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虫人 - Insecter  作者: リサ (虫人の人)
森の魔女編
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第7話  病院と手掛かり



《病院と手掛かり》


翌朝——。

俺は、昨日開けた支給品に入っていたグレー色の作業着に着替えると、支部の鍵を閉め、アルカディアの街へ出ていった。




アルカディア・中心街——


石畳の通りには、もう人の行き来があった。

屋台を開く準備をする商人。荷箱を抱えて通りを横切る住民。

そんな朝の喧騒を横目に、俺たちは中心街の南にある病院へ向かっていた。


「朝から病院なんて、気が重いわね——。」


前を歩くユミナが、露骨に嫌そうな声を漏らす。


「被害者の様子を見るくらい、いいだろ?」

「はいはい——。」


寝起きのユミナは一段と気だるそうで、腰のブレードをぶらぶらと揺らしながら歩いていた。


しばらく進んだところで、俺は周囲の建物を見渡した。


どこか、見た覚えのある景色——。


「……あれ、こっちって——地下本部の方か?」

「そうですよ。緊急搬送もありますし、増援も出しやすいですから——。」


まだどこか眠そうにするミオナが、静かに答える。


「へぇ——。なんか、色々考えられてるんだな——。」

「はい。あ、もうすぐ着きますよ——。」


中心街を南に、文字通り横断していく。


やがて通りの先に、ひときわ大きな建物が見えてきた。


「ここです——。」


白い壁面に書かれた、大きな赤十字マーク——。

ミオナが立ち止まる先には、まさに、俺が想像していた病院の姿がそこにはあった。


「これ、やってるのか——?」

「アルカディアの病院は二十四時間営業ですよ——。行きましょう。」

「……営業って——。」


そんなやり取りをしながら、広い正面入口を入っていく。








アルカディア・アルカディア病院——


中へ入ると、一瞬で空気が変わったように感じる。

どこか懐かしい、鼻をつく消毒液の匂い——。

高い天井の広い受付ホールには、鼠色のビニール椅子が整然と並んでいるが、誰一人として座っていない。

こんな朝早くから尋ねて来たのは、俺たちだけのようだった。


すると、通路の先から車輪音が響き渡る——。


白衣を纏った虫人が、薬品ケースを積む台車を押し、廊下を横切っていく。


「あれ、ガード?」


白衣を上から羽織っていたが、中に着た服はユミナやミオナと同じガードの制服だった。


「ガードの医療チームですね。アルカディアの病院は、軍の医療チームと民間の医者の両方で構成されていますから。

 ——医療従事者の半数くらいは、ガード所属の医療チームなんじゃないでしょうか。」

「なるほどな——。」


アルカディア・ガードの地下本部が近いのも、これで頷ける。


そんな姿を横目に、俺たちは受付へ歩いて行った。


受付台の向こうでは、白衣の職員がリストを確認している。


「あのー、すみません——」


そう言いかけた瞬間だった。


——あれ? ドロバチの毒で入院している患者さんの名前って何だっけ——?


