第12話 協力者
《協力者》
アルカディア・商店街——
俺たちは和服屋のチナツの店へ向かっていた。
「はーあ。ほんと疲れるわ、あの茶髪女——」
「ユミナちゃん。」
「わかってるわよ。」
地下本部を出た二人はいつも通りだった。
先ほどの凛とした態度は既に消え失せ、二人はいつもの愚痴キャラと叱りキャラに戻っていたのだった。
「——そういえば、地下本部で魔女とかって言ってたけど、あれは何なんだ——?」
「あー……」
ミオナは躊躇うと、少し言葉を選ぶように続けた。
「コードネームみたいなものですかね。昔、病院でいくらか問題があったみたいで——
それで付けられたあだ名というか——アルカディア・ガードでも、その名残がまだ残っていたみたいですね——。」
「それ、異名っていうんじゃ——?」
「あー、はい。そうかもしれません——。」
そんなことを聞きながら、俺はミオナの様子をちらりと見た。
ユミナほど露骨ではないが、ミオナもまた、だいぶ疲れているようだった。
——あんな緊張する場所で一人で話したんだし、当たり前か——。
せめて労いの言葉でもかけてやるべきか——?
そう思い、俺は口を開いた。
「えっとー——二人とも、お疲れさ——」
そう言いかけた時だった。
「着きました。」
ミオナの言葉が、俺の言葉を打ち消した。
するとユミナが、掘り返すように俺に詰め寄る。
「ん? ユウジ、今何か言いかけた?」
「あ、いやー、別に何も——?」
「お疲れさ、まで出かけてたけど? あー! お疲れ様って言いかけたのね! ミオナ聞いた?」
「お、おい! 違うって!」
そんな様子に、ミオナはふふっと微笑んだ。
「ユウジさんは優しいですね。ありがとうございます。」
「な、——まぁ、その一言くらい無いとなって——最後まで話してくれたし、その——」
なぜか褒められた俺の方が、照れくさくなってしまった。
そこへ——
「あ、ガードの皆さん、来たんですね。どうぞ、お入りください——。」
店頭に出迎えたチナツが、手で仕草をしながら迎え入れる。
ガードの皆さんというよりは、正確には外交員の俺と護衛の二人ではあるのだが——。
「失礼します——。」
入ると、そこには店頭に並んだ和服——いや、それよりも少し風格のある服を纏った三人の虫人が佇んでいた。
「——サイチさん、いらっしゃいましたよ。」
名前を呼ばれた男性虫人が、こちらを振り向く。
「お、来たか——よろしくお願いします。ヴァ……、えっと——」
少しためらった後、再び言い直す。
「サイチです——。」
違和感しかない自己紹介である。
きっと本人は、ヴァーダントラインのサイチと言いたかったに違いない。
しかし、それを敢えて隠す必要があるのだろうか。
少なくとも、ここにいるほぼ全員が、そのことを知っているのだというのに——。
しかしユミナは、お構いなしに割り込んでくる。
「あんたがサイチ? ——ふーん? 立派なツノじゃない。ヴァーダントラインの人よね?」
「え、あー……それは——、まぁ、はい。そうです。……。」
まるで、他人の家に土足で入り込むような態度の、図々しい奴である。
そんなユミナが言ったツノに、つい俺たちも目を留めてしまう。
虫好きでなくとも分かる。
二股に分かれた紅色の大きな一本角——カブトムシ型に他ならない。
若干細身ではあるが、鍛え上げられた強靭な肉体に、紅色の外殻——。
その風格にミオナは、つい口元を抑えてしまっている。
「カブ——じゃなくて、サイチさん。よろしくお願いします。」
俺は、思わず言いかけそうになる。
「はい。よろしくお願いします。
——えっと、俺たちまだ、アルカディアに来たばかりで、右も左もわかんないんですが、よろしくお願いします——。」
ヴァーダントライン——甲虫系虫人の機構勢力——。
噂の特異文化というのは、一目瞭然だ。
袴に帯、拵えた一本の刀——誰がどう見ても、武士である。
他の二人の虫人女性もツノこそなかったが、同じような袴を纏い、同じく刀を携えている。
「えっと——、とりあえず、今回の件、話してもよろしいですか——?」
「あ、はい! お願いします!」
妙に緊張して姿勢を正すサイチ。
その様子に、仲間の二人は一瞬、冷めたような目を向ける。
「えー、今回ですが、サイチさんには、そこのユミナと一緒に、護衛を務めてもらいます。」
「よろしく頼むわね。サイチ・サン!」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
どこか落ち着かない返事だったが、俺は続けた。
「えーっと、指揮はこちらのミオナが取ります。」
「よろしくお願いしますね。」
「はい! お願いします!」
——うーん……。やっぱ落ち着かないな、それ——。
「えっとー、そちらのメンバーは、三人でよろしかったでしょうか——?」
そう言いながら、俺はサイチのやや後ろに控えた二人を交互に見た。
「あ、はい!……えっと、この二人は何と言いますか、わた、私の、護衛なので——すが、今回の任務に限っては、その——……」
——まずい。誰かこの見た目だけ強くて、言葉に凄く弱いカブトムシくんを止めてくれ……。
そんな願いが天に届いたのか、控えていた二人が前に出る。
「私は、サイチ様の護衛のアヤカです。よろしくお願い致します。」
「同じく、護衛のサヤカです。お見知りおきを——」
——ん? ってことは、サイチが俺のことを護衛をして、サイチはコイツらに護衛されるってことか?
まずい、さっぱりわからないのだが……どういうことだ?
