2-13
セラフの言葉は続いていた。
詩のように、美辞麗句を並べながら、確かにどこか壊れた旋律を奏でていた。
まるで自分の狂気を飾り立てる仮面を幾重にも貼り重ね、
その奥に潜む“本質”を覆い隠すかのように。
――けれど。
ベル(隙が、ない……)
ベルは目を細める。
芝居じみた語り口。
過剰な身振り。
なのに、一切の無駄がない。
しかし、攻撃の起点となる動きも、魔力の収束も、どこにも見えなかった。
ベル(喋っているだけじゃない。これ自体が――)
彼女は警戒を強めた。言葉の波が、空気そのものに干渉しているような感覚。
おそらく、会話そのものが“術式”の一部なのだ。
ベル「……言葉による結界?」
呟いたその瞬間、セラフの口元が楽しげに緩んだ。
セラフ「やっぱり、君は気づくね。
君だけが、僕の詩を“意味”として読める。
だから君じゃなきゃ駄目なんだ」
ベル(……この男もか)
ベルの中に、冷たい感情がわき上がった。
こういうことは、これまでにもあった。
自分に異常な執着を向けてくる者たち。
狂気を孕み、理屈では説明のつかない熱を持って自分を追いかける者たち。
どれほどいたのかも、もう覚えていない。
――そして彼らに共通していたのは、皆が自分の“存在そのもの”に惹かれていたということ。
ベル(……死神の祝福と、異質な魔力。それが、狂わせるのかもしれない)
そう考えたことは何度もある。
けれど、それが確かだと証明する手段はない。
だからベルは、決して口には出さない。
ただ、心の奥で静かに警戒の炎を燃やすだけ。
セラフ「君は、忘れてしまったんだね」
セラフの目が細くなる。その瞳はもう、狂気ではなかった。
まるで、何百年も昔の記憶を抱きしめる預言者のように、静かで、揺らぎがない。
セラフ「君はかつて僕を“救った”んだ。ほんの一瞬、君が手を差し伸べただけで――
僕は壊れて、そして君に恋をした」
ベルのまなざしが、一瞬だけ揺れた。
セラフ(……そういう“記憶”を作ってしまうのか?)
自分には覚えがない。
だが、相手にとっては決定的な出会いだったのだろう。
そしてそれが、またひとつの執着となる。
セラフ「覚えていなくて、いい」
セラフは微笑む。
「君が忘れても、僕が覚えている。君は千の人を助けたかもしれない。
でも、僕にとっては――君だけが、世界の全てになったんだ」
その瞬間。
足元に、音もなく展開される魔法陣。淡い紫の霧が立ち昇る。
やはり会話――いや、“詩”そのものが術式だった。
だが――
ベル(遅い)
ベルの身体が、まるで影のように霧をすり抜ける。
術式の構造を読み取ったうえで、その起点を魔力の流れごと踏みつぶすように跳ね除ける。
ベル「……甘い」
セラフ「その言葉が聞きたかった、ベル」
光が走る。
紫電が空気を裂き、空間が悲鳴を上げる。
対峙するふたりの間で、ようやく戦いが始まる。