森の魔女編:4 和服屋
《和服屋》
商店街を歩いていると、店頭に服が並んだ小さな服屋が目に入る。
店の看板には"チナツ"と書いてあり、それは病院で聞いた、送金を行ったという人物の名前と一致していた。
「なによ、急に足を止めて——」
「いや、ここって——」
「——チナツ——? 医師の話に出てきた名前と一致していますね——行ってみますか——?」
ミオナの言葉に、俺たちは静かに頷いた。
店頭に並ぶ衣服たちは、決して現代の人間が一般的に着ているものではない。
俗にいう和服が立ち並び、服の後方には、やはり虫人の後腹部と翅翼のためのスリットが設けられている。
「すみませーん……」
狭い店内はガラガラである。
誰一人客がいないどころか、店員の姿もない。
「……一応やってるんだよな? ここ——」
「店先には並べていましたから、開店はしていると思います——」
「だよな——。あのー、すみませーん!」
先ほどより一段と大きな声で尋ねると、奥から足音のようなものが聞こえる。
「あ、お客様ですか——? いらっしゃいませ——。」
奥から現れたのは、ごく普通の服を着た、触角の長い虫人女性。
しかし、俺たちはその女性をどこかで見たことがあった。
「あ、あの時のガードさんですね。」
その虫人女性は、ドロバチが窃盗を行った際、荷袋を奪われた被害者の女性だった。
「えっと、チナツさん——でよろしかったでしょうか——?」
「はい、私がチナツです。本日はどのような用件で——? あ、窃盗事件のことでしょうか?」
「いえ。あの事件は解決したのですが、今朝、病院へ行き、チナツという名前を伺ったものですから——」
「あ、その件ですね——」
チナツは一瞬だけ目を伏せると、再びこちらを見ながら言った。
「えっと、何を話したらよいか——窃盗犯とのやり取りを聞いて、私も力になれるかな、と思いまして。
その——送金自体は正式な手続きを踏んで行いましたが——」
「あ、えっと、私たちはその、調査で来たと言うより、偶然、街を歩いていたら、目にしたものですから。
——それで、送金をしていただいたという方がどんな方かと思って、話でも、と立ち寄ってみただけです——。」
「そうでしたか——。」
ここに来た経緯を説明するミオナ。
チナツはそれを聞き、店内を一望した。
「えっと——ドロバチに刺されてしまった方は、もう目を覚ましましたか——?」
「いえ——医師にもお話を伺いましたが、医療研究チームの医薬品開発は、滞っている状態とのことでした——」
「そうですか——」
「そこで、また別件なのですが、マヤさんという虫人女性が、以前医療研究チームにいたということで——」
「マヤ、ですか——?」
「はい。何かご存じではないでしょうか——?」
「いえ——。お力になれず、申し訳ありません。」
俺たちはそんなやりとりにため息をついた。
「マヤさんの情報はなし——西の森に行くのは難しそうだな——」
それを聞いたチナツは、はっとした表情で俺のことを見た。
「西の森へ向かうんですか——?」
「あ、はい。そうですけど——結局仲間が必要で——。」
彼女は顎に手を当てると、少し躊躇いながら口を開く。
「……でしたら、いい人物がいます。」
「おぉ——?」
「出身は北西の森の方だと聞いているんですが——サイチさんという方が、最近アルカディアに引っ越してきたみたいで。
何やら仕事を探しているみたいなんです。」
「北西? アルカディアの北西って言えば、ヴァーダントラインの方じゃない。」
「はい。恐らくそちらの方かと——」
ユミナが聞き返すと、それを聞いたミオナは少し考え込んだ。
「ヴァーダントラインのサイチ—さん——ですか——?」
「はい——。なにか、心当たりでも——?」
「いえ、別に。」
その反応に俺たちは顔を見合わせた。
俺はミオナに続いて質問する。
「えっと、そのサイチさんと会うことってできますか——?」
「はい。ですが、今日は日雇いのバイトがあるとかで、港の方に——明日以降であれば、平気だと思いますよ。
いつもここに立ち寄るので、来たときでよければ、私の方からお話しておきましょうか——?」
「はい。お願いします。——あ、連絡いただくことってできますか——? 話をしていただいた後で構いませんので——」
「いいですよ。えっとー、RhiNEってやってますか——?」
「ライン——?」
俺はスマホを片手に、戸惑った。
——ラインってなんだ?
