第8話 聞き込み
▼ラナ
《聞き込み》
アルカディア・中心街——
俺たちはアルカディア病院の元技術研究チームである、マヤの手がかりを探しに、中心街へ向かった。
「さっきよりだいぶ人が増えたわね——。」
スマホを見るとまだ、午前7時42分——。
中心街に、徐々に現れる人影たち。
買い物カゴを持って歩く住民、両手で木箱を抱えた職人、パトロールするガードたち——。
屋台からは、食べ物を焼く白い煙が立ち昇っていた。
「こんな早くからやってるのか——。」
アルカディアの朝は早い。そう思わざるを得なかった。
三人はそんな中心街を歩いていた。
そこへ——
「わっ! ミオナちゃん!」
ミオナへ向かって、一直線に駆け寄る虫人の女の子。
全身を白い外殻で覆い、背中からは黒い斑点のある大きな羽を伸ばしている。
「あ、ラナちゃん!」
ラナと呼ばれた女の子はミオナの手を取ると、そのまま縦に、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
「わ、わわわ——!」
身長はミオナと同じ140センチ弱ぐらいだったが、ミオナは見事にぶんぶんと振り回されてしまっていた。
「あ、すみません——! 大丈夫ですか——!?」
我に返るラナ。
彼女は飛び跳ねると同時に、羽も一緒に羽ばたかせてしまったのだ。
チョウ型の羽ばたきが引き起こす浮力が、尋常ではないことを物語っている。
「えっと、この子は——?」
「ラナちゃんです! ——わぁ、見てください! 白くて綺麗な翅ですね——!」
「ありがとうございます——!」
ミオナが驚いたような口調で言うと、ラナはにんまりと満面の笑みを浮かべた。
「お前それ、まるで初めて見たような言い方だな——。」
「初めてですよ。——彼女はつい最近まで、蛹化期を過ごしていたんですから——」
「よう、かき……?」
俺の頭の中では、"洋柿"の二文字が浮かんでいた。
「蛹化期です。一部の虫人は、成体になる過程で蛹化期を迎えるんですよ。」
「へぇー、そうなのか。——そういえば、東蟲機構で一緒に育った孤児たちなんかも、そんなこと言ってたな——。」
そこへ、手を頭の後ろに組んだユミナが、話に割り込んでくる。
「あんた、東蟲機構で育ったの? 家族は?」
「あぁ——あんまり思い出せないな——5歳の時に機構に引き取られて、その前は普通に暮らしてたんだけど——」
あまり思い出したくないものである。
もちろん家族がいなかったわけではないし、薄っすらとした記憶もある。
俺は父と母に育てられ、毎日家のテレビでスーパー戦隊カブトマンを見ていた。
「まぁ、色々あるんだよ。」
「ふーん?」
質問してきた割りには、興味なさそうに聞くユミナ。
「——じゃあその、蛹化期を終えて、今の感じになったのか——?」
「そうですよ! もう子供じゃありません。」
「悪い悪い、その、人間感覚で——。」
俺は必死で言い訳を考えた。
一番便利なのは、人間感覚と言っておけば大抵のことは許される。
人間世界の成人は十八歳からなので、虫人の成人年齢である十五歳とも都合よく噛みあう。
——背が低いから子供に見えたとか、言えないしな……。
因みにこれが本音である。
俺は人間を言い訳に、なんとかその場をやり過ごしたのだった。
「そういえばミオナちゃん、北東の検問じゃなくなったんですか——?」
——ギクッ……。
一難去って、また一難——。
ラナとの会話が進むごとに、俺の首に突き立てられたナイフが、じりじり迫ってくるような感覚に襲われる。
もちろん、彼女に悪意はない。
「はい。今はこの方——東蟲機構の外交員、ユウジさんの直属の護衛に任命されたんですよ。」
「へぇーすごい! ……っていうか、外交員なの——!?」
ラナは驚愕し、作業服姿の俺の全身を見渡した。
ミオナは続ける。
「これを見てください。——これは、東蟲機構のパッチです。
アルカディアと他国を繋ぐために派遣された、一流のエリートの証です——!」
「す、すごい——……。」
ラナは目をキラキラと輝かせ、俺の右肩にあるパッチを凝視した。
ミオナの説明力には圧巻する。
もちろん、嘘はついていない——
俺をすごい人間だと思わせ、その直属護衛になったと説明するだけで、検問兵から昇格したように見せたのだ。
「これからも、アルカディアをお願いしますね! 外交員さん!」
「あ、はい。こちらこそ——」
俺はどこかもどかしくなりながらも、軽く会釈した。
「で、いいの?」
ユミナが唐突に問い詰める。
「ん——何が……?」
「マヤよ。マ・ヤ! 目的忘れてんじゃないわよ——!」
「あ、あぁー!」
キレ散らかすユミナを横に、俺はラナに尋ねることにした。
「その、マヤさんって方、知ってる——?」
「マヤさん、ですか……? うーん——……。」
ラナは顎に手を当て、しばらくの間、考え込んだ。
「聞いたことありませんね。どんな方ですか?」
「えっと、アルカディアの病院で働いてて、医療研究チームだったとか——
それで、名前くらいは聞いたことあるかなって——?」
「うーん、私もあまり病院へは行かないので——すみません。」
「そうだよなー……。」
質問は空振りに終わる。
