


「あのー、じゃあ、護衛はサイチさんだけ、ということになるんですかね。」

「いえ。——私たちの本来の任務はサイチ様の護衛ですが、今回はそちらの指定する護衛対象も護衛させていただきます。」


——そちらの指定する護衛対象"も"……? もって言ったのか? この人は——。ややこしい——。


「じゃあ、まぁとりあえず、三人はチーム・サイチとして、俺の護衛をしてください。」

「御意——。」


——うわ、やりずれぇー……。


「——で、給料の方は——……?」


チナツから、だいぶ気にしていた、とは聞いていたが、まさかこんな直接的に聞くとは——。

だが、三人も仕事でこちらに来ているんだ。仕方がない話ではある。

俺は思い出したように、しかし、まるで考えていたように口走る。


「あー、そうでした。給料の支払いなんですが、日雇いで一人三千ティアルとかでどうでしょう。」

「さ、三千——!?」


口を開いたのは、サイチでもサイチの護衛でもなく、ユミナだった。


「あんた、それで今月の給料もつの——!?」

「まぁ、もうすぐ月変わるし、大丈夫だろ——それに、そんな長い間、護衛してもらうわけじゃないだろ——?」

「それはそうだけど——!」


そんな中、サイチとその仲間たちはスマホを取り出し、何か計算をしているようだった。

そして、アヤカがサイチに対し、電卓の画面を見せる。


「——サイチ様、これを……!」


その計算結果を見たサイチは驚愕する。


「さ、三万エン……だと——!?」


——三万円——? 日本の通貨か何かか——?


「エンというのは、ヴァーダントラインで使用される通貨単位ですね。」

「な、なるほど——。」


ミオナの捕捉に、俺は妙に納得した。

サイチは電卓の画面から目を離すや否や、何かの志に燃えたような眼でこちらを見た。


「や、やります! やらせてください——!」


しかしそこへ、ユミナが口を挟む。


「さっきアンタたち、サイチの護衛とか言ってたわよね。」

「——……?」


アヤカとサヤカが顔を見合わせる。


「今回の任務、チーム・サイチの護衛対象は、サイチではない。この外交員のニンゲン。わかる?」

「あ、はい。もちろん承知しておりますが——」

「はぁ——……。」


ユミナはそれに対し、深いため息をつく。


——こいつは何が言いたいんだ——?


俺だけでなく、その場にいた誰もがそう思っただろう。

ユミナは続ける。


「アンタたちさっき、指定する護衛対象"も" 護衛すると言ったわよね。この言葉の意味する給料体制は二つ。」

 一つ目、護衛のサイチを諦めて、給料を三人分、全額もらう。

 二つ目、サイチの護衛を諦めないで、そこの護衛二人の給料を半額にする——この二つ。

 ——ただし、二つ目はそもそも、私たちが給料を払うメリットがないわ。護衛できない護衛なんて邪魔なだけだもの。」


——あぁ、そういうことか——。


さっき俺が引っかかった言葉に、ユミナもまた、引っかかっていたのだ。


「ちょ、ユミナちゃん、落ち着いて……。」


ミオナが止めに入ろうとするが、彼女もまた、その質問の意味をよくかっていた。

これは、ただ俺の支払う給料を格安にするためだけでなく、この三人が任務に強いチームなのかという篩でもある。


ユミナの出す選択肢に、チーム・サイチは身内相談をする。

俺のことはいいから放っておけ、今は金が要る、と言い張るサイチ。

そして、サイチを放っておけないアヤカとサヤカ。


相談が終わると、三人は再びこちらを見た。


「決まったのね。」

「はい。——私たちは、そこの外交員、ユウジさんを護衛します——。」

「つまり、もしそこのサイチが死ぬってなったら、アンタたちは見捨てる、それでいいのね。」

「——……っ。」


思わず俺も止めに入りたくなるような、現実的な質問。


「おい、そんな言い方しなくても——。」

「黙ってなさい。アンタは守られてればいいの。これは、アンタの問題じゃない。ガード、即ち、アルカディアの国としての問題なの。」

「いや、大げさな——……。」


だが、その言葉は一つも間違ってなどいなかった。

セルラが命令し、ミオナが指揮し、ユミナが守る。

そして、このチーム・サイチを仲間に引き入れようとしている。

なにも間違っていない。


「あぁ。見捨てるぜ。これは命令だ。ここでの俺は、しがないただのサイチ。コイツらはユウジさん、あなたの護衛だ。」

「……仰せのままに。」


サイチの宣言に、二人の返事が重なる。

ユミナはその様子を見て、満足したように口元をニヤリとさせた。


「命令違反したら、全員の給料はナシ。わかった?」

「は、はい! わかりました!」

「わかりました、ユミナ様、でしょ? 私の方がここでは上なの。上司、わかる?」

「わかりました! ユミナ様! ……おい、お前ら! ちゃんと言え!」


サイチが二人にも言い聞かせる。


「わ、わかりました——ユミナ様。……。」

「わかればいいのよ。——ミオナ!」

「は、はい!」


唐突のバトンタッチに、困惑するミオナ。


「あ、えっとー、では、明日の十時に、西方検問所を通過します。連絡は——」

「アンタたち、スマホ貸しなさい。ス・マ・ホ。」

「はい、只今——!」


三人はスマホをユミナに渡すと、ユミナはお得意のRhiNEアプリを開き、無条件で追加していった。


「アンタもよ、ユウジ。」

「え、俺? 俺はもう友達だろ——?」

「違うわよ。コイツらと連絡先交換するの。——あ、ミオナはあとで送っておくからね。」

「ありがとうございます。」


俺たちは、ユミナ様の言う通り——ではなく、思い通り、互いの連絡先を交換したのだった。


「では、明日十時に、また西方検問所で落ち合いましょう。何かありましたら、RhiNEで連絡してください。」


こうして、俺たちは服屋チナツを後にし、それぞれの家へ戻っていったのだった——。




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