2-35
永遠の夜にもっとも近い場所。
現実の理を逸脱したその空間――
彼の長き封印の間、沈黙に支配された死神ルーヴェリスの部屋。
ルーヴェリス「……なぜ、見えない……?」
低くかすれた声が闇の奥底に落ちる。
だがその言葉は誰の耳にも届かず、まるで底なしの淵に投げ込まれた石のように、音もなく沈んでいった。
ルーヴェリスの瞳が虚空を彷徨う。
何度探ろうとしても、届かない。視えない。感じ取れない。
あの魔力の波長も、気配も、記憶の残滓すら、まるで最初から存在しなかったかのように。
彼はもともと、ベルが《死神の揺り籠》を発動しない限り、直接接触することができなかった。
そしてそれも揺り籠から目を冷ませば消えてしまう一時の慰め。
それでもベルの魔力や気配を通じて、わずかな時間だけ、闇の中にその姿を映して見ることはできていた。
だが——ある時を境に、そのすべてが断たれた。
姿も、気配も、魔力のかけらすらも、一切感じ取れない。
暗闇よりも深い霧の中に、彼の記憶と想念だけが反射する。
けれどそこに、もうベルの姿はない。
映るのは過去の残響と、彼女の不在を際立たせる虚ろな断片ばかりだった。
ただ一度だけ――
ごくわずかに、ベルの気配が戻った瞬間があった。
けれど、それは彼女だけのものではなかった。
あの清らかな魔力の波に、異質な“何か”が混ざっていた。
まるで穢れたかのように、ざらりとした不快な感覚がルーヴェリスの中を駆け抜けた。
拒絶反応にも似た感覚。
その“何か”は、ベルではなかった。
だが、彼女に触れていた。内側から侵していた。
ルーヴェリス「……何が、起きている……?」
思考の隙間に恐れが混じる。
胸の奥底で何かが微かに軋んだ。
彼の心は、封印という不変の闇の中で初めて大きく波打つ。
姿は見えず、声も届かず、ただ穢れだけが残された。
それは、彼女が無事ではないという証左に他ならなかった。
焦燥が静寂を破る。
ルーヴェリスは霧の中を彷徨い、記憶の断片を掻き集めるように視線を彷徨わせた。
届かない現世に向かって、必死に触れようとするかのように。
だが、彼には何もできない。
これは罰だ。己の罪によって課された、絶対の封印。
現世への顕現も、使者を遣わすことも、今の彼には許されていない。
唯一、干渉の手段があるとすれば――
ベルの魔力に触れたことのある者。
そして、高い魔力と感知能力を併せ持つ者。
彼の中に、一つの名が浮かぶ。
ベルの古き友。共に旅をした仲間。
彼女の魔法によって命を救われた者――
――風の魔導師、エラヴィア・セリスフィア。