そもそも、成体になったのが最近ということからして、彼女の年齢は恐らく十三から十五である。
十年前に働いていたマヤについて知らないのも、無理はない。
俺たちはラナに軽く挨拶をすると、その場を後にしたのだった。
アルカディア・商店街——
中心街を抜け、商店街の方でも聞き込みを行うが、やはり手掛かりは見つからなかった。
「すみません、マヤについて知りませんか——?」
「ん? マヤ? ——しらねぇなー……どっかの文明かい?」
「いえ、人の名前なんですが——」
「聞いたことねぇな……悪いね、兄ちゃん。」
「——そうですか、すみません。」
商店街の店員から、街を歩く住民、観光客——。
様々な人に聞き込みをしていった。
「ダメだ——」
そこへ、ミオナが歩き寄ってくる。
「ダメですね、こっちも。名前を知っている人すらいないです——。」
「だな——。あれ、ユミナは?」
俺は辺りを見渡すと、ユミナが何かを持って、走ってくるのを見つけた。
「見て! クレープよ!」
「え——? おまえ、なにして——……」
「だから、クレープ。見てわからないの? ——はい、ミオナ。あーん——」
「あーん——。」
ユミナが差し出すクレープを、ミオナは大きく口を開きながら、迎え入れる。
「んんー! おいしい!」
「いや、美味しいじゃなくて——……」
「あんた、朝ごはんまだでしょ? クレープ屋さんで聞き込みしたついでに、色々買って来たわ。
はいこれ、あんたの分。」
「お、おぉ——!」
さっきまで、コイツは何をしているのかと堪忍袋の緒がはち切れそうだったが、
一応、ちゃんと聞き込みはしていたみたいだった。
俺は差し出された紙袋を開けると、中にあった濃厚な醤油ダレのついた串焼きを手に取った。
「うわぁ——」
その美味しそうな見た目から、思わず声が出てしまう。
目の前の串焼きは濃厚な香りを解き放ち、俺の鈍った空腹感覚を一気に揺さぶっていく。
思えば、朝から何も食べていない。
ちょっと病院に行ってくるくらいの感覚だったのが、気付くと昼前になり、辺りは人混みだらけだ。
「戦場では補給が一番よ。いくら強者でも、腹が減っていれば戦力を充分に発揮できないもの。」
ユミナはそう言うと、俺の紙袋から串焼きを二本取り出し、ミオナにも一本渡した。
「あれ、クレープは——?」
「もう食べたわ。」
「早——……。」
一番腹をすかしていたのはユミナだった。
しかしユミナの言う通り、腹が減っては戦はできない。
俺は、串焼きを噛み締めるように、食べていったのだった。
アルカディア・商店街——
その後も、商店街での聞き込みは続いた。
そんな中、ミオナがヘッドセットに手を当てる。
「——はい。はい——わかりました——。それで質問なのですが、よろしいですか?——」
長い無線内容に、俺はユミナと顔を見合わせた。
「どうしたんだろ——。」
「さぁ——。」
ユミナもヘッドセットを付けていたが、どうやら彼女の方に通信は入っていないらしい。
「それ、聞けないのかよ——?」
俺はユミナのヘッドセットを見ながら言う。
「聞こえないわ。切ってあるもの。」
「なんで装備してるんだよ、お前……。」
その言葉に、ユミナは不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
「護衛の通信はミオナがやるって決めてるのよ。何人も通信受けてたら、統制が効かないじゃない。」
「まぁ、それはそうだけど——お前それはそれで、不便じゃないか?」
「無線がある方が不便よ。かえって戦いの邪魔になるだけよ。」
そんな話をしていると、無線を終えたミオナが俺たちの方に顔を向けた。
「なんかあったのかよ——?」
「いえ、特には。——ユミナちゃんのライフルを新兵訓練に使いたいとの連絡がありましたので、その連絡と、
あとガード経由で、マヤさんについての情報を問い合わせてみました。」
「お、おぉ——! それで——……?」
「はい。回答は後になるそうです。本部との通信は、すべてシグナさんが受け持ちますから、今の時点では——」
「そうか——……。」
「はい。——ですが、アルカディア・ガードは建国時から存在していますから、何かしらの情報は出てくると思いますよ。」
「それもそうね。ユウジ、あんた何で早く気付かないのよ。」
「えぇ、俺——? そんなこと、俺が知るわけないだろ——??」
ユミナの八つ当たりに、ミオナがクスッと笑いを堪える。
「なによ——?」
「いえ、なんでもありません。ただ——ユミナちゃん少しだけ、ユウジさんと優しくなったな、と。」
「そ、そんなことないわよ。私はずっと優しいわ。」
「はいはい、そうでしたね。」
照れているのか、怒っているのか、その中間のような表情をするユミナ。
言われてみれば、ユミナの口数は最初の頃に比べ、だいぶ増えてきている。
「ちょっとユウジ! あんた、何こっち見てニヤけてんのよ! このヘンタイニンゲン——!」
「ちょ、違うって!」
もちろん、それは言い争いにも発展することもある——大半はそうではあるが——。
それでも、こうして協力し合い、意見交換していくという意味では、少しは仲間意識というものが芽生えてきているのかもしれない。




