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Cradle 死神の祝福で不老不死になった少女が、愛と狂気の中で生きる話  作者: 源泉
第一章 不死の少女と風の街で交わる運命
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1-2

※内容に変わりはありませんが、文章を整えました。



静かな書庫に、風の音が微かに揺れていた。

窓から差し込む光が埃を照らし、古い羊皮紙に書かれた文字を淡く浮かび上がらせている。


ここは、エラヴィアの私的な書庫。

長い年月をかけて集められた書物の数々が、整然と棚に収められている。


古代語の魔導書や旅の記録、忘れられた王朝の史書。

そのどれもが、エラヴィア自身の手で大切に保管されたものだった。


知の迷宮とも言えるこの空間は、彼女の記憶の延長でもあり、積み重ねてきた歳月の証でもあった。


ベルは窓辺の椅子に腰掛け、静かにエラヴィアを見つめていた。

目を伏せたままの姿勢は、どこか気配を消しているようにも見える。

陽光に透けるラベンダー色の髪と、あどけなさを残した輪郭は、年若い少女の印象を与える。

知らぬものが見れば年齢は十五か十六、というところか。

しかしその瞳には、幾星霜を見つめてきた者にしか宿らない深い静けさがあった。


漆黒の外套と、わずかに漂う異質な気配が、華奢な身体に奇妙な違和感を添える。

彼女は、この時代に属していないかのように見えた。

その沈黙は、場の空気さえも静かに変えていく。


エラヴィアは、いくつかの文書を机に並べながら話し始めた。



エラヴィア「……少し前から、“不死の魂”を求める者たちが動き出しているの。

封印された禁書を掘り返し、神の領域にまで手を伸ばそうとしている。恐れを知らぬ、欲深い者たちよ」



ベルは黙ったまま、彼女の言葉を受け止める。

その視線は、ただ真っ直ぐに、エラヴィアの瞳を見つめていた。



エラヴィア「不死の娘、呪われし祝福といった記述が、各地の文献に現れ始めている。

誰かが、意図的にあなたの情報を流している可能性があるわ」



ベルはそっと視線を窓に移した。

不死、呪い、祝福。それらの言葉は確かに彼女のことを示していた。

風に揺れる木々を見つめながら、ぽつりと呟く。



ベル「いったい彼らは何を知りたいのかしら。私自身でさえ何故こうなっているのか分からないというのに」



ベルは、自分がなぜ不老不死の運命を背負ったのか、いまだに分からなかった。

それは、長い時の中で置き去りにしてきた記憶なのかもしれない。

思い出そうとするたびに、遠く、靄の向こうにあるように感じられた。


エラヴィアは、憂いを含んだまなざしでベルを見つめ返す。



エラヴィア「貴方を探る者たちは……きっと、ただ手に入れたいのよ。器として、知識として、あるいは永遠そのものとして」



ベルは、ふと口元に微笑みを浮かべた。

その微笑みには、悲しみと優しさ、そして、どこか諦めに似た静けさがあった。



ベル「……変わらないのね、人の欲って」



ゆっくりと立ち上がり、ベルはエラヴィアに歩み寄る。



ベル「……エラヴィアは、変わらないわね。何年経っても、あの頃のまま」



不意に、そっと伸ばされた手が、エラヴィアの頭を撫でる。



ベル「調べてくれてありがとう、エラヴィア。私には人の噂を聞くくらいしか出来なかったもの。

あなたは、本当に賢くて、やさしい子」


エラヴィア「私にそんなことが言えるのはベル、貴女くらいよ」



ベルの行動に、少し顔を赤らめながらもほほ笑むエラヴィア。


エラヴィアは千年を生きる古のエルフ。

長い時の中で蓄えた知識と魔法により、今ではこの魔法ギルドを束ねる長として街の象徴とまで言われる存在だ。

だが、そんな彼女の前でさえ、ベルはなお異質だった。


ベルは微笑んだまま言葉を続ける。



ベル「人の命を越えて生きていると、自分の存在が保てているのか不安になるときかまあるの。自分は誰なのかも曖昧になっていくようで」



その声は、静かな水面のように胸に染み込んでいく。

決して冷たくはない。けれど、どこか手の届かない深さを持っていた。


エラヴィアは、まっすぐに彼女を見つめて言った。



エラヴィア「貴女は貴女よ、出会ったときからずっと。

笑って、泣いて、怒って……それを繰り返して、生きているのよ。

貴女がわからなくなっても、私が憶えているわ」


ベル「……ありがとう」



ベルは窓の外に目を向けた。

空は沈みゆく夕日に染まり、赤紫の光が世界を包み始めていた。



エラヴィア「ベル……暫くこの塔にとどまったほうがいいわ、せめて貴女を狙う者たちの正体がわかるまででも」


ベル「それはすごく助かるわ。もしこの塔が、まだ私を迎えてくれるなら」


エラヴィア「もちろん。あなたの部屋は、今もそのままよ。

いつでも帰ってきていいの。……ここは、あなたの“古巣”なんだから」


ベル「ありがとう、エラヴィア。お言葉に甘えさせてもらうわ」



その瞬間、微かな風が吹き抜け、ベルのラベンダー色の髪がきらめいた。

窓から差す光の中、まるで幻のように、彼女はそこに在った。


不吉な気配を纏うそのベルの姿。

それでもなお、美しく――どこまでも、遠かった。


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