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虫人 - Insecter  作者: 虫人プロジェクト
森の魔女編
13/24

森の魔女編:3  方法と条件


《条件と方法》


午後——


俺たちは商店街の一角——カフェ・カトレアで、小休憩を挟んでいた。

そこへ、店員がトレーを片手に、三つのコップをテーブルに並べていった。


「お待たせしました。ハニーシロップカプチーノと、ネクターエナジーです。」


ユミナとミオナは、カプチーノの甘い香りを堪能すると、ゆっくりと口元に運んだ。


「はぁ……生き返るわ。」

「それ、甘くないのか——?」

「カプチーノとハニーシロップよ? 甘々の甘に決まってるじゃない。」


ユミナの独特な表現に、俺は思わず眉をひそめる。


「なんだそれ——。」

「まぁ、ユウジさんのネクターエナジーよりは、よっぽど糖分は少ないと思いますよ。」


俺は、アルファベットのNが強調された専用グラスの中の、気泡が立つ黄色い飲み物を見つめた。

エナジードリンクはカフェインが多いだけでなく、脳の活性化のため、糖分も多く含まれる。

あまり体にいい代物とは言えない。


「それもそうだな——疲れた体には、これが一番だよ。」

「お体、壊さないでくださいね。」


カフェの落ち着く空間の中、三人はソファに深く腰掛けながら、思い思いにくつろいだのだった。


木目のある天井を見つめながら、これからのことを考える。

ユミナは手をだらーんとさせ、ミオナは念入りにメモを取っている。


カチャカチャと音を鳴らす半透明のペン。

ページをめくり、もう一枚——。




そして、ミオナはすべてを書き終えたのか、メモ帳を一枚切り取り、テーブルの上に置いた。


「先ほど、本部から連絡がありました。」

「おぉ——どうだった——?」

「結論から言いますと、今回の件はあまり触れないでほしいとのことでした——。」

「え——?」


俺は思わず、ミオナの顔を見つめた。


「触れないでって、どういうことだよ——?」

「はい。それが——まず、マヤさんについてですが、西の森で一人、静かに暮らしている、とのことでした。

 ——ですが、彼女は現在、危険と言いますか、あまり私たちが触れてはいけない領域にいるみたいで——その——……」


ミオナの説明に、ますます訳が分からなくなる。


——西の森で一人で生活、危険、触れてはいけない領域——……?


