2-19
――意識が、浮上する。
それは深い水底から無理やり引き上げられるような、不自然な目覚めだった。
重く、鈍く、ぬめりを帯びた感覚が全身を包み込む。頭の中が霞んでいて、呼吸がどこか遠くにあるように思える。
ベルはゆっくりと瞼を持ち上げた。
視界に映るのは、深紅の絨毯と、歪んだ影を揺らめかせる燭台。
窓のないその部屋には、外の世界の気配が一切存在しない。
光すら閉ざされた、密室。
空気は濁って重く、どこか「生温かい」。
ベル(……ここは?)
身体を起こそうとする。
だが、指一本すら思うように動かない。
縛られているわけではない。鎖も、拘束具もない。
けれど――重い。
筋肉のひとつひとつが自分に反抗しているような、そんな感覚。
まるで、手足の中に流れる魔力が、どこか別の場所――自分の外側から指示を受けて動かされているような、気味の悪い違和感。
ベル(……私の身体じゃ、ないみたいだ)
感覚のズレ。思考の揺らぎ。
自分という輪郭が、じわじわと削られていくような不安。
どこかで何かが、確かに狂い始めている。
ベルの理性が、静かにそれを警告していた。
セラフ「おはよう、ベル」
その声は、すぐ近くから響いた。
柔らかく、まるで子守唄のように静かで――だが、異様に湿った温度を孕んでいた。
心の奥をそっと撫でるようでいて、同時に冷たい針で突き刺すような違和感。
ベルはゆっくりと、視線をそちらへ向けた。
いた。
セラフが、薄暗い部屋の一隅に設けられたソファの中央に座っていた。
足を優雅に組み、手には分厚い魔道書を携えたまま――だが、その目はページを追ってはいない。
まっすぐに、ただベルを見つめていた。
静謐で、狂気を内に秘めた、異様な視線で。
セラフ「どうだった? 僕の魔力で満たされた眠りの味は。心地よかった?」
その声は柔らかい。けれど、心の奥をぬるりと撫で回すような不快さが付き纏った。
それはまるで、体内に異物を流し込まれた感覚――無理やり染み込んだものが、今なお自分の中で蠢いているかのようだった。
ベル「……っ」
ベルは反射的に身をよじろうとする。だが、全身を走る鈍い痺れと、内側からずれる魔力の流れが、それを否定する。
体が、自分のものではない。
何か別の設計図に沿って、組み直されているような――冷たい構造物へと変貌させられていく、そんな感覚。
セラフ「無理をしないほうがいいよ」
セラフは微笑みながら言った。その笑みは柔らかく、どこか優しげですらあった。
セラフ「今、君の魔力の流れは、僕の形に沿って再構築されている途中だから。
下手に暴れたら、魔力暴走を起こすよ。……君の美しい体が、焼け爛れてしまうかもしれない」
その口ぶりは、まるで本当に心配しているようだった。
愛しいものを労わるような声音。
けれど、その言葉の裏に滲むものが、ベルの肌をひやりと撫でた。
セラフの瞳が笑っている。だが、その奥に潜んでいるのは――
恍惚。執着。
そして、歪んだ悦び。
ベルの背筋を、冷たいものが這い登った。
脳が警鐘を鳴らしている。この男は、危険だ。
息を飲むたび、体内の魔力がどこか異質なリズムで脈打つのがわかる。
知らない音階に無理やり合わされるような違和感。
自分の中に、自分以外の意思が流れている。
ベル「……どうして……こんなことを」
喉が焼けつくように痛んだが、ベルはなんとか声を絞り出した。
その声は掠れて震えてい。