表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/186

3-7

朝は来ない。夜も訪れない。

それでも、カイルの心は確かに“時”を刻んでいた。


この部屋は夢の端にそびえる黒き塔、ルーヴェリスの封印の間の中にぽつんと存在する――彼のためだけに用意された空間だった。


壁は滑らかな石造りで、天井からは仄かに脈動するような青白い光が降り注いでいる。

目を開けても閉じても変わらないその光は、まるで“永遠の明け方”のようだった。


不思議なことに、ここに来てからというもの、空腹も渇きも、眠気すらも感じなかった。


それでも一日に一度、扉の前には木箱に入った食事が置かれていた。温かいスープと、少し硬めのパン。

ベッドも丁寧に整えられ、清潔な寝具がいつも用意されている。


――人間らしさを失わせないための、ささやかな気遣い。

この空間には、そんな配慮が静かに織り込まれていた。



扉は開く。だが、その先に広がる廊下や構造は、歩くたびに姿を変える。

昨日はまっすぐだった通路が、今日は螺旋を描いている。

壁の模様も、灯りの色も、わずかに異なっていた。

まるで、空間そのものが“生きている”かのように。



ある日、カイルは仮面をつけた死神の使いと出会った。

羽根を模した装飾の仮面をつけた、軽やかな声の女だった。



「お散歩中?ふふ、この空間、少しでも退屈しないように設計されてるのよ」


カイル「……俺の心に合わせて、変わっているのか?」


「かもね。あなたが何を見たいのか、何を恐れているのか――塔はよく知ってるわ」



女は意味ありげに微笑んだ。だがその笑みに宿る真意は、仮面の下に隠されたままだった。



書庫のような部屋も存在した。

古びた書物がずらりと並び、異国の言語で記されていた。

にもかかわらず、不思議なことに――読めた。


だが、その内容は翌日になると、まるで霧がかかったように思い出せなくなる。

記憶にとどめようとすればするほど、塔そのものがそれを拒むように、言葉が薄れていく。

紙に書き写そうとしても、文字は滲み、歪み、やがて意味を失ってしまった。


――この場所では、“知識”ですら持ち帰ることができないのか。


もともと探究心が強く、知識に貪欲だったカイルにとって、それはひどくもどかしいことだった。

さらに困ったことに、現世の記憶さえ、少しずつ霞んでいくような感覚があった。


彼が世界を忘れていくのか。

それとも、世界が彼を忘れていくのか。


……それでも、ひとつだけ決して失われない記憶があった。


――ベル。


その名を呼ぶたび、胸の奥が焼けるように疼いた。

彼女の声も、髪の色も、あの夜に見た涙も。

それだけは、どんな霧に包まれても、決して奪われることはなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