言われた単語を、一つずつ頭の中で整理する。


「要するに、ですね——マヤさんは、その……要注意人物——? というわけです。恐らくですが——。」

「なんで医療研究チームだったマヤさんが、要注意人物になるんだ——?」

「それは、私にもわかりません。——ただ本部からは、ユウジさんの安全もありますから、あまり深く関わるなと——。」

「なんだよそれ——……。」


せっかくつかめた情報だというのに、つかめた瞬間、それを手放せと言うのか——。

俺は納得がいかなかった。


「俺は行く。西の森——? だっけ。そこに行って、マヤさんに会う——

 そして、神経毒の治癒に協力するよう、説得する——。」


宣言でもなんでもない。

これは、自分への言い聞かせでもあった。


「ダメです。——西の森は、アルカディア国内でも、立ち入り禁止されているエリアです。

 もし行こうとしても、西方検問所で止められ、通行はおろか拘束——最悪の場合、懲役刑に課せられてしまうかもしれません——。」

「——懲役、か……。」


懲役というのは即ち、身柄を拘束する自由刑の一つ——。

それは、その行為がそれだけ重いものだということを示唆している。


俺は警務チームに連行された、ドロバチを思い浮かべた。


意志はとっくに固まっていた——。

しかし、外交員という身分である以上、それはあまりにも軽率な行動、と見るべきだ。

いや、下手したらそれだけでは済まない。


俺は冷静になって考える。


もし、行くと判断した場合、護衛であるユミナやミオナはどうなるだろうか。

もし、一緒に来ることが叶わないとして、俺一人で行って何かできるものなのか。

そしてもし、三人で行って無事に帰ったとしても、三人の居場所は、アルカディア国内にあるのか。


すべての仮定の答えが、罪であり、詰みである。


「——完全に、詰んでるな——。」

「ですが、可能性がないわけでもありません——。」


ミオナはメモに目を移すと、全員が見えるよう、テーブルの中央に置いた。


そこには、細かく整理された状況一覧と、その理由付けが記載されていた。


「少し、話してもよろしいでしょうか——?」

「お、おう——。」


俺はそう言って頷き、メモの方を見る。

ユミナもまた、頭の後ろに手を組むと、テーブルに置かれたメモを見下ろしながら、静かにその様子を覗っている。


「では、話します——まず、私たちは西の森に行きたい——ここから、話を進めていきます。

 現在出揃った項目は四つ——必要性、情報真偽、生命安全、任務目的です。」


ミオナがテーブルのメモにペンを突き立てると、俺はそれをひたすら目で追った。


「まずは、必要性についてですが、これは私たちの行動原理でもあると同時に、セルラさんへの説得材料になり得ます。

 ドロバチの神経毒に犯された、レイカさんの人命を維持または回復させたい——

 これは人命救助のための行動ですから、ただ "やりたい"ではなく、ガードの私たちにとっても必要性があると認識しています。」


ミオナは続ける。

 