ミオナもそこでやっと、はっとして、少し慌てた風に言葉を発する。


「えっとー、名前は分かんないんですけど——」


——いや、名前分かんないんだったら探しようが——……。


心の奥で一人、ツッコミを入れる俺だった。


「ドロバチの件で来ました。先週、神経毒で昏睡状態になった患者さんの件です。」


後ろから歩いてきたユミナが、まるで尋問するかのように、淡々と質問する。


「少々お待ちください——該当する患者さんをお調べしますね——。」


これもガードの権限なのだろうか。

一般の来訪者なら、こうも話は通らなかっただろう。


受付は端末を操作すると、すぐに顔を上げた。


「レイカさんですね。——えっと、本日はどのような用件でしょうか——?」


「面会よ。状況確認が必要なの。」


ユミナはただ淡々と答える。


「——わかりました。では、そちらのエレベーターから五階へ上がってください。部屋は、528号室です——。」


「どうも。」


それだけ言い残すと、俺たちは受付に軽く会釈をし、すたすたと歩き出すユミナを追った。




チンッ——。

到着したエレベーターに三人は乗り込んだ。


沈黙の空間。

上昇する音だけが、狭い空間に満ちていく。


「こういう時は頼りになるよな、お前——。」


ふと俺は、ユミナの方を見ながら、そんな言葉を漏らした。


「何言ってるの? いつも頼りになってるわよ。」


狭い空間で突き刺さるユミナの視線——。


「でも、これで患者さんのところへ行けますね。」


その場を和らげるように、ミオナが語り掛ける。


「まぁな——。……今思えば俺たち、被害者の名前もドロバチのことも、ちゃんと聞いてないよな——。」

「プライバシーもありますから。——でも、こうして病院に来るのでしたら、情報は必要でしたね——。」

「情報は命よ。必要なことは、予め聞いておく。——ま、私たちの今の行動は、全部ユウジのせいだけど。」


チ——ンッ。

五階に着いたところで、再びエレベーターの音が鳴る。



廊下に出ると、一階よりずっと静かだった。

壁際には等間隔に病室の番号が並び、足音だけがやけに響く。


「……528、528……。」


番号を確認しながら、長い廊下を歩いていく。


やがて目的の部屋にたどり着くと、扉は換気のため、開放されていた。


「ここね。」

「行くぞ——。」


レイカ様と書かれた表札——。

俺たちは小さく息を整えると、そのまま病室へ入っていった。


室内は静かだった。

部屋に一人、ベッドに横たわる女性は、どう見ても眠っているようにしか見えない。


「眠ってるわね。」


ユミナが呟き、俺たちもただ、その様子を見つめる。

昏睡、とも言うべきか。

その眠りが普通のものではないことは、ここまでの話で充分分かっていた。


「起こしても起きないわよね?」

「当たり前だ、やめろ——」

「ドロバチの神経毒は獲物の動きをこのように制止するためのものです——。

 体格や注入量にも寄りますが、レイカさんのような細身の女性だと、少量でも効果が強く出てしまったみたいですね——」


すると背後から、病室に入ってくる足音が聞こえる。


「お嬢さん、詳しいですね——。ドロバチですか——?」


振り返るとそこには、カルテを持った白衣の医師が立っていた。


——そっか。あの件のことは、この人は知らないんだ——。


「いえ。飽くまで、私たちの予想を言ってみただけです。」


ミオナはそう言ってごまかした。


「そうですか——。ドロバチと言えば、先日、ここへ連れてきてくれた方も、そうでしたね。」


もし仮に、ここであの話をすれば、病院へ連れてきた彼女本人が、悪者みたいに扱われてしまう。

医師はそんな様子に、眉をひそめる。


「——そういえば先日、彼女以外にも、医療研究チームに送金してくれた方がいました。もしかして、あなた方ですか——?」

「えっと——、それは東蟲機構以外でも、病院に送金をされた方がいるということでしょうか——?」

「はい。先日、チナツという方から突如、送金がありました。」


何の事か分からず、俺たちは思わず顔を見合わせた。


東蟲機構の人道支援の一環で、本人または代理人が申請し、承認が下りれば医療支援金が提供される。

そしてその申請をしたのは、紛れもなくドロバチ本人であるということだ。

しかし、それとは全く別で、チナツという謎の人物が、突如、送金を行ったと言う。


——一体誰なんだ……?


もしドロバチや患者の知り合いであるなら、送金は入院直後に行われてもおかしくない。

思い浮かべて並べるほど、俺たちの中にある心当たりは多くなかった——。


「そうですか——まぁ、こちらとしてはありがたいので、医療研究費として使わせております——。」


話が一段落したところで、ユミナが質問する。


「それで、医療研究はどうなってるの? 進捗は?」

「はい。その件のおかげで、医療費が足りていないということはございません。

 しかし、この神経障害に対する研究は、現在、目途が立っていない状況であります。——我々も尽力を注いでいますが、このままでは——」

「それじゃ、いくら研究費があっても足りないじゃない。」

「その通りです。——はぁ……マヤさんがいれば——。」


問い詰めるユミナの言葉に、医師はため息を付き、静かに呟いた。


「マヤさん——ですか……?」

「いえ、こちらの話です。」


聞こえた名前に、ミオナが聞き返す。

医師は空いた窓の更に奥——遠い空を見上げるように言った。


「——昔、マヤという優れた研究員がいました。彼女は医療研究チームを立ち上げ、アルカディアの医療発展に大きく貢献したのです——」

「じゃあ、そのマヤって人がいれば、治せるのね?」


しかし、そんなユミナの言葉に、医師の表情は更に険しくなる。


「——もう十年も前のことです。……今はどこにいるのか——もしかすると、もうこの世界にはいないのかもしれません——。」


俺たちはそれ以上、言葉が出なかった。


病室の静けさが、重くのしかかる。

ベッドの上の彼女は、入って来た時と同じ状態で、微動だにもしていなかった。







病院を出ると、地面を照らす太陽の光がやけに明るく感じた。


「とりあえず、片っ端から探すしかないわね。」


ユミナはそう言うと、すたすたと歩いていく。

俺は思わず、ミオナと顔を合わせた。


「探すって、何を——?」

「決まってるじゃない。マヤよ——!」


ユミナは振り向くと、腕を組んで言う。



研究チームも手を尽くしている。——けれど、今のままじゃ足りない。

今ある手掛かりは、マヤという名前だけだ。

それでも、何もないよりはずっといい。

俺たちはその細い糸を手繰るように、再び街へ足を向けた。


そんな頼りない糸にしがみ付くことが、今の俺たちにできることだった。







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