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虫人 - Insecter  作者: 虫人プロジェクト
ドロバチ編
10/24

ドロバチ編:3  報告と家族



《報告と家族》


アルカディア・東蟲機構アルカディア支部——


俺は東蟲機構の回線で、キミカとモニターを繋いた。


「こんばんは、ユウジさん。——こんな時間に、何か問題でもあったんですか——?」

「えっと、問題と言いますか、その——。……本日、色々ありまして、何から話したらいいのやら——」

「大丈夫ですよ。一つずつで構いませんので。」


そう言われ、俺は事の発端から、ドロバチの窃盗事件のことを話していった。


モニター越しに映るキミカは、報告を一通り聞き終えると、小さく息をついた。


「——なるほど。窃盗犯は確保済み。被害品も返還——例のドロバチが、誤って友人を刺してしまい、現在も入院中、と——。」


キミカは確認するように、静かに言った。


「はい。本人の話では、人道支援申請もすでに出していたらしいんですが——

 その……機構側では、今どうなってるんでしょう——?」


俺がそう尋ねると、キミカは手元の端末に視線を落とした。

短い沈黙のあと、再びこちらを見る。


「少々お待ちくださいね——確認できました。申請は受理済みです。——つい先日、支援金の承認も下りたそうですよ。」

「……ほんとですか——!?」


思わず、身を乗り出していた。


「はい。入院先にも、連絡が行っているはずですので、ひとまず、延命処置は継続できるでしょう。ですが——」


キミカは一瞬ためらうと、言葉を選ぶように言った。


「——ですが、研究医療チームへの研究費がない以上は、神経毒の後遺症や回復については、まだ何とも——」

「ですよね……。」


その不安要素があるだけで、俺の胸のつかえが消えることはなかった。


「それで——その件で、仕事とは別で、少し動きたいんですが——」


キミカは小さく頷いた。


「謝らなくていいですよ。——ユウジさんなら、そう言うと思いました。

 東蟲機構では、常に生命の安全が第一です。勤務に支障が出ない範囲でしたら構いませんよ。

 ——ただ、責任は自己負担になりますが——」

「構いません。——ありがとうございます——!」


そう言い切った瞬間だった。

俺の後ろから、ユミナがひょいっと顔を出す。


「ん? 誰よこの人——ユウジの知り合い?」

「お、お前——ッ!」


キミカとのモニター通話は、仮にも上司への正式な報告だ。

できれば俺も、こんな無作法者を同じ部屋に置いておきたくはなかった。

そのため、二人には二階の片づけをさせていたのだが、思いのほか戻ってくるのが早かったのだ——。


ひとつ息をつくと、俺は気を取り直して、モニター越しのキミカに向き直った。


「えっと、二つ目は、自分の護衛として、アルカディアから直々にガードが二人、付くようになったんです——。」

「そうなんですか?」

「はい。——それと、その二人ですが、護衛任務の関係で、しばらくこの支部で一緒に生活することになりまして——。」


そんな言葉に、キミカが考え込むように沈黙する。


「あの——支部の寝室は、一部屋だけだったはずですが、そのあたりはどうするつもりなんですか——?」

「どうするって——……?」


そう言いかけた瞬間だった。


「え——?」

「ちょ、ちょっと待ってください——!」


ユミナとミオナが、同時に声を上げる。


「なんだよお前ら。急に声出して——」

「ななな、なんだよじゃないわよ!」

「そ、そういう問題は、まだ何も決まってませんので——!」


ミオナが慌ててそう取り繕うと、キミカは苦笑混じりに小さく頷いた。


「——なるほど。そのあたりは、また後で相談ということですね。」

「え、ああ——まぁ、そういうことになります——?」


何かに困惑する二人を背に、俺はモニターに向き直った。


「では、手厚くしていただいた女王様に感謝しなければいけませんね。」

「それはその——、そこまで気を回していただいてるってことですよね——。」

「ええ。アルカディア側としても、ユウジさんをそれだけ重要視している、ということだと思います。」


アルカディアが、そこまで考えていたとは思っていなかった。

俺は改めて、そこにいるユミナとミオナへ目を向けた。


「——まぁ、その、自分が戦えない分、護衛二名を付けることになった訳ですし、自分も何かの役に立てたら、と思います——。」

「そうですね——。……あ、すみません。そういえばその件で一つ、機構からも連絡しなければいけないことがあります。」

「あ、はい。なんでしょうか?」

「えっと、ですね——私物品は、もうそちらに届きましたか?」

「はい。段ボールが二つほど——」


