3-5
最初の目覚め以来、ベルは断続的に短い覚醒を繰り返すようになった。
初めは、ほんのわずかに指先が動くだけ。
次第に、瞬きをし、名を呼ぶ声に微かに頷くようになり――
やがて、目覚めていられる時間は、ほんの少しずつだが確かに延びていった。
それでも、彼女の意識の大半は、まだ夢の中にあった。
深い夢の底に、さらに深く沈む夢。
何層にも重なり、絡まり合った夢の迷路を抜けるには、
気の遠くなるほどの時と、極めて繊細な“手仕事”が必要だった。
ルーヴェリスは、ベルの魂に絡みついた“呪いの糸”を、
一本ずつ、指先でほどくように解いていった。
その糸は、複雑に編み込まれた感情と記憶の断片――
触れるだけで傷みそうなほど脆く、
少しでも力を誤れば、彼女の魂そのものを裂いてしまいかねない。
だから彼は、言葉も音もない静寂の中、
一人きりでその作業を続けた。
指先に神の力を宿し、吐息一つも乱さぬよう、慎重に。
まるで細氷を扱うように、恐ろしいほど静かで、根気強く、
一糸ずつ、確かに――ベルの魂から“呪い”を解いていく。
それは、孤独な祈りのようだった。
誰にも知られず、彼女のためだけに捧げられた、
長い、長い夜の作業だった。
時折、悪夢にうなされて跳ね起きたベルが、声もなく涙をこぼすたびに――
ルーヴェリスは、静かに彼女を抱きしめた。
その背を撫で、震える髪に指を通し、耳元で囁くように語りかける。
かつて読んで聞かせた物語、
二人で歩いた雪の街の記憶、
ベルが好きだった、あの甘い菓子の味――
それらはすべて、彼女がかつて笑っていた日の記憶だった。
そして、それを語るこのひとときこそが、ルーヴェリスにとってのささやかな幸福でもあった。
たとえ完全な目覚めではなくとも。
たとえ、この記憶が目覚めればまた消えてしまうのだとしても。
彼の腕の中で微かに呼吸を繋ぎながら存在するベルと共にいられるこの時間の尊さに、ルーヴェリスの胸は、切なさと安らぎで満たされていた。
それは、深く傷ついた魂に許された、
ほんのわずかな“幸福の幻”だった。
魂に絡みついていた呪いの糸はまだ無数に見えるが、ゆっくりと、だが確実にほどけていった。
けれど――その中にどうしても解けないものが、ほんの数本だけ混ざっていた。
それは、赤黒く脈打つ呪いの糸。
触れただけでベルの身体に激しい痛みを走らせるその糸は、左手の薬指にはめられた呪いの指輪を核として、まるで執念そのもののように、強く、しつこく絡みついていた。
ルーヴェリスの赤紫の瞳に、一瞬だけ、怒りとも憎しみともつかぬ色が宿る。
そっと指輪に爪を滑らせた刹那、ベルの喉からかすかな苦痛の吐息が漏れた。
その声に彼は目を伏せ、静かに表情を整えると、ベルの髪をやさしく撫でる。
――まだ、繋がっているのか。
その柔らかな仕草とは裏腹に、ルーヴェリスの胸の奥には、深く静かな怒りが揺らいでいた。
上位の術師が遺す呪いは、死後もなお力を保つことがある。
通常、多くの魔力や複雑な儀式を必要とするそれが、いまも続いているというのなら――
彼には、あの忌まわしい糸に触れるたびに、どこかに潜む意志の“気配”が確かに感じられた。
だが今は、焦る時ではない。
ほどけるものから一つずつ――確実に。
ルーヴェリスは再び深く息を吸い込み、
果ての見えぬ浄化の作業へと、静かに身を戻していった。