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※内容に変わりはありませんが、文章を整えました。
魔法ギルドの拠点、風の塔と呼ばれるその場所に、かつてベルが使っていた私室が今もそのまま残されていた。
エラヴィアは魔法の理を教え、魔法の力で人々を助け、魔法を扱うものの拠り所となる場所をつくりあげた。
それは魔法ギルドが今ほどに整っていなかった時代、ベルはエラヴィアの成そうとすることに手を貸していた。
扉を開けると、澄んだ魔力がふわりと空気に満ちていた。
誰も触れていないはずなのに、室内は不思議と穏やかで――まるで、彼女の帰りを静かに待っていたかのようだった。
ベル「エラヴィアのおかげね」
部屋の中を満たし、清浄を保っていてくれたのはエラヴィアが扱う風の魔力。
それを感じたベルは、エラヴィアがいつでも自分のことを思っていてくれているようで、微笑んだ。
その日の夜。
静まり返った夜の街、そのかすかな灯火がベルの瞳に揺らめくように映っていた。
予期せぬ音が、静寂を破った
――コツ、コツ。
階下から微かな足音が響く。おそらく三人分。
重なる気配が、部屋の前でぴたりと止まった。
エラヴィア「ベル?起きてるかしら」
聞き慣れた、エラヴィアの声。
だがその声の背後に、別の視線の存在をベルは感じ取っていた。
ベルは静かに扉へ歩み寄り、その取っ手に手をかける。
ベル「どうしたの、エラヴィア。こんな時間に」
戸が軋むこともなく、ゆっくりと開かれた。
そこに立っていたのはエラヴィア。そしてその後ろには、見知らぬ男女の姿。
エラヴィア「遅くにごめんなさい……この街の議会の方が少しだけ話したいようで」
エラヴィアの言葉に、男性の方が一歩前に出る。
「初めまして、ベル殿。突然の訪問をお許しください。
先日とある街で起こった魔物による災害について……その場で貴女に似た姿が目撃されていたようで」
ベルは、ただ黙って男を見つめた。
目を伏せず、問い返すこともせず。
ただ、無言のままに。
その視線に、男はわずかに息を詰める。
女性の方が気配を察して、柔らかい口調で言葉を継いだ。
「情報を集めるだけです。脅かす意図はありません」
沈黙のなか、ベルはゆっくりと視線を落とす。
そして静かに口を開いた。
ベル「……話せることはないわ。語れば、あの街の死者たちの尊厳まで否定される」
それはベルを騙し、魔物の生贄にしようとした街の者たちの罪。
男の表情が固まり、女性も眉をひそめ、問い返す。
「それはいったいどういうことでしょうか」
「やはり、あの魔物を導いたのは……」
ベルは深いため息を一つ吐く。
その重たい空気を、エラヴィアの声が断ち切った。
エラヴィア「……彼女は私のお客様です、彼女を疑うというのなら、私もそれを匿っている共犯ということになるわね」
風がわずかに揺れた。
彼女の魔力が、場の空気に溶けるように満ちていく。だが、それは決して荒々しいものではなかった。静かな威圧。その一言で、二人は頭を下げる。
やがて足音もなく去っていき、扉が閉じられる。
静寂が戻った部屋の中、エラヴィアはベルの方へと振り返り、そっと歩み寄る。
エラヴィア「……ごめんね。通すべきじゃなかった」
ベル「平気よ、エラヴィアのせいじゃない」
ベルは小さく首を振った。
エラヴィア「この街に塔を構えている以上、議会とはうまく付き合わないといけないけれど……ベルを疑われたのが気に入らなくて、つい」
ベル「ありがとう、私のために怒ってくれて」
エラヴィアはくすっと笑いながらも、少しだけ照れたように目を細める。
エラヴィア「ベルは……この塔より、この街より古い時間を共に過ごした友人ですもの」
二人は顔をあわせて笑う。
エラヴィア「でもね、議会が直接この塔に来るなんてめずらしいことなの」
エラヴィアは表情を曇らせる。
エラヴィア「ベルを探る存在の息がこの街にかかっていないことを祈るわ」
ベルは目を伏せたまま、窓の外を見つめ続けた。
エラヴィア「あなたに何が起ころうとも……私は味方よ。どんなことがあっても」
その声には、揺るぎない覚悟があった。
魔法ギルドの長として、エラヴィアはこの街の平穏を守る責務を背負っている。
だからこそ、議会の干渉を完全に拒むことはできない。
それでも彼女は、ベルを守ると口にした――ギルドも街も、そしてベルも、等しく大切なものだと知りながら。
ベルはふっと息を吐くように笑みを浮かべた。
ベル「……ありがとう。エラヴィア」
その声は、風の音のように小さく、やさしく。
けれど確かに、彼女の想いを伝えていた。