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Cradle 死神の祝福で不老不死になった少女が、愛と狂気の中で生きる話  作者: 源泉
第一章 不死の少女と風の街で交わる運命
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1-7

※内容に変わりはありませんが、文章を整えました。

風の街エルセリオ。

いつもこの街を包む風は、どこか懐かしさを含んで頬を撫でていた。けれど今は、違っていた。


その風が、唐突に息を潜めたのだ。


草は揺れず、木々の葉も囁きをやめ、鳥たちの声すら遠ざかる。まるで音そのものが、世界から失われたかのようだった。


異様な静寂に、ベルは窓辺へ歩み寄り、空を仰ぐ。


雲ひとつない、澄んだ青空。

けれど、そのはずなのに――重い。言葉にできない圧迫感が、空気そのものを押し潰していた。



エラヴィア「……風が、澱んでいる」



背後から、かすれた声が落ちる。


振り返ると、エラヴィアが額に手を当てて立っていた。

端整な青銀の法衣に乱れはなかったが、その顔色は悪く、目には焦点がなく霞んでいた。



ベル「エラヴィア……?」



ベルが声をかけた瞬間、彼女の膝が崩れ落ちた。

そのまま静かに、床へと倒れ込む。



エラヴィア「……風の精霊の囁きが……聞こえないの」


息も絶え絶えに、エラヴィアは呟いた。


エラヴィア「何かが……この街の風を閉じ込めている」



その声は、千年の知を宿す高位魔術師のものとは思えないほど、か細く苦しげだった。


エラヴィアは、風の精霊と深く通じ合う、稀有な魔導師。

精霊たちは風となって彼女に囁き、街の異変や気配を伝えてくれていた。


だが今、風が沈黙している。

それはつまり、街を巡る魔力の流れが断たれ、理そのものが何者かによって封じられつつある証。



空には影ひとつない。だが、そこに“何か”が確かに潜んでいる。


ベルの瞳に、鋭い光が宿った。



ベル「……私のせい」



それは呟きにも似た、静かな確信だった。



ベル「“黒き観測者”が……動き出したのね」



その名を口にした瞬間、空気が微かにざわめいたように感じられる。

音のない波紋が広がり、目に見えぬ“何か”が、街の内側に満ちていく。


精霊の声が掠れるほどの干渉。

それほど大規模な魔術装置を起動するために、彼らは街の各所に、少しずつ準備を進めていたのだろう。



エラヴィア「あなたをこの街に呼んだのは、私よ」



エラヴィアはふと、力のない笑みを浮かべた。



エラヴィア「責任を感じる必要なんて、ないわ」



その言葉に強さはなかった。

その眼差しの奥には、自らの無力さを噛み締めるような痛みが滲んでいた。



エラヴィア「……でも、あなたがここにいる限り、あの者たちは動き続ける。

今の私は……貴女を守る風の盾になる力もない」


エラヴィアの肩がかすかに揺れる。

彼女にとって、風は魔力の源であると同時に、命と感覚を結ぶ“呼吸”そのもの。

それが途絶えた今、彼女は心身ともに限界に達していた。


ベルはそっと、彼女の手を取った。



ベル「……私は、いくら傷ついても構わない」



ベルの声は低く、けれどはっきりしていた。



ベル「痛みも、命も――やがて元に戻る。でも……あなたが私のせいで傷つくのは、耐えられないの」



それは、不死者の口から発せられるにはあまりにも人間らしい言葉だった。


決して涙は流さない。けれどその声には、深い悲しみが宿っていた。

長い孤独の中で眠っていた感情が、ようやく目を覚ましたかのように。



エラヴィア「……ベル」



エラヴィアは静かに目を細め、慈しむような眼差しを向けた。

それはまるで、母が娘に微笑むときのような、優しく穏やかな光。



エラヴィア「私は……あなたには、少しでも穏やかに過ごしてほしいの。

たとえそれが、ほんのひとときだったとしても……。

だから、この街を離れて」



囁くような声が消えた瞬間。


繋いでいた手から、力が抜けていくのがわかった。

膝をついたままの身体が、静かに傾き、ベルの腕の中に崩れ落ちていく。


風の止んだ室内で、彼女の銀の髪だけが、微かに揺れていた。

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