地下アイドル×ファン
甘い話ではないです。
今日の彼も輝いていた。
ステージの上に立つ彼はいつでも格好良くて、今日も最前で彼の輝く姿を見ることができてよかったと思う。
「ハヤトくん、今日もすごくよかったよ」
「本当? みーちゃんが最前にいてくれたからだよ、今日もありがとう」
くしゃっと笑った顔に胸の奥がキュッと締められたような感覚がした。
ライブが終われば、交流会という名前でステージの上にいた彼らと話すことができる。
「お時間です。次の方どうぞ〜」
スタッフの声掛けに従い、ハヤトくんに手を振ってさっきまでいた場所を他の女の子に譲る。
チラリとさっきまでいた場所を見れば、ハヤトくんは笑いながらその女の子と会話をしていた。
チェキ一枚、1000円。話せる時間はチェキを撮る間とチェキにサインを書いてもらう間だけ。なので、撮るチェキの枚数が多ければ多いほど推しと話せる時間が増える。
(今月はまだもう一回ライブがあるし、バイト代のことを考えても今日はもう無理だな)
財布の中はいつでも軽い。
ライブのチケット、ワンドリンク、グッズ、チェキ。これだけでもきついというのに、同じような服で行きたくないから洋服代もかかる。大学生にはきつい出費で、社会人が羨ましい。
なんだかすぐに帰るのも嫌で、もう少し人がいなくなるまでライブハウスにいることにした。
私の推し、ハヤトくんはグループの中でも人気だ。副リーダーという、リーダーの補佐をする彼は人を支えるのが得意だ。
いわゆる縁の下の力持ちで、グループの中でもお兄ちゃんポジションにいる。普段から面倒見のいい彼がたまに見せる弱さがギャップとなり、そのギャップにやられるファンは多い。
「みなみ! 今日はどうだった?」
「……きいちゃんこそ、どうだったの?」
みなみ、は私のハンドルネームだ。といっても、ひらがなにしているだけで本名は美波だ。
そして、声をかけてきた’きいちゃん’というのはSNSで知り合った大学生の女の子だ。同じグループのリーダーを推していて、ハヤトくんとの絡みも多いことで話はよく盛り上がる。お互いに推している人が別だから、仲良くしていられるのかもしれない。
「私は相変わらずの塩対応! でも、そんなところがいいんだよね〜」
きいちゃんが推しているリーダー、シュウは塩対応を売りにしている。稀にデレるらしいが、滅多にない。
たまにデレてくれるのがよくて推しているらしいが、私からすれば理解ができない。推しに塩対応なんてされたら病むに決まっている。
「見てよこれ、チェキに名前書いてくれたの。話しかけてもそっけないくせにちゃんと話した覚えているし、名前も覚えてくれてるんだよ」
楽しそうに話しているところ悪いが、それはハヤトくんだってそうだ。
名前はもちろん、話した内容を覚えていてくれるし、SNSでつぶやいたことも見てくれていて、話題に出してくれている。あえて言うことはしないが、このくらいの規模の地下アイドルならそれが普通なのでは、と思う。
「よかったね」
「今日のみなみ、なんかそっけなくない?! どうした?!」
「うーん……ちょっと疲れちゃったのかも」
「そっか。まあそんな日もあるよね」
じゃあ、私はここで! といってきいちゃんは他のファンに絡みに行った。
彼女はSNSで繋がった友達が多い。でも、そんな中でも私とは特別仲良くしてくれている。ライブがなくても一緒に遊ぶことだってするし、大学生同士課題の愚痴や就職はどうするか、みたいな話で盛り上がることも多い。
今、私がそっけない態度だったこともそんなに気に留めていない。理解が早くて助かる。
ぼんやりと、ハヤトくんのことを見る。
遠目からでもわかる楽しそうな雰囲気に胸の奥が嫌に騒ぎ始める。
テレビに出ているアイドルや芸能人と違って、地下アイドルは非常に距離が近い。お金を払えばその分彼らと話ができるし、接触だってできる。距離が近いと他のファンとの絡みも見ることになる。これだから嫌だ。
(……帰ろ)
荷物を持ってライブハウスを出る。
急な階段を登っていけば地上になり、静かな風が頬を撫でた。
特に寄り道をしないまま、家に帰る。
