表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/315

2-1

黒き観測者の尖塔。

最奥に据えられた儀礼の間には、永劫の静寂が支配していた。


重厚な扉が、まるで空気を切り裂くように音もなく開く。



ひとりの男が、影のように歩み入り、静かに片膝をついた。


――セラフ。


黒髪は整然となめらかに撫でつけられ、一分の乱れも許さぬ姿勢には、かつての騎士道の残響が色濃く刻まれていた。



漆黒を基調とした礼装には皺ひとつなく、ま

るで鋼で仕立てたような完璧さを纏う。



その動き一つ一つは、無駄を削ぎ落とした研ぎ澄まされた剣。

存在そのものが規律であり、美学だった。



彼の瞳は、凍てついた湖のように冷たく澄んでいる。

言葉を発せずとも、ただその眼差しだけで、「かつての高潔」を雄弁に物語っていた。



だが次の瞬間――


幹部の一声が、その場の空気を微かに震わせる。


まるで封じられていた過去に、ひびが入るかのように。


「“揺り籠”が確認された。風の街にて。末端どもが数十……壊れ、逃げ帰った。震えながら、口もきけずにな」


幹部の声は感情を欠いた冷気のようで、命令以外の何も含んでいなかった。



セラフの瞳が、ゆるやかに細められる。氷の静謐が、そこに宿る。



セラフ「死神の加護を受けし、不死の魔女――ベル。その名を確認されたのですね」



「そうだ。“お前”を送り込む。拘束し、連れ帰れ。生きたままでな。


……まあ、殺せはせんだろうが」


語尾の冷笑には、どこか捨て鉢な響きすら混じっていた。



数瞬の沈黙が空間を満たし、やがてセラフは一礼する。



セラフ「御意。――我が剣、我が魂、そのすべてをもって……彼の者を“導き”ましょう」



その声音は穏やかで、どこか祈るようにさえ聴こえた。だが、その胸の奥では、別の声が密やかに歓喜を叫んでいた。



セラフ(……また会える……)



冷ややかに磨き上げられた仮面の奥は、歓喜に溶けていた。


あの“揺り籠”――ベルの魔が紡いだ甘美な棺が現れたという事実は、彼にとって神の赦しにも似た啓示だった。



セラフ(ああ、触れたくて堪らない。


その肌に、私だけの熱を刻みつけたい。


奪いたくて、壊したくて、

哀しみごと、その魂を抱きしめてしまいたい。

 

永遠に抗うその瞳を、私の愛で満たしたい。

痛みも、孤独も、すべて飲み込んで――


ただ静かに、優しく、"私だけのもの"にしてしまいたい……)




その胸に去来するのは――


彼女を閉じ込めるため、自らの手で編み上げた楽園の記憶。


鋭利に磨かれた拘束具。鉄錆と血の匂いに満ちた鎖。



そして、儚げに揺れる白のドレス。



それは祝福か、儀式か、あるいは供物か。


心の奥底で、セラフは静かに、深く、そして甘やかに昂る。



やがて彼は、音もなく立ち上がる。

その姿はまさに、神託に従う騎士のよう。

あるいは、神の声を告げる聖なる使徒のごとく。


――だが、彼の歩みが向かう先は聖域ではない。


狂気と欲望に染まった、甘く昏い奈落だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