2-24
狂気が、愛を塗り潰す。
いや、元からそんなもの、ただの言い訳だったのかもしれない。
欲しい、欲しい。 欲しくて、たまらない。
この肌も、声も、温度も、瞳の奥の曇りさえも――
すべてを、自分のものにしたい。
ふと、彼女の視線が逸れる。
部屋の隅。祭壇。
そこには、ベルを模して造られた人形があった。
酷く汚れている。
彼女の知らないところで、繰り返し触れられ、崩され、また形を整えられたそれ。
いくつもの夜を耐え抜いてきた、偽物のベル。
狂った執着のかたち。
そして今――本物が、その人形と同じ目をしていた。
虚ろで、諦めていて、逃げ場所をなくした、壊れる前の目。
セラフはその絶望に、言い知れぬ悦びを感じた。
もう、戻れない。 彼も、彼女も、踏み越えてしまった。
この先にあるのは、堕ちることだけ。
それでも構わない。むしろ、そうでなければならない。
セラフ「大丈夫だよ、ベル……君は、僕のものだから」
再び唇を重ねながら、魔力を絡ませて、深く、深く――
彼女の心を塗り潰していく。
優しさの皮を被った支配で、甘い呪縛で。
聖なる契約の儀式なんて、もはや要らなかった。
この手で、彼女のすべてを侵してしまえば――
それで、すべてが完成するのだから。
セラフ「君は、綺麗すぎる…憎らしいほどに、完璧だ。……ベル」
セラフの声は震えていた。
欲望に、執着に、そして何より――狂気に。
彼の指先がベルの胸元に触れるたび、見えない波紋が広がっていく。
魔力の流れを反転させ、神経の奥に干渉し、痛みと快楽の境界を曖昧にしていく。
セラフ「苦しい?……大丈夫。すぐに変わるから、ほら」
囁きながら、セラフはベルの中に流れる魔力を操る。
熱を帯びた光が、彼の指先からベルの肌に染み込むように滑り込んでいく。
それはまるで、かつて誰かに蹂躙された痕を塗り潰すように。
けれど、行為そのものは、かつてと何も変わらない。
セラフ「君を壊したものを、僕がなぞるなんて……皮肉だよね」
声は優しく、手は残酷に、魔力は深く侵入していく。
ベルの身体がわずかに跳ねた。
そして、喉の奥から漏れ出したのは――苦悶のそれだけではない、震えるような吐息。
セラフの瞳が細く歪んだ。
セラフ「……今の声、ベル。君の中の魔力が、僕に応えた。もう、君の身体は……」
指先が肌をなぞるごとに、魔力が内部から鼓動のように震える。
意識は揺れ、感覚が曖昧になる中で、ベルはただセラフを見上げていた。
言葉も拒絶もない。あるのは、曖昧な視線と、途切れ途切れの息――
セラフはそのすべてを歓喜として受け取った。
セラフ「そう……君のすべてが、僕のものになる。それだけで……この世界に、意味が生まれるんだ」
もうどこまでが現実で、どこまでが執着か分からない。
けれど彼は確かに“愛して”いた。
破壊のように、狂気のように、絶対的に。
熱い、熱い――
息を吸えば肺が焼けるようで、吐けば喉が裂けるほどに震えた。
指先が、舌が、魔力が……彼女のすべてを内と外から嬲っていく。
セラフ「ほら、こんなふうにされたんだよね……でも、今度はちゃんと気持ちよくしてあげる」
耳の奥に絡みつく声。
そのすぐあとに、濡れた舌が、耳の輪郭をなぞり、耳孔の入口をくすぐった。
ベル「んっ……!」
弾かれたように背が反る。
ぞわぞわと体中の神経が泡立って、皮膚が内側からひっくり返るような錯覚に襲われる。
セラフの指先が、何かを“思い出すように”動く。
まるで記憶を辿るように。
蛇の法衣にされたあのときの、無機質な触手よりもずっと優しく、でも、ずっと……おぞましく。
体内に流れ込んだ魔力が、今度は熱く脈動しながら子宮の奥を抉る。
ベル「っ、や、やめ……て……っ」
声にならない声が喉から漏れた。
拒絶のはずだった。
でも、セラフの魔力はそれさえも甘い疼きに変えてしまう。
魔力が内側から粘膜を擦り上げ、敏感な壁を、震えるように撫でていく――舌のように、蠢く感触。
腰が勝手に跳ねた。
何かが“そこ”を押し広げてくるたび、焼けつくような感覚とともに、どうしようもなく甘い疼きがこみ上げてくる。
セラフの唇が鎖骨を這い、舌先が汗と涙の混じる肌を舐めとるように滑る。
まるでベルの痛みさえ、味わっているかのように。
ふと、セラフの声が低く、耳元で囁く。
セラフ「今の君は、もう“あの頃”のベルじゃない。ほら、こんなに震えて、泣いて……でも、逃げてない」
息が詰まる。
息ができない――でも、感じている。
脚の奥が、喉の奥が、内臓の底が熱くて苦しくて、でも言葉に出来ないような感覚が込み上げる。
またひとつ、喉が震える。
それは確かに、歓喜にも似た吐息だった。
崩れていく自分の声を聞きながら、ベルは泣いていた。
だけど、その涙が、何の涙だったのか――もう、自分でもわからない。