一人暮らしとはいえ、女の一人暮らしなので少し大きめな声で「ただいま」と言いながら家の中に入る。これから明日の準備と終わっていない課題をやらなければならない。
その前にシャワーを浴び、化粧を落とす。今日のために買った服はネットに入れてから洗濯機に入れ、ちょうどいいくらいの量になったので洗濯も済ませることにした。
洗濯機のスイッチを押し、洗面台に映る自分の顔を見る。推しに可愛いと思われたくて時間をかけた化粧はどこにもなくて、すっぴんの自分を見ては落ち込む。化粧をした状態がすっぴんならいいのに、なんて現実味のないことを考えながらスキンケアをする。
パックをしたままドライヤーも済ませ、洗面所を後にする。顔に貼り付けたパックを剥がし、そのパックで首や腕、足を拭く。ケチ臭いと言われてもいい、無駄にしたくないだけで、ネットでも転がっていた知識だし。流石に人の前ではやらなければいいと思っている。
夕飯は軽いもので済ませ、明日の大学に行く準備もやり、課題をやるためにパソコンの電源をつけた。
ライブ中や特典会でハヤト君と話しているときは楽しかったと言うのに、終わってしまうとなんとも味気ない。楽しかったことに対しての余韻はあるけれど、結局はお金で買っている時間だ。どうしても虚しい気持ちになってしまう。
(……考えるのやめよ)
パソコンの電源をつけたはいいが、やる気は出ない。まだ時間もあるしもう少ししてからでもいいか、なんて自分に甘くしてスマホでSNSを見る。
どうやらメンバーたちは打ち上げをしているらしく、楽しそうな写真と一緒に『今日も最高だった! ありがとう! 今は対バンメンバーと打ち上げしてる、みんなもゆっくり休んでね』という文章と一緒に投稿されていた。写真の楽しそうな雰囲気がいいなと思いながら【いいね】ボタンを押し、返信欄に『ライブお疲れ様でしたー! 今日も楽しい時間をありがとう! 打ち上げ楽しんでね』と、最後に可愛い絵文字をつけて送った。
少しすると送った返信の【いいね】の通知が届き、すぐに『みーちゃん今日も来てくれてありがとう! もう酔いそうでやばい』なんて返信が来た。打ち上げ中に返信していていいのか、なんて思ってしまった。
他の返信を見てもみんな名前から始まり、何か一言添えられて終わり。自分と他のファンでどちらの文字数が多いとか、内容にどれだけの差があるか見てしまう。他の人と明確な差があれば嬉しいし、なければ醜い感情が出てこようとする。
なんでも見えてしまうから距離が近いところは嫌なんだ。
かといって、遠いのも嫌。テレビに出ているアイドルが嫌いというわけではないが、推す気にはならない。自分の声援なんてその他大勢のうちの一人で、届いているのかすらわからない。大金を使ってもそんなのはほんの一部にしかならないし、ライブに行けば席が遠すぎてモニターを見ないと表情なんて見えやしない。そんな人たちを推している人たちを否定したいわけではない、私にはその推し方が無理ってだけ。
こっちではお金を出せば出すほど推しからの贔屓目が変わる。認知だってしてくれるし、お金で時間を買っているからこそ彼らも対応が変わる。人によっては彼らと関係を持つファンだっている。面倒だからそれになりたいとは思わないけど、それが距離の近さと言えるだろう。彼らが私の存在を覚えてくれることに自分の醜い承認欲求が満たされていく感覚がする。
こんな自分、なんて性格が悪いのだろうと思う。
でも、やめられないのも不思議だ。違うものを好きになれば変わるのかな。なんて、現時点で考えられないいことを頭に浮かべながらSNSを眺めた。
私には、このくらいの狭さがちょうどいいんだ。
そんなことを思ったとき、アカウントに一通のメッセージが来た。誰からだろう、と思って名前を見れば彼からのメッセージで、心臓が嫌な音を立てた。自分にも来てしまったことに、ショックを受ける。
こんなこと、知りたくなかったのに。
でも、来てしまったものを否定することもできない。繋がってしまったら面倒だと考えていても、実際に自分にも連絡が来てしまったら断ることはできない。
「……ばかだなぁ、ほんとに」
自分はなんて、醜くて愚かな人間なんだろうと思いながら届いたメッセージを読んだ。




