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2-21

あれから、どれほどの時間が経ったのだろう。

何時間なのか、何日なのか――ベルにはもう分からなかった。


彼女は檻の中で膝を抱え、肩を小刻みに震わせていた。

腹部が脈打つたびに、粘り気を帯びた魔力が腸の中を這い、肋骨の裏に絡みついてくる。

体の内側を這う“それ”は、もはや魔力とは思えない質感だった。液体でも、気体でもない。


もっと不気味で、不定形で 生きている何かのような感触。


ベル「……っ、ひぅ……ぅ、あ……」


腹が、内側から押し上げられる。

膀胱の奥を下から撫で上げられるような、胃の裏側をじくじくとまさぐられるような感覚に、思わず膝が震えた。

“それ”は腰の奥へと入り込み、骨盤の内側を優しくなぞるように、蠕動する。じわじわと、染み込むように。


息を止めても、それは止まらなかった。

肝臓を締めつけ、腎臓を舐め回し、子宮の内壁にまで触れてくる。

ベルの喉から、かすれた喘ぎが漏れた。ぞわりと背骨を伝う悪寒。


まるで、自分の身体に、もう一人の誰かが棲みついているようだった。


全身の汗腺が開き、肌はじっとりと濡れている。


服の下――太ももの付け根を伝って落ちた一滴が、魔力に反応して赤黒く染まりながら床に広がった。

それが汗か血か、それとも別の何かなのか、もはやベルには判別できなかった。


ベル「っ……ぁ……やめて……」


声はかすれて、喉の奥で引っかかったまま消えていく。

脳髄にじわじわと染み込む魔力が、感情の壁を腐らせ、思考をじくじくと溶かしていく。


意識の奥で、何かが擦り切れていくような音がした。


そして“それ”は、ベルの魔力に反応して、さらに激しく蠢き出した。


彼女の魔力の流れを逆なぞるように、粘り気を帯びた異質なそれが、まるで交尾する虫のように絡みつき、吸い付き、混ざり合っていく。

熱を孕んで膨張しながら、魔力の回路という回路を内側から焼き焦がしていく。


喉の奥が押し上げられるような圧迫感。

込み上げる吐き気と涙に抗えず、ベルは思わず身体を折り曲げ、腹を抱え込んだ。

指先は震え、力の入った爪が皮膚に食い込み、細かく血を滲ませる。


ベル「……ぁ、あ……う……ぅ……」


嗚咽に紛れ、口の端からどろりと赤黒い液体が垂れた。

唾液と混じった血が舌の上で鉄の味を広げ、喉を焼く。

視界が滲み、ぐらりと揺れる世界に、身体の境界が崩れていく感覚。


――もう、どこまでが“自分”なのか分からない。


これは、侵食だ。

支配だ。


“それ”は、ベルという存在の輪郭そのものを内側から塗り潰し、じわじわと侵し、溶かし、根こそぎ取り込もうとしていた。


檻の外では、セラフの靴音がぴたりと止まり、鉄格子越しに熱を帯びた視線が注がれる。


セラフ「……感じてるね、ベル。僕の魔力。君の中で、ちゃんと育ってるよ」


その声は、耳で聞いたのではなかった。


腹の底から、脳の奥から、内側に直接響いた――まるで、既にその声すらも“それ”の一部だったかのように。




ベルが呻き声を上げるたび、セラフの唇は熱に濡れたようにゆっくりと吊り上がった。


セラフ「……ああ、いい。もっと、もっとだ。君はまだ受け入れきっていない」


彼の瞳孔は獣のように細く収縮し、顔は笑っているのに、頬の筋肉はぴくぴくと痙攣していた。

喉元では興奮に煽られた息が浅く、早く、波打ち続けている。


指先が空中を撫でるたび、檻の内側へと紅く、黒い魔力が脈打つように注ぎ込まれる。

それはもはや霧でも風でもなく、毒液のように這い寄り、ベルの身体を絡めとっていく。


ベルは苦悶に満ちた吐息を漏らし、膝を抱えるように身を折った。

首ががくりと垂れ、汗と血に濡れた髪が床にべったりと貼りつく。

呼吸は泥水を啜るように濁っていて、半ば閉じられた瞳には焦点がない。


それでも、魔力の注入は止まらなかった。


セラフ「耐えて。もう少し……君のすべてに、僕の魔が満ちるまで」


セラフはゆっくりと足を進める。靴の底が床を擦る音すら、まるで官能に満ちた調べのように響いた。


やがて檻の前に立ち、扉の取っ手に手をかける。

その動きは滑らかで、まるで恋人に触れるかのように丁寧だった。


金属の鍵が回される音が、甘くねっとりと耳を満たす。

きぃ……と鈍く軋む音が続き、鉄格子の扉が、ゆっくりと開かれた。


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