表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/313

2-11

ひたり、ひたりと近づいてくる足音が止んだ。


空気が揺れる。


気配のない空白の中に、鋭い視線が吸い寄せられてくる。  



ベルの身体はまだ動かない。  

脳が危険を叫んでいるのに、心がそれに追いつかない。  


理解されることの恐怖が、手足を凍らせていた。



 

そんな中。

ぐしゃり、と湿った音が響いた。


異様に伸びた手足、ひび割れた皮膚、粘液を滴らせた赤黒い口――  


村を彷徨う魔物が、セラフへと跳びかかっていた。



気配も、殺気もなかった。ただ、そこにいた。



セラフ「――ッ、ああ……!」



セラフが歓喜に震え、笑った。  


その目は、恐怖でも敵意でもない、異常なまでの“悦び”に染まっていた。  



セラフ「やっぱり……運命だ。運命なんだ。そう、あの日と同じだ……!」



セラフはその身に襲いかかった魔物の頭部を、魔力を込めた剣で一瞬で粉砕する。

音が、爆ぜた。


その一撃は雷のようだった。

魔物の頭部が空中で砕け、残骸が肉片となって地に散る。

空間が軋む。

魔力の波が境界を超え、空気を焼いた。



血に塗れた腕を下ろしたセラフが、静かに呟く。



セラフ「ねえ、ベル。君は――ここにいるだろう?」


それは、問いではなかった。

探している者の声ではない。

確信と、欲望と、異常なほどの熱が入り混じった、“同意”の呼びかけだった。

まるで、最初から答えなど不要だと決めつけるように。


ベルの背筋に、冷たい刃のような戦慄が走る。


ベル(……!)


鼓動が跳ね上がる。

空気が、重くなる。

喉の奥が、粘つくように詰まる。


“見つけられた”。

そう、思わされた瞬間だった。

目の前に姿など見えないはずなのに、視線の熱だけで皮膚が焼けるような錯覚。


名前を呼ばれただけ。

ただそれだけなのに、体が拒絶のようにこわばる。

心が、過去のどんな絶望より深く沈んでいく。


“自分がここにいる”。

それが、こんなにも恐ろしいと思ったことがあっただろうか。

存在を否定されるよりも、見つけられることのほうが、遥かに恐怖だ。


――戦わなければ。


震える指先に、力を込める。

魔法陣も、詠唱も、いらない。

意志が、命を燃やす。

 



――その時、ベルは気づいた。


まるでこの場面は、かつて彼女がひとりの聖騎士と出会ったあの日の再現だ。


あの日も、教会に魔物が現れ、血が流れ、ひとりの男がその中心に立っていた。


――彼が、あの「慟哭ノ従者」セラフ。


ベル(まさか、人間が……こんなふうに狂えるなんて)


あの日、魔物に蹂躙された村を救えずに心を痛め、

せめて魔物の残党を減らそうと、苦しみの表情を浮かべながら、血にまみれた白い鎧で、ただ静かに戦っていた彼が――



今は、まるで対照的に、魔物を笑顔で斬り伏せ、歓びの声すら漏らしている。



その姿は、戦いではなく、儀式のようにすら見えた。



ベルの胸を締めつけたのは、恐怖だけではない。


自分が、彼を変えてしまったのではないかという

どうしようもない悲しみだった。



罪悪感が、冷たい鉛のように胸に沈む。


それでも。

恐怖はまだ、消えていない。

嫌悪も、逃げたい本能も、確かにそこにある。


だが――


ベルは、その影から一歩を踏み出した。


ただ逃げるだけではいけない。

これは、自分が選んだ道の果て。

狂気に堕ちた彼に、向き合わなければいけない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