2-42
※少し残酷な表現がありました。
毎夜繰り返される、歪んだ愛の確認の後。
血と体液、そして自分の肉片すらまだ残るベッドの中で、ベルはセラフの腕に抱かれながら眠っていた。
その夜、ベルは久しぶりに夢を見た。
深く、古い夢だった。
それは、かつて暮らしていた小さな村の記憶。
ベルがまだ、ごく普通の少女だった頃のこと。
時代や季節は曖昧で、風景も輪郭がぼやけている。
ただ、その記憶が最も古いものであるという感覚だけが、確かだった。
親がいたのか、兄妹がいたのか――もう思い出せない。
いたとしても、特別な感情はなかったのだろう。
その程度の存在だったのだと思う。
ただひとつ、はっきり覚えていることがある。
この髪――淡く紫がかった色は、誰からも忌まれていた。
その年は、太陽すら雲に閉ざされていた。
空は鈍く濁り、空気には病と死の匂いが漂っていた。
飢饉だったのか、疫病だったのか。正確な原因はもう思い出せない。
ただ、たくさんの人が死んでいった。それだけは確かだ。
旅人の姿は消え、街道も隣村も、そして自分の村も、静かになっていった。
道端に、納屋に、時には家の中にさえ、冷たくなった死体が転がっていた。
それは現実というより、ただの風景の一部だった。
やがて、村の者たちは決めた。
このまま死を待つのではなく、救いを求めて祈るべきだと。
この土地はすでに死に満ちているのだから、きっと“祈り”にふさわしい、と。
彼らが選んだのは、死神への祈りだった。
ただ、その祈りには“生きた捧げ物”が必要だった。
選ばれたのは、自分だった。
特に驚きはなかった。この髪の色なら、そうなるのも当然だった。
その日、初めて優しい声をかけられた。
初めて、柔らかな布の服を着せられた。
「みんなのために」と微笑む村人たちは、どこまでも親切で、慈愛に満ちていた。
――けれど、その笑顔が、どうしても怖かった。
理由はわからなかったが、胸の奥がざわついて、自然と涙が出た。
石を積んで歪につくられた壇に登り、闇の底へと続く穴の前に立たされたとき。
背中に、冷たい手が触れた。
それは、迷いもためらいもなく、ベルをまっすぐ突き落とした。
穴に落ちるのは怖くなかった。
生きる意味も、死ぬ理由も知らなかったから。
ただ、最後まで見送っていた村人たちの笑顔だけが、不気味に焼きついていた。
――そして、その後のことは、思い出せない。
けれど、それはきっと悲しい記憶ではなかったのだろう。
なぜなら、胸の奥がほんの少しだけ、あたたかい気がするから。