俺はオフィスに置かれた段ボールを見ながら、言葉を続けた。


「えっと、俺の私物品って、段ボール一つだったと思ったんですが——」


そう。確かに目線の先には、段ボールが二つ、置かれていたのだ。


「説明しようと思っていましたので、丁度よかったです。

 一つはユウジさんの私物品で、もう一つは、本部からの支給品になります。

 時には危険な状況にも出くわすと思いますから、防弾ベストや作業服なんかも入っていると思いますよ。」

「助かります。」

「無理はしないでくださいね。——もし、また何かあれば、すぐ連絡してください——」

「はい。お疲れさまです——。」


モニターが暗くなる。

気付けば、やけに静かなオフィス——。


それもそのはず、真剣に段ボールを開けようとするユミナと、それを止めようとするミオナの姿が、そこにはあった。













《決めごと》


アルカディア・東蟲機構アルカディア支部——


モニターが暗くなると、さっきまでキミカさんの声が響いていたオフィスは、急に静かになった。

否、静かになったのは、一瞬だけだった。


「——で、何が入ってるのよ——?」


そう言いながら、ユミナが足元の段ボールにしゃがみ込む。


「お前——なに勝手に開けようとしてんだよ——!?」


止めに入ろうとするが、ユミナはのすでに、段ボールの上に手をかけていた。


「別にいいでしょ。どうせ支給品なんだから。」

「それはそうだけど——……!」

「ユミナちゃん、せめてユウジさんの許可を得てから——……。」


そんなミオナの言葉など、コイツの前では無意味だ。

ぺりぺりと、ユミナの手元でガムテープが剥がれる音が鳴る。


「何よこれ——。」


ユミナは箱の中を覗き込むと、一つずつ中身を持ち上げていった。


「——服?」

「作業服、ですかね……。」


折り畳まれた作業着が、バサッと広げられる。

機構の制服と同じグレー色の、丈夫な素材の服とズボン。

右肩のベルクロには東蟲機構のパッチが付いており、野外の勤務服としても着れそうだ。


「ふーん?」


ユミナは興味なさそうに服を足元に置くと、また次のものを取り出した。


「防弾ベスト——防弾ヘルメット——手袋——ケミカルライト——。……なによ、普通じゃない。」

「——普通でいいんだよ……。」


思わずそう返したが、内心、少しだけ同じことを思っていた。

機構本部からの支給品と聞いて、どこかでこう、勝手に——。


「——特殊装備とか、TEXSのなんかとかさ——……。」

「まぁ、それは流石にないですね——。」


ミオナの声がするまで、俺は声が漏れていることに、一切気が付かなかった。


箱の中に入っていたのは申し訳程度の防護装備と野外勤務用の作業着と丈夫そうな黒いブーツ、耐熱仕様の手袋、

グレーのインナーシャツによくわからない消耗品が多数——。


どれも人間が身に着ける、普通のものばかりだ。


「ま、当然ね。ニンゲンなんだから。」


ユミナは箱の中の防弾ベストをつまみ上げると、興味を損ねたかのようにポイっと投げ捨てた。


「おい捨てるな——!」


——TEXSみたいなの渡されても、外殻ないから使えないのはそうなんだけど、

  俺、よく考えたらこういう装備とかも、よくわかんねーしな——……。


俺はユミナが散らかした装備たちをかき集め、段ボールにしまっていったのだった。



一通り片付いたところで、ミオナが改めて口を開いた。


「ひとまず、"段ボールごと"は片付きましたね。」

「だな——。」


機構本部の段ボール開封を、”段ボールごと”と呼ばれるのは気が進まないが——。


「——じゃあ、あれ、決めましょうか。」


ミオナの言葉に、俺とユミナは同時にミオナの方を見た。


「ん? あれ?」

「どれのことよ——?」


「キミカさんが言ってたやつです——」


そんなことを言われても、俺はいまいちピンとこなかった。


「私たちはまず、これから一緒に暮らす上で、最低限の決めごとをしなければなりません。」

「あぁ、そういうことか。」


ミオナのミオナがそう言うと、


「はい。まずは先ほど出た、寝る場所です——。」


「……やっぱ、そこだよな——。」


俺は思わず二階へ続く階段の方を見た。


「当たり前でしょ。さっき二階見たけど、ベッド一つしかなかったわよ? 」

「いや、でもここ、俺の家なんだけど——……。」


俺が言い淀むと、ユミナは腕を組みながら、さも当然のように言った。


「あんた、床でも寝れるわよね。」


——え? なぜそうなる? コイツ話聞いてたのか?


「いや、だから! 俺の家だって……。」

「ふーん? じゃあ、か弱い女の子二人を、寝具のない一階で寝かすんだ? 自分だけ、あーんな広いベッド使って——?」

「いや——それはその——……」


——女の子……? か弱い?お前が……?


