2-44
探し物を求める旅路。
それはセラフにとって、苦痛であり――同時に、甘美な歓びでもあった。
石畳を踏みしめ、吹き抜ける風にベルの髪がそよぐたび、セラフの視線は離れなかった。
行き交う者たちの視線が彼女に注がれるたび、胸の奥にじくじくと焼けるような嫉妬が滲む。
そのラベンダーの髪も、静かに伏せられた睫毛も、誰にも見せたくない。
あの沈黙すら、自分以外には触れさせたくない。
彼女のすべては――既に、自分のものなのだから。
――だが、それでも。
ベルが自分の隣を歩いているという事実は、セラフにとって耐え難いほどの悦びだった。
風の中で肩が触れ合いそうな距離。
誰の手にも届かず、誰の声にも振り向かず、ただ自分の影の中にいるベル。
他者の目に晒されながらも、自分の傍にあるという現実が、身体の奥底まで甘く痺れさせた。
まるで、見せつけるための旅のようだった。
これは所有の証明。
恋人として、従者として、または――籠の中の姫として。
この広く濁った世界の中で、たったひとつの完全な存在。
彼女は自分のもの。
誰よりも、何よりも、確かに。
セラフ「……少し疲れたかな?ベル、ここで休もう」
そう囁く声は優しく、まるで春の木洩れ日のようだった。
けれど、その瞳は空のどこでもなく、ただベルだけを見つめていた。
彼女の足取りのかすかな揺らぎさえ、セラフにとっては見逃せない危機だった。
セラフ「風が強い。髪が乱れるのは、君らしくない」
セラフの手がそっと伸びて、風に踊るベルの髪を整える。その仕草には触れる者のすべてを拒むような、静かな独占欲が滲んでいた。乱れた一房さえ、彼にとっては耐え難い乱れだった。
セラフ「……水を取ってこよう。君は、座っていてくれればいい」
声の調子は穏やかで、優しさに満ちていた。だがその言葉の裏には、「君はここにいて、僕の視界から消えないで」という、強迫的なまでの願いが隠れていた。
セラフ「手が冷えている。……触ってもいいかな? うん、こうしていると、落ち着く」
セラフはそっとベルの手を包む。
その温もりに安堵するように微笑みながら、指先にこめられた圧は、まるで彼女の存在を確かめるように微かに震えていた。
その言葉には、終始変わらぬ穏やかさがあった。
けれど、その奥底に澱のように沈むもの――それは、決して他人に触れさせないという静かな狂気だった。
その手厚い優しさは、彼女を包み守る繭であり、同時に、抜け出せぬ檻でもあった。
時折、空気がざわめいた。
かつての同胞たち――“黒き観測者”たちの気配が、風の流れに紛れて微かに漂う。
閉ざされた空間を抜け出したその瞬間から、典書と導師の「眼」が、どこからともなくこちらを注視しているのを、セラフは確かに感じ取っていた。
けれど、その視線には殺意も警告もない。むしろ、どこか無関心にすら思える冷淡さがあった。
――彼らは、もう自分を見限ったのだろうか。それともただ、興味を失っただけか。
どちらでも構わない。むしろ、都合がよかった。
世界が何を思おうと、神が何を示そうと――
ベルが隣にいるこの瞬間こそが、唯一にして絶対の「正しさ」。他のすべてがどうあれ、この事実だけが確かだった。
セラフは、ふと微笑んだ。
風がベルの髪をそっと揺らすたび、自分の影が彼女の足元を静かに覆うたびに、その笑みは少しずつ深くなり、穏やかに、そして確かに狂気の色を帯びていった。