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※内容に変わりはありませんが、文章を整えました。
この魔法ギルドの塔には、常にエラヴィアの風の魔力が満ちていた。
だからこそ、その気配が突如として途切れたとき、彼女の異変はすぐに知れ渡った。
魔術師たちが次々と部屋へ駆け込み、彼女の身体は慎重に抱き上げられ、奥のベッドへと静かに運ばれていく。
それでも、エラヴィアのまぶたは閉じられたままだった。
慌ただしく動く人々の中で、ベルは部屋の隅に佇み、ただ小さくなっていくその気配を、じっと見つめていた。
エラヴィアの呼吸は浅く、額に冷やした布を当ててもなお、汗は止まらない。
そして彼女を包んでいた魔力の気配も、干上がった泉のように沈黙を続けている。
「エラヴィア様……」
ひとりの若い魔術師が、震える声で名を呼んだ。
その声に呼応するように、数人の魔術師たちが素早く魔法陣を描きはじめる。
癒しと調律の詠唱が響き、淡い光がベッドの上に降り注ぐ。
だが術式は、手応えもないまま虚空に吸い込まれていった。
「駄目だ……このままでは……」
誰かが、押し殺した声でつぶやく。
しかし、その場にいた誰ひとりとして、その絶望に飲まれることはなかった。
すぐに別の魔術師が古文書を広げ、他の者たちもまた、失われた療法を探しはじめる。
誰もが、エラヴィアの命を繋ぐために、動きを止めることはなかった。
「魔力が遮られているだけじゃない」
「何者かが、エラヴィア様の魔力に干渉した痕跡がある……」
交わされる言葉は切実で、緊迫していた。
その光景を見ながら――ベルは痛みをこらえるように、胸を押さえた。
エラヴィアが、このギルドでどれほど深く信頼され、慕われてきたのか。
その事実が、痛いほど伝わってくる。
誰もが彼女のために祈り、尽力している。
そしてベルにとっても、エラヴィアはかけがえのない存在だった。
暗く長い時の中で、自分を照らしてくれた、数少ない光。
ベル「……私が」
ベルが放った声は小さかった。
けれどその一言は、刃のように空気を裂き、室内の温度を一瞬で冷ましていく。
沈黙が、音もなく満ちていく。
彼女の内に潜む異質な魔力が、露わになりはじめていた。
それは濃密で、冷たく、静かに空間を圧していく。
このギルドにおいて、ベルは“客人”として迎えられていた。
かつての友人、とだけ紹介され、素性も過去も語られぬまま、塔に滞在する謎の少女。
彼女が現れてからというもの、魔力の歪みや風の乱れが相次いでいた。
密かに、彼女を疑う声がなかったわけではない。
だが今、エラヴィアのために身を前に出し、声を上げた少女に、
誰ひとりとして異を唱える者はいなかった。
この場にいるすべては、魔術に生きる者たちだった。
ベルの放つ魔力に、恐れを抱いた者もいた。
だがそれ以上に、その瞳に宿る強く切実な祈り。
エラヴィアを救いたいと願う、まっすぐな想いに、人々は心を動かされていた。
「エラヴィア様を……どうか……」
年若い回復術士の少年が、尽きかけた魔力を振り絞りながら、ベルの手を握った。
その瞬間、少年の表情に驚きが浮かぶ。
触れた手は、氷のように冷たかった。
命の温もりを持たぬその感触に、彼は思わず手を放してしまう。
不死の者。体温を持たず、呪われた存在。
その反応にはもう慣れている、はずだった。
それでもベルは、わずかに目を伏せ、寂しげに微笑んだ。
拒絶ではないと分かっていても、なお――
胸の奥に沈むものは、たしかに、そこにあった。