そこへ、ミオナがスマホを取り出しながら前に出る。
「やってますよ。コードでいいですか?」
「はい、カメラ向けるのでこちらに——」
ピコンッとスマホに通知が出る。
「来ました。友達申請しておきますね。」
「はい。よろしくお願いします。」
「はい、こちらこそ。では、また後日、よろしくお願い致します。」
ミオナはスマホをポーチにしまうと、俺たちはチナツに軽く会釈し、店を出ていった。
商店街の人混みの中、俺は質問する。
「——服屋に毎日来る客なんているんだな。」
「少し変わったお客さんみたいですね——。」
「だよなー。それにあの服屋——」
俺はそう言いかけると、服屋に並んだ和服を、もう一度想像した。
——まさか、日本以外で和服を見るとはな——。
それを好き好んで着るということからも、かなり変わった客であることは間違いない。
それに、北西にある何とかラインのことも、かなり気になる。
「その、何とかラインっていうのは、虫人の集落か何かなのか?」
「あんた外交員なのに、ヴァーダントラインも知らないわけ? 機構の加盟勢力じゃない。」
「え、あれ、そうだっけ——?」
ユミナから痛恨の一撃をもらう。
「ヴァーダントラインは甲虫系虫人の武装集団よ。」
「へぇー……。行ったことあるのか? その、ヴァーダントラインに。」
「ないわよ? ——けど、独自の文化があって、あーゆー服ばっか着てるから、そこの人歩いてたらすぐわかるわよ。」
「まぁ、そりゃそうだな——和服だし——。」
「ワフク? なによそれ。ハカマの間違いじゃない?」
「同じだろ。——袴なんて着たの、いつかな——」
俺は機構の体育授業で剣道らしい何かをやったことを思い出す。
「アンタにそういう趣味があったのに驚きだわ。」
「はぁ? 剣道で着るだろ、ああいうやつ——?」
「ケンドー? 何よそれ。剣のジュウドーみたいなものかしら。」
——ダメだ。俺とアルカディアの文化のギャップが違いすぎる——。
会話の端々にそれを感じた俺は、説明をやめた。
代わりにそこへ、ミオナが補足の説明をする。
「ケンドーは日本のスポーツの一つですよね。国際的な大会なんかもあったりして、結構おもしろいんですよ。
私は動画しか見たことありませんけど、やー、とか叫ぶんですよね。サムライ魂とか、心得とかもあるみたいですよ。」
「そう、そうなんだよ。サムライは少し違うけど——。」
「ふーん? なんか変な名前ね。私にもできるかしら。」
ユミナは腰に装備した二本の近接ブレードを見た。
「二刀流は、あまり主流ではないみたいですね——ライフルの使用も、禁止されてるとか——
まぁ、そもそも虫人は、人間世界のスポーツに参加はできませんが——。」
「作ったらいいじゃない。ヒューマンケンドー大会とかさ——。」
「それ、人間剣道大会って意味になってるけど、大丈夫か——?」
「ん? なにが? 間違ってるの?」
「いや、べつに——。」
俺は再度、虫人世界とのギャップを感じたのだった。
「そういえばユウジ、RhiNEくらい入れなさいよ。こっちで生きてくなら、入れとかないと不便よ?」
「そうですね。ストアから入れられますので、時間のあるときにでも、ぜひ入れてみてくださいね——。」
「んえ、入れるの——?」
「時間あるときじゃないわ。今よ、今。」
「えぇ、いいよー。俺こういうの苦手だし——」
「ちょっと、なにおばあちゃんみたいなこと言ってるのよ。スマホ貸しなさい、やってあげるから——
私が最初の友達になってあげるわ。——って、ストアすらないじゃない。あんた、アプリ入れてないの!?」
「あー、よくわかんないから、消しちゃったかも——?」
「消した!? 何やってんのよ! ここからストア入れて——ほら! すぐ入るから、ちょっと待ってなさい!」
隣で、俺のスマホをテキパキと操作するユミナ。
——これも、ヒューマンスタイルの影響なんだろうか……。
今、この中で一番ヒューマンしていない俺が人間であることを、恥じらうべきなのか——。
「ふふ。できましたら、後で私にも友達申請してくださいね——。」
俺たちは夕暮れの商店街を抜け、東蟲機構の支部へと帰っていったのだった。
東蟲機構・アルカディア支部——
朱い夕陽が、アルカディアの街を照らす。
——疲れた——……。
支部の鍵を開け、俺はソファへ倒れ込む。
すると、その上にユミナも重なって倒れ込んだ。
ドサッ……!
「痛って——ッ! お前何して——……!」
「アンタこそ何してんのよ——ここ私のソファよ——。」
俺はユミナの下敷きになりながら、なんとかソファを降り、床へ這い出る。
「——ユウジさん。床に寝ころんではいけませんよ。だらしないです。」
まるで母親のように諭すミオナ。
その言葉に、俺はなんとか身体を起こし、服についた埃を払った。
ミオナは続ける。
「——と言っても、私も疲れたので、少しベッドで休憩してきますね——。」
ミオナはそのまま階段の方へ歩いていき、二階へと上がっていった。
俺はソファに横たわったユミナを見下ろした。
「おいおまえ、ベッドあるだろ——。ソファは俺のだぞ——。」
「……。」
反応はない。
ただ、微動だにしない後頭部だけが俺の目に映る。
「おい——起きろ——……!」
「——なによ……ソファが誰のかなんて、決めてないじゃない……。」
ユミナは寝返りながら言うと、仰向けになったまま、また動かなくなってしまった。
仕方なく、俺は再度、硬い床に寝ころんだ。
——冷たくて気持ちいい——。
春先だというのに、アルカディアの気候は温暖すぎる。
俺の温まった身体を冷やすように、顔も手も体も、全身を床に付け、目を瞑った。
——今の状況なら、このまま寝れそうだ——……。
そして、徐々に意識が遠のいていったのだった——。




