2-16
背後に跳ねるように距離を取ったベルの手に、再び魔力が集い始める。
魔法剣ではなく、純粋な魔法――風と熱が収束し、光の尾を引く魔弾となって指先に浮かぶ。
セラフはそれを見ても動じなかった。むしろ、その頬に浮かぶ微笑は、陶酔の色を濃くした。
セラフ「……来るんだね。やっとだ。やっと、君が“僕に触れてくれる”」
ベルは応えず、魔弾を撃ち放つ。
轟音と共に迸る一条の閃光が、石畳を砕き、白煙を巻き上げた。
しかし、その中を、セラフの影が揺らぐ。
かわしている。最小限の動きで――まるで、この戦いすら舞の一環であるかのように。
それでもベルは撃つ。
次弾、次弾、さらなる連撃。魔力の圧が地を這い、爆ぜる風が周囲の空気を削ぎ落としていく。
けれど、どれだけ魔法を放っても、セラフの歩みは止まらない。
白煙の向こうで、その姿だけが不気味なまでに鮮明に迫ってくる。
ベルの思考が一瞬、揺れる。
ベル(逃げるべきか……?)
だが、すぐに否定する。
逃げても、追ってくる――この手の存在は、そういう“嗅覚”を持っている。
それに、背を向けた瞬間、殺される予感がした。
不死の身体ですら破滅を感じる恐怖。
ベル「――なら、止めるしかない」
魔力が収束する。
今度は空間を歪めるほどの濃度。
ベルの足元に魔法陣が浮かび上がり、幾重もの符が宙に浮遊し始める。
それを目にしたセラフの瞳が、輝いた。
セラフ「そうだよ、ベル。君はやっぱり、そうでなくちゃ……!
もっと見せて。君の魔法。
君の本当。僕に……!」
歓喜に歪むその声に、ベルは表情を変えず魔法を解き放つ。
轟音。爆風。まばゆい光が夜を裂き、二人の間に広がる世界を、紅蓮に染めた――。
轟音と閃光がすべてを呑み込んだ。
熱風が周囲を焼き焦がし、瓦礫と灰が吹き飛び、地面には深いクレーターが穿たれていた。
だが――その中心に、立っていた。
焦げた外套。裂けた鎧。肌に刻まれた火傷の痕。
だが、セラフの両脚は確かに地を踏み、崩れる気配は微塵もなかった。
そして、口元には――笑み。
「……ッ、ああ……! 素晴らしい……ッ!」
苦悶ではない。
歓喜に染まった声だった。
セラフはわずかに身体を傾け、両腕を広げたまま、空を仰ぐ。
セラフ「痛い……痛いよ……けど……これだ……これだよ、ベル……! 君の“本気”の欠片……ッ!
熱い……焼ける……でも、この痛みこそが、君が僕に触れてくれた証……っ!」
嗚咽のような笑いが、喉から漏れる。
その目は潤み、頬は紅潮していた。
セラフ「もっとだ。もっと僕を壊して……君の魔法で、君の力で、僕を満たして……!」
セラフは歩みを止めない。
たとえ身体が焼け爛れようと、筋肉が裂けようと、彼の内にあるものは消えない。
――渇望。
――愛執。
――そして、狂気。
ベルはその姿を見つめながら、無言で次の魔法を構えた。
ベル(この男……満たされて、なお求めてくる)
それが、何よりも危険だった。