少なくともユミナは、俺みたいな貧弱な人間より、幾分も丈夫である。

それは身体を構成する外殻構造だけでなく、鍛え上げられた強靭な肉体を見ても、明らかである。


しかしそんな中、申し訳なさそうにこちらを見るミオナの様子が、妙に俺の心をえぐった。


「あ、私たちは大丈夫ですよ。ガードで軍事訓練も受けていますから——」

「ミオナ! 休めるときは休む! 野営事項の基本だわ!」

「いや野営じゃねーし!」


遠慮するミオナに、ユミナがおかしなことを吹き込む。

ミオナはきっと、本心から一階でもいいと思っている。

だが、そんなふうに控えめに譲られるほど、こちらとしては非常に引き下がりにくくなる。


——ユミナはともかく、ミオナを寝具のない一階に寝かすのは——……。


「じゃあ、俺一階でいいよ——。」


気付くと、俺の口は勝手に動いていた。


「……でも、ここはユウジさんの家ですし、やっぱり——」


ミオナが言いかける中、ユミナは俺の隣で、大きくガッツポーズを決める


「よし、決まりね! 私たちが上!ユウジが下! 」


ユミナは吐き捨てるように言った。






ミオナは小さく咳払いすると、話を次に進めた。


「コホン——では、次です。お風呂についてです。」


「……あぁ。まぁ、そうなるよな——。」


ミオナは続ける。


「——まず、浴室を使う時は必ず、先に一声かけることです。

 そして、入浴時は、いかなる場合も勝手に扉を開けないことです。」


ミオナが二本、指を立てながら言う。


「まぁ、それはそうだな。」


俺がそう言うと、ユミナは呆れたように肩をすくめた。


「それも当然でしょ。」

「お前が一番開けてきそうなんだよな……。」

「はぁ? まだやってないじゃない!」

「まだってなんだよ! " まだ "って!!」


ユミナと俺は睨みあった。

先ほど、段ボールを勝手に開けていたのもあって、どうもコイツが心配でならない。


「あ——てか、順番は?」


ここまで決めたところで、やはり気になるのは順番である。


「何言ってるの? 私たちが一番に決まってるでしょ。」


ユミナは当然と言わんばかりに顎を上げた。


「私とミオナでその時話し合って一番決めるから、心配ないわ。」

「いや、俺は……? っていうか、ここ俺の家だし、そもそもお前ら、護衛だよな——?」

「だから何? 何が言いたいわけ? 護衛だから一番動くのよ? それとも、汗まみれのまま、家の中歩き回ってほしいの? ヘンタイね!」

「いや違うわ——!!」


ミオナはそんなやり取りを心配そうに見つめた。


「私は何番でもいいですけど——」

「ダメよ! ちゃんと守ってあげるんだから、護衛が優先されるのは当たり前! 当然の権利よ!」


——考えてみれば、二人に守ってもらうんだから、そのくらいは当然なのかもしれない——しかしこれはあまりにも——。


もう、言い返す気力もない。

というより正直、ユミナと言い争うのにもそろそろ疲れた。


「じゃあ、風呂は使う前に一声言って、入ってる時は勝手に開けない。

 順番はユミナとミオナが先、俺が最後——でいいな——。」


今まで上がった事項を、少しイラつきながら、早口で並べていく。


「それでいいわ!」


こうして風呂の件も、最低限ではあるが、決まったのだった。


寝る場所、風呂の順番、使う前には声をかけること——。

平穏で自由な一人暮らしという理想郷が、俺の中で、徐々に崩れていく音がしていくのだった。






オフィスのソファで、思い思いのことをする三人。

段ボールの服や装備をハンガーにかける俺、窓際の鉢植えに水を上げ、部屋を整頓するミオナ、

ソファでくつろぎ、スマホのニュースを閲覧していくユミナ——。


そんな中、俺は口を開く。


「——そういや、キミカさんとも話さしたんだけど、俺、明日病院行ってくるわ。」

「ん? なんでよ。」


いち早く反応するユミナ。


「いや、ドロバチの件あっただろ? 神経毒で眠った患者が今、どんな感じなのかなって——」

「心配ではありますね——。事件とは関係ないですが、行ってみるのは有りかと思います。」


そんなやり取りの中、ソファに寄っかがるユミナは、興味なさそうに言う。


「そうねー。——それ、護衛の私たちもいくってことよね?」

「んー、まぁそうだけど、別に来なくてもいいぞ? 俺の私情だし——。」


言いいる前に、ミオナが止めるように言う。


「ダメですよ。護衛任務についている今、私たちはいかなる時でも、ユウジさんを守れるようにしておかなければなりません。」

「えぇーいくのー? やだー。」


子供のように駄々をこね始めるユミナ。


「まぁ、俺たちでも力になれることあるかもしれないと思って、言ってみたんだけど——ダメかな……?」

「いいですよ。私たちもお供しますね。」


ミオナの許可が下りると、俺たちはまた、思い思いのことをやり出した。

ただ一人、駄々をこねるユミナを除いて——。


——なんか、家族ってこんな感じなのかな——。


アルカディアでの生活は、まだ始まったばかりだった。

しかし、虫人と出会い、事件を解決して、一緒に住むことになって、家の決めごとなんかをして——。

ここでの生活が本格的に始まろうとしていたのだった。









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