「あのー、じゃあ、護衛はサイチさんだけ、ということになるんですかね。」
「いえ。——私たちの本来の任務はサイチ様の護衛ですが、今回はそちらの指定する護衛対象も護衛させていただきます。」
——そちらの指定する護衛対象"も"……? もって言ったのか? この人は——。ややこしい——。
「じゃあ、まぁとりあえず、三人はチーム・サイチとして、俺の護衛をしてください。」
「御意——。」
——うわ、やりずれぇー……。
「——で、給料の方は——……?」
チナツから、だいぶ気にしていた、とは聞いていたが、まさかこんな直接的に聞くとは——。
だが、三人も仕事でこちらに来ているんだ。仕方がない話ではある。
俺は思い出したように、しかし、まるで考えていたように口走る。
「あー、そうでした。給料の支払いなんですが、日雇いで一人三千ティアルとかでどうでしょう。」
「さ、三千——!?」
口を開いたのは、サイチでもサイチの護衛でもなく、ユミナだった。
「あんた、それで今月の給料もつの——!?」
「まぁ、もうすぐ月変わるし、大丈夫だろ——それに、そんな長い間、護衛してもらうわけじゃないだろ——?」
「それはそうだけど——!」
そんな中、サイチとその仲間たちはスマホを取り出し、何か計算をしているようだった。
そして、アヤカがサイチに対し、電卓の画面を見せる。
「——サイチ様、これを……!」
その計算結果を見たサイチは驚愕する。
「さ、三万エン……だと——!?」
——三万円——? 日本の通貨か何かか——?
「エンというのは、ヴァーダントラインで使用される通貨単位ですね。」
「な、なるほど——。」
ミオナの捕捉に、俺は妙に納得した。
サイチは電卓の画面から目を離すや否や、何かの志に燃えたような眼でこちらを見た。
「や、やります! やらせてください——!」
しかしそこへ、ユミナが口を挟む。
「さっきアンタたち、サイチの護衛とか言ってたわよね。」
「——……?」
アヤカとサヤカが顔を見合わせる。
「今回の任務、チーム・サイチの護衛対象は、サイチではない。この外交員のニンゲン。わかる?」
「あ、はい。もちろん承知しておりますが——」
「はぁ——……。」
ユミナはそれに対し、深いため息をつく。
——こいつは何が言いたいんだ——?
俺だけでなく、その場にいた誰もがそう思っただろう。
ユミナは続ける。
「アンタたちさっき、指定する護衛対象"も" 護衛すると言ったわよね。この言葉の意味する給料体制は二つ。」
一つ目、護衛のサイチを諦めて、給料を三人分、全額もらう。
二つ目、サイチの護衛を諦めないで、そこの護衛二人の給料を半額にする——この二つ。
——ただし、二つ目はそもそも、私たちが給料を払うメリットがないわ。護衛できない護衛なんて邪魔なだけだもの。」
——あぁ、そういうことか——。
さっき俺が引っかかった言葉に、ユミナもまた、引っかかっていたのだ。
「ちょ、ユミナちゃん、落ち着いて……。」
ミオナが止めに入ろうとするが、彼女もまた、その質問の意味をよくかっていた。
これは、ただ俺の支払う給料を格安にするためだけでなく、この三人が任務に強いチームなのかという篩でもある。
ユミナの出す選択肢に、チーム・サイチは身内相談をする。
俺のことはいいから放っておけ、今は金が要る、と言い張るサイチ。
そして、サイチを放っておけないアヤカとサヤカ。
相談が終わると、三人は再びこちらを見た。
「決まったのね。」
「はい。——私たちは、そこの外交員、ユウジさんを護衛します——。」
「つまり、もしそこのサイチが死ぬってなったら、アンタたちは見捨てる、それでいいのね。」
「——……っ。」
思わず俺も止めに入りたくなるような、現実的な質問。
「おい、そんな言い方しなくても——。」
「黙ってなさい。アンタは守られてればいいの。これは、アンタの問題じゃない。ガード、即ち、アルカディアの国としての問題なの。」
「いや、大げさな——……。」
だが、その言葉は一つも間違ってなどいなかった。
セルラが命令し、ミオナが指揮し、ユミナが守る。
そして、このチーム・サイチを仲間に引き入れようとしている。
なにも間違っていない。
「あぁ。見捨てるぜ。これは命令だ。ここでの俺は、しがないただのサイチ。コイツらはユウジさん、あなたの護衛だ。」
「……仰せのままに。」
サイチの宣言に、二人の返事が重なる。
ユミナはその様子を見て、満足したように口元をニヤリとさせた。
「命令違反したら、全員の給料はナシ。わかった?」
「は、はい! わかりました!」
「わかりました、ユミナ様、でしょ? 私の方がここでは上なの。上司、わかる?」
「わかりました! ユミナ様! ……おい、お前ら! ちゃんと言え!」
サイチが二人にも言い聞かせる。
「わ、わかりました——ユミナ様。……。」
「わかればいいのよ。——ミオナ!」
「は、はい!」
唐突のバトンタッチに、困惑するミオナ。
「あ、えっとー、では、明日の十時に、西方検問所を通過します。連絡は——」
「アンタたち、スマホ貸しなさい。ス・マ・ホ。」
「はい、只今——!」
三人はスマホをユミナに渡すと、ユミナはお得意のRhiNEアプリを開き、無条件で追加していった。
「アンタもよ、ユウジ。」
「え、俺? 俺はもう友達だろ——?」
「違うわよ。コイツらと連絡先交換するの。——あ、ミオナはあとで送っておくからね。」
「ありがとうございます。」
俺たちは、ユミナ様の言う通り——ではなく、思い通り、互いの連絡先を交換したのだった。
「では、明日十時に、また西方検問所で落ち合いましょう。何かありましたら、RhiNEで連絡してください。」
こうして、俺たちは服屋チナツを後にし、それぞれの家へ戻っていったのだった——。