「次に、情報真偽——これは不確定でしたが、存在を知った今、マヤさんは西の森に身を置いているとみて良いでしょう。

 そして医師の話によると、アルカディアの医療発展に大きく貢献している——

 これは医療技術において、彼女が実力者であるということを示しています。」


「つまり、腕は確か、ということだな——。」


「はい。——ですが、注意すべきなのはその反面です——腕は確かなのに、現在は要注意人物として見られている——

 即ち、手段を択ばない人物とも見るべきです。——三つめの生命安全——私たちに足りていないのは、今これです——。」


ミオナは目を伏せながら言い切る。


「いや、足りてないって——護衛してくれてるんだろ? なら、問題はないんじゃないのか——?」


「はい。ですが——その認識は半分は合っていますが、半分は違います。」


俺はその言葉に、肩をすくめた。


「私たち、護衛の任務は、飽くまでアルカディア国内での行動が前提になっています——つまり、初動対応人員です。

 もし、国内でユウジさんが何らかの脅威に曝されたとしても、初動は私たちで対応できます。

 その後、私たちが任務継続できなくなった場合は、ユウジさんの護衛は他のガードによって引き継がれ、任務は継続されます。

 なので、少なくとも国内においては、ユウジさんの生命安全は担保され続ける、という構造になっているわけです——。」


「それってつまり、お前らがやられたら、護衛は他のガードになっちゃう——ってことか——?」


「そうなりますね。ガードは共通の訓練を受けていますから、替えが効きます。」


これは飽くまで、理論上の話だ。

わかっている——わかっているけど、そんな話に納得なんて、したくなかった。


「替えが効く——? そんなわけないだろ。——確かに技術や戦術に関しては、同じように訓練されているかもしれない

 ——だが——だけど……、俺と交わした会話や想いに、替えなんか効かないだろ——……。」


俺はユミナとミオナの顔を見ながら言った。

誰のためでもない。

ただ、ミオナが発したその言葉に、納得したくなかっただけだった。


「そうですね——。……。」


俯くミオナの眼は、どこか遠くを見ているような眼だった。

ユミナもまた、ただ上を向き、無言で天井を見つめている。


しばしの沈黙が走る。


俺は再度、綿密に書かれたメモ帳を見つめた。

先ほど言った言葉が、すべてここに書かれている。


しかし冷静に考えると、これらはすべて事実であり、先ほども言ったように、あの言葉は何のためにもなっていない。

二人があの支部で寝泊まりしているのも、出かけ先に毎回ついてくるのも、すべて任務だからであって、会話や想いがどうこうという話ではない。

もし、護衛任務が解除されたとき、支部に残るのは俺一人であり、出かけ先での会話や、無駄な言い争いも、そもそも存在しない——それが、本来の形式でもあるのだ。

それは、紛れもない事実だった。


「ごめん。話を遮って——」

「いえ。——でも、ユウジさんが私たちのことを想ってくれていることは充分伝わりました。

 私たちの任務は飽くまで護衛、ユウジさんが私たちを大切にしてくれていることはわかりましたが、それは私たちも同じです。」

「——……。」


ミオナはいつものように微笑みかけるが、俺は何も言えなかった。


「バカバカしいわね。任務に私情なんて存在しないのよ。」


ユミナは目を瞑ると、呆れたように吐き捨てた。


しばしの沈黙——。


「——続けても、よろしいですか——?」

「お、おう——。」


ミオナはメモ帳に目を移すと、再びペンを添えた。


「最後——四番目の任務目的ですが、ある意味では一番重要な部分です。

 ——最初に言った必要性と重なりますが、結局、私たちが何のために行くか、という部分です。

 頼み込むこちらからすれば、取引を持ち掛ける——そういう前提になるはずです。

 ——なので私たちは、相手の望む形で取引し、その要望を叶えなくてはいけません。

 同時に、私たちの目的は、交戦や制圧などではありません。

 もしそれを断られた場合、私たちはそのまま帰ることを、余儀なくされます。」


そこに、ユミナが質問する。 


「もし向こうがそれを望んだ場合は? やっちゃっていいの?」


「最低限の自衛戦闘は仕方がないと思います——。

 ですが、マヤさんという危険性が読めない人物を相手に、私たちの方から積極的な戦闘をすることはありません。

 取引が成立しなかった場合は、即撤退をすること——

 これは先ほどの、ユウジさんの生命安全にも直結する前提条件でもあります——。」


「なるほど——?……」


「まとめます。——要するに、私たちは医療提供をしてもらうべく、まずはマヤさんと接触したい——

 接触した後は取引し、不成立なら即撤退——これが私たちの目的と行動です。

 そして、その前提にあるのが、完璧な護衛によってユウジさんの生命安全が常に保たれているということ、

 且つ行動原則として、それを最優先できる護衛チームであるということです。

 ——これらが揃うことで、初めて私たちは、セルラさんと交渉ができる立場になります——。」


ミオナはメモ帳からペンを離すと、それを胸のポケットにしまった。


「えっと——、護衛チーム……?」


「はい。まずは、ユウジさんを守るためのチームが必要になる、というわけですね。」


「なる——ほど——……?」


マヤという人物の元に向かう前に、まずはセルラを説得する必要がある。

そして、向かうための条件である必要性や目的、情報の真偽は、すでに出揃っている。

あとは、俺の生命安全を確保するための人材が必要——そういうことだろう。


——っていうか、コイツの脳内は一体どうなってるんだよ——。


ミオナの顔を見つめると、いつものようにどこか可愛らしく、ただきょとんと座っていた。

しかし、俺の脳内は既に爆発寸前だ。


いったい俺の顔は今、ミオナにとってどんなふうに写っているのだろうか——。

ちゃんと理解しているように見えているのか、それとも、言っても無駄と、内心呆れられているのか

それを知る術はない。


少なくとも、なんとなくではあるが、ミオナの言っていることは理解したつもりだ。


「すみません、長くなってしまって——大丈夫そうですか——?」


コップの氷が溶け、カランと音を鳴らす。

ふああ、と欠伸をするユミナ。


「んじゃ、その仲間を見つけに行きましょ。できれば、森に詳しい人がいいわね——。」


ユミナもまた、自分なりではあるが、先ほどの話を理解したみたいだった。


「おまえって、意外と頭いいよな——。」


そう認めざるを得ない。

そう思った俺は、素直に口に出していた。


「難しく考えすぎなのよ。——私たちがやることなんて、最初から決まってるんだから、その通りやればいいのよ。」

「え、そ、そう——か?」


今の俺には、聞き返す余裕なんてない。


「——要は、あの口うるさい茶髪女を黙らせればいいだけよ。」

「おいそれ、誰のことだよ——……。」


茶髪と聞き、まず思い浮かんだのはセルラだった。

すかさず、隣にいたミオナが注意に入る。


「ユミナちゃん、ダメですよ。セルラさんにも立場があるんですから——そんなことを言ってはいけません。」


やはり、セルラのことだった。

セルラはアルカディアの総司令を代理している立場であり、言わばユミナたちの上官にあたる。

口うるさいのは当たり前だし、むしろ、いつも反抗的な態度を見せるユミナには、なおさらのことだろう。


「でもどうするんだ——? 宛てがあればまだしも、さすがに昨日みたいな聞き込みは嫌だぞ——?」

「そうですね——、一番手っ取り早いのは、商人とかに尋ねることですが——

 私たちがこうして悠長に話してる間も、神経毒によって目を覚まさないことを考えると——。」


そんなやり取りに、ユミナは呆れるように言う。


「ま、ここにいても仕方ないし、店出るわよ。」

「だな——すみませーん! 会計をお願いします——!」


俺たちはカフェを出て、再び商店街へと繰り出ていったのだった。









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