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Cradle 死神の祝福で不老不死になった少女が、愛と狂気の中で生きる話  作者: 源泉
第一章 不死の少女と風の街で交わる運命
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1-4

※内容に変わりはありませんが、文章を整えました。

ベルが風の街を訪れ、魔法ギルドの塔に滞在してから、いくばくかの時が過ぎた。


街に侵入した“異質な魔力”に、議会が騒ぎ立てたのは最初の一度きり。

だがそれも、やがて沈静する。


まるで、遠くから放たれた視線が満足し、影を潜めたかのように。



この塔には、人間やエルフ、獣人たちなど、さまざまな種族が集う。

魔術師、呪術師、治癒の力を持つ者たち――

多様な魔の気配が折り重なる混沌の中で、ベルの存在もまた、自然とその影へ溶け込んでいった。


けれど彼女の魔力だけは、静かに異彩を放っていた。


沈鬱で、どこか人の理から逸れた気配。

この世界に根を張らず、彼岸の匂いを帯びるそれは、「死神の祝福を受けた者」という囁きを呼び起こすには十分だった。


だが、ベル自身にその実感はない。

自分が何者なのか。なぜ時を止めたように生きているのか。

わずかな感覚の断片と、周囲の声が示唆するだけで、その真実には触れられずにいた。




ある日、塔の奥へ誘うような気配が、ベルの胸をかすめた。

懐かしくも冷たい、それでいて確かに「自分を知っている」何かの呼び声。


導かれるまま、ベルはエラヴィアの私的な書庫のさらに奥。

常に閉ざされていた一枚の扉の前へとたどり着く。


無言のまま、古びた扉にそっと手を置いた。

その瞬間、わずかに風が揺れた。

まるで書庫そのものが、彼女の存在を感じ取ったかのように。


そして、鍵が開いていることに気づく。



ベル「……誰か、そこにいるの?」



扉に添えた手を軽く押すと、招かれるように中が開かれた。


そこには、世界から忘れられたような書物が並んでいた。

古びた背表紙は、触れただけで崩れそうなほど朽ちており、文字も判読できない。


部屋の中央に重々しい空気をまとう一冊の本が置かれていた。

それは書というより、誰かが密かに綴った手記のようだった。


ベルはゆっくりと歩み寄り、手を伸ばす。

掌に伝わる熱が、血の奥に染み込むように広がる。


そして頁を開こうとしたそのとき、背後から声が落ちた。



エラヴィア「ベル? どうしてここへ……」



エラヴィアだった。

ベルは、ゆっくりと振り返る。



ベル「……ごめんなさい。入ってはいけない場所だったのね」



そう言って、そっと視線を向ける。

続けて、少し震える声で告げた。



ベル「記憶の中にある空白……その中にある“何か”が、私を呼んでいる気がして」



記憶の底に沈んだ誰かの名を、どうしても思い出せずに呼びかけようとする、そんな声音だった。


エラヴィアは、黙ってその言葉を受け止める。


やがて静かに歩み寄ると、ベルの手からその書を受け取る。

表紙を撫でながら、さらりとした口調で言った。



エラヴィア「でも、その答えはこの本にはないわ」



ふっと微笑んで言葉を継ぐ。



エラヴィア「これは私の日記。ベルのことは私も知りたいと思っているけれど、ここには答えなんて載っていないのよ」



冗談めかしたその口調に、ベルはそれ以上、何も言えなくなった。


長く共に時を過ごした者だけが感じ取れる確信がある。

エラヴィアは、何かを知っている。だが、こういうときの彼女は決して語らない。



ベル「……悪かったわ。隠されたものほど、つい見たくなってしまうものね」



ベルもまた、調子を合わせるように軽く頭を下げ、静かに書庫から出ていく。


扉が閉まる音。

その後に、深く吐かれたため息。



彼女の言葉通り、それは確かにエラヴィアの古い日記だった。

かつてベルと旅をしていた頃から綴られたものであり、そこにはベルの過去についての断片的な記録や、死神という存在への考察が記されている。



ベルは、今もなお自分の正体を知らない。

なぜ不死なのか、なぜ時を止めたように生きているのか。

「死神の祝福」という曖昧な言葉だけが、唯一の手がかりとなっている。


エラヴィアもまた、まだその答えに辿り着けずにいた。


彼女が持つ異質な魔力、不老の性質。

それらは確かに、死神に由来するものだということ。


そして誰かが、ベルにその死神の存在を忘れさせようとしている。

同時に、死神自身はそれ以上の力で、ベルへと触れようとしている。


そこに、破滅の意志や敵意は感じなかった。

むしろ、それは静かで深い“執着”に近い。



エラヴィア「……それよりも」



エラヴィアの瞳が、書庫の奥を見つめる。



確かに鍵をかけ、自身の魔法で封じていたはずのこの扉が、今、開かれている。

それは、何者かがベルに、自分の存在を伝えようとしている証に思えた。



エラヴィア「死神……」



思わず漏れた呟きに、確信はなかった。

けれど、ベルの内にある“空白”を辿ると、いつもその存在が立ち現れてくる。



エラヴィア「……いつか、私が答えを見つけるわ」



その静かな言葉は、誰に届くでもなく、書の眠る闇の中へと染み込んでいった。

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