2-6
夜の帳が森を覆い隠し、月の光すらも拒む。
だがその暗闇の中を駆ける影が一つ――セラフだ。
獣のような速さで腐臭漂う茂みを切り裂きながら、彼の胸は張り裂けそうなほどに高鳴っていた。
セラフ「ベル……我が愛しき花嫁……」
彼の唇からこぼれる囁きは、もはや祈りでも呪詛でもない。
それは詩であり、儀式の始まりを告げる讃歌だった。
黒き観測者の一人が、従者をつけようと申し出たとき、セラフはただ一言だけでそれを拒絶した。
再会に、余計な者は不要だ、と。
この“儀式”に他者は要らない。いや――いてはならない。
彼とベル、ふたりだけの世界。
その永遠の始まりに、誰の声も、誰の目も不
要だった。
そして向かう先――廃村。
かつて人々が暮らしていたその地は、今では異形の魔物が巣食う禁足の地。
誰も近寄らぬ、
誰も踏み込まぬ、忘れられた空白。
だからこそ、そこがいい。
彼女のような存在が潜むには、これ以上の理想はない。
この世界の外側のような場所、狂気と魔に蝕まれたその空間でこそ、ベルは“生きて”いる。
セラフ「あの日、君と出会ったのも教会……きっとまた君はそこにいる」
セラフの唇が歪み、この月のない夜に似た微笑を浮かべた。
セラフ「神なき聖域 。祝福なき祭壇。そこにふさわしいだろう、我が花嫁を迎えるには……」
狂気が加速していく。
胸の奥で滾る鼓動は、喜悦と妄執と、そして歪な愛の昂ぶり。
セラフの足取りは止まらない。
夜を裂き、闇を喰らい、運命の場所へと向か
う。
――彼と、彼女だけの世界が、いま始まろうとしていた。