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2-14

紫電が空を裂いた瞬間、ベルの姿はすでに霞のように揺れていた。

足場すら曖昧に揺らぐ戦場で

彼女の動きは無駄がなく、音もない。


セラフの掌が宙を裂く。

短い詠唱の直後、空間にひびが走り、そこから無数の「詩文」があふれ出す。


言語でできた刃。旋律のように紡がれた攻撃魔法。

一つひとつが詩の節であり、呪の文字であり、命を削る刃となる。


詩が歌われるたび、世界がほんの一瞬だけ歪む。

次元の層がめくれ、そこから新たな術式が舞い出る。


斬撃、爆破、拘束、虚無――すべてが詩の断片で構成された狂った愛。


ベルは動じない。


編み上げられた魔法の軌道を読み、足元の魔力の流れを視て、わずかな隙間を滑るようにすり抜ける。

干渉も、反撃も、すべてが静かに、そして正確に行われる。


セラフの顔には笑みが浮かんでいる。

戦いの中でこそ発揮される異様な歓喜。


刃が擦れ違い、爆風が衣をなぞり、紫の霧が舞うたびに、その狂気は濃く、深く、染み出すように広がっていく。


――異常だった。


痛みも恐怖もない。

身体を裂かれてもなお、セラフは愉悦のままに詩を紡ぎ続ける。

血のかわりに詩文が溢れる。壊れた感情が術式へと転じてゆく。


ベルは応じるように、己の魔力を解放した。


彼女の魔法に詠唱はない。


ただ指先の動き一つで、世界が応える。

無詠唱で展開される重力の束が、空間ごとセラフを引き裂く。


だが次の瞬間、詩の一節によって重力場は“否定”された。


言葉が、理を覆す。論理を超越する詩の力。


ベルは即座に転じて、虚空に影を刻む。

黒き刃が無音で放たれる。

セラフの詩の旋律を断ち切るように。


影の軌道が、歓喜の笑みを真っ二つにしようと迫る――


だが、その瞬間。


“彼”は一瞬で身体を解体し、詩の粒子となって空へ溶けた。


ベルの目が細くなる。

再構成されるセラフの姿。 まるで詩を一度紙に戻し、別の章として再び綴るように。

それすらも戦いの一部。破壊されることすら、彼にとっては“詩の一節”に過ぎなかった。


空が嗤っている。

地が嘆いている。

彼の存在が、まるでこの世に属さぬ“詩劇”そのもののように場を歪ませていた。


だが、ベルは静かに構えを崩さない。


――この異常を打ち砕くには、“理”で対抗するしかない。


術式の密度が上がる。

世界が重たくなる。

魔力が飽和し、視界が色を失う。


それでもなお、ベルの足取りは揺らがなかった。

目の前の狂気が何であれ、彼女にとっては“ただの戦闘”でしかない。


狂った詩と、不老の魔。

世界にとって異物同士の戦いが、音もなく、熱もなく、ただ静かに加速していく――


ベルの手に握られた魔法剣の刃が、陽炎のように揺らめく。

硬質であるはずのそれが、まるで熱に浮かされ、形を失いかけていた。


魔力の流れに、異変。

内部から泡立つように乱れ、制御が一瞬だけ、鈍る。


――おかしい。


ベルは即座に魔力の流れを修正しようとするが、それさえもどこか“曇って”いた。

意識が正確に届かない。


まるで、自分の魔力そのものが――

誰かの手で、無理やり「書き換えられている」ような。

そんな、ぞわりと背筋を撫でる違和感。


ベルの足元から、魔素が歪んでゆく。世界が彼女に従うはずの理が、どこか異なる法則に染められてゆく。


そして、その中心で。


血に塗れた顔のまま、セラフは笑っていた。

瞳は見開かれ、舌が唇をなぞる。美と狂気をまとった、聖性の偽